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5章 迷宮

5章ー5:夢を追う代償と、女子達の舌戦

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 グルルと肩の上で4人の少女達を威嚇するミサヤが、命彦にだけ思念で語る。
『我が主への狼藉ろうぜき、許せません。マヒコ、あの小娘ども八つ裂きにする許可をください』
(まあ待て、あいつらの言い訳を聞いてからにしよう。ミサヤ、あんまり怒るとせっかくの可愛らしさが減っちまうぞ? 落ち着け、落ち着け)
『はふうー……』
 命彦が感知しにくいほど微量の魔力で、ミサヤにだけ聞こえるように《思念の声》を素早く使い、腹をくすぐって怒りを治めさせていると、額に青筋を浮かべた勇子がズイッと進み出て、口を開いた。
「とりあえずそっちの言い訳を先に聞かせてもらおか? ウチらを人間の魔法士と分かってて攻撃したやろ? 魔法の危険使用は重罪や! そっちの言い訳次第では都市警察に通報するでっ!」
 4人の魔法士少女達、命彦達と同年代と思しき少女達の1人である、あの眼鏡の魔法具を持つ少女が、一歩進み出て答える。
「あら、思ったとおり人間だったのですね? これは失礼しましたわ。探査魔法で互いに確認したので、一応人間かとも思っていたのですが、廃墟の上をまるで獲物を狙うツルメのようにピョンピョン跳ねてらしたので、確信が持てず、人か魔獣かを確かめる意味で追尾系魔法弾を放ったのです。申し訳ありませんわ」
 緋色の髪に、眼鏡の魔法具と紅い外套の防具型魔法具を身に付け、他者を見下す目付きが腹立たしい少女が語る。
 その眼鏡少女の言葉に、メイアがカチンと来て眉根を寄せた。
「あれで謝っているつもりかしらね? 謝り方、誰かに教わるべきだと思うわ」
 わざと聞こえるようにメイアが皮肉を言うと、別の少女が進み出て口を開いた。
「最初から貴様らを魔獣と確信していれば、お嬢様はヌルイ追尾系魔法弾を使わずに、仕留めるための集束系魔法弾を使っていた。迷っていたからこそ追尾系魔法弾を使われたのだ。貴様らこそ、お嬢様の優しさに感謝すべきだぞ? まあそこの男どもは、集束系魔法弾でも防げるように魔法防壁を多重展開していたようだが」
 勇子と同じくらい体格に恵まれた、全身甲冑の防具型魔法具を着る、盾と片手剣の魔法具を装備した少女が、とってつけたように聞こえる釈明をしつつ、眼鏡少女を守るように命彦達を威圧する。
「ふふふ、夜の迷宮で活動している魔法士ですもの。それくらいはできませんとねえ? お嬢様があえて手を抜かれたあれくらいの魔法攻撃は、さすがに防げるでしょ普通」
「まったくです。魔獣であれば、あの魔法攻撃を受けてすぐに飛びかかって来るでしょうが、貴方達は私達との対話を選んだ。その時点で、ようやく私達は貴方達が人間だと確信を持ちました。まあ、そこの魔法士は、顔の形相ぎょうそうや雰囲気からして、人間かどうかまだ怪しいですけれど……」
 軽装の防具型魔法具に身を包み、小盾と槍の魔法具を持つ、双子と思しき少女達が口々に言う。
「言わせておけばこのアマっ!」
 そっくりである2人の少女の、片方に飛びかかる寸前だった勇子をサックリ無視して、眼鏡の少女がわざとらしく舞子へ視線を送った。
「それよりも、そこにおられるのはもしかして、我が校きっての身のほど知らずと噂される、歌咲舞子さんではありませんの? 道理で探査魔法に見覚えのある姿が映るわけですわ。ごきげんよう舞子さん、御髪おぐしの件は残念でしたわねえ? でも、魔法未修者風情ふぜいが図に乗ってるからいけませんのよ? ご友人達と共に、ご自身の成績をひけらかし、同学科の魔法予修者達をバカにしたりするから、バチが当たったのですわ」
