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5章 迷宮

5章ー30:特殊型魔法具〈秘密の工房〉と、次空の精霊

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 【迷宮外壁】が見通せる、廃墟と化した高層分譲住宅の屋上。
 その階段出入り口の傍に空間の裂け目が出現し、命彦達が降り立った。 
「よっと、到着やー」
「ふうー……おっと」
『マヒコ、平気ですか? 魔力を分けますよ』
 気の抜ける勇子の声と共にふらついた命彦。
 その命彦をキューンと心配し、思念で言うミサヤに、命彦は首を横に振った。
「いや、平気だ。まだ魔力は平時の3割ほど残ってる。十分に動けるよ」
 疲れの見える表情でミサヤの顎をくすぐり、命彦が笑った。
「あのーいちゃつくのはいいけど、早く〈秘密の工房〉を出してくれる? 僕、サッパリしてゆっくり寝たい」
「ウチもー」
「私もー」
 空太に続いて、勇子とその背に負ぶわれたメイアも、口々に言う。
 1人取り残された舞子を一瞥して苦笑した命彦が、メイアに言った。
「分かった分かった。とりあえずメイアの動ける〈シロン〉を全部貸してくれ」
「はいはい。出て来て〈シロン〉達」
 〈余次元の鞄〉から、動ける〈シロン〉を格納していた4つの〈出納の親子結晶〉を取り出し、屋上に煤けた〈シロン〉達が出現する。
 出入り口の傍に〈シロン〉を配置した命彦は、最も損傷が軽微の〈シロン〉の多目的腕部に、自分の〈余次元の鞄〉から取り出した、魔法具らしき首飾りをのせた。
 [結晶樹の樹液]を固めたと思しき琥珀が、宝石のように輝く首飾りを〈シロン〉に預け、命彦が言う。
「俺達は2時間ほど休息を取る。日が落ちる前には出て来るから、その間魔法具を護ってくれ。〈シロン〉1号」
『了解であります』
 〈シロン〉が答えると、命彦はメイア達を呼んだ。
「全員、俺に触れろ。舞子もだ」
「「「りょーかい」」」
 《空間転移の儀》と同じく、命彦にくっ付いて行くメイア達。
「は、はい!」
 舞子も命彦の手を握った。
「全員、身綺麗にしてからあっちに行くぞ? 其の水流の天威を活力とし、痛痒を静めよ。浄え《水流の清め》」
 球状に水の治癒力場を具現化した命彦が、小隊員全員を一気に力場で包み込んで洗い清める。
 その後、治癒力場を消した命彦が指先に魔力を集め、その指で〈シロン〉が持つ首飾りに触れて口を開いた。
「〈秘密の工房〉開門」
 舞子の耳にその言葉が聞こえた瞬間、命彦達は首飾りに吸い込まれるように姿を消した。
 屋上には4体の〈シロン〉だけが残されていた。 

 舞子が気付くと、小川や小さい池を持つ木造家屋の広い庭園の入り口に、命彦達と一緒に立っていた。
 のどかに見える庭園では数体のエマボットが行き交い、家庭菜園や樹木の世話をしている。
「こ、ここは?」
「さっき見せた特殊型魔法具〈秘密の工房〉の内部や。目の前にある家が命彦の携帯式工房やで?」
「け、携帯式の工房ですか?」
「俺達の移動式秘密基地だよ。特殊型魔法具〈秘密の工房〉は、[結晶樹の樹液]を固めた琥珀内部に亜空間を作り、固定された亜空間へ現実空間から切り取った空間を格納して、亜空間内で活動が行えるように作られた魔法具だ。俺の祖母ちゃんの最高傑作とも言われる魔法具だぞ?」
『琥珀の亜空間内に、魔法士の臨時工房を配置して、いつでもどこでも工房を利用できるようにする魔法具。そう言えば分かるでしょう? 工房を倉庫にするもよし、迷宮内での宿泊施設に使うもよしで、非常に使い勝手が良いのですよ、この魔法具は』
「その分、魔法具の等級としては伝説級に分類されて、市場に出せば数十億から数百億の値打ちがする魔法具よ?」
「これもメイアの神霊魔法と同じで、あまり周囲に口外したりせず、舞子の胸のうちに仕舞っておいてね?」
「は、はいっ! ていうかもう色々と凄過ぎて、言っても誰も信じませんよ、多分」
 庭園に入って行く命彦達の後に続き、舞子も歩き出した。
