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第18話 聖邪の九柱封殿 

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 神殿の中は割とシンプルな造りとなっていて、ひんやりと冷たい風が流れている。
 照明器具はないというのにしっかりと明かりが確保されており、視界が開けていて困ることはない。

 二人コツコツと足音を立てていると小さなホールのような場所にさしかかり、見えてきたのは巨大な魔法陣のようなもの。
 薄らと地から光を放ち、背景が陽炎のように揺らぐ。
 ゲームなんかでよくあるポータルのようだなというのが俺の印象だ。

「これ転移、魔法陣……だよ。聖邪の、九柱封殿に……繋がってる、思う……」

「へぇ……そうだとは思ったけど。しっかしなんだその聖邪のなんとかって?」

 幾本も立ち並ぶ柱がやたらと仰々しい。
 まるで魔法陣の周りをぐるっと取り囲むかのように整然と並べられている。
 ディアは小首を傾げ、整った睫毛をしぱたたかせた。

「わか、ない……。私、知ってるの名前だけ……」

「ま、行ってみるかしかないってことかね。しかし、ふぅむ……」

 転移とか魔法陣とか実際に目の当たりにしてみると得体がしれない。
 ゲームなんかではよくある物であるが、それに実際触れるとなると俺の心に躊躇いを生むのだ。
 どこに通じているのかは分からないし、どのような感覚を味わうことになるのかも分からない。

 おそるおそる手を光にかざしてみると、光は俺の手なんてまるでないかのように透過した。
 魔法的な因子による光は実体を透過させるという性質を持っているのだろうか。

「ふふ……。レンジュ、こわいの……?」

「ば、ばっか! こわいなんてことがあるわけあるかい! 用心……そう! 用心さ!」

「そ、なの……? うん。用心、大事……だね!」

 親指をビッと立ててみせるとディアもちょこんと親指を立て返してくれる。
 そのやり取りで勇気をもらい、俺の心は決心を決めてくれたようだ。

「これそのまま入っていけばいいんだよな?」

「そだよ」

 ディアがコクコクと頷くのを見て俺たちはその中へと足を踏み入れていく。
 僅かな浮遊感を感じ視界を白光が塞ぐ。

 だがそれも一瞬の事。

 気付けば白と黒を基調とした怪しげな雰囲気を感じる小さな部屋に立っていた。

 いや。

 ここも先ほどと同様の神殿なのだろう。
 背後には魔法陣の光が揺らぎ、白と黒の柱が並べられ艶のある光を反射させる。
 そのまま俺たちは漆黒で意匠が凝らされた扉を開け細長い通路を進んでいく。
 殺風景な通路だ。
 通気性はどう見ても悪いが、意外にも乾いていてひんやりとしている風が俺の肌を撫でていった。

 僅かに薄暗い通路を進むと突如視界が広がり、円型上のホールのような場所に出る。
 中央に何やら祭壇のような物があり、壁からは俺たちが出てきた通路のような物が繋がっていた。

 のだが。

 その全ての入り口部分が薄らとした光の壁のような物で塞がれている。
 塞がれていないのは俺たちが出てきた場所と、一際幅広く通っている祭壇正面だけだ。

「レンジュ、ここ嫌な感じ……。早く行こ。多分、あそこだよ」

「ああ。そうだな」

 別に祭壇も特別変わった雰囲気はない。
 切り整えられたまるで巨大な水晶のような赤黒い岩が祀られているだけで、その見た目からは何かを感じとることはできない。

 けれど。

 ディアの言うとおり、何か分からない得体のしれない恐怖感というものを、祭壇から、ではなくこの神殿全体から感じる。
 長居してはいけない。
 まるで誰かからの警告を受けているかのようなそんな薄気味の悪い感覚。

 ディアが指さしたおそらくは出口に繋がっているだろう場所へと向かって歩む。
 正面から見ても祭壇に変わった様子はない。
 祭具なのかよく分からない道具が色々と置かれているが、それ以外に特段怪しいことはない。
 生贄のミイラや人骨でもあったら背筋がぞくっとでもきそうなもんだが幸いそれはなかった。

 そんな時。

 出口の方からガチャガチャと金属が軋むような音が聞こえてくる。
 その音と雰囲気から察するに鎧でも着た人間が歩いてきている?
 という感じだが、流石に目を向けるのは危険なので分からない。
 分かるのは俺たちの方に向かって近付いてきているということだけだ。

 落とし穴を仕掛けるか僅かに逡巡。
 しかし結局立ち並ぶ柱の陰に隠れることにした。
 必要にならないと良いのだが……と思いつつも、ある罠を一つだけ待機させディアに耳打ちを行う。

 そして。

 息を殺し身を潜める。
 僅かな視界の隙間から見えたのは赤いプレートで装飾された金属製のグリーブを履く人間の足。
 それが10本。5人の整った足音と鎧の軋む音が部屋内に侵入してくる。

「止まれっ!」

 聞こえてきたのは女性の精悍な声。しかし、その様相は全く伺うことはできない。
 ディアに向け指を口元に持っていくと、ディアも僅かに目元を緩め俺を真似した。
 あまりの可愛さに緊張がゆるみそうになるが、すぐに気を引き締め耳を澄ます。

「くっ。やはり常闇蟲の隔離獄の封が解かれている。プリシラがここに向かったという情報は正しかったか……」

「アリシア隊長、情報提供者に報酬を与えねばいけませんね」

 今度聞こえた声は男の物。
 アリシアという名前の女性が隊長で男女混合のグループ。
 現在分かるのはこれだけだ。
 プリシラというのは――ディアが封印されていた遺跡で出くわしたモスグリーンの髪の女だろうか?

「うむ。そうだな。だが、それは後だ。まずは封殿を確認しに行かねばならん」

「隊長、ほんとに五人だけで行くんですか? 中には獰猛な魔獣がいると聞いたことがありますが……」

「アルス! お前、副隊長にもなってまだそんな弱気なことを言っているのか! お前たちは私が選んだ精鋭だ。連携をとれば問題はない!」

 話しているのは二人だけなので、男の声は副隊長のアルスということなんだろう。
 時折耳に届く鎧の擦れる音がなんとも緊張を煽る。

「ですが……」

「ですがもくそもない! 惨獄蟲がどれか一蟲でも世に解き放たれたら数えきれないほどの人間が死ぬんだぞ!」

 アリシアの怒号にビリビリと空気が震える。
 惨獄蟲というのがおそらくは常闇蟲にあたるんだろう。
 やはりというかディアはとんでもない物を宿している。

 しかし。

 惨ってのは――さん? 3のことか? ということは他にも同じようなのが2体もいるってことだろうか。
 それでも俺には関係ない。何があろうと守ると決めたんだから。

「もし封印が解かれていたらどうするんですか? 流石に手に負えないのでは……?」

「そうだな……。だが、封印珠が世に流れたという話は聞いていない。もし解かれていても、珠での完全封印が解かれるまでは打つ手は残されているということだ」

 直後、パチンという乾いた音が響く。
 ディアの不安げな瞳が俺の顔を写し込む。

「分かりました! 男、アルス。隊長のためにも頑張らせていただきます!」

「最初からその気概を持って欲しいところだがな。皆もここからは絶対に油断しないように!」

「「「「はっ!」」」」

「じゃあ、行くとしよう! …………いや、待てよ。一応祭壇にプリシラが隠れていないか探しておいたほうがいいか」
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