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第20話 アリシア隊の動き

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*

「くそっ、ちくしょう! なんだったんだ! あいつは!」

 レンジュたちに逃げられたアリシアは祭壇で地団駄を踏んでいた。
 ガチャガチャと鎧の音がやかましく鳴り響く。

「アレスは大丈夫か? 今度会ったら問答無用でぶちのめしてやる!」

 アリシアが目を向けた先ではメーティが横たわるアレスを看病している。
 レンジュの仕掛けた移動トラップに引っかかってしまったのは、俊敏に反応しアリシアに良いところを見せようとした副隊長のアレスだった。
 たっぷり四分ほどの前後移動運動。目を回さないわけがない。

「命に別状があったりする様子はありません。ただ、盛大にやっちゃったようですけど」

 通路の端にはキラキラと光る何かがこぼれている。
 いや、目を向けるのは良そう。

 アリシアはアレスに近付き回復魔法をかける。
 どうやら酔いにはあまり効果を示さないのか、気休め程度の力しか発揮していないようだ。

「アリシア……隊長……お心遣い痛み入ります……」

「問題ない。とりあえずしばらく寝ておけ。相手が悪かったということなのだろう」

 そう口にしたアリシアの元へ男性騎士が歩み寄る。
 長身痩躯の頼りなさげな雰囲気の男で名前はウェルトという。
 それでもアリシアが選んだ精鋭ということなので、能力自体は高いのかもしれない。

「隊長、鑑定を試みてみたところ偽名ではありませんでした。レベルも22のようで不審な点はありません」

「レベル22だと!? そんな相手に私たちは……!? いや、だが、確かに逃げてここに来たというのが本当なら……。そのレベルでは封殿に行くなんてとても敵わないだろうしな。だが、しかし……」

 アリシアは唇をギュッと噛みしめている。
 彼らの平均レベルは60程度で、本来はとてもレンジュがどうこうできる相手じゃなかった。
 逃げるという行為に特化させた戦術。
 それが功を奏したということなのだろう。

 いや、それとも……別の要素が……?

「とりあえず、アレスの回復を待つ。それから封殿の調査だ。さっきの男は得体が知れないが……どうすることもできんだろう」

「隊長、私索敵の魔法をうちましたので、近くまで寄れば探知できるかと思います」

「ふむ。そうだな。といっても、敵意などは感じなかった気がしたんだが……」

「分かりませんよ。なんとなくですが、あの狂騒の中足音が一つじゃなかったような気がするんです。石ころも投げていましたし。探査の魔法を打った時は確かに一つだと思ったんですがね。もしかしたら……」

 メーティはその能力からか細かいことに気付きやすいたちなのだろう。
 索敵で反応が一つだったというのに、それを盲信しないとは抜け目がない性格だ。
 レンジュが独りでなかったということは残念ながらばれてしまっている。

「プリシラを匿っていた、そういう可能性があるという訳か? だが……」

「そんなメリットがあるとは思えません。プリシラはウェコハドマの一人なのですから」

「メリットというのもあるが、ウェコハドマはレベル22の人間など相手にしないってこともあるだろうな」

 ウェコハドマとはファレンシアの人族や魔族、亜人族などの人型生物を蹂躙し世界を掌握してしまおうと考えている狂信集団の名称。
 それ以外は、謎に包まれた怪しげで危険な組織というのが一般的な認識だ。

 そんな者の手にディアが渡るよりは、レンジュが解放したほうが当然良かったであろう。
 勿論、放っておかれるはずもないと思われるが……。

 体格の良い偉丈夫がアリシアに向け口を開く。
 ハーネスという名で四人が携えているよりも大ぶりの剣を腰に差している。

「隊長、もしかしたら全然関係なくただ仲間を庇っていただけという可能性も」

「ハーネスの考えも正しいかもしれん。分からん……分からんが、とりあえずは封殿を確かめてみるしかない」

 結局考えても分からなかった彼女らはアレスの回復を待ち封殿に向かうこととなった。

*

 彼らのレベルといえども白銀双斬虎に出会えば容易く死ぬ。
 魔獣と人間ではレベルの数値がどうこうといった以上に、戦闘能力に差があるのだ。
 レンジュが切り抜けることができたのはある意味必然だったのかもしれないが、剛運とも言える運にも守られていた。

