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第3話「神崎真琴」
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通常時なら五分もあれば着くのに、帰りの道のりは、行きより更に険しいものだった。
ただ相楽は帰る途中、神崎の今日起こった出来事の愚痴を、散々聞かされて歩いていたからか、行きの時のような、虚しさや侘しさを感じる事はなかった。
自宅の前まで何とか辿り着き、玄関を開けて、「狭いけど」と一言断って、相楽は神崎を部屋に招き入れた。
「うわわわわー! あったかい!」と神崎は感極まっていた。大袈裟だなあと、相楽は吹き出しそうになったが、寒空の下、一人で孤独に行列へ並ぶ、苦行を乗り越えた後では「暖かい」というだけで、天国に思えるのだろう。
寒さというのは、それだけ人から幸福感を奪うのだ。人がとてつもなく不幸を感じた時、とりあえず暖かくして、空腹を満たす事が肝心だと、何かの動画で見た気がする。
相楽は電気ヒーターもつけて、神崎をその前に促した。
「……ありがとう、生き返るよ。にしても……」
そう言いながら、神崎は相楽の部屋の様子を見渡す。物が整然と整えられており、塵一つ落ちてない。
「男子の一人暮らしの部屋って、もっと汚いのかと思ってたけど、凄い綺麗にしてるのね? 驚いた」
「……そうか? ……まあ、あんま物ないし……こんなもんじゃない?」
そう答えつつも、相楽は今日一日中、部屋を掃除してて良かったと、胸を撫で下ろした。
ヒーター前で、幸せそうに暖を取っている神崎を横目に、相楽は早速買って来た弁当を温め直しながら、コンビニで買ったポテサラと福神漬けを出して、簡単なつまみを作る事にした。ビールによく合い、美味いらしい。一度やってみようと思っていたのだ。
「何、作ってるの?」
背後から急に声を掛けられて、相楽は神崎を近くに感じ、驚いた。
「あ、ごめん。ビックリさせた?」
「いや、平気だけど。体あったまったのか?」
「大分マシになったよ。ねえ、こっちのコンロ借りてもいい?」
そう言うと神崎は、コンビニのレジ袋から、日本酒と玉子一パックを取り出した。
「何、作る気だ?」
「玉子酒」
「……え?」
玉子酒って、よく風邪なんか引いた時に飲むやつだよな? と相楽の頭に浮かんだ。寒空の下ずっといたせいで、神崎が風邪を引いたのかと、相楽は心配になった。
咄嗟に熱を確認する為に、相楽は神崎の額に自分の額を当てた。神崎はその相楽の行為に、瞬間体を硬直させる。
しばらくして、神崎が顔を強張らせている事に相楽は気が付き、慌ててその額を離した。
「あっ、ごめん。つい! ……よく実家にいた時、妹にやってたから……」
「……へえ。相楽、妹さんいるんだ? ……仲いいんだね」
「……あ、うん……」
「……」
変な沈黙が流れる。流石にこれは友達間ではやらないだろと、相楽は自分の早まった行動を呪いたくなった。
神崎を見遣ると、顔はまだ強張っており、心なしか耳が赤い気する。
この気まずい空気をどうすればと、相楽が考えていると、神崎が何でもないように口を開いた。
「……相楽って、女子と結構距離近いよね? ……女兄妹が、いるせいだからなのかな?」
「……近い……かな? 嫌な思いさせてたら、ごめん」
「あ、いや! そんな事ないよ! 全然ないよ! そこが相楽のいい所だよ!」
ハハハと愛想笑いをして、神崎は重い空気を吹き飛ばした。相楽は神崎に気遣わせてる事に気が付き、自分が情けなくなったが、同時に、明るく振る舞おうとする神崎の事を、愛おしくなり心がふわっと暖かくなった。
その後はいつもの空気に戻り、たわいない話をして、相楽はつまみを作り、神崎は玉子酒を完成させた。
