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第9話 初めてのモンスター

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 俺たちが立ち止まっていることなんて気にもしない様子で、本田はずいずいと足を進めていく。
 しかも。
 なぜか本田が向かっているのは、俺たちが目指していた方向ではないのだ

 困惑しつつどんどん離れていく本田と、この場に残っている篠宮と湊川のことを交互に見つめる。 
 二人も俺と同じように困惑しているようで不安げな様子だ。
 このまま放置していると本当に本田とはぐれてしまうため、本田を引き止めることにした。

「おい本田! 待てよ!」

「……」

 叫んでもまるで無視するかのように止まらず先へと進んでいく。

「本田! 待てって! はぐれるぞ!」

 徐々に本田との距離が開くにつれ俺の声量も上がっていく。
 けれど止まる様子はない。一体なんなんだというのだろうか。

「本田、そっちは目的の場所じゃないだろ! クエストで聞いてきた場所はあっちだ!」

 そう言って俺は大きく足を開き右を指差した。
 道を勘違いしているのかと思ったのだがそういうわけではなかったようだ。

「分かってるよ! だから俺はクエストの目的地ではないこっちに進んでんだろ!?」

「え、どういうことだ?」

 やっとのことで立ち止まり、振り返りながら大きな声で返事をしてくる。
 彼の行動がわざとだと知った今、俺は何も言えなかった。
 既にかなり距離も離れている。

 本田のいる場所まで行こうかと思っていると背後から、篠宮の声が聞こえてきた。

「全く……。 こうしていても時間の無駄だ。 僕は先に行くことにするよ」

「あぁ、ちょ、篠宮……」

 篠宮は俺が先程指差したクエストの目的地へと向かって歩き出してしまった。
 その背中を見つめた後、本田の方へ振り返ると既に本田の姿は見えない。

(くそ! どいつもこいつも一体なんなんだというんだ!)

「御影くん、どうしよう! このままだとみんなバラバラになっちゃうよ!」

 篠宮の後ろ姿と俺の方を見ながら、湊川は必死な様子で俺に訴えてきた。
 正直言って全てを投げ出したい気持ちもある。けれど、この中で最弱であろう俺は皆の協力がないと困る。
 どうしようかと悩んだ挙句、俺が出した答えは、

「仕方がない。湊川、お前は篠宮と一緒に先に目的地へと行ってろ。俺は本田を連れ戻してすぐにそっちへ向かうから」

「本当? 本当に本田くんを連れて、戻ってきてくれる?」

「当たり前だ」

 彼女を不安にさせないよう、自信に満ちた表情を浮かべたつもりで口にする。

「分かった! 絶対ね! 待ってるから!」

 湊川は俺に向かって笑顔を向けた後、走って篠宮の後を追いかけて行った。 

 彼女を見送った後、俺もこの場から走って本田の後を追う。
 だが本田とはかなりの距離が開いてしまい、すぐには探し出すことができなかった。
 目的地が不明なので進んだ方向はおおよそでしか分からない。
 けれど湊川と約束した手前、諦めるという選択肢もない。こんなキャラじゃなかったはずなのに。

(頼むから、俺の目の前にでも現れてくれよ……)

 その願いが通じたのか――――少し走ったところで、唐突に本田の後ろ姿が視界に入る。

「本田!」

 本田は普段から歩くスピードが速いため、見つけても追い付くのがやっと。
 これ以上離れさせるわけにはいかない、といったつもりで俺は本田の肩を手で掴む。

「おい……はぁ……本田……! 二人のもとへ戻ろうぜ」

 肩で呼吸を繰り返しながらそう口にすると、本田は俺には一切顔を向けず静かに言い放つ。

「嫌だ。篠宮がリーダーをやってくれるまで、俺は二人のもとへ戻んねぇ」

「いや、俺だって最初からリーダーなんて嫌だから、リーダーをパスする覚悟はできているけどさ……」

 意外と頑固な本田を目の当たりにし困っていると、街道を外れ目の前に森林が現れる。
 野生に満ちた森林を見て、俺は息を呑む。

「お、おい……本田? 嘘だよな? この森ん中なんて行かないよな!?」

「怖いなら付いてくんなよ」

「そうじゃなくてさ! 一人で森なんかに入ったら絶対に迷って戻れなくなると思うんだが!」

 本田を引き止めようと試みるが、本田は構わずどんどん前へと進んでいく。
 ここで本田とはぐれたら意味がないと思い、彼を説得するまで付き合うことにした。
 だが篠宮がリーダー云々と言っている以上、俺がどうこうする手立てはない。
 段々と森との距離も近づいている。

 少し陰鬱とした気持ちで空を見あげると、どんよりとした姿を見せていた。
 それを見て、俺は目を細める。

(何か、一雨来そうだな)

 早歩きで前に進んでいく本田に声をかける。

「なぁ、戻ろうぜ。雨も降ってきそうだし……って、降ってきたじゃん!」

 ポツポツと、小さな雫が俺の顔に降りかかった。まだ小雨だが、俺たちは何の雨具も持っていない。
 このまま雨足が強くなるとずぶ濡れになってしまう。

「おいおい、まだ進むのか!? このままだと濡れちまうぞ!」

「そのくらい我慢しろよ」

「いや、せめて傘くらい買おうぜ! 傘……あ、金がねぇんだった」

 草むらに手を付き“orz”を表すようなポーズを大袈裟に見せる。
 場を和ませるジョークのつもりだったんだが、本田は何も言い返してこない。
 だんだんと身体に当たる雨の量も増え、このままでは不味そうな気配。

(ちっ、くそ。でもこれすぐに止むタイプの雨だろ!)

