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序章 邂逅(であい)
序章-3:マヒコとマイコ、師弟の邂逅
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〈陰闇の腕輪〉のように、魔法の効力を宿らせた道具のことを、魔法具と呼ぶ。
【魔晶】の出現以降、魔法を手にした人類が真っ先に注力したことこそ、優れた魔法具の開発・量産であり、武器や防具はおろか、日用品に至るまで、多種多様の魔法具が作られ、市場に出回っていた。
魂を持つ全ての生物は、魔法の源泉たる魔力を有し、修練によって魔法を身に付けられるが、生まれつき魔法を使える魔獣と、修練によって魔法を身に付けた地球人類との間には、魔法そのものの効力に相当の差が表れることが多々あった。
その差を埋めるために多くの魔法具が作られ、それらの魔法具が、今の世の人類の命を守り、救っていたのである。
魔法具の効力で、苦悶の表情が若干和らいだ重傷の少女達に、少年が骨折箇所の応急処置を行っている時であった。軽傷の少女が、躊躇いがちに少年へと問う。
「あの……さっき話してたツルメって、もしかして新人殺しとも呼ばれてる、あのツルメですか?」
「ああ。駆け出しでもさすがにあいつらのことは知ってたのか。少し安心したぞ」
「い、いえ! 知ってるわけではありません……報道番組で耳にしたことがある程度で」
少女が蒼ざめた顔で腰に巻いた革鞄に手を突っ込み、手のひらに収まるほど小型の、携帯型多機能情報端末、公称ポマコンを取り出した。
そして、震える指で端末画面を操作し、映った情報を確認するように、声に出して読む。
「て、敵性型植物種魔獣【蔓女】。食虫植物のように他の生物を餌として捕食し、捕食した生物の細胞を取り込んで進化していく魔獣。人類や魔獣を問わず、同族以外の全ての生物を餌とする。地球での進化で、人類の……特に女性や子供に似た外見を獲得し、その姿で人や魔獣を誘い出して、群れで捕食する。新人学科魔法士の戦闘死亡率は……は、8割ぃっ!」
あわわと唇を震わせる顔の蒼い少女へ、子犬姿の魔獣が警告するように思念を送った。
『駆け出しの学科魔法士にとって、ツルメは鬼門です。植物種魔獣は群れをよく作りますが、待ち伏せが基本。ところがツルメは、通常6体ほどの群れを作り、植物種魔獣にあるまじき戦術行動、狩りを行います。囮役が意図的に姿を見せて油断させ、狩場へと誘導する上に、姿を見せた時点で群れに囲まれている場合がほとんど』
「逃走も難しい上に、人に近い姿をしてるから、視覚心理戦に引っかかって、新人魔法士は戦ってる時に手心を加えやすい。ぶっちゃけた話、10体ものツルメの群れと新人魔法士が戦闘して、全員生き残ってるのは相当運が良いぞ? ……そういや、すぐには食われずにいたようだが、どうやって時間を稼いだんだ?」
少年の問いかけに、少女は一瞬考え込んでから、恥ずかしそうに口を開いた。
「……特にこれといってしたことはありません。そもそも私達、迷宮に潜ったのも、魔獣達と戦闘したのも、今回が初めてで……ツルメに対抗する力もありませんし、それに、突然後ろに立たれて一撃で全員吹き飛ばされ、すぐに無力化されましたから。ただ、その後囲まれてから、妙に魔獣同士で揉めていた気はします」
少年が目を点にしている横で、その肩に乗る子犬姿の魔獣が、ため息混じりに思念を発した。
『獲物の配分で揉めた、ということでしょうが、しかし……冗談抜きで、運だけで助かったとは、呆れますね。一生分の幸運を使い果たしましたよ?』
