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真実

真実

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萌黄の家に木杉を残し、東京に戻った頃には夜の八時になろうとしていた。

両親の再会を昴に知らせようと電話をかけた。

別れを告げられて以降、昴と話すのは初めてだ。昴の声を聞きたい、ただその一心で、以舞と木杉を引き合わせたのかもしれないと気づく。

けど、動機はどうだっていい。これで家族がバラバラでなくなるのならいいではないか。家族が修復すれば、昴は復讐に心を燃やさずに済むのだ。


昴は電話に出るなり、興奮した様子で私にまくしたてた。

「母さんが十八歳の時にバイトしていた店は湯島店だった。そこで当時からいる人に詳しく話を聞いたんだ。当時の店長で柳ケ瀬明弘って男が、母さんに惚れてて、大変だったらしい。でもある時、急に母さんが辞めて、ほぼ同時期に異動希望を出して柳ケ瀬は湯島店から浅草店に異動になった。きっとコイツだ。その男の足跡を辿ったら、いまは本社でいけしゃあしゃあと人事部長をやってるって」

「まさか昴…その、柳ケ瀬って人に会いに行くの?」

「行く」

「行かないで、その前に、昴に報告したいことがあるの」

「今忙しいから切るね」

昴は一方的に通話を切ってしまった。

昴は自身で突き止めた真実を前に高揚した昴は、相手が誰でもいいからとにかく話を聞いて欲しいといった感じだった。私でなくても良かったのだ。

電話を持った手をぐったりと下ろしてしばらくうなだれていたが、はっと我に返って顔を上げた。

以舞を襲った張本人が分かった今、昴の中に起こる感情の昂ぶりが徐々に怒りのエネルギーに姿を変えている。今こうしている瞬間にも、その怒りの矛先が、柳ケ瀬という男に絞られつつあるのだ。



昴を止めなくては。私は軽自動車に乗り込み、昴の言っていたファミレスの本社を検索し、車のナビに住所を登録した。



昴は柳ケ瀬と言う男が「本社に勤務している」と言っていた。つまり昴は、柳ケ瀬という男の勤務先に向かうつもりだ。もし彼の自宅を突き止め、そこに行くのであれば『どこどこに住んでいる』と私に話したはずだ。

午後八時すぎ。サラリーマンなら会社で残業していてもおかしくない時間帯だ。

エンジンをかけ、ファミレスの本社のある勝鬨に向かった。私の実家からはそう遠くない場所で、土地勘もあったので迷うことなく近くに出た。


本社のビルが、目の前に迫る。昴はいったいどこにいるだろう。胸のざわめきが収まらない。同時に、やながせあきひろ、という名前が私の記憶の奥底で、小さな光で点滅していた。その名を聞くのが初めてではない。そんな気がした。

本社ビルを見上げて夜道を走りながら、昴に電話を掛けるが、出ない。

橋を渡る時、欄干でもみ合っている人影が目に飛び込んだ。車を停めて駆け寄ると、橋げたの灯りに照らされたベルジャンホワイトの髪と、柳ケ瀬と思しきスーツ姿の中年の男がつかみ合っている。

「昴!やめて」

力いっぱい叫んで駆け寄った。

昴はビール樽を持ち上げる時のように、男の腰元を掴み上げた。柳ケ瀬がふわりと高い位置にぶら下がるようになったかと思うと、頭がゆらりと欄干の外に向かって大きく揺れた。

「落ちる!」

昴を止めようと駆け寄るけど、足がもつれて両手を地面についてしまった。

すると、二人を挟んだ向こう側から走って来るもうひとりの人影が目に飛び込んだ。

人影は猛烈な速さで二人に近づき、昴に宙づりにされた柳ケ瀬を橋に引き戻し、地面に振り落とした。

倒れ込んだ柳ケ瀬に、それでもなお掴みかかろうとする昴を、全身で取り押さえようとしているその人影は見覚えがあるどころか、私の記憶に沁みつくほどになじんでいるシルエットだった。


