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第13話「劣情のゆくえ」

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 カーテンの隙間から漏れる明るい日差しの中、相楽は目を覚ました。

「……」

 体が重ダルい。どうしたんだ、自分の体は? 何か、昨日……と眠気まなこで考える。


 ――ああ、そうだ。

 昨日、友人の神崎をこの部屋で、何度も抱いたのだ。
 相楽は気怠い体を何とか動かし、辺りを見渡した。

 ベッドには自分一人しかおらず、部屋内に他の人間の気配はない。

 昨晩、激しく抱いたはずの神崎の姿はなかった。

 あまりに当たり前の一日の始まりで、昨日の事は、夢だったんじゃないかと思えて来る。

(……)

 ふとベッド横のローテーブルが目に入る。食べっぱなしの皿と、幾つもの酒の入っていた空のアルミ缶が、置きっぱなしになっている。

 その横に、昨晩使わなかった残りのコンドームが乱雑に置かれていた。


 相楽はゆっくりと体を起こした。

 ――寒い。

 部屋の冷気が直接肌に刺さる。自分が裸な事に気が付いた。

(……)

 相楽は裸に毛布を纏い、ベッドを後にした。

 徐に遮光カーテンの隙間から、外を覗いてみる。昨日の雪は、すっかり積もっていたが、空は晴れ渡っており、雪は止んでいた。

 キッチンを確認すると、ケーキの空き箱や、神崎が卵酒を作る為に買って来て余った、卵が冷蔵庫に入っていた。

 脱衣所に置かれた洗濯機内には、既に脱水を終えた、昨日神崎に貸した、自分のTシャツとショートパンツがあった。

「……」

 確かに昨日、彼女はここにいたのだ。 



(帰ったのか……)

 何も告げず黙って置いて行かれた事に、少しの寂しさを感じつつも、そうされる事をしてしまったのだと、相楽は冷静になった頭で考えた。

 途端にじわじわと、後悔の念が押し寄せて来る。

 きっと彼女は、返事をくれないだろうと分かっていたが、相楽は部屋に戻り、スマホを探すと、彼女にメッセージを送ろうとした。

 ――なんて送れば?

 そう考えて、堪らずそのまま彼女に電話を掛けてみたが、想定通りというか、彼女が電話に出る事はなかった。

 仕方なく「昨日の事はゴメン。ちゃんと話たい」とメッセージを送ったが、彼女から返信が来る事はなかった。


***

 冬季休暇明け、次の新学期まで必須科目の講義がない期間のせいか、大学構内に生徒はまばらだった。相楽も学内の図書館とサークルの為に何度か大学に足を運んだが、神崎と会う事はなかった。

 時間が経つにつれ、じわじわとだが確実に自分は「友人」を一人失ったのだと、相楽は実感した。

 だったらあの雪の日、自分は大人しく神崎を親切心だけで、家に泊められただろうかと考えた。
 そもそもはじめから家に招かなければ良かったのか? コンビニでコンドームが一箱残っていなければ、それを見つけなければ……様々な後悔が浮かんでは消える。
 

「たられば」など人生にはないのだ。

 過去に戻ってやり直す事なんか出来ないし、もし戻れたとしても、自分はきっと同じ事をすると相楽は思った。

 たとえ彼女との、友情が壊れると分かっていても、きっと同じ事をしただろう。
 
 あの日の自分を慰められたのは「女友達の友情」なんかではなかったからだ。

 あの背徳感の中の、甘美な行為に抗う事など、自分には無理な気がした。


 そうだ、無理なのだ。


 ふと、相楽は元カノと別れた時の事を思い出した。

 元カノの浮気が分かった時、悔しかったし、悲しかたっし、彼女を責めた。

 元々告白して来たのは、彼女の方だったからだ。

 告白された事に浮かれて、付き合いだした事を思い出す。その幸せの絶頂から、彼女の浮気という現実で、不幸のどん底に落とされた。

 ただ自分が悪かったのかもしれないと、大分悩んで落ち込んだ時もあったが、確かに「浮気」という背徳感の元で得られる快楽の前では、どんな理性だって争うのは無理だろう。

「不倫」は文化だとよく言ったものだ。

 平凡で穏やかな自分との日々は、彼女には退屈だったのかもしれない。


 人は変化を恐れる感情に相対し、刺激や変化を求める裏の顔が必ずある。そういった矛盾する感情を誰もが持っている。

 不変を求める感情は平穏をもたらし、変化を求める感情で、人は進化し発展して来た。

 どちらも生物にとっては必要で、どちらが正義とか悪ではないのだ。

 都心部で大雪が降ると、大変な事になると分かっているのに、それでも相楽はそのごく稀に降る都心での大雪に、心踊ってしまうのを思い出す。

 リスクがあるのが分かっていながら、普段と違う事が起こる事に、ドキドキするのだ。

 今なら浮気をした元カノの想いが分かる気がした。細い綱を渡る様なヒリヒリした焦燥感、ギャンブルで味わう様なギリギリの緊迫感、してはいけない事をしたくなる罪悪感、どれも理性を持っている人類だけが味わえる、特別な感情と快感なのかもしれない。

 そう考えると、元カノに浮気された事も、ただの友人の神崎を抱いてしまった事も、何も悪い事ではない気がしてくる。

 加えてもし神崎にあの時、彼氏がいたとしたら――

 その背徳感に、再び相楽はゾクゾクしてきた。

 世間で言う所の、不倫、浮気、寝取り、寝取られも表立っては叩かれているが、それは人の体裁を繕う為の、偽りの仮面であり、人間は奥底ではその危ない道を、スリルを求めてるんじゃないかと感じた。

 少なくても、自分は本心ではそう思ってる。

 いや、今回の件で自分の中にそう言った感情があると、分かったと言うべきか。

 ただその感情に素直に生きる事は『社会』から弾かれる事を意味する。

「常識」や「道徳」とは人間が群れで生きて行く為に、長い時を掛けて構築して来た洗脳の様なもので、まだ本能を大きく残す人類には、耐えきれないのかもしれない。

 もしかして、千年後、一万年後には完璧に「常識」通りに生きられる様に人類の理性も発達しているかもしれないが、その頃には当然自分は生きていないし、人類が存続しているかさえも、はなはだ疑問が残る。

 要は、背徳的行為からくる快楽に今の人間の理性で、完全に抗う事は難しいという事だ。


 とりあえず、今の自分が一番に思う事は――

 
 神崎真琴とまた、セックスがしたいという事だ。



終わり
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