「俺もそう思う……っていうか、どうして初めて迷宮に潜って、第1迷宮域でも都市側より第2迷宮域側に近い、ここにいるんだよ? 徘徊する魔獣達をどうやってやり過ごした? いやそれ以前に、そもそも魔獣と戦うのが初めてってのがおかしい。戦闘型や探査型の魔法学科だったら、魔法士育成学校の実習授業で、魔獣と戦う機会が絶対ある筈だぞ?」
「えーと、依頼所で買った地図情報を頼りに、地道に歩いていたら、普通にここまで来られましたが? あと、さっき融和型魔獣さんにも言ったんですが、私達はそのぉ……戦闘型や探査型の魔法学科を修了していません。ですから、魔獣と戦う授業は残念ですが受けていません。今回が本当に初めての戦闘でした」
また恥ずかしそうに俯き、すっ呆けたことを言う少女を見て、少年と子犬姿の魔獣は言葉を失った。
異世界の空間がどの程度地球の空間と入れ換わり、地球本来の空間を侵食しているのか。
その空間の侵食度合に応じて、迷宮は、第1迷宮域、第2迷宮域、第3迷宮域の、3つの領域に区分されている。
少年達がいる第1迷宮域は、人類が迷宮と認定した領域において、地球本来の空間が最も多く残っている場所であり、第2迷宮域は、地球本来の空間が8割近くまで、【魔晶】がある第3迷宮域に至っては、地球側の空間が全て、異世界側の空間と入れ換わっていた。
多くの魔獣が召喚されている場所では、それだけ活発に空間の入れ換え作用も起こっており、周囲の環境が異世界のそれに近いため、魔獣達も生息しやすく、また集まりやすい。
早い話が、第3迷宮域や第2迷宮域は魔獣の巣窟であり、そこに近付くほど、魔獣達との遭遇率が加速度的に増して、危険だったのである。
普通に歩いて迷宮を移動し、新人の学科魔法士では本来踏み込めぬ領域にまで、気付いたら来ていたとのたまう少女に、少年達は唖然としていた。
今まで生きていたのが信じがたい少女達に、相当驚いている様子の少年と子犬姿の魔獣。
その両者が、不意に厳しい表情を作り、示し合わせたかのように揃って同じ方角へ視線を送った。
「ミサヤ、そっちも捉えてるか? 俺の探査魔法で、第2迷宮域の方から接近して来る魔獣達を捕捉したんだが?」
『はい。進行速度から推測しますと、接触まであと9分ほどでしょうか? 探査魔法が捉える魔獣達の様子から見て、先のツルメより相当に多い敵性型魔獣の群れですね? 戦闘は避けるべきでしょう』
「ああ。少しのんびり話し込み過ぎちまったようだ。ここは風の通りもいいから、ツルメ達の血の匂いが周囲に拡散して漂ってる。それに誘われたんだろう」
少年達のやり取りに、少女が驚きと不安でまた顔色を失い、蒼い顔で問いかける。
「じょ、冗談ですよね? 私を驚かすつもりですか? 〔武士〕は探査魔法を修得しませんし、個人的に探査魔法を修得していたとしても、お2人はいつその魔法を使ったんです?」
『マヒコは〔忍者〕学科も修了した魔法士、精霊探査魔法も得意です。そもそも探査魔法を使っていたお蔭で、私達は間の抜けた新人魔法士達が、ツルメ達に包囲されていることに気付いた。ここに着く以前から、すでに探査魔法を行使していたと分かりませんか? 愚か者め』
子犬姿の魔獣に思念で冷たく叱られ、軽傷の少女がビクリと身を縮ませた。
ついさっきまで魔獣に生死の境を彷徨わされており、助かったと思った矢先に、また危険が迫っていると聞かされれば、冗談だと思いたい少女の気持ちも幾らか理解できるが、しかし、迷宮という危険領域ではこれが普通である。