 そう思った数秒後――――徐々に雫の量が減っていき、雨は止み雲間から光が溢れた。
 俺が止んで欲しいと思った瞬間に雨が完全に上がったことに驚愕していた。
 本田が空を見上げながら俺に向かって口を開く。

「通り雨だったみたいだな」

「あ、あぁ……」

 通り雨と言っていいのか怪しい雨の降り方と止み方。
 彼の発言に適当に相槌を打ち、俺はこの胸に溜まる違和感を考えた。
 第六感だったのかなんなのか、あまりに精度の高い俺の予想。
 奇跡とでも言えるような今の現象に妙な気持ちを抱く。
 もやもやする思いを抱えつつ歩いていると、目の前に立ち止まっていた本田とぶつかってしまう

 どうして急に立ち止まったのかを尋ねようとした時、本田以外のモノが俺の視界に入る。

「え……!?」

 茶色の光沢を放つ毛で全身を覆った動くもの。いわゆるモンスターというものだろう。
 目が合った瞬間、俺の目の前にプレートがあらわれる。

(ボアボア……? レベル……12だって!?)

 今、俺たちが相対している状況は非常にまずい。

「おい、本田……。 無理だ、すぐに逃げようぜ……」

「……ッ」

 目の前の大きな木から姿を覗かせている小柄なイノシシ。二本の牙が目に入り、日本にいるイノシシよりも大きさは小さいが荒々しい雰囲気を感じる。
 そして先程プレートに出たのはおそらく鑑定の能力。
 目の前に現れたモンスターの説明を自動的にしてくれるのだろう。ボアボアと呼ばれるイノシシは、俺たちのことを鋭い目付きで睨んでいる。
 すると目の前にいる本田が、腰に差していた剣を引き抜きボアボアに向かって構えた。

「おい、嘘だろ!? 勝てっこないって!」

 モニターに書いてあったボアボアのレベルは12。
 それに比べて俺たちはレベル1。いや、戦闘なんて一度もしたことのない超初心者だ。
 そんな記念すべき戦闘の一回目を、本田は勝てっこない相手と勝負しようとしている。

「いい、俺が行く。御影は下がっていろ!」

「はぁッ!?」

「御影はスキルも魔法もないんだろ! 俺はある! 俺ならできる!」

 本田は勢いよく走り出すとボアボアに向かって剣を振り上げていた。そのままボアボアの顔に向かって切りかかる。
 しかしボアボアの速度は速い。やはりレベル差があるのだ。
 いくらスキルや魔法があったところで、レベルという絶対基準の概念は覆せない。

「ぐはっ……!」

「本田!」

 ボアボアは軽々と振り下ろされた剣を避け、そのまま本田の左腕目がけて飛び掛かった。
 本田はそれを避けることはできずに、吹き飛ばされて草の上を転がった。
 このままでは本田が死んでしまう。ボアボアは攻撃をやめる気配を見せてはいない。
 俺はすぐに本田のもとへ駆け寄り、彼を庇うようにして前に立った。
 そして本田と同様、剣を引き抜いて遠くにいるボアボアの方へ向けて構える。

 自分から向こう見ずに突っ走った本田。本当は見捨てて然るべきなのかもしれない。
 けれど、友達と思っていなかったとはいえ今は仲間。湊川との約束も頭によみがえってくる。


 けれども俺の身体はまるで石になったかの如く思うように動いてくれない。
 先に攻撃を仕掛けたいところだが、足がすくんで前へと進まない。
 後ろからは、本田の小さな呻き声が聞こえてくる。

「くそッ……!」

 俺が躊躇っていると、ボアボアから先に俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。
 全くぶれることなく真っすぐに、俺に向かって突進してくる。
 俺は恐怖で手が震え、剣を振り上げることもできない。

 このまま突っ立っているなんてことは本当は駄目だ。けれど、動かしたくても動かないのだ。
 誰か助けに来て欲しい。そんな願いが俺の心を埋め尽くす。
 そのままボアボアから目をそらすことさえできず、俺は歯を食いしばった。 

 危機的状況の中、俺の脳裏に浮かんだ者は――――湊川、篠宮でもなく、先刻出会った少年たち。
 もしかしたらという淡い期待。藁をもすがるような気持ちで祈る。

(頼む、頼むよ……!
 ミラノくんでもユウマくんでもどちらでもいいから、俺たちを助けてくれ……!)

 そんな願いが通じる事なんてないのは分かっている。現実は非常なのだ。
 ボアボアは俺との距離が近付くと、思い切り踏み込んでジャンプした。
 今ボアボアは、俺の頭上から飛び掛かってこようとしている。

 だが!

 攻撃を食らう覚悟で目を瞑ろうとしたその時、目の前に青髪の小さな影が颯爽と現れたのだ。
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