 眼鏡の少女の言葉で、命彦達全員が瞬時に悟った。
 この少女が、恐らく舞子へ嫌がらせをしている芽神女学園の生徒だと。
 そして、先ほど少女達が突然攻撃し、こうして絡んで来るのも、舞子がいたからであると。

 眼鏡の少女の言葉に、舞子が怒りを堪えるように言い返す。
「私も私の友人達も、そういうことは1度もしたことがありません! あと、私に言いたいことがあるのであれば、学校で言ってください! 校外では他の人の迷惑でしょう!」
「言うことだけは立派ですわね? でも、嘘は止めた方がよろしいかと。この耳でしっかり聞きましてよ? 〔魔法楽士〕学科の魔法予修者達に、歌も踊りも楽器演奏術も、全て勝っていることを鼻にかけ、他の魔法未修者達を扇動して、教室内で彼女達をバカにしているのでしょう?」
「デタラメです! 魔法予修者の方達が、私達魔法未修者を見下し、無視しているんです!」
 食い違う両者の意見。命彦は、自分の夢へまっしぐらに行動する舞子が、わざわざ同学科内の魔法未修者達を扇動して、魔法予修者達を馬鹿にするだろうかと黙考した。
 結果は一瞬で出た。付き合いは浅いが、舞子の友人はともかく、舞子自身は自分の夢に猪突猛進する少女である。夢と無関係のことに時間を無駄に割くことは、到底考えにくかった。
 これは命彦とミサヤ、メイアや空太、勇子までが全員一致する考えであった。
「付き合いはまだ短いけど、舞子がそういうことをするとは到底思えんわ。あんたにそう吹き込んだ子らが、嘘ついとるんとちゃうか!」
「どこの誰とも知れぬ方が、私の学友達を愚弄ぐろうするおつもりですか? 彼女達は皆良い子ですわよ? 私にいつも挨拶しに来ますもの。廊下ですれ違ったことにも気付かず、この私を無視した過去を持つ、そこの身の程知らずとは違いますわ」
 勇子の言葉を聞き、眼鏡少女がムッとした表情を浮かべる。
 と同時に、眼鏡少女の語る言葉に対して、命彦とミサヤ、空太は衝撃を受けていた。
「ま、命彦、どうしよ? あの眼鏡女子、真性の頭の痛い子だ!」
「バカ、聞こえるだろうがっ! 小声で言え! ありゃ頭の病気だ、関わらん方がいい」
『憐れですね? 年若いのに、もう脳に致命傷を負っている。不治の病でしょう』
 命彦達の声は届かずに済んだらしい。自分に対して憐れみの視線を送る命彦達を、いぶかしげに見返してから、眼鏡の少女は舞子をいたぶるように問うた。
「そう言えば、今頃気付きましたけれど、いつも一緒にいるそのご友人達はどうされましたの? ああ、そうでしたわっ! 貴方達【精霊合唱団エレメンタルコーラス】とかいう魔法士小隊を結成して迷宮へ入り、魔獣に襲撃されて救助されたんでしたわねぇ? 関所で救助者一覧表を見ましたわ。お三方とも遺影のように表示されていて、驚きました」
 わざとらしく言う眼鏡の少女が、舞子に一歩近づいて言葉を続ける。
「ご友人達はそこそこ重傷だったとか。気の毒ですわねえ? 魔法士として復帰されるのかしら? 心に傷を負っていればあるいは……うふふふ、可哀想ですわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、私の友人達は貴方に心配されるほど弱くありません!」
 決然と言う舞子の応答に、苛立った表情を浮かべる眼鏡の少女。
 その眼鏡少女が、舞子をへこませようと、より嫌味ったらしく語る。
「……そうですの。ああそうそう、関所の救助者一覧表を見た我が校の卒業生たる魔法士の方々が、『どうして〔魔法楽士〕が迷宮に入っているのですか、危険でしょう!』と、学校へお叱りの連絡を入れているそうです。我が校の教育に疑念を持たれたのでしょうねえ?」