少女の迷宮に対する認識の甘さに呆れつつも、少年は、怯える少女へ諭すように語った。
「ある程度迷宮へ潜って実戦経験を積んだ学科魔法士は、自分の修了した魔法学科を問わず、情報収集に特化した感知系の精霊探査魔法を個人的に修得するし、迷宮に潜った時点でその探査魔法をすぐに展開して、効力を常時持続させてる。だからこそ、俺もあのツルメ達と対峙した時、瞬時に周囲の情報を把握することが可能だった」
『そして今、マヒコと私が展開し続けていたその精霊探査魔法が、新たにこちらへ接近しつつある敵性型魔獣達を感知しました。これは事実かつ現実、受け入れるしかありません』
軽傷の少女が、少年の言葉と子犬姿の魔獣の思念を受け、絶望の表情を浮かべて地面を見詰める。
「急いで移動する必要があるが……」
そう言って少年が3人の少女達を見た。軽傷の少女は蒼白の顔で、少年を見返す。
私達を置いて行くのですか、と少女の瞳が不安そうに語っていた。その不安は当然である。
自力で立てず、意識も不確かで脱力した2人の少女と、心身の疲労が色濃い1人の少女。
全員を連れて、魔獣達が来る前に素早く移動する手段は、魔法をもってしても限られた。
しかし、蒼ざめた顔の軽傷の少女を、安心させるように少年は明るく言う。
「折角助けたんだ、最後まで面倒は見てやるよ。だが手段は限られる。今回は魔法具に頼るとしよう。トロトロ移動してると他の魔獣達もすぐに現れるし……とっ散らかってる道具をさっさと回収して来い。すぐに出発するぞ?」
「は、はいっ!」
少年の優しい言葉に、我が身を抱いて震えていた軽傷の少女は、パアッと顔を輝かせて、地面に散乱していた採集用の道具を、急いで拾い始めた。少女が道具を拾う姿を見て、少年がすぐに次の指示を出す。
「道具を拾ったら、そこの子達とできるだけ身を寄せろ。ミサヤは散らばった骸達の浄化と、焼却を手早く頼む。素材の回収は要らん、時間が惜しい。魔獣の残留思念は今のところ出てねえけど、念のためだ。できる限りでいいから、魔獣の骸は灰にしてくれ」
『承知しました』
少年の指示で、薄緑色がかる魔法力場を纏った子犬姿の魔獣が、ふわりと浮き上がり、炎の魔法弾、精霊攻撃魔法を瞬時に具現化させて、魔獣達の骸を燃やし始めた。
子犬に指示した少年は、腰に巻いた小さい革鞄から、白黒に明滅する結晶を取り出すと、重傷の少女達の傍に行き、軽傷の少女と共に、自分の身体に手を触れさせた。
その少年が持つ結晶を見て、軽傷の少女が戸惑い混じりに問う。
「それって魔法結晶ですよね? [結晶樹の樹液]を固めた琥珀に、魔法が込められている、使い捨て魔法具の?」
「ああ。消費型魔法具の〈転移結晶〉だ。空間転移の効力を持つ精霊儀式魔法が封入されてる。結晶を壊すと魔法が瞬時に発動するんだ。この結晶を壊した者の周囲の一定空間を、壊した当人が頭で思い描いた場所まで瞬間移動させる。素早い移動には最適の魔法具だ。……〈陰闇の腕輪〉の10倍もの値打ちがあるのが、少し懐に痛いがね」
「これが〈転移結晶〉。相場100万円もする、消費型では高級品の魔法具。初めて見ました。腕輪2つと合わせて120万円、依頼所への返済は少し時間がかかるかもしれませんね」
「あ、心配いらねえぞ。こいつは請求しねえからさ? 個人的に貸しといてやるよ」
少女が少年の言葉に息を呑んでいると、空を飛ぶ子犬姿の魔獣が少年の肩に着地し、思念を発した。
『マヒコ、一応処理は済みました。すぐ近くまで魔獣達が来ています。急ぎましょう』
「ああ。それじゃ、行くぞ!」
