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 俺がアージャの背中を見送っているとエリーゼが声を上げる。

「ア、アリゼッタ一体どうしたんですか?」

 振り返って見ると、アリゼッタは薄桃色の瞳から大粒の涙を零していた。
 すすり泣くような声を漏らし、拭いても拭いてもとまらないといった様子にエリーゼが背中に手を置き、俺も駆け寄った。

「どうしたんだ? 緊張の糸でも解けたのか?」

「違います。違いますの。私……、私、てっきり3人だけの部屋に呼ばれて、それで、婚約破棄されるとばかりに思ってたから……。
 そうじゃなかったんだと思ったら、今になってなんだか涙が溢れてきて」

 気丈な振る舞いをし強気な顔つきをしている公爵令嬢アリゼッタ。
 それでもやはり中身は女の子で、脆く壊れやすいハートを持っているというのを感じた。

「うぅ……。アリゼッタが泣いてると私も涙が出てきます。
 私だって不安だったんです。エトワイア様はさっきまでは婚約破棄すると意気込んで話していたのに、一瞬で話が変わってしまっていたんですから」

 エリーゼも涙を流し、二人そろって床に敷かれた絨毯に染みを作っていた。
 俺は二人の背中に手を置き優しくなでてやる。
 役得。
 そうではあるが二人の背中から僅かに震えが伝わり、ゲームとは違う生きてる人間の温かみを感じ、再度これは現実だなと実感した。

 なぜゲームではどちらかしか幸せになれないのか。
 いや、アリゼッタは幸せになれないのか。
 俺にはそれが不思議でならなかったし、納得できなかった。
 姉貴は悪役令嬢が落ちぶれるのを笑って喜んでいたようだったけれど、ゲームと現実では違う。
 そこには心があり魂がある。誰だって幸せになる権利があるはずなんだ。

 いつのまにか二人はお互いの手を握っていて、そこにいがみ合っていたという関係は見出すことは出来ない。
 とはいえこれも仮初めの時間でしかない。
 俺が上手くやらないと泡沫のように儚く砕け散ってしまう関係なのだから。

「すまないな、不安にさせて」

「本当ですわ! エトワイアが、エトワイアが……。でもいいですわ。
 あなたの背中には私たち二人分の重みがかかってるということを忘れないで」

「いえ、私たち二人だけではありません。国民の期待も受けているんです。稀代の賢王への道。私も全力で協力したいと思います」

「な、なによ! 抜け駆けしようっての!? 私だって協力するわ。なんだってしてみせるわ!」

 二人の期待、国民の期待。
 俺が転生しなければ、ゲーム内で適当に片付けられていたであろう二つの事項。
 ヒロインといちゃこらするだけが王子の仕事の訳がない。

「ああ、ありがとう。だが本当に大丈夫なのか? 特にアリゼッタには辛い仕事になると思うぞ」

「言ったでしょう? 何だってしてみせるって。
 必要なら泥水でもすするわ!」

「分かった。その言葉正面から受け止めさせてもらう。
 まず俺、いや、俺たち3人がやるべきことは知識を吸収することと体を鍛えることだ!」

 二人が不思議そうに見つめてくるが、俺は立ち上がり拳を握りしめた。
 ここからしばらくは努力の道。それが成功には必要なこととなる。
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