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終章 決戦

終章-21:死闘の時、義勇魔法士 対 絶望の魔獣

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 舞子の映像は一旦途切れ、平面映像には、バイオロイドの姿をしたミツバが現れる。
『都市統括人工知能ミツバより、三葉市の全住民へ告げます。まず、今の放送に応える意思がある〔魔法楽士〕学科の魔法士は、各避難施設を出て巡回する警備エマボットに接触してください。公演会場まで誘導致します。また、〔魔法楽士〕以外の方は、これから流れる楽曲に応え、力の限り歌ってください。皆さんの声が、戦士達に届くように。絶望を、打ち砕くために』
 ミツバの放送も終わり、都市のあちこちに浮かぶ平面映像は、再び戦場の様子を映した。
 舞子の気疲れした姿を見て、ドワーフ翁とエルフ女性が言う。
「咄嗟にしては、良い演説じゃったわい」
「ええ。応えてくれる魔法士はきっといる筈です」
「ありがとうございます、お2人とも」
 舞子が苦笑し、2人に言う。
「ここから先は私の任務です。私が命彦さんに与えられた務めを、役目を果たすための場所。晴れの舞台です。お2人は、もうお店に戻ってください」
 その舞子の発言を聞いて、ドワーフ翁が心配そうに問うた。
「1人で良いのか、マイコ嬢?」
「ミツバさんや融和型魔獣さん達もいますし、歌うことは〔魔法楽士〕の本分ですから、平気です!」
 平面映像のミツバや周囲の融和型魔獣達を見て、空元気で言う舞子。
 その舞子の手を持って、念のために装備していた武防具型魔法具〈双聖の魔甲拳:セイクリッドフィスト〉と、防具型魔法具の〈火炎の外套〉や〈地礫の迷宮衣〉を一瞥し、エルフ女性が言った。
「ここはあのファントムロードの攻撃魔法が十分に届く距離。危険性は高いですが、きっと当店の魔法具達が、舞子さんの命を守ってくれるでしょう。お店の広告塔として、そして、義勇魔法士達の危機を救う者として、三葉市の全域に、舞子さんの勇姿を見せつけてください。武運を……祈ります」
 ドワーフ翁が持っていた消費型魔法具〈転移結晶〉を使用し、エルフ女性とドワーフ翁が屋上から姿を消した。
 起動したままの通信機材の平面映像を介し、ミツバが言う。
『これからが本番です。行けますか、舞子さん?』
「はい!」
『そうですか。ではまず選曲ですね? 都市の全住民が知る歌がいいでしょうが、何か希望はありますか?』
「それじゃあ……【精霊歌姫】の歌で、【戦士の歌】はどうでしょう?」
『最近頻繁に、関東や九州の迷宮防衛都市で話題に上がる曲ですね? 関西でも【逢魔が時】が始まってから、購入数や試聴数が急上昇しています。都市住民認知度調査……ほう、96%超えですか、良いでしょう。原曲を用意します。権利関係は事後処理ということで、私の方で対応しましょう。都市の危機ですからね、法的問題も例外的に扱われる筈。映像への歌詞の差し込みに、30秒ください』
「分かりました。私は魔法の詠唱に入りますので、用意ができ次第、曲を流してください。私の方で合わせます。融和型魔獣さん達も用意をお願いします。私1人が制御できる魔力や精霊では、あの魔獣が使う《乱死の叫び》にとても対抗できませんので」
 ミツバへ答えると同時に、融和型魔獣達にもペコリと頭を下げ、舞子は呪文の詠唱を始めた。