少年が結晶をへし折ると、魔法が発動した。少年の上に、虹色に輝く空間の裂け目が発生し、少年達ごと周囲の空間が収縮して、空間の裂け目に吸い込まれたのである。
【魔晶】の出現以降、魔法を手にした人類が真っ先に注力したことこそ、優れた魔法具の開発・量産であり、武器や防具はおろか、日用品に至るまで、多種多様の魔法具が作られ、市場に出回っていた。
魂を持つ全ての生物は、魔法の源泉たる魔力を有し、修練によって魔法を身に付けられるが、生まれつき魔法を使える魔獣と、修練によって魔法を身に付けた地球人類との間には、魔法そのものの効力に相当の差が表れることが多々あった。
その差を埋めるために多くの魔法具が作られ、それらの魔法具が、今の世の人類の命を守り、救っていたのである。
魔法具の効力で、苦悶の表情が若干和らいだ重傷の少女達に、少年が骨折箇所の応急処置を行っている時であった。軽傷の少女が、躊躇いがちに少年へと問う。
「あの……さっき話してたツルメって、もしかして新人殺しとも呼ばれてる、あのツルメですか?」
「ああ。駆け出しでもさすがにあいつらのことは知ってたのか。少し安心したぞ」
「い、いえ! 知ってるわけではありません……報道番組で耳にしたことがある程度で」
少女が蒼ざめた顔で腰に巻いた革鞄に手を突っ込み、手のひらに収まるほど小型の、携帯型多機能情報端末、公称ポマコンを取り出した。
そして、震える指で端末画面を操作し、映った情報を確認するように、声に出して読む。
「て、敵性型植物種魔獣【蔓女】。食虫植物のように他の生物を餌として捕食し、捕食した生物の細胞を取り込んで進化していく魔獣。人類や魔獣を問わず、同族以外の全ての生物を餌とする。地球での進化で、人類の……特に女性や子供に似た外見を獲得し、その姿で人や魔獣を誘い出して、群れで捕食する。新人学科魔法士の戦闘死亡率は……は、8割ぃっ!」
あわわと唇を震わせる顔の蒼い少女へ、子犬姿の魔獣が警告するように思念を送った。
『駆け出しの学科魔法士にとって、ツルメは鬼門です。植物種魔獣は群れをよく作りますが、待ち伏せが基本。ところがツルメは、通常6体ほどの群れを作り、植物種魔獣にあるまじき戦術行動、狩りを行います。囮役が意図的に姿を見せて油断させ、狩場へと誘導する上に、姿を見せた時点で群れに囲まれている場合がほとんど』
「逃走も難しい上に、人に近い姿をしてるから、視覚心理戦に引っかかって、新人魔法士は戦ってる時に手心を加えやすい。ぶっちゃけた話、10体ものツルメの群れと新人魔法士が戦闘して、全員生き残ってるのは相当運が良いぞ? ……そういや、すぐには食われずにいたようだが、どうやって時間を稼いだんだ?」
少年の問いかけに、少女は一瞬考え込んでから、恥ずかしそうに口を開いた。
「……特にこれといってしたことはありません。そもそも私達、迷宮に潜ったのも、魔獣達と戦闘したのも、今回が初めてで……ツルメに対抗する力もありませんし、それに、突然後ろに立たれて一撃で全員吹き飛ばされ、すぐに無力化されましたから。ただ、その後囲まれてから、妙に魔獣同士で揉めていた気はします」
少年が目を点にしている横で、その肩に乗る子犬姿の魔獣が、ため息混じりに思念を発した。
『獲物の配分で揉めた、ということでしょうが、しかし……冗談抜きで、運だけで助かったとは、呆れますね。一生分の幸運を使い果たしましたよ?』
「俺もそう思う……っていうか、どうして初めて迷宮に潜って、第1迷宮域でも都市側より第2迷宮域側に近い、ここにいるんだよ? 徘徊する魔獣達をどうやってやり過ごした? いやそれ以前に、そもそも魔獣と戦うのが初めてってのがおかしい。戦闘型や探査型の魔法学科だったら、魔法士育成学校の実習授業で、魔獣と戦う機会が絶対ある筈だぞ?」
