そして、僕はいなくなった

十九日目

　コンコン
ドアをノックする音がする。
「ちょっといいか」
野太い声、父親の声だ。
「お前、いつまで自分の部屋でこそこそ引きこもっているつもりだ」
　そうやって父親が部屋に入ってくる。
「別に、結婚するとか仕事するとかそういうのはまぁいいよ。でもなぁ、順番で行ったらお父さんの方が先に逝くんだぞ。その後、お前はどうするんだ。」

　僕は布団の中で話を聞きながら、ただただうずくまっていた。
「お父さんだってな、怒りたくてこんなことを言っているんじゃない。ただ、お前の本心が聞きたいだけなんだ。」

　僕は相変わらず布団の中で何も答えない。別に反抗したいわけじゃない。何を言うのが正解なのか分からないだけだ。

　小さい頃から自分の意見を求められては否定されることを繰り返してきた僕にはこの問いに答える力はもう残されていなかった。自分の中の答えなんてとっくに出ているが、それを親に言うだけの勇気は僕には無かった。
「俺と話す気がないんだな。俺も明日仕事だから、もう寝るよ。しばらくは面倒見てやるけど、それ以降は自分で何とかしろよ」
　そう言って父は一階へと戻っていった。忙しいながらもこんな人間の形をした化物に気を使いながら、相手をしてくれる父親の姿に涙が出そうになる。今日も一言も言葉を発さずに一日を終えた。