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第6話「異性」

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「お風呂、ありがとう」

 そうお礼を言いながら、風呂から上がってきた神崎は、相楽の貸したTシャツとショートパンツに着替えていた。

 やはりサイズが大きかったようで、服に着られてる感じがする。でもそのあどけない神崎にますます「女」を感じて、相楽はドキッとした。

 全く下心が無かったと言うと嘘だ。大部分は親切心のつもりだったが、ほんの少しだけ「彼シャツ」を着ている神崎を見てみたかったのだ。ただこの場合、神崎はただの友達なので、「彼シャツ」と言うのは語弊があるが。

 想像以上のその破壊力に、目のやり場に困る。相楽は自分のしてしまった事にすぐ後悔した。

 相楽は気持ちを何とか立て直そうと、深呼吸した。

「……俺も入ってくるわ」


***

(……っ、ああもう!)

 脱衣所に何とか逃げ込んで、相楽は呼吸を落ち着けようと必死だった。

(……なんだよ、今の台詞っ!)

 完全に失言だったと相楽は思った。いや、神崎は深く捉えてはいないだろうが、もうまるでこれでは、これから一線越えようとしている男女のようではないかと、相楽は自分の言葉に、ツッコミを入れたくなった。

 駅前で神崎と会って自宅に誘った時、一ミリも邪な感情は無かった。信じてもらえないかもしれないが、本当に何の下心も無かったのだ。

 それが、コンビニであの残り一箱のコンドームを見てしまってから、どうにもおかしくなった。考えないように、意識しないようにと思う程、余計に神崎を「女」として見てしまう。

 相楽は目頭を押さえ、しばらく目を瞑る。雑念を振り払うように、深く深呼吸する。

 酒を大分飲んだし、酔いが回ってる。きっと酒のせいだと相楽は思い込む事にして、勢い良く着ていたシャツを脱いだ。

***

「……」

 相楽は湯船の前で固まっていた。そうだと思い出したのだ。先程まで、この湯船に裸の神崎が浸かっていたのだ。

 脱衣所で振り切ったはずの、煩悩がまたむくむくと頭に蘇ってくる。

「……っ!」

 それがどうしたと半ばヤケクソに、相楽は湯船に飛び込む。相楽は何かにじっと耐えるように、湯船の中で身を屈め、ぐっと目を閉じた。

(無心だ、無心‼︎)

***

(……疲れた)

 普段入る風呂の十倍は疲れたと、相楽は思った。ぐったりとしながら部屋に戻ると、神崎の姿が見当たらない。

 相楽は思わず、キョロキョロと辺りを見渡した。するとローテーブルの陰に隠れて、神崎が身を縮み込ませて、丸くなっている。

 相楽はその姿にギョッとしたが、神崎からスースーと寝息が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろした。

 よくこんな狭い隙間で、寝られるものだと相楽は思ったが、その神崎の姿を見て何かを思い出し掛けた。ああそうだ――「ねこ鍋」だ。

『ねこ鍋』とは、土鍋の中で身を丸くして眠る猫の様子を撮影した動画コンテンツで、柔らかい体を小さな土鍋内に埋め、気持ち良さそうに眠る姿は、何だか癒される。

(……可愛いな)

 そう無意識に考えてる事に気が付き、相楽はハッとした。

――違う、そう言うんじゃない。

 この感情は、動物を愛でるような気持ちで、異性としての意味ではないと、慌てて頭を振る。

 相楽は恐る恐る神崎の姿を見遣った。朝から一日中働いて、寒空の下、長時間行列に並んで、相当疲れていたのだろう。空腹を満たし、酒を飲んで、風呂に入りホッとして、きっと眠ってしまったのだ。

 相楽に再び、神崎に対する同情の念が押し寄せる。

(……しょうがねーな……)

 相楽は穏やかに、呆れ笑いを浮かべて、丸まってる神崎を抱え上げた。このまま床に寝かせておいては、いくら暖房の効いた部屋といっても、風邪をひかせてしまうかもしれない。それに体が痛くなるだろう。

 とりあえず今日は、神崎に自分のベッドを貸してやろうと、運ぼうと思ったのだ。

(……重っ!)

 思っていたより重くてビックリした。本人に言ったら鉄拳が飛んでくるだろう。いや、女子に絶対そんな事は言わないが。結構、着痩せするタイプなのかもしれない。

 腕から伝わってくる神崎の体の感触は、ムチムチしていて、とにかく柔らかい。

 ――心地よい。

 相楽はその重みと柔らかさで、確かに自分の部屋に、女性がいる事を改めて実感した。


つづく
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