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4章 魔法士小隊

4章ー9:夢見る乙女と、厳しい現実

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 舞子が命彦達を見回し、口を開く。
「それでは……改めてご挨拶させていただきます。初めまして、【魔狼】小隊の皆さん。今回皆さんに依頼を出した、歌咲舞子です。三葉市第2魔法士育成学校、芽神めがみ女学園の〔魔法楽士〕学科第4学年に籍を置いており、年齢は皆さんと同じ16歳です。よろしくお願いします」
 一礼する舞子に、とりあえず命彦達も一礼を返すと、舞子が言葉を続けた。
「最初に、皆さんに知っておいて欲しいことがあります。それは私の夢についてです。恐らく皆さんも疑問に思っておられる筈です、どうして限定型の学科魔法士である〔魔法楽士〕が、戦闘型や探査型の学科魔法士が持つ、魔法戦闘技能を欲しているのかと」
「歌咲さんの夢が、その疑問に関係しているということですか?」
「はい。あ、メイアさん、それから他の皆さんも、私のことは梢さん達のように、舞子と呼び捨ててください。そう呼んでいただく方が、私も気を遣わずに済むので。……それで私の夢についてですが」
 舞子が命彦達の目をしっかり見て、決然と語る。
「私の夢、それは【精霊歌姫エレメンタルディーバ】のように、歌って踊って戦える、そういう〔魔法楽士〕として、世間から認めてもらう、ということです」
 舞子の夢を聞いた、命彦達の反応はマチマチだった。
「……えらいでっかい夢やね? 今や押しも押されぬ超一流の3人組亜人歌手達と、同等の評価を受けられる〔魔法楽士〕を目指すっちゅうことやろ? 普通やったら夢のまた夢やで?」
「現実と妄想の区別がついてるのか、僕的には微妙に心配だよ」
「2人とも、もっと言葉を選んで言って、相手は依頼主よ! ごめんね、舞子」
「全員黙って聞けよ。舞子すまん、続けてくれ」
「謝る必要はありませんよ、メイアさん、命彦さん。勇子さんや空太さんの反応は、まだ優しいモノですから。実際、こういう話をすると笑われる方が多いので」
 舞子がはずかしそうに苦笑し、話を続ける。
「幼少期の頃、私は戦闘型や探査型の学科魔法士に憧れていました。しかし10歳の時、作曲家である両親の伝手つてで【精霊歌姫】に偶然会って、彼女達の力に、その学科魔法士としてのあり方、生き方に、とても感動したんです」
 舞子が目を輝かせて虚空を見上げた。夢見る乙女の空気が、談話室に充満する。
「限定型の学科魔法士であるにもかかわらず、都市自衛軍に所属し、他の魔法士達と共に戦場へと出て、魔獣達と戦闘しつつ、味方を鼓舞こぶするために歌い続ける。そして、戦いが終わった後も、死んだ人々や傷付いた人々を癒すために歌う彼女達の姿に、心が、魂がせられたんです。私も彼女達のように、魔法士として気高く生きたい、そう思いました」
 舞子の話を聞き、ふと空太が言う。
「そう言えば……確かに【精霊歌姫】は、三葉市の都市自衛軍に所属してて、一時期は戦場にも出てたね? 歌手として売れ始めてからは、自衛軍の広告塔として使われることが多くて、あっちこっちの迷宮防衛都市に派遣されてるから、最近は歌手としての、歌ってる姿ばっかりを見てるけど」
「ええ。でも、彼女達は祈りの歌い手であると同時に、戦士です。今でも、自分達の派遣された迷宮防衛都市に魔獣が迫って来ると、戦場に出たがるそうですよ? あっと、話が少し話がそれましたね」
 舞子がまたはずかしそうに頬に手を当てて、話題を戻した。
「【精霊歌姫】と会った後、魔法士育成学校である芽神女学園に入学した私は、同じ想いを持つ親友達と会い、切磋琢磨し、できる限り早く魔法士資格を得るべく、脇目も降らずに魔法の修練へと打ち込み、今年ようやく〔魔法楽士〕学科の魔法士資格を取得しました。……でも」
「でも?」
