上 下
33 / 46

33

しおりを挟む
「エトワイア、丁度良いのでお昼にしませんか?」

 そろそろ腹も減ってきたなという頃、エリーゼが少し開けた場所でそう提案した。
 魔物はいないし危険もない。
 苔の明かりが幻想的で洞窟内でも気分的には悪くない。

「そうだな。食えるときに食っとくか」

 俺がそう言うとアリゼッタが茶色のシートのような物を洞窟に敷いた。
 それを見ると子供の頃に出かけたピクニックを思い出す。
 家族で出かけた小川を拝める山での一時。
 バーベキューを行い空気が旨かったのを覚えている。

(姉さんや家族はどうしているんだろ……)

 そんな疑問がふと沸いた。
 考えたことがなかったわけではないが、考えても仕方がないと思っていたのだ。
 これらすべてが夢オチと考えるのは流石に無理がある。
 二人の体温も俺が見て感じる光景も、全てが現実と確信させるのだから。

(もし俺じゃなく姉さんがここに来たとしたら、今みたいにはなってなかっただろうな)

 変わってしまった世界に少しだけ責任を感じる。
 それが良かったのか悪かったのか。俺の行動によって不幸になる人間が出てしまっているのではないか。
 そんな気持ちが僅かに沸いた。
 でも、後悔はしていなかった。

 本来はないはずのアリゼッタの笑顔がある。
 本来はいがみ合うエリーゼとアリゼッタの二人が仲良くなり笑い合っている。
 俺にはそれで十分だった。

「エトワイア、何か考えごとしてますの?」

 惚けた様子だったのかアリゼッタが俺の顔を覗き込んできていた。
 よく見れば簡易的ではあるが準備が整っている。

「いや、二人と一緒に過ごすことができて良かったなと思ってたんだよ」

「ま。エトワイアは本当に私たちが喜ぶ言葉を自然と口にするようになったわね」

「ふふ。そうですね。あの時から……ですか。まだそんなに経ったわけではないのですけれど、随分長い時間を三人で過ごした気がしますね」

 まだ俺がこの世界に来てから二か月も経ってはいない。
 元の王子は二人と長い時間を過ごしていたとは思うが、俺はそうではない。
 それでもエリーゼの言った通りに感じている自分がいた。

「そうですわね。あの時は……ま、正直複雑な気持ちでしたわ。
 でも今はエトがこういう選択をしてくれたことを本当に良かったと思っていますの」

「こんな冒険をすることになるなんて夢にも思ってませんでした」

 選択によって良い事もあれば悪いこともある。
 でも、やはり二人が良いと思ってくれることは嬉しい。

「まだまだ始まったばっかなんだけどな。こっから大変になるぞ、多分」

「なんでもこいですわよ!」

「アリゼッタ、はりきってますね。とりあえず今は休息ということで……はい、二人とも」

 簡易なコップに飲み物を注いでくれる。
 柑橘類の香りがほんのり漂う甘味の抑えられた飲み物。
 日本人の俺には少しばかり物足りないが、二人と過ごす時間がその味という要素に+αし俺の心を満たしてくれる。

 ちなみに食事にと持ってきていたのは、長パンに肉や野菜を挟んだもの。
 鮮度の関係でこれを食べてしまえば後は保存食のような物しかない。
 それでも二人は文句を言わないし、笑顔を見せて俺に食べさせようとしてくれる。
 どちらが先に食べさせるかで言い合いをしたり、顔を背け合ったりするのを俺が宥めて仲直りをする。
 日本では体験したことのなかったことに俺の心も綻び食も進む。
 飯を食い終えた俺たちは、二人の笑顔を守るためにもと気合を入れ足を進めていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王太子が悪役令嬢ののろけ話ばかりするのでヒロインは困惑した

葉柚
恋愛
とある乙女ゲームの世界に転生してしまった乙女ゲームのヒロイン、アリーチェ。 メインヒーローの王太子を攻略しようとするんだけど………。 なんかこの王太子おかしい。 婚約者である悪役令嬢ののろけ話しかしないんだけど。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

馬鹿王子は落ちぶれました。 〜婚約破棄した公爵令嬢は有能すぎた〜

mimiaizu
恋愛
マグーマ・ティレックス――かつて第一王子にして王太子マグーマ・ツインローズと呼ばれた男は、己の人生に絶望した。王族に生まれ、いずれは国王になるはずだったのに、男爵にまで成り下がったのだ。彼は思う。 「俺はどこで間違えた?」 これは悪役令嬢やヒロインがメインの物語ではない。ざまぁされる男がメインの物語である。 ※『【短編】婚約破棄してきた王太子が行方不明!? ~いいえ。王太子が婚約破棄されました~』『王太子殿下は豹変しました!? 〜第二王子殿下の心は過労で病んでいます〜』の敵側の王子の物語です。これらを見てくだされば分かりやすいです。

婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~

荷居人(にいと)
恋愛
「お前みたいなのが聖女なはずがない!お前とは婚約破棄だ!聖女は神の声を聞いたリアンに違いない!」 自信満々に言ってのけたこの国の王子様はまだ聖女が決まる一週間前に私と婚約破棄されました。リアンとやらをいじめたからと。 私は正しいことをしただけですから罪を認めるものですか。そう言っていたら檻に入れられて聖女が決まる神様からの認定式の日が過ぎれば処刑だなんて随分陛下が外交で不在だからとやりたい放題。 でもね、残念。私聖女に選ばれちゃいました。復縁なんてバカなこと許しませんからね? 最近の聖女婚約破棄ブームにのっかりました。 婚約破棄シリーズ記念すべき第一段!只今第五弾まで完結!婚約破棄シリーズは荷居人タグでまとめておりますので荷居人ファン様、荷居人ファンなりかけ様、荷居人ファン……かもしれない?様は是非シリーズ全て読んでいただければと思います!

【本編完結】婚約者には愛する人がいるのでツギハギ令嬢は身を引きます!

ユウ
恋愛
公爵令嬢のアドリアーナは血筋だけは国一番であるが平凡な令嬢だった。 魔力はなく、スキルは縫合という地味な物だった。 優しい父に優しい兄がいて幸せだった。 ただ一つの悩みごとは婚約者には愛する人がいることを知らされる。 世間では二人のロマンスが涙を誘い、アドリア―ナは悪役令嬢として噂を流されてしまう。 婚約者で幼馴染でもあるエイミールには友人以上の感情はないので潔く身を引く事を宣言するも激怒した第一皇女が王宮に召し上げ傍付きに命じるようになる。 公爵令嬢が侍女をするなど前代未聞と思いきや、アドリア―ナにとっては楽園だった。 幼い頃から皇女殿下の侍女になるのが夢だったからだ。 皇女殿下の紹介で素敵な友人を紹介され幸せな日々を送る最中、婚約者のエイミールが乗り込んで来るのだったが…。

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

処理中です...