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「おい、そこの腰抜けぇ!」

 ピローヌは声を荒げ供を引き連れたまま俺たちに歩み寄ってくる。
 溜息をつきたい、がさらにヒートアップすることは間違いないと考え俺は飲み込んだ。

「そっちの変な女はいらないが、この銀ぶち眼鏡はいい女だな。
 決めた。僕の女にしてやるから今すぐついてこい!」

 俺は二人を両手で庇うように前に出てピローヌの目を見つめる。

「それは出来ないな。二人とも俺の大切な女性だ」

「はぁぁ!? 腰抜けとは話なんかしてねーんだよぉ! 僕はそっちの女に言ってるんだ。ぐずはひっこんでろ!」

 表情を歪め迫ってくる姿は流石に気分は悪い。
 だが当たり前だがエリーゼを渡すつもりなんて、例えピローヌを殺すことになったとしてもない。
 その時は俺の計画は全てご破算となってしまうが、エリーゼを渡すのはそれこそ本末転倒だ。

「エトをこれ以上貶めないでください! 私はあなたのような権力を笠に着て威張る人は大嫌いです! どこか見えないところに消えてください!」

 ピローヌはエリーゼの剣幕に一瞬たじろいだが、顔を怒りに染め上げ拳を振りかぶった。
 だがそれは流石に俺も見逃すことはできない。
 ひょろりとしたパンチを片手で余裕で受け止めてみせる。

「お前、女を殴るつもりだったのか? それは男としても人間としても最低の行為だぞ」

「だまれぇぇぇぇ!」

 今度は逆の手で俺に向かって拳を振ってくるが、貴族のおぼっちゃんのおざなりなパンチなど蚊トンボの羽ばたき程の力も感じない。
 両手を掴んだ状態でお供に突き飛ばしてやると、ピローヌは地団駄を踏んだ。

「ぼ、僕に手をあげたな! セントイア伯爵家の長男であるこのピローヌ様に! おい、何してる! こいつをぶちのめして這いつくばらせろ!」

「へい、すぐに」

 屈強な男たちが俺の眼前に迫る。
 正直な話、ピローヌの拳を受けたほうがよかったのかもしれない。
 そのほうが大事にならずに済んでいたかもしれないという考えが、俺の頭をよぎる。

 俺は二人に手を出さないよう両手で遮り、顔面に向けて飛んで来る拳以外の全ての攻撃を受けた。
 さすがに顔に傷を作るわけにはいかないからだ。
 土属性の強化魔法も使用しているが、身体が岩になるわけではない。
 少しずつだが確実に屈強な男たちの拳は、俺の身体にダメージを与えてくる。

「ちっ、なんだこいつ。めちゃくちゃかてーぞ」

「服の下になにか仕込んでやがるな!」

 当然ボロの下に何かを仕込んでいるという事実はない。
 強化魔法に鍛え上げた筋肉の鎧だけだ。それでも痛いし腹は立つ。
 それでも俺は我慢した。民草の支持を得るために我慢していた。

 だが、後ろの二人が俺の今の状況を見てどう思っているかは理解してはいなかった。
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