「〔魔法楽士〕の修練にのめり込むあまり、私は、私達は、世間知らずの部分が多々あって、迷宮のことも魔獣のことも、ほとんど知りませんでした。精霊付与魔法は魔獣との戦闘によく使われるから、この魔法術式さえ上手く使えれば、魔獣とも戦える筈だと……漠然ばくぜんとした、都合の良い甘い考え方をしてたんです」
「それって、魔法士育成学校に入学してから4年間、ずっと魔法学科修了認定試験に受かることだけを考えて、魔法技術の修得と、自分の魔法学科の専門知識の定着に注力していたってことかい?」
「はい。一応自分達で考えて、相応に戦闘訓練もしたつもりでいましたが、実際には役に立ちませんでした。自分達が思っている以上に、私達は無知で、迷宮は……魔獣は恐ろしかった。友人達共々、一昨日はその無知から依頼所の方々に随分ご迷惑をかけました。その点については、今も深く反省しています。無知無謀の馬鹿者と思われても仕方ありません。その評価を、悔しいですが甘んじて受け入れます」
 舞子が唇を噛み、再度命彦達を見て言う。
「ただ、私はどうしても自分の夢を実現させたいんです! 【精霊歌姫】のように、魔法士として誇れる、自分が憧れた生き方をしてみたいんです。そのためには、当然魔法戦闘技能も不可欠で、どうしても手に入れる必要があるんです! できることは何でもします。どうか御指導、よろしくお願いします!」
 ゴチンッと、座卓が揺れた。
 舞子が勢いよく頭を下げたせいで、座卓に額がぶつかったのである。
 痛みで涙目の舞子が顔を上げると、真剣さを保つべく必死に笑いを堪える命彦達の姿があった。

 舞子のヘマで崩れた談話室内の空気を取り繕うように、梢が咳払いする。
「ぷふっ! ご、ゴホン、えー……お互いの紹介が終わったところで、質問を受け付けましょうか?」
「舞子の決意は分かったが、疑問は残ってる。1つ聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
 舞子の前では聞きにくい質問らしく、命彦達がひそひそと話し合ってから、勇子が手を上げた。
「じゃあウチから聞くわ。何で自分とこの学校の、戦闘型や探査型の魔法士に頼まんの? 芽神女学園については、命彦の姉やんやそこの梢さんの行ってた魔法士育成学校やから、うちらも多少は知っとんねん。第4学年……4年生やったら、絶対に魔法士資格を持っとる同級生がおるやろ? ウチらやのうて、その子らに頼むのが普通ちゃう?」
「そ、それは……」
 舞子が一度俯き、悲しそうに笑った。
「最初は頼もうと思っていたんです。ですが……私達が頼むと、色々と頼んだ同級生に迷惑がかかるので、学校の知人達には結局頼めませんでした」
「頼めませんでした? どういうことやのそれ?」
 勇子が問い返そうとすると、梢が急に思い至ったかのように、口を開いた。
「迷惑がかかるというのは……もしかして、舞子が学科成績に優れた魔法未修者だからかしら?」
「……はい」
 重く首を縦に振る舞子。梢は渋い表情で腕組みした。
「そう。叔母さんが言ってたこと、本当だったのね」
「え、いや2人だけで会話せんといてや。どういうことやの、梢さん?」
「私の母さんの妹が、芽神女学園の理事をしてることは知ってるわよね? その叔母さんが言ってたんだけど、芽神女学園では今、魔法予修者と魔法未修者のいさかいが頻発してるらしくて、学科成績が優秀である一部の魔法未修者が、魔法予修者に嫌がらせを受けてるんですって。怪我人も出てるらしいわ」
「はあ? それホンマかい!」
「あんた達の学校でもあったでしょ? メイアに対する嫌がらせが。アレと一緒よ。魔法予修者として学校に入学したのに、年がつにつれて、自分より才能がある魔法未修者の生徒に追い付かれ、遂には追い抜かれてしまった。そういう落ちこぼれの魔法予修者の生徒が、優れた才覚を持つ魔法未修者の生徒を目障りに思って、色々嫌がらせをするのよ」