「歴史ある芽神女学園の評価を、貴様らがおとしめた。学校側は貴様らの退学も視野に入れていることだろう。自業自得だ。私はかつて貴様らに言った筈だ。己の分をわきまえず、領分を超える行いをすれば、それが周囲に迷惑をかけ、己自身をも殺すと」
 甲冑少女が舞子に圧をかけると、軽装の少女2人も口々に言う。
「彼女の忠告にも耳を貸さず、勇んで迷宮へ入った結果が、魔獣に殺されかけた挙句に救助されたとは、みじめですわねえ? 領分を超える力を持てるのは、それ相応の修練を積んだ者だけでしてよ?」
「見よう見真似の猿真似訓練で迷宮に行ければ、誰も苦労はしませんわ。歌って踊れて戦える〔魔法楽士〕だったかしら? 笑い話ですわね。ぷふふ、貴方ではその夢、絶対に実現できませんわよ?」
 舞子にとって痛い所を、抉るように突く4人の少女達。
 しかし、客観的に聞いていると少女達の言うことにも、道理はあった。
 限定型の学科魔法士のくせに、夢を見るまま戦闘型の学科魔法士の領分へと踏み込んで、見事に失敗した愚か者達。それが舞子であり、舞子の親友達である。
 どれほど言葉で取り繕おうとこの事実は消せず、余程優れた功績を打ち立てぬ限り、汚点として舞子達に付き纏った。
 それを理解しているからこそ、舞子は拳を握り、涙を堪えて、少女達の口撃に耐えていた。
 夢の代償を、今まさに舞子は払っていたのである。
 命彦とミサヤ、空太も、舞子の想いを汲んでとりあえず黙っていた。
 顔をしかめ、ムシャクシャする腹立たしさを飲み込み、黙っていた。
 しかし、明らかに傷付いている舞子の姿を見過ごせぬ者達もいた。勇子とメイアである。

 少女達の表情と笑い声がかんに障ったのだろう。
 黙って会話を聞いていた勇子とメイアが、舞子を庇うようにして少女達と対峙した。
「そこまでにしいや? あんたら少し口が過ぎるで!」
「そうね。舞子が無知であることは確かだし、身の程知らずだったことも事実だけれど、夢を見るのは個人の自由よ? 他人の夢を全否定したり、馬鹿にするのは言い過ぎだわ。それに、物には言い方というモノがある。貴方達の物言いは、助言としてもとげがあり過ぎるわね」
「勇子さん、メイアさんも……」
「下がっとき舞子、こいつらとはウチらが話しつける」
 これまで極力無視していたメイアと勇子を、今度は値踏みするように見返して、4人の少女達は嫌味っぽく笑うと、周りの少女達を代表するように、眼鏡の少女が口を開く。
「我が校の問題児へ手を貸される貴方達は、舞子さんとどういうご関係ですの? 私達は、そこの身の程知らずさんと同じ魔法士育成学校、芽神女学園の同級生の者です。勿論魔法学科は違いますけどね? 学校の評判を落としてくれた問題児に説教をする権利が、私達にはあります。邪魔をされると腹立たしいのですけれど?」
「私達と舞子の関係は、依頼主と依頼を受領した小隊の関係よ」
「無知で無謀、夢見がちの舞子に、ウチらが魔法戦闘技能を教えて、夢を実現できる一端の魔法士にするつもりや。師匠と弟子と言うてもええ。あんまりウチらの弟子に嫌がらせをせんといてんか? 文句があるんやったら、ウチらが拳骨で聞いたるさかい」
 メイアと勇子の言葉に、4人の少女達が目を丸くしてき出した。
「プ、ふふふっ……依頼人と受領小隊? 師匠と弟子? これは驚きましたわ! 舞子さん、依頼までして魔法戦闘技能を修得しようと思いましたの? 究極のお馬鹿さんですわねえ?」
「よその小隊へ入隊してまで戦闘技能を欲したんですのね? 貴方、1度は魔獣に殺されかけたと言うのに、まだしつこく夢を追われてますの?」
「夢を追い続ける姿は本来美しい筈ですが、私には貴方が見苦しく見えますわ」 
「少しは懲りたらどうだ? 同じ夢を持つ友人達はまだ家で静養していると聞くぞ?」
 ゲラゲラと笑って語る少女達の言葉に、堪え切れず舞子が反応し、キッと少女達を見返して口を開いた。