「えーと、依頼所で買った地図情報を頼りに、地道に歩いていたら、普通にここまで来られましたが? あと、さっき融和型魔獣さんにも言ったんですが、私達はそのぉ……戦闘型や探査型の魔法学科を修了していません。ですから、魔獣と戦う授業は残念ですが受けていません。今回が本当に初めての戦闘でした」
また恥ずかしそうに俯き、すっ呆けたことを言う少女を見て、少年と子犬姿の魔獣は言葉を失った。
異世界の空間がどの程度地球の空間と入れ換わり、地球本来の空間を侵食しているのか。
その空間の侵食度合に応じて、迷宮は、第1迷宮域、第2迷宮域、第3迷宮域の、3つの領域に区分されている。
少年達がいる第1迷宮域は、人類が迷宮と認定した領域において、地球本来の空間が最も多く残っている場所であり、第2迷宮域は、地球本来の空間が8割近くまで、【魔晶】がある第3迷宮域に至っては、地球側の空間が全て、異世界側の空間と入れ換わっていた。
多くの魔獣が召喚されている場所では、それだけ活発に空間の入れ換え作用も起こっており、周囲の環境が異世界のそれに近いため、魔獣達も生息しやすく、また集まりやすい。
早い話が、第3迷宮域や第2迷宮域は魔獣の巣窟であり、そこに近付くほど、魔獣達との遭遇率が加速度的に増して、危険だったのである。
普通に歩いて迷宮を移動し、新人の学科魔法士では本来踏み込めぬ領域にまで、気付いたら来ていたとのたまう少女に、少年達は唖然としていた。
今まで生きていたのが信じがたい少女達に、相当驚いている様子の少年と子犬姿の魔獣。
その両者が、不意に厳しい表情を作り、示し合わせたかのように揃って同じ方角へ視線を送った。
「ミサヤ、そっちも捉えてるか? 俺の探査魔法で、第2迷宮域の方から接近して来る魔獣達を捕捉したんだが?」
『はい。進行速度から推測しますと、接触まであと9分ほどでしょうか? 探査魔法が捉える魔獣達の様子から見て、先のツルメより相当に多い敵性型魔獣の群れですね? 戦闘は避けるべきでしょう』
「ああ。少しのんびり話し込み過ぎちまったようだ。ここは風の通りもいいから、ツルメ達の血の匂いが周囲に拡散して漂ってる。それに誘われたんだろう」
少年達のやり取りに、少女が驚きと不安でまた顔色を失い、蒼い顔で問いかける。
「じょ、冗談ですよね? 私を驚かすつもりですか? 〔武士〕は探査魔法を修得しませんし、個人的に探査魔法を修得していたとしても、お2人はいつその魔法を使ったんです?」
『マヒコは〔忍者〕学科も修了した魔法士、精霊探査魔法も得意です。そもそも探査魔法を使っていたお蔭で、私達は間の抜けた新人魔法士達が、ツルメ達に包囲されていることに気付いた。ここに着く以前から、すでに探査魔法を行使していたと分かりませんか? 愚か者め』
子犬姿の魔獣に思念で冷たく叱られ、軽傷の少女がビクリと身を縮ませた。
ついさっきまで魔獣に生死の境を彷徨わされており、助かったと思った矢先に、また危険が迫っていると聞かされれば、冗談だと思いたい少女の気持ちも幾らか理解できるが、しかし、迷宮という危険領域ではこれが普通である。
少女の迷宮に対する認識の甘さに呆れつつも、少年は、怯える少女へ諭すように語った。