「どこの魔法士育成学校でも、似た諍いはあるそうですが、芽神女学園ではそれが非常に活発化しており、学校側が憂慮するほど深刻だということです。お嬢様育ちで親に甘やかされた上、無駄に自尊心が高い女生徒が多いので、一度ぶつかると根に持たれやすいのでしょう」
 ミツバの分析に梢がうんうんと首を振り、言葉を重ねる。
「魔法未修者のくせに、4年で学科魔法士資格を取得した。舞子は当然目を付けられるでしょうね? 勿論、舞子の友人達も……4年生でも試験に落ちてる魔法予修者はたくさんいる筈だから。舞子、学校の〔魔法楽士〕学科内での席次は?」
「第1位……主席です。私の親友達も、次席と三席で、〔魔法楽士〕学科の成績優秀者は、1位から3位が私達です。4位から10位までは、全員魔法予修者で、まだ誰も魔法学科修了認定試験に合格していませんから、〔魔法楽士〕の学科魔法士資格を持っていません」
「魔法予修者の面目丸潰れね? まあ本人達の才能というより、私は努力の問題だと思うけど。それは置いといて、舞子はその同学科内の魔法予修者達にとっては、目障りの筆頭というわけね? それは目のかたきにされるわ。メイアも実体験があるから分かるでしょ? 同じ痛みが」
「ええ。私の場合、命彦達と知り合ってから、その手の嫌がらせは随分減りましたが……」
「舞子の場合は、身近に親友達がいるとはいえ、今もずっと嫌がらせが続いてるのか。キツイね」
「メイアの時みたいに、ウチらで邪魔くさい奴を片っ端からシメればええんちゃう?」
「まーた男女平等にボコった挙句、裸にして校庭の木に吊るすつもりかい?」
「場所を考えろよ、生粋のお嬢様が通う学校だぞ? そもそも他所の学校でできるかバカタレ」
『腕っ節だけで解決するモノではありませんよ。メイアの時は、マヒコ達が同じ学校にいたからこそ、報復されることもほぼありませんでしたが』
「舞子は別の学校よ、私達が手出しすると余計にこじれるわ」
「手出しする場合は、学校以外の場所で、舞子が報復されんようにする必要があるわけか。あーもう、ややこいわ! でも、舞子がウチらを頼る理由は理解したで。自分らだけで戦闘訓練しとったちゅう話も、この嫌がらせのせいやろ?」
「はい。はずかしい話ですが……他の魔法学科の一部の魔法予修者達にも、私達は嫌われているようで。手を貸してもらった子達に嫌がらせがあるのを考慮し、戦闘型や探査型の魔法学科で行われる訓練を見て、自分達で真似をしていました。筋肉や体力がついて、自分でも少し自信を持っていたんですが、タダの思い込みでしたね? あははは……」
 乾いた笑みを浮かべる舞子を気の毒そうに見つつ、空太が言う。
「夢のためにも、校内で自分の身を守るためにも、魔法戦闘技能がいるのか。切実だね? 行動が行動だけに、もっと頭の痛い子だと思ってたけど、話を聞けば普通にまともで、僕としては純粋に手を貸してあげたいと思ったよ」
「ウチもや。メイアもやろ?」
「ええ」
「ありがとうございます。ただ魔法戦闘技能については、あくまで自分の夢のために欲しいモノです。校内での嫌がらせは、事故かもしれませんし……動機としてはあんまり適切とは言えませんよ」
 苦笑して言う舞子のこの発言に、メイアが苦言を呈した。
「考え方がヌルイわよ、舞子? この手の嫌がらせはね、学校の人間が手を出しにくいように、校内では事故を装って実行されるの。魔法実習の時に、わざと魔法の制御を乱したフリをして、嫌がらせをしたい相手にぶつけるとかね?」
「……っ!」
 ビクリと震える舞子を見つつ、勇子が付け加える。
「あとは、誰がしたか分からんよう、攻撃魔法に儀式魔法で遅延発動条件や対象選別条件を組み合わせて、嫌がらせしたい相手が通った時だけ発動する地雷っぽい魔法を使うっちゅう手もあるで?」
「……っっ!!」
 またしてもビクリと震える舞子を見て、命彦達が問う。
「身に覚えがあるようだが?」
『特に後者の方が激しく反応していたみたいですね?』
「舞子、詳しく言ってみい?」