「その友人達に先に行けと言われたんです、必ず追い付くからと! 2人も私も、まだ夢を諦めていません! 彼女達のためにも、私は自分の夢を追い続けます。いつか彼女達と一緒に、【精霊歌姫】と並べるくらいの、いえ、超えるくらいの〔魔法楽士〕として活躍できるように! そのために私は努力を続けます。ここにいる方々は、そのための先生です!」
 舞子の発言で、少女達全員が明らかに苛立ったのを、命彦は肌で感じ取った。
 殺気立った表情を浮かべ、4人の少女達がチラチラ見せていた敵意を剥き出しにする。
「学科首席の意地ですか? ポッと出の魔法士風情が。図に乗るのもいい加減にしてほしいですわね?」
「己が分を弁えぬその口振り、とても不愉快です。我が校の〔魔法楽士〕学科主席が、魔法未修者の魔法士であるというだけでも、十分腹立たしいのに……」
「その上、まだ目触りでバカらしい行動を取り続けますの? 貴方達も、ろくに戦闘訓練を受けておらず、魔獣についてもほぼ知らずにいるそこの足手まといを、よく迷宮に連れて行こうと思いましたわね?」
「本当だ。常識ある小隊の魔法士達であれば、普通は依頼を受けんだろうに。愚か者の蛮行、止めようとは思わんのか?」
 少女達がメイアや勇子、命彦と空太に視線を移し、感情的に言った。
 命彦達は顔を見合わせて苦笑すると、お返しとばかりに勇子とメイアが、嫌味ったらしく言う。
「キャンキャンとやかましいお嬢さん方やわぁ。そら依頼が無茶振りやったらウチらも考えるで? せやけど、今のところ全然できる範囲やもん。舞子も意外と使える子やし、報酬も相応のモンがもらえた。断る理由も止める理由もあらへんやんか?」
「その通りね。先生とまで言ってまっすぐ慕ってくれるのも気分が良いし。それに、私も両親揃って一般人の、ポッと出の学科魔法士ですからね? 同じ魔法未修者の舞子の夢は是非とも応援したいわ。貴方達みたいに、魔法予修者であるだけでお高くとまった2流の魔法士が、私達が育てた魔法未修者の舞子の、夢を実現した姿を見て、吠え面かく姿って1度見てみたいもの」
 メイアのきつい言葉に、お嬢様然とした4人の少女達が一様に顔を引きつらせた。
 小馬鹿にしたつもりが、見事に小馬鹿にし返され、怒りを表に出さぬように、余裕のある笑みを作っているつもりだろうが、感情を必死に抑えている様子が、ありありと少女達の表情から見て取れる。
 勇子がその引きつり気味の表情を見て、思わず出る笑いを堪えつつ、言葉を続けた。
「プフッ! こ、こらメイア、言い過ぎやで? そこのお嬢さん方プルプルしとるやん? まあでも……ぷくくっ、確かに2流ちゅうか、小物には見えよるねえ?」
 眼鏡の少女が目を三角に吊り上げ、青筋を額に浮かべて問い返す。
「……私達が、小物に見えるですって?」
「そらそやろ? 舞子程度に、どうしてそこまでお嬢さん方が敵意を剥き出しにしとるんか、ウチらには全然分からへんもん。無知で身の程知らずやったら、そのうち勝手に自滅するから、いちいち絡まんでええやん? 実際、1度は自滅しかけたわけやし。せいぜい嫌味の1つでもこぼして、無視すればええだけやろ?」
「そこをあえて絡みに来るから、貴方達は小物に見えるのよ。しかも、たかが1人を相手に、群れて攻撃してるでしょう? 2流で小物のやり口よね、それは?」
「舞子を怖がって、キャンキャン咆えとるようにしか見えんで? あと、ウチらの小隊は、そこの小隊長が依頼を受けると決めた以上、小隊員はその決定に従うのが決まりや。舞子の依頼も、他の依頼と同じようにウチらの小隊長が受けた。あんたらにつべこべ言われる筋合いあらへんわ」
 舌戦はメイアと勇子の方が一枚上手らしい。勝ち誇った顔で2人は少女達を見ていた。
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