「地礫の天威、水流の天威、火炎の天威、旋風の天威、声歌の天威。精霊の円環、融く合し束ねて精霊の重奏と化し、相乗の加護を持って、我が同胞を包め。声歌の天威は、四象の加護を周囲に伝え、遍く拡げる。歌え、舞え、奏でよ、精霊の歌。響け《エレメンタル・クインテット》」
 本来一カ所にまとまっている筈の魔法力場を、じんわりと周囲に拡散して行く魔法の想像図として想起する。
 舞子の精霊融合付与魔法が今、構築・展開された。
 精霊融合付与魔法《エレメンタル・クインテット》。地水火風の4種の基幹精霊に、基心外精霊たる声歌の精霊を加えた5種の精霊を、魔力へ多量に取り込んで使役し、精霊同士を融合させて、自己治癒力・魔法的状態異常耐性・筋力・敏捷性を上昇させる融合魔法力場を作り、その力場を自分の歌声に乗せて任意の場所へと拡散して、付与魔法の常識を超えた効力射程と効力範囲を発揮する魔法である。
 精霊融合付与魔法《四象融合の纏い》の効力を薄めるのと引き換えに、遠く広く効力射程と効力範囲を広げて、複数の対象へ魔法の効力を一気に付与する、〔魔法楽士〕学科の固有魔法であった。
 声歌の精霊は、声や歌といった拡散し、伝播する空気の震動現象を、情報として取り込んだ精霊であり、魔法の効力を遠く、広く伝播させる性質があって、声歌の精霊が周囲に多いほど、力の作用が遠く、広く伝播した。
 つまり、声歌の精霊が組み込まれた精霊魔法は、飛躍的に魔法の効力射程や効力範囲が伸びるのである。
 勿論これは、魔法自体の効力が拡散しやすいということであり、拡散する距離や範囲に比例して、魔法の効力が低下するという欠点もあった。
 しかし、付与魔法のように、人間の能力的限界、脳の演算能力と魔法制御力の負担から、射程や範囲に制限がある魔法術式と、声歌の精霊を組み合わせた場合は、本来の限界以上の効力射程や効力範囲が得られる点で、非常に意味がある。
 魔法力場を伸ばしたり、拡げたりしようとすれば、力場自体をどこまで伸ばすのか、どれくらい拡げられるのかを見極めた上で、その分の射程や範囲を脳裏で一から想像する必要があった。
 これは脳の演算能力を余計に使うということであり、魔法の制御に無駄に負荷をかけるため、制御に失敗すれば、せっかく具現化した魔法を、自分で霧散させる危険性すらある行為である。
 ただ、声歌の精霊を介せば、魔法の効力射程も、効力範囲でさえも、この精霊を基点にすることで、一々使用者が計測する手間が省けるため、演算能力や魔法制御力の負担を減らして、効力射程や効力範囲を遠く広く展開することが可能であった。
 他の魔法学科では難しい、広範囲に精霊付与魔法の力を伝播させる、という荒業も容易に使えるわけである。
 これこそ、〔魔法楽士〕の十八番であり、他の魔法学科に勝る特徴であった。

 呪文詠唱の際に、すでに歌の前奏が舞子の耳には届いていた。
 舞子は逸る気持ちを抑え、想像力を総動員して、魔法力場を制御する。
 周囲の融和型魔獣達が、伝達系の精霊探査魔法で思念伝達網を構築し、舞子に魔力を貸した上で、精霊の制御を補助してくれた。
 地・水・火・風の魔法力場が入れ代わる様に交互に揺らめいて現れ、ただでさえ薄い赤黄緑青の魔法力場が、声歌の精霊の魔法力場のせいでより透明がかって、透けた色相環を作るように混ざり合う。
 つま先が勝手に拍子を刻み始め、身体に染み付いた曲調が、自然と恐れを駆逐した。
 眼前に見えるファントムロードのおぞましい姿も、上空で激しくぶつかる神霊魔法の輝きも、舞子の脳裏からは消えている。ただ、戦う友のために、今自分にできる精一杯の手助けがしたい。その一心だった。
 歌い手としての自分が、舞子の心の内に目を覚ます。