 庭園の空には首飾りの周囲の景色が映るらしく、首飾りを持つ〈シロン〉1号の姿が数倍に膨らんで見えている。まるで舞子達が縮んでいるようであった。
 亜空間内をキョロキョロ見回し、凄い凄いと喜ぶ舞子に気を良くしたのか。
 命彦が魔法の師である祖母の作った魔法具を自慢するように語る。
「この魔法具の仕組みを詳しく説明すると、[結晶樹の樹液]の琥珀内部に、異相空間処理で次空の精霊を用いた精霊儀式魔法《亜空間生成の儀・真式しんしき》を封入し、琥珀内部に余剰次元の亜空間を作り出すんだ。《亜空間生成の儀・真式》は、亜空間内へ予め建築していた秘密工房を、周囲の通常次元空間ごと切り取って格納し、空間自体を固定してる」
 命彦の説明に疑問を持ったのか、舞子がすぐに問い返した。
「あの、命彦さん? 《亜空間生成の儀》って、確か〈余次元の鞄〉の制作とかに使われる、精霊融合魔法だったと思うんですが? 精霊儀式魔法の《亜空間生成の儀・真式》とはまた違うんですか?」
「ああ、結構違うぞ。精霊儀式魔法《亜空間生成の儀・真式》と、精霊儀式魔法《亜空間生成の儀》は、近い効力を持ってはいるが、決定的に違う部分がある」
 命彦の言葉に驚く舞子へ、前を歩いて勝手に菜園のいちごや姫リンゴを食べていた、メイア達が言う。
「ぶっちゃけて言うとね、精霊融合儀式魔法《亜空間生成の儀》は、精霊儀式魔法《亜空間生成の儀・真式》を、別の精霊を使って効力を再現しようとした、精霊融合魔法だったりするんだ。あー……甘みが染みる」
「精霊融合儀式魔法《亜空間生成の儀》は、心象精霊である陰闇の精霊や陽聖の精霊を使役して、次元や時空間に干渉するわ。でも、心象精霊は精霊の性質として、副次的に次元や時空間に干渉できるだけで、本来精霊が持つ性質は別。だから心象精霊では、次元や時空間に対してより精密に干渉することが難しく、空間的連続性を持たせて亜空間を作り出すことは不可能だったのよ。んー酸っぱいけど美味しい。はい勇子、食べさせてあげるわ」
「おう、ありがと。シャクシャク、んー酸味が疲れに染みるで。舞子にもあげてや」
「ええ。はい舞子、姫リンゴよ」
「あ、どうも。シャリシャリ、んー美味しいっ!」
「勝手に食うんじゃねえっての。まったく……と言いつつ俺もみかんを1つ、んーうんまい。ミサヤもほれ」
『ありがとうございます。んー良いデキですね?』
 木造家屋の前に着くまでに、果物をつまんで動く活力を多少補充した命彦達。
 品種改良でもされてるのか、庭園で育つ果実や野菜は本来の旬と時期が違う物でも非常に美味しかった。
 家屋の前に到着すると、舞子が遠慮がちに問う。
「あの、果物につられて聞き逃したましたけど、さっきのお話しにあった、空間的連続性、とはどういうものでしょうか?」
 舞子の問いかけに、空太が僅かに元気を取り戻した様子で苦笑して言う。
「空間的連続性っていうのは、その次元にある空間同士の繋がりって理解してくれるかい? 僕らが生活してる空間って、縦横高さの3次元に、時間っていう要素を加えた空間だろ? この空間同士の繋がりがあるから、時間が経過して、生物は生命活動が行えるわけだ」
「それじゃあ、空間的連続性が断たれた場合は……」
「時間が停止するわね? 〈余次元の鞄〉について考えれば分かるでしょ?」
 背負われたままのメイアが言うと、舞子が考え込む。
「確か〈余次元の鞄〉内の亜空間は、現実空間を切り取って鞄内部の異相空間に格納してるんでしたよね? ただ、亜空間内では時間が停止してるため、物質の劣化が起こらず、入れた状態のまま持ち運んで、取り出すことができる。鞄内の亜空間に完全に納まってしまえば、生物を入れても同じ結果だと……あっ!」
「気付いたようだね? 僕達は今、亜空間内に全身すっぽり納まってる状態だ。けど、ここの亜空間内では時間が経過している。だから動けるんだよ。これが《亜空間生成の儀》と《亜空間生成の儀・真式》の最たる違いだ」