 メーティの索敵の魔法を駆使し、必死に辿り着いた先。
 ディアが封じられていた扉が開いており中がもぬけの殻になっていたことに気付き、彼女らの背筋は震えた。

「くそったれ! やはりプリシラにやられてしまったというわけか! まずいぞ、ウェコハドマが惨獄蟲を手にしただなんて」

「隊長、言葉遣いが……。そんなことですから婚期をのが……いや、叶うのであれば俺が……いやいや、何でもなくてですね。
 珠による解放は行われていないのでは? とにかく今は迅速に動くべきかと思います」

 小さな部屋にアリシアの言葉が木霊し、アレスが助言するように声をかける。
 変な願望も混ざっていたような感じではあったのだが。

 アリシアはここまでに二度のお見合いをご破算にしてしまっているようであるが、現在20歳。
 婚期を逃しているというほどの年齢ではない。
 今は恋愛よりも仕事。そう考えているようである。
 ぶつぶつと何事かつぶやいており、アレスの口ごもった言葉を聞いていなかったのが幸いだったというかなんというか。

 索敵の魔法をしこたま使い、神経をすり減らし疲れ切った表情でメーティがつぶやく。

「さっきの少年がってことはないですよね? 今のとこ一番怪しいのは彼だと思うんですけど。プリシラは目撃情報だけですから」

「いや、それはどうだろうか。解放には封印盤が必要だ。それをプリシラが持っているのを見たと聞いて私たちはここにやってきたのではないか」

「そうなんです、そうなんですけどね……。なんとなーく私の勘が彼を怪しいって言ってるんですよ」

「ふむ……。メーティの勘や気付きは時に無視できないほどの重要になることがある……。彼には念のため賞金を懸けておくとするか」

 この世界においての賞金というものは主に二つに分類され、一つは金銭の神ゴルディア・バルディウスの力を以て行われる。
 レンジュが守護像を破壊して賞金が加算されたのは、バルディウスが定めた懸賞金の法則によるもの。
 世界の秩序を保つために定められたそれは、内容の明かされることのない懸賞法により決定され、対象の危険度に応じ賞金額が加算されていく。
 この管理は各地に教会を持つゴルディア教が全て取り仕切っている。

 もう一つは通常懸けられる賞金の認識で良い。国が危険人物を追い求めるときに懸けるものだ。
 こちらはステータスに表示されることはなく、張り紙やビラなどで布告される。

 アリシアの口にしたものは当然後者である。
 レンジュにかけられているのは単なる疑惑であるため、賞金額も低く布告もほとんど行われないはずだ。
 祭壇でけむに巻いたり移動トラップに嵌めたくらいでは賞金額は増額されることはない。

「いやいや、ただの勘なんでそこまでしなくともいいというか……。怪しいってだけじゃあの財務大臣は文句垂れますよ」

 賞金を懸けて冤罪でしたでは到底済む話ではない。
 メーティはそれを気にして額の汗をぬぐう。かなりお疲れの様子がみてとれる。

「ふ、ふむ……。そうだな。この前も賞金の関係でどなられてしまったよ」

「アリシア隊長がが髭爺さんの前でシュンとなってるのはちょっと可愛かったです」

「な! うるさいな、アレス!」

「何があったんですか? アレス副隊長」

「言うなよ! 言ったらぶっ飛ばすからな!」

 どうやらその時のことがよほど恥ずかしかったようである。
 ただ強力なモンスターに賞金をかけようとしたら、自分が担当しているのは人間を対象にしたものだけだと小言を言われた程度の話であったらしいのだが。

「はいはい、言いませんよ。それより……どうしますか?」

「メーティは――」

 アリシアに向けて首を振りながら両手の指を広げてみせた。
 魔力と体調の回復に10時間ほどかかるということだ。

 通常ならもっと早く回復するだろう。
 けれど、白銀双斬虎がいる森を突っ切るのには中途半端ではまずいという判断。

 彼女たちが祭壇に戻ったのは一夜明けた翌日の事。
 そして、その道中にぽつりと呟いたアリシアからの会話だ。

「しかし……事と次第によってはあの禁術に手を出す必要があるのかもしれないな……」

「あのって……まさか、別世界から英雄を召喚するとかいうあれですか? 駄目ですよ、それこそ財務大臣の小言ではすみませんって」

「だが、そうは言ってもウェコハドマに獄蟲が渡っていたら本当に終わり。金とか言ってる場合ではないんだぞ?」

「ですが……。いえ。確かにそうかもしれませんね。……戻ったらバルバリシス様のとこへ?」

「そうだな。禁術を行うかどうかはともかくとしてお耳に入れておいた方がいいのは確かだろうな」

 こんなアリシアとアレスの会話を頭を痛めて聞きながら索敵の魔法を行使し、危険な森を先導するメーティだった。

*
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