 【精霊本舗】から持ち出した通信機材が舞子の姿を撮影し、都市統括人工知能ミツバの手で、三葉市のあちこちへ浮かんでいる平面映像に映し出した。
 さっきまでミツバが映っていた筈の、舞子のすぐ傍に浮かぶ平面映像にも自分の姿が映り、歌詞が表示されると同時に、舞子は歌っていた。
「立ーち上がれぇ、戦士達よぉー……、思い出してぇー、背負いしモノぉおおーっ!」
 曲に合わせた舞子の渾身の叫びが、融合魔法力場と共に爆発する。
 基心外精霊である声歌の精霊は、非常に希少であるが、魔法を使用しつつ使用者が歌を歌うことで、高位次元から流れ込む精霊が、歌や声の情報を取り込んで声歌の精霊として低位次元に出現しやすいため、魔法の使用と歌唱を同時並行で行えば、連鎖的に魔法の効力を拡散させられる利点がある。
 ゆえに、舞子は歌唱と魔法の展開を同時に行った。
 透きとおった色相環を現す融合魔法力場が、融和型魔獣の手助けも受けて数百m以上も伸び、【迷宮外壁】を越えて扇状に拡散する。そして、外壁の傍にある戦場へと届いた。
 ファントムロードの放ち続ける《乱死の叫び》と、舞子の《エレメンタル・クインテット》がぶつかり合い、空間を揺らす。じりじりと戦場を侵食する薄暗い魔法力場に、透きとおった融合魔法力場が果敢にも衝突した。
 しかし、彼我の精霊量、魔力量、そして魔法制御力には隔絶した差があり、舞子の魔法力場は、結界魔法内で膝をつく戦士達にも届かず、薄暗い魔法力場に押し返される。
 当然ファントムロードの《乱死の叫び》の効力範囲内にいる梢や勇子達に、舞子の歌は届かず、こちらにそもそも気付いているかどうかさえ怪しかった。
 それでも舞子は歌う。必ず届くと信じて。
「いつも通りの毎日が、突然壊れてぇ行く。僕らは知るだろう、危機は常に傍にあると! だからー手にするんだ、あらがーうための武器をー。僕らがしーっている、いつもの世界守るためぇっ!」
 歌い続ける舞子の耳に、左右や背後から合唱が届いた。
「「「ラララー、震える身体。ラララー、叩き起こしー」」」
「「「ラララー、折れた心。ラララー、甦らせー」」」
 舞子の友人達や他の〔魔法楽士〕学科の魔法士達が、続々と高層建築物と隣接する建物の屋上に集まり、歌っていた。
 舞子の友人達が、飛行機能を持つエマボットに乗って、舞子のいる屋上に飛び移り、舞子に手を掲げる。
「怖くてもぉー、痛くてもぉー、僕らは今ぁーまだ生きてぇーるぅぅーっ!」
 舞子は嬉し涙をこぼしつつ、その手を叩いて応じた。そして友人達と3人で歌う。
「「「マスラ・ク・ディーア、マスラ・ク・ディーア。立ち上がれ、戦士達よ。その背にぃー負うた命が、不屈の魂を呼ぶっ!」」」
 舞子の周囲から《エレメンタル・クインテット》が多数展開されて、舞子の《エレメンタル・クインテット》と合流し、押されていた融合魔法力場が止まった。
「「「マスラ・ク・ディーア、マスラ・ク・ディーア。立ち上がれ、戦士達よ。戦士のぉーたましーいが、守り通せと叫ぶからっ!」」」
 その様子を見ていた融和型魔獣達が、思念伝達網を地下避難施設にいる街の人々にも接続し、魔力を少しずつかき集めて、1つに合流した融合魔法力場に注ぎ込んだ。
 魔獣達が魔法の制御を担当し、舞子達〔魔法楽士〕の学科魔法士は街の人達と、意識を一つにして歌う。
「「「不屈の魂ぃー……ある限りぃーっ! 戦士は常にぃ……立ぁーち上がるぅぅううーっっ!」」」
 そして、薄暗い魔法力場が、舞子達の融合魔法力場に、魔法の歌に押され、遂に後退を始めた。
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