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陸翔と昴

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明け方。

白み始めた山道を、バイクが走る。昴の背中に頬を付けて、この背中は私のものなのだと思うと、嬉しさについ頬が緩んでしまう。木々の香りが心地よい。私は安堵の中に目を閉じた。

山荘の玄関を開けると、カウンターキッチンに兄の陸翔が立っていた。


「送ってもらったのか」

「うん。彼。明夜昴くん」


昴は玄関に立ち、陸翔にむかって深く頭を下げた。


「こんな時間まで妹さんを連れ出してしまって、すみませんでした」


陸翔はカウンター越しに昴を見つめたまま、動かずにいる。火にかけていたやかんが、ピーっとけたたましい笛を鳴らしても、陸翔は動かなかった。


「兄ちゃんどうしたの」


私はカウンターに駆け寄ってガスの火を消し、陸翔の目の前でひらりと手のひらを振った。
我に返ったように陸翔は焦点を合わせ、なんだか焦ったような顔つきて玄関に出ると、昴の背中を押し出すようにして外へ出ていく。


「咲良、コーヒー落としといて」

「うん、わかった」


ドリップポットを回し、フィルターの中で膨らむコーヒーの粉を見守りながら、ふと窓の外を見やると、陸翔と昴が話しているのが見える。

昴は話しながら時折頭上の小枝を仰いだり、うつむいたりして、時折口の端に苦笑いが滲むのが見えた。


「お兄ちゃんたら、さっそく質問攻めか」


私は玄関のドアを開いて二人を呼んだ。


「コーヒー冷めちゃうから入って」


三人でコーヒーを飲みながら、フォレストの話、クラフトビールの話など他愛ない会話をし、ほどなくして昴は山荘を辞した。

前庭に見送りに出ると、昴は軽いため息をついた。


「俺の家のことを色々聞かれたよ」

「ごめんね。私のこと異常に心配してて」

「いいよ。陸翔さんが咲良を大事なのわかる。でも、俺だって咲良が大事だ」


そう言って微笑むと、昴は私の頬にキスをした。それから素早くバイクにまたがって走り去っていった。




「あの男はやめろ」

陸翔はカップをさげ、勢いよく水で洗い流しながら言った。


「なんで?」

「お前を幸せにはできない」

「そんなことない。だって私、昴と一緒にいると、本当に幸せだよ」

「それは…まやかしだ。そんな気持ちはすぐに醒める」


陸翔はごしごしと力任せにスポンジをこすりつけてカップを洗いながら言った。

昴という人間が軽んじられている気がして、首から上に血が上った私は語調を荒げた。兄を言い負かしてやりたいと思った。


「だいたい、兄ちゃんはさ、自分のこと棚に上げて、どうして私をモテない呼ばわりするの?私だって普通に恋愛したいって思ってるんだよ。それなのに、私の気持ちを無視して反対するのはどうして?自分の恋愛が思うようにいかないから?自分が彼女ができない腹いせ?」


一気にまくしたてると、陸翔が、まるでどこかが痛むような顔で私を見た。
私の口をついて出た言葉が矢のように兄の急所に突き刺さってしまった、そんな顔だ。


「ちがう」


陸翔がカウンターから出て、私に近づくなり平手で頬を叩いた。頬が引きちぎれるような熱い痛み。骨までその衝撃はしみ込んだ。


「痛い…」

「ごめん、咲良…でも、違うよ。腹いせでこんなこと言ったりしない」

「嫌い。兄ちゃんひどい」


兄が、自分の行く手を阻もうとしているようにしか思えなかった。

異様に過保護な兄を、単純に妹想いの兄なのだと自分に言い聞かせてここまで来た。けれども、私の意志を無視して私を支配しようとする兄の態度に嫌気がさした。

私のいるべき場所はここじゃないと思った。

昴に会いたい。昴のもとに今すぐ行きたい。


「ごめん、俺が間違ってたよ」

「もう、ここにいたくない」

「待て…行くのか、あいつのとこに本気で行くのか」

「行く」

「待て…だめだ…行くな」


止めようとする陸翔の手を振り払った。


「私の好きにさせて」

「オレが悪かった。俺が改めるから、だから、頼む、行かないでくれ」


兄の情けない涙声を背中に聞きながら、自室に入って当面の着替えを荷物にまとめた。





それ以降私は兄を避け、山荘に帰らなかった。

仕事のあとは、職場の宿直室に寝泊まりして二日が経過した。


昴と会うのも、避けていた。会うのが怖かった。粘着質の兄に質問攻めにされて帰って行った昴は、私たち兄弟のことを異常だと思ったかもしれない。あれから昴が私を避けてもおかしくない。そう思うと怖くて、避けられる前に自分から避けてしまおうという心理がはたらいてしまうのだ。