「《亜空間生成の儀・真式》は、次元や時空間の情報を取り込んだ精霊、次空じくうの精霊を使役して使う精霊儀式魔法や。心象精霊みたいに、半端に次元や時空間を操るんやのうて、そのものずばりの次元や時空間を操っとるんよ」
「だから空間的連続性を残したまま、現実空間を切り取って亜空間内に格納するっていう、恐ろしく制御が難しくて、効力が複雑極まる離れ業ができるわけね?」
「完全に空間を隔離して亜空間を作ったわけじゃねえ。空間的連続性を維持しつつ、時間を経過させつつ、亜空間を作った。そのおかげで亜空間内でも俺達はこうして活動できる。これって結構凄いことだぞ?」
「それは分かります! 〈余次元の鞄〉と比べれば、〈秘密の工房〉の方が圧倒的に高度で作成が難しい魔法具だと、今理解しましたから」
「うむ。それが分かればいいさ。俺の祖母ちゃんは凄いだろう」
 ぬふふと自慢げに笑う命彦。その命彦へ感心するように首を振った舞子が、また質問をぶつける。
「はい、凄いです。……それであの、工房を亜空間内に設置して持ち運ぶという利点は分かるんですが、どうして小川や家庭菜園があるんですか?」
 舞子の質問に命彦が感心したように答えた。
「そこにも理由があると見抜いたのか? 意外に舞子は洞察力がある」
『ええ。少し感心しました。空間的連続性があり、亜空間内で生活できるといっても、通常空間から隔離されてるのは同じでしょう? 水道や電気といった生活設備は、工房内で作り出すか自前で持ち込む必要があるのですよ』
「但し、腕の良い〔魔具士〕がこういう隔離空間を作った場合は、周囲の空間ごと亜空間に閉じ込める際に、色々と生態系を作って、亜空間内で自給自足できる閉じた箱庭世界を作ることが可能よ。そこの池や川のようにね? ここの池や小川、菜園や樹木は、完全循環型の箱庭環境を構築する重要要素よ。小川や池には魚がいるでしょ?」
「あ、ほんとだ。2、3種類いますね? 川底には藻とかも生えてます」
 舞子が家屋傍の川を見て言うと、勇子が魚を美味しそうに見て言った。
「藻や苔を小魚が食べて、デカい魚がその小魚を食べる。そしてデカい魚をウチらが食べるんや」
「閉じた生態系ってヤツだね? ここの生態系には僕達も組み込まれているのさ。あとね、ここにはいくつか仕かけがあるんだ」
「仕かけ、ですか?」
「そこの魚達が泳ぐことで小川や池に水流が生まれ、水流が激しく当たる川の曲がり角には、微生物をくっ付けた生体濾過ろか装置があるのよ。そのおかげで水質が一定に保たれているわけ。工房に設置してるお手洗いとかも、排泄物を生体濾過装置で段階的に分解濾過して、この池や小川、菜園の肥料に使われているわ」
「魚が泳ぐことで生まれた緩い水流は、川面の小型水車を回して水力発電をしてる。作られる電力はたかが知れてるが、工房の電灯を点けたり、風呂を沸かしたり、ここの手入れをするエマボット達の充電をしたりする分には十分だ」
「水力発電設備の整備や土壌の管理をするエマボットの整備・修理も、エマボット自身が行うし、ウチらがする必要があるんは、菜園の収穫と魚の間引き、果実拾いくらいやねん。つまり、ほぼ完全に自立した生態系が完成しとるわけや」
「これを作った、命彦の魔法の師匠であり祖母でもある結絃さんは、天才だと思うわ」
「そうだね。極めて完全循環型の箱庭環境に近い世界を作って、それを魔法具の亜空間内に格納して持ち運ぶとか、発想もそうだけど、それをできる魔法具制作の技術力が凄まじいよ」
 不自然におだてるメイア達。命彦はとても機嫌が良いらしく、満面の笑みで口を開いた。
「そうだろう、そうだろう。俺の祖母ちゃんはめっちゃ怖いけど、魔法具の開発者としては洒落抜きで凄いんだ。ぬふふふふ、機嫌が良いから食料庫の食材、少しくらいだったら使っていいぞ? さあ、入れよ」
「「「いよっしゃーっ!」」」
 うひょーっと喜んで家屋に入るメイア達。
「あ、それではお邪魔しまーす」
 その後に続いて、舞子も命彦の秘密基地に入って行った。
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