「あ、あはは……えーと、一度教室移動の時に、髪を燃やされたことがあって。親友達がすぐに消してくれたので、燃えた部分を切ってどうにか助かったんですけど、それが」
「後者の嫌がらせに似てた、と?」
「はい。当時校庭の傍を通っていて、校庭では魔法制御の粗い1年生が魔法実習の授業をしていたので、1年生の魔法が想定外のところで発動したとして、一応事故として処理されたんですが」
「制御を失って、使用者の想定外の場所で具現化した魔法が、偶然その時そこを通過してた舞子の頭を目がけて具現化したってのは、考えにくいぞ? 効力が及んだのが舞子だけっていうのも引っかかるし。舞子の親友達も、近くにいたんだろ?」
「はい、肩が触れ合うくらいに近かったです」
 コクリと首を縦に振る舞子。
「じゃあ、確実に舞子が狙われてたのよ。具現化した魔法が制御を失ってる場合、費やした魔力や精霊に応じて、効力を無作為に発揮し、局所的に効力が及ぶことは皆無だわ。肩が触れ合うほど近くにいたら、絶対に巻き込まれる筈よ」
「そうね。叔母さんもそこに気付いていたから、表立って事故として処理しつつ、裏で危険行為を行う生徒を調査してるんでしょう。主犯格の目星はもうついてるらしいから、しばらくしたら納まるでしょうけど、それまでは我慢の時ね。いっそのこと、命彦達が目一杯魔法戦闘技能を仕込んで、舞子自身にぶちのめさせれば?」
「それええやん! 梢さんええこと言った! 決まりぃー」
「魔法予修者と魔法未修者の溝は、学科魔法士資格の取得後も引きずることが多々ある。それは都市防衛に関して、防衛力低下の要因たりうるんだ。過度に両者の溝を広げ、争わせる馬鹿はきっちり教育するべきだね? こういう都市から見れば小さい問題が、積もり積もって、やがて都市全体に危機をもたらす人災を作り出すんだよ」
「ええ。海外では、魔法予修者と魔法未修者の諍いが、【逢魔が時】発生時に友軍誤射フレンドリーファイアを引き起こし、味方同士の不信感のせいで戦線が瓦解がかいしたって話もあるわ。全てに対処することは私達では到底無理だけど、こうして知り合った以上は、できることはすべきね? 私も舞子を使って、嫌がらせする魔法予修者をボコるのに賛成」
「魔法予修者と魔法未修者の諍いしかり、融和型魔獣や亜人、異世界混血児と地球人との諍い然り。放置すると迷宮防衛都市全体にまで危険が及ぶ事例が後を絶たねえ。過度に親しくする必要はねえし、個人の心情は自由だが、一致団結すべき時に不和を招く行動は慎むべきだ。そういう行動を起こさせる火種は、自分達にできる範囲で消して行くに限る」
 命彦が心底不愉快そうに眉根を寄せ、言葉を続けた。
「先々のことを見通せんアホ共のせいで、迷宮防衛都市が危険に晒され、そこに暮らす俺の家族までが危険に晒されるのは絶対に許せん。舞子を使ってシメるかどうかはこの際置いといてだ。俺は、俺の家族のために行動するぞ。俺の家族を危険に晒すクズは、ありとあらゆる手段で追い詰め、心底苦しめた上で輪切りにしてやる」
『素晴らしい心がけです、我が主よ』
「……そこ褒めるとこか、ミサヤ?」
「いつものことでしょ、結局命彦の行動原理はいつもそこに落ち着くんだから」
「まあ、いつも通りだよね、我らが小隊長はさ?」
「え、いやあの……」
 命彦とミサヤを見て苦笑している勇子達。その勇子達を見て戸惑う舞子に、梢が言う。
「まあとりあえず、魔法戦闘技能を仕込んでもらえるのは確定したみたいよ? 良かったわね、舞子。命彦達に仕込まれたら、そこいらの戦闘型の学科魔法士は、軽くひねれるくらいの戦闘力が身に付くと思うわ。メイアで実証済みだからね」
「あ、はい」
「その通り、ウチラに任せ。迷宮での生存術から、魔獣ごとの戦い方まで、しっかり叩き込んだるわ」
「あ、よろしくお願いします!」
 命彦達を見回して、舞子が頭を下げた。
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