「ある程度迷宮へ潜って実戦経験を積んだ学科魔法士は、自分の修了した魔法学科を問わず、情報収集に特化した感知系の精霊探査魔法を個人的に修得するし、迷宮に潜った時点でその探査魔法をすぐに展開して、効力を常時持続させてる。だからこそ、俺もあのツルメ達と対峙した時、瞬時に周囲の情報を把握することが可能だった」
『そして今、マヒコと私が展開し続けていたその精霊探査魔法が、新たにこちらへ接近しつつある敵性型魔獣達を感知しました。これは事実かつ現実、受け入れるしかありません』
軽傷の少女が、少年の言葉と子犬姿の魔獣の思念を受け、絶望の表情を浮かべて地面を見詰める。
「急いで移動する必要があるが……」
そう言って少年が3人の少女達を見た。軽傷の少女は蒼白の顔で、少年を見返す。
私達を置いて行くのですか、と少女の瞳が不安そうに語っていた。その不安は当然である。
自力で立てず、意識も不確かで脱力した2人の少女と、心身の疲労が色濃い1人の少女。
全員を連れて、魔獣達が来る前に素早く移動する手段は、魔法をもってしても限られた。
しかし、蒼ざめた顔の軽傷の少女を、安心させるように少年は明るく言う。
「折角助けたんだ、最後まで面倒は見てやるよ。だが手段は限られる。今回は魔法具に頼るとしよう。トロトロ移動してると他の魔獣達もすぐに現れるし……とっ散らかってる道具をさっさと回収して来い。すぐに出発するぞ?」
「は、はいっ!」
少年の優しい言葉に、我が身を抱いて震えていた軽傷の少女は、パアッと顔を輝かせて、地面に散乱していた採集用の道具を、急いで拾い始めた。少女が道具を拾う姿を見て、少年がすぐに次の指示を出す。
「道具を拾ったら、そこの子達とできるだけ身を寄せろ。ミサヤは散らばった骸達の浄化と、焼却を手早く頼む。素材の回収は要らん、時間が惜しい。魔獣の残留思念は今のところ出てねえけど、念のためだ。できる限りでいいから、魔獣の骸は灰にしてくれ」
『承知しました』
少年の指示で、薄緑色がかる魔法力場を纏った子犬姿の魔獣が、ふわりと浮き上がり、炎の魔法弾、精霊攻撃魔法を瞬時に具現化させて、魔獣達の骸を燃やし始めた。
子犬に指示した少年は、腰に巻いた小さい革鞄から、白黒に明滅する結晶を取り出すと、重傷の少女達の傍に行き、軽傷の少女と共に、自分の身体に手を触れさせた。
その少年が持つ結晶を見て、軽傷の少女が戸惑い混じりに問う。
「それって魔法結晶ですよね? [結晶樹の樹液]を固めた琥珀に、魔法が込められている、使い捨て魔法具の?」
「ああ。消費型魔法具の〈転移結晶〉だ。空間転移の効力を持つ精霊儀式魔法が封入されてる。結晶を壊すと魔法が瞬時に発動するんだ。この結晶を壊した者の周囲の一定空間を、壊した当人が頭で思い描いた場所まで瞬間移動させる。素早い移動には最適の魔法具だ。……〈陰闇の腕輪〉の10倍もの値打ちがあるのが、少し懐に痛いがね」
「これが〈転移結晶〉。相場100万円もする、消費型では高級品の魔法具。初めて見ました。腕輪2つと合わせて120万円、依頼所への返済は少し時間がかかるかもしれませんね」
「あ、心配いらねえぞ。こいつは請求しねえからさ? 個人的に貸しといてやるよ」
少女が少年の言葉に息を呑んでいると、空を飛ぶ子犬姿の魔獣が少年の肩に着地し、思念を発した。
『マヒコ、一応処理は済みました。すぐ近くまで魔獣達が来ています。急ぎましょう』
「ああ。それじゃ、行くぞ!」
少年が結晶をへし折ると、魔法が発動した。少年の上に、虹色に輝く空間の裂け目が発生し、少年達ごと周囲の空間が収縮して、空間の裂け目に吸い込まれたのである。
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