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フレドリックとリオ
しおりを挟むフレドリックが応接室で引き続きケイの話を聞いていると、少年が一人、部屋へとやってきた。入口に立っていたメイドに声をかけ、そしてそのメイドがケイの耳元へ何かを伝えていた。細く開いたドアから覗くのはまだ背の低そうな、茶色い髪の少年だった。
ケイがフレドリックに断り、少年のもとへと向かい廊下で話をする。すぐに戻ってきたケイはフレドリックに代行官に呼ばれたとメイドに任せて部屋を後にした。
「今の少年は?随分と若いように見えたが」
「ケイ補佐官の弟さんですわ。こちらに来た頃からよく働いてくれております」
こんな小さい子供も屋敷で働いているのかと聞いてみれば、あの少年が件のケイの弟だという。ケイの弟だからもう少し大きいと思っていたが、どうやら年齢にしては小さめなようだった。
そしてそれをふくふくと笑い教えてくれたのは年配のメイドだった。カレッジ子爵時代から務めているというその女性もまたカレッジ子爵家族のことをよく知っていた。ケイが言付けていったので、ケイに続きフレドリックにカレッジ子爵家のことをいろいろと教えてくれた。
「あの子が昨日、丘に向かっていったのが見えたのだが」
「リオは月命日に花をもってお墓参りに行くのです。兄を守ってくれた全てに感謝を伝えるのだと言っておりました」
「それは。まだ若いのに、とても良い子なのですね」
「ええ!!それはとっても。街にもよく出ていますが、とても評判の良い、いい子ですよ」
お茶の時間も終わり、館内を散歩するとメイドに断ってフレドリックは代行官邸の庭に出る。
完成されていたカレッジ子爵邸と違い、こちらはまだ木々が若い。もともとカレッジ子爵の持つ別邸の一つだったらしいが、あの日以降代行官が入るので急遽整えられたのだという。
新しいが手入れの行き届いた様子に代行官の手腕と人徳を感じざるを得ない。
公爵である父も広大な領地を治めているが、ここは公爵家よりも領地が狭い分、領民との距離がひどく近い。こういう土地ならば治めても……と思い、それをうち消すようにフレドリックは首を振った。
明るい庭園から逃げるように庭園の真ん中にある東屋のベンチに座る。フレドリックは跡取りとして生まれたが、成人した今もそれを拒否している。出来れば妹が婿を取り、領地を継いでほしいが、それが難しいことも、もちろん解っているのだ。
父親もそれを察して、いまだにフレドリックにも妹にも婚約者を据えていない。対外的にはフレドリックは跡取りのままなのだ。先日貴族院学校を卒業した時も就職せずに領地に帰ってきた。現在は父の下で領地経営を学んでいる形である。それは跡取りとしてごく一般的な進路だった。
これが自分の我儘なのだと、フレドリックは理解している。いずれその我儘を撤回しなければならないことも。
それでも。
胸を張って公爵家を継ぐとは、フレドリックは言えなかった。
◇◇◇◇◇
そんなことをつらつらと考えながら庭を眺めていると、花壇や木々の合間をひょこひょこと動く茶色い頭が見えた。
すぐにその小さな頭が先ほど見かけたケイの弟だと気づいたフレドリックは立ち上がって東屋から出る。
「君、ちょっといいかな?」
フレドリックを見てぺこり、と頭を下げて通り過ぎようとしたその少年に声をかけてしまったのは、少年にあの日のあの子の面影を見てしまったからだ。
「え、っと。なんでしょう?」
困ったようにこちらを上目で窺う少年に、フレドリックは笑いかける。
「急に呼び止めて悪かったね。……君はケイ補佐官の弟さん、かな?」
「っ、はい。そうです。リオと申します」
「そう、よかった。私はフレドリック・ウォルターズ。もし、君にこの後時間があれば、すこし話がしたいんだけどいいかな」
「……無作法があるかもしれませんが、それでよければ」
あの子に似た深い藍色の瞳で、その子供は頷いた。
◇◇◇◇◇
「君は、五歳の時にこちらに来たと聞いたけれども、覚えてるかい?」
東屋で二人で並んで座る。一緒に座ることに若干の戸惑いを見せたリオ少年は、それでもフレドリックが乞うとおとなしく隣に座った。年齢にしては小さいと思ったが、隣に座るとより一層小さく見える。
「はい。俺の記憶はこっちに来てからになりますけど。なんか兄も兄の奥さんも忙しそうだったのは覚えてます。でも突然紛れ込んだ幼い自分にみんなよくしてくれました。えっとフレドリック様のお父さんのウォルターズ公爵にも大変よくしていただいて」
「それは驚いた、父が?」
「ケビン代行官とうちの兄のことをすごく気にかけてくださって、ついでに俺も。何か月かに一度いらっしゃる時に」
フレドリックは父がこの子供に目をかけていたことに驚く。ああ見えて気安い父ではあるが、公爵として育てられた公爵である。国王の幼馴染として、近しい親戚として信頼される男だ。大体彼を知っている人は狸だの狐だの腹黒だの吐き捨てるが、その父が、この純粋そうな少年を気にかけているのが意外だった。
――父もこの少年にあの子の面影を見ているのだろうか。
茶色の髪に藍色の瞳――それなりに市井を歩けば見つかりそうな配色のこの少年は、どこかあの子に、レオンに似ている。たった二度しか顔を合せなかったあの子に。
深い藍色の瞳に心の奥底を見た気がして、気持ちを整えるように一度瞬きをした。
「……君がよく丘の上に行くと聞いたんだ。事件の時君はいなかったけれども」
「小さいころはよくわかりませんでしたが、あの屋敷にいればおのずと知ることです。兄からも当時のことをよく聞きます。――レオン様と俺が同じ年だからって」
「そうか、君はレオンと同じ年なのか……」
茶色い髪に藍色の瞳。
レオンと同じ色を持っているリオというレオンと同じ年の少年。
フレドリックのようにケイは自分の弟に、かつて自分が仕えたレオンを見るのだろうか。それともレオンに弟を見ていたのだろうか。十二でカレッジ家に来たケイがリオと会ったのはきっと何回もなかっただろう。そもそも両親の死後、赤子だったリオは事件後ケイに引き取られるまでここから半日ほど離れた領の外れにある孤児院に入っていたとケイから聞いている。
五歳の時にいきなり兄だと迎えに来られたリオはなぜ、この地に来たのだろうか。
引き取られたころのケイはリオも言っていた通り、おそらく一番忙しかったはずだ。それでもなぜケイはこの子をカレッジ領に引き取ろうとしたのか。
「君から見て、このカレッジ領はどんな街かな」
あの子の藍色の瞳に感情が乗っているところを見たかった。
たった二度だけ真正面から見たあの子を、自分はどれだけきちんと覚えているのだろうか。
あの日、あの時、あの子と友好的に接することが出来ていたら、あの子とこんな風に一緒に話して、学んで、笑う現在があったのだろうか。
せめてあの子に似たリオと話すことで、フレドリックは気持ちを抑えようとしていた。
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