本当は、昴に会いたい。兄のことなど気にしないで、ふらりと近くに来て欲しい。


レストランの閉店後、店に一人残った私は、そんなことを思いながら客席の床にモップをかけていた。


裏口の鉄扉が開く音に顔を上げると、客席に昴が現れた。ゆっくりとした足取りで近づいて来る。

客席の照明に照らされた昴の顔を見て、私は息を呑んだ。

左の瞼が腫れていて、ほとんど目が閉じている。焼き餅みたいにはちきれそうに膨らんだ目元は、紫色に染まっていた。


「どうしたの昴」

「咲良に会いたくて」


モップを打ち捨てて駆け寄ると、血の塊が付いた唇の端を持ち上げて微笑んだ。


「そうじゃなくて、顔…誰かにやられたの」

「ごめんな、こんな顔で」


私の質問に、昴は答えなかった。立ち尽くす昴を抱きしめた。兄がやったんだと直感した。


ゆったりとしたソファ席に昴を座らせて、おしぼりで血をぬぐって、氷水でぬらしたタオルで、腫れた場所を冷やした。



「俺さ、咲良と離れるなんて、考えられないんだよ」



別れなければ殴る、とでも言われたのか。そしてこの傷を見れば、何をされても別れない、と昴が言ったに違いなかった。ここまで人を痛めつけるなんて、兄は常軌を逸している。途方もない怒りと、兄への恐怖で、体の芯がわなわなと震えた。



「ごめんね昴…」

「咲良が謝ることじゃないよ。咲良は悪くない」


ぎゅっと昴を抱きしめる。体のあちこちが痛むのか、昴は小さく、いっ…と声を漏らした。


「あーっ。咲良を思いきり抱きたいのに」


そう言って私を抱き返し、もどかしそうに体を揺らす。

しばらく抱き合って、衝動の高波が凪ぐのをじっと待ったけど、触れ合うほどに繋がりあいたい思いがじわじわと高まってしまう。


「昴…しよ?」


座った昴のジーンズのジッパーを下ろし、パンツの下で突き立ったものを引き出した。


「昴は、座ったままでいいよ」


先端を口に含み、舌先でくるくる舐めまわす。


「あ…」


昴は驚きと歓喜の入り混じった声を漏らした。


「咲良の口、あったかいね」


まるで少年のようなあどけない口調で言うくせに、昴の下半身には甘さなどひとかけらもなく、猛々しく反り返って突き立つものはまさに動物の雄を思わせる。

先端から付け根まで舌先で形をなぞり、片手で上下に愛撫しながら先端をねぶる。

私の頭を撫でながら、昴はかすれた声で喘いだ。



「咲良…すご…」

二人の関係を阻むものが、かえって一層お互いの想いを駆り立ててしまっている。

がむしゃらに頬張って、嘗め尽くしたあと、私たちは離れようがないんだと言うことを夢中で確かめ合うようにキスをした。

黒いタイトスカートをめくり、ストッキングとショーツを抜き取って昴にまたがり、早急に中へと招き入れた。腰を沈ませ奥までくわえ込み、花壺で昴をさすり上げる。

腰の動きに合わせて声を漏らす昴がたまらなく可愛くて、腰を振り下ろしながら耳や頬を舐めた。

昴の手が、白いブラウスの下に入ってきて、乳房を掴む。昴の掌の中で、膨らみが柔らかく形を変えるのがわかる。じわじわと甘い刺激が全身に染み渡り、思考までもが蕩けていく。

ゆったりと尻を昴の股間に振り下ろしながら、唇を貪りあう。


昴の唾液は、少しだけ苦い。味わうたびに、出会った日に飲んだホワイトエールの柔らかな苦味を思い出す。

あの日からここまで、目まぐるしい速さで駆け抜けてきた気がする。

私たちにとっては二人を隔てている時間も距離も、さほど関係がなかった。

どんな障壁も軽々と乗り越えてまた一つになる、そういう運命のもとにあるような気がした。



ブラウスのボタンを外し、ブラをずり上げられる。丸出しになった乳房の先端で硬く突き立った乳首を、昴が口に含んだ。尖った舌先で小さな乳首を転がされたり、形の綺麗な唇で柔らかく私のふくらみを吸い取ったりするのを見て、膣がぎゅっと締まってしまう。

私に締め付けられた昴は、うっ…と声を漏らし、自分も腰を突き上げ始めた。

奥を突かれ、鋭くも甘い快感に、背筋を貫かれる。鬱血してむっくりと腫れた柔肉で昴をしごく肉壺から、泣いているみたいに蜜が流れ出る。

リズミカルな水音と、昴の熱い吐息。私の中で、熱と質量を増していく、昴の分身。

腰をくねらせ、奥の敏感な場所に昴の舳先を押し当ててこすりつけるうち、じわじわと絶頂の予感が体を満たし始める。

目の前がぼんやりと霞むなかで、昴の茶色い瞳だけが光って見える。その光を追い求めるようにじっと見つめ、腰を揺らし、上り詰める。

昴が荒い息をしながら私の耳元で囁いた。


「咲良、いっしょに、いこ?」


一つになる律動、一定のリズムで繰り返される呼吸、早まって、高まって、絶頂へ。


「ああっ…!」


昴の腰ががくがくっと震え、中にほとばしりが放たれた。搾り取って呑み込むように花壺が痙攣する。太ももをわなわな震わせて、私は昴にしがみついた。

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