「お兄ちゃん?」

三人がもつれあう場所に、よろよろとたどり着く。

二人に駆け寄った陸翔が、昴を後ろから羽交い絞めにした。柳ケ瀬は腰が抜けたように座り込んでいる。

昴は振り返り、叫んだ。

「陸翔さんがなんでここにいるんだよ」

私も聞きたかった。なんでここにいるのか、なんで即座に、昴の行為を押し留めることができたのか。


「ずっとお前を追ってたんだよ」

陸翔は昴に目を覚ませとでも言うかのように、昴を押さえ込んだ両腕をゆすった。


「なんでお兄ちゃんが、昴を追ってるの? もう私、昴とは別れたのよ?」

「『昴が母親の加害者を探している』って、荘司づてに聞いたんだ。こんなことになるんじゃないかって思ってた」

山荘を飛び出して実家に戻ったころ、フォレストで荘司に身辺の事情を話したことを思い出した。荘司はあのとき、雑談を装って私から色々なことを聞き出した。
あれはつまり、荘司が兄に頼まれ、私の近況を探りに来ていたのだ。

「この男はレイプ犯なんだ。こいつのせいで母さんは、俺は・・・」

昴は言って陸翔の制止を振りほどき、へたりこんでいる柳ケ瀬の襟元を掴んで立ち上がらせた。

「やめろ昴」

陸翔は再び昴を柳ケ瀬から引き剥がし、激しく抵抗して殴り掛かる昴に掴みかかる。陸翔の拳が、昴の頬に打ちおろされた。

「陸翔さんはなんで、こいつを庇う」

殴られた頬を押さえながら、昴は陸翔を睨んだ。

「この人を、死なすわけにはいかないんだ」

肩で息をして陸翔が言った。

「なんでだよ。犯罪者なんだぞ」

「犯罪者のためにお前まで犯罪者になってどうする? それにこの人は…柳ケ瀬明弘は、咲良の父親なんだ」




「…え?」

私は唖然とした。


「あたしのお父さんはいま深川に…」


「ちがうよ咲良。俺たちはな、空野夫妻に引き取られた子なんだ」

陸翔が初めて、私をまっすぐに見た。


「うそでしょう。おかしなこと言わないでよ」

「ほんとなんだ」

「あたしが…誰の子供だって?」


「ここにいる柳ケ瀬って男と、…明夜以舞さんの子供なんだよ」


陸翔は硬いものでも吐き出すような面持ちで呻くように言った。

「嘘言わないでよ…もう、あたしを困らせるのもいい加減にしてよ。もう、お兄ちゃんの言うことにはうんざりよ。子供を産めない体だって欠陥品扱いした次は、パパとママの実の子じゃないって・・・。ねえ、やめてよ。あたしの人生を、あたしの人格を、めちゃくちゃに壊して何が楽しいの?」

陸翔が怖い。彼は私をどこまで苦しめれば気が済むのだろう。私はわめき散らすように叫んだ。叫んでいないと、恐怖に押しつぶされそうだった。

体を震わせ、陸翔から後ずさるけど、陸翔はものすごい速さで私に追いつき、両腕を掴んで顔を覗き込んだ。全身が恐怖でわなわな震えてしまう。私の全身が、陸翔を拒んでいる。


「俺は、お前がちゃんと幸せになれるように、守っていたかっただけなんだ。高校の卒業旅行でパスポートの手続きのために戸籍謄本を取った。おれはその時に知ったんだ。俺たちそれぞれ、産みの親が別にいたってことを」

心の奥に逃げ込んでしまった私の自我に訴えかけるかのように、陸翔の声が大きくなる。


「なんで私は引き取られたの?」

「父さんと母さんは子供ができなかったから、まず俺を養子にもらって、そのあと千寿の産院で生まれた咲良を引き取った」

「そんな大事なこと、どうして今まで隠してたの」

「俺がその事実を聞いたとき、咲良はまだ十三歳で、いろいろと悩みも多い難しい年頃だった。だから、咲良には、結婚するまでは言わないでおこうって、みんなで決めたんだ」

「みんなで私に嘘をついてたの?」

私は言葉を失った。


自分と両親とは、血のつながりはなかった。

今ここにへたり込んでいるこの男性が、自分の父親なのだと告げられても、すぐに信じることはできなかった。なにか大きなたくらみに巻き込まれて、作り話をされているとしか思えない。


立ちすくんでいると、恐ろしい事実が、ひたひたと私の背後からやってくるのを感じた。その事実は、私の背中に重くのしかかり、その重さと大きさで、私を圧し潰そうとした。

「私が、レイプ犯の娘だっていうの?」

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