でもキッチンで二人並んで料理をしている事が、相楽には少しむず痒く感じた。まるで新婚のカップルのようで、気恥ずかしくなってしまったからだ。
つづく
ただ相楽は帰る途中、神崎の今日起こった出来事の愚痴を、散々聞かされて歩いていたからか、行きの時のような、虚しさや侘しさを感じる事はなかった。
自宅の前まで何とか辿り着き、玄関を開けて、「狭いけど」と一言断って、相楽は神崎を部屋に招き入れた。
「うわわわわー! あったかい!」と神崎は感極まっていた。大袈裟だなあと、相楽は吹き出しそうになったが、寒空の下、一人で孤独に行列へ並ぶ、苦行を乗り越えた後では「暖かい」というだけで、天国に思えるのだろう。
寒さというのは、それだけ人から幸福感を奪うのだ。人がとてつもなく不幸を感じた時、とりあえず暖かくして、空腹を満たす事が肝心だと、何かの動画で見た気がする。
相楽は電気ヒーターもつけて、神崎をその前に促した。
「……ありがとう、生き返るよ。にしても……」
そう言いながら、神崎は相楽の部屋の様子を見渡す。物が整然と整えられており、塵一つ落ちてない。
「男子の一人暮らしの部屋って、もっと汚いのかと思ってたけど、凄い綺麗にしてるのね? 驚いた」
「……そうか? ……まあ、あんま物ないし……こんなもんじゃない?」
そう答えつつも、相楽は今日一日中、部屋を掃除してて良かったと、胸を撫で下ろした。
ヒーター前で、幸せそうに暖を取っている神崎を横目に、相楽は早速買って来た弁当を温め直しながら、コンビニで買ったポテサラと福神漬けを出して、簡単なつまみを作る事にした。ビールによく合い、美味いらしい。一度やってみようと思っていたのだ。
「何、作ってるの?」
背後から急に声を掛けられて、相楽は神崎を近くに感じ、驚いた。
「あ、ごめん。ビックリさせた?」
「いや、平気だけど。体あったまったのか?」
「大分マシになったよ。ねえ、こっちのコンロ借りてもいい?」
そう言うと神崎は、コンビニのレジ袋から、日本酒と玉子一パックを取り出した。
「何、作る気だ?」
「玉子酒」
「……え?」
玉子酒って、よく風邪なんか引いた時に飲むやつだよな? と相楽の頭に浮かんだ。寒空の下ずっといたせいで、神崎が風邪を引いたのかと、相楽は心配になった。
咄嗟に熱を確認する為に、相楽は神崎の額に自分の額を当てた。神崎はその相楽の行為に、瞬間体を硬直させる。
しばらくして、神崎が顔を強張らせている事に相楽は気が付き、慌ててその額を離した。
「あっ、ごめん。つい! ……よく実家にいた時、妹にやってたから……」
「……へえ。相楽、妹さんいるんだ? ……仲いいんだね」
「……あ、うん……」
「……」
変な沈黙が流れる。流石にこれは友達間ではやらないだろと、相楽は自分の早まった行動を呪いたくなった。
神崎を見遣ると、顔はまだ強張っており、心なしか耳が赤い気する。
この気まずい空気をどうすればと、相楽が考えていると、神崎が何でもないように口を開いた。
「……相楽って、女子と結構距離近いよね? ……女兄妹が、いるせいだからなのかな?」
「……近い……かな? 嫌な思いさせてたら、ごめん」
「あ、いや! そんな事ないよ! 全然ないよ! そこが相楽のいい所だよ!」
ハハハと愛想笑いをして、神崎は重い空気を吹き飛ばした。相楽は神崎に気遣わせてる事に気が付き、自分が情けなくなったが、同時に、明るく振る舞おうとする神崎の事を、愛おしくなり心がふわっと暖かくなった。
その後はいつもの空気に戻り、たわいない話をして、相楽はつまみを作り、神崎は玉子酒を完成させた。
でもキッチンで二人並んで料理をしている事が、相楽には少しむず痒く感じた。まるで新婚のカップルのようで、気恥ずかしくなってしまったからだ。
つづく
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