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4章 魔法士小隊
4章ー5:マヒコとコズエ、依頼内容の確認
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平面映像上の電子書面を指差し、梢が言う。
「いつも通りに、まずは依頼書の電子書面に目を通してくれるかしら? 分かってるとは思うけど、依頼書に幾つかある黒い塗り潰し箇所は、情報開示の制限箇所よ。この依頼を受領した魔法士達にのみ明かされる、守秘義務が課された情報ってことね? 受領したらそこの情報は明かすから、今は読み飛ばしとくように」
「はいよー……って気軽に言いたいとこだけどさ、工房の会話でも言ったとおり、俺って口が軽い方だから、こういう守秘義務付きの依頼はできれば遠慮したいんだよね? 依頼を受ける以前に、概要を知ることも遠慮したいくらいだし」
最後の抵抗とばかりに命彦が顔をしかめて言うと、梢が頬を膨らませて言い返した。
「話は聞くって言ったわよねぇ?」
「あーもう分かってるよ、読めばいいんだろ、読めば」
むくれる梢の顔を見て苦笑した命彦が、ミサヤと顔を見合わせた後に、空間投影された平面映像を読み始める。
メイア達も、各々目を通した。
学科魔法士が受ける依頼には、依頼主の個人的事情から生じるモノもあり、情報の秘匿性を重視するモノもある。
そうした依頼は当然、情報の開示にも一定の制限が付いており、依頼を受けるかどうかまだ迷っている段階の魔法士に対しては、依頼についての最低限の情報だけが与えられた。
勿論、依頼を受領した魔法士には、依頼に関する全ての情報が明かされる。
命彦達はまだ依頼の受領を迷っている段階のため、見せてもらえる依頼書も情報開示に制限が付いているわけである。
「えーと、依頼主は女性で、歌咲舞子さん、16歳? 僕らと同じ年齢だね」
「全然知らん相手やわ。命彦への指定依頼っちゅう話やったから、命彦の知り合いか?」
勇子の問いかけに、命彦も首を傾げた。
「いや違う、俺も知らねえ相手だ。顔が分かれば思い出すかもしれんが、隠されてるし。どうして俺を受領者に選んだのやら……」
依頼主の情報を確認して、不思議そうに眉を上げる命彦。微妙に不信感が見える表情であった。
依頼主が依頼を出す時、受領する魔法士を指定することはよくあるが、それは指定した魔法士とすでに面識があり、依頼主と指定された魔法士との間に、一定の信頼関係が形成されている場合である。
依頼主が、全く初対面の魔法士を、自分の依頼の受領者に指定することは相当異例であり、魔法士側が極めて優れた実績を持つ場合にのみ、こうした異例の指定依頼は発生した。
依頼主が、依頼所側へ特に実績のある魔法士を推薦させ、依頼所の推薦した魔法士を、自分の依頼の受領者に指定するためである。
命彦も、【魔法喫茶ミスミ】ではよく知られた腕の良い学科魔法士であったが、依頼所が見ず知らずの依頼主へ、自信を持って推薦するほどの凄腕魔法士かと問われれば、自分で首を横に振るだろう。
同世代の若手では、そこそこ優秀だという自負はあるし、能力面でも古参の魔法士達に負けず劣らずの力があると思っているが、依頼を選り好みしてるせいで、実績に関しては、自分以上に優れた魔法士達が結構いることも事実である。
だからこそ、自分以上の実績を持つ魔法士達を差し置いて、見知らぬ依頼主から命彦へ指定依頼が来ている現実に、戸惑いと不信感があった。
命彦が平面映像上の電子書面をじっと見つつ、眉をひそめて言う。
「俺が……俺達がいつも受けてる指定依頼は、これまでに依頼を幾度か受けてて、知人程度にまでお互いのことを見知ってる、そういう依頼主からの依頼だった。それだったら、ここまで警戒心も湧いたりしねえんだが……」
『そうですね。この依頼主、ウタサキマイコについては、私も憶えがありませんし。……この依頼主がマヒコを受領者に選んだ理由、コズエは当然知っているのでしょう?』
命彦にくっ付いていたミサヤが、梢を見て思念を発すると、梢がニヤニヤしつつ首を縦に振った。
「まあね? 依頼を受けてくれるんだったら、教えてあげるわよ?」
『依頼内容をきちんと確認して、受ける旨味があれば受けますよ。マヒコ、断る可能性がある依頼について、アレコレ考えても時間の無駄です。内容の確認をさっさと済ませましょう』
ニヤつく梢を視界の端に捉えつつ、命彦が平面映像上の書面を読み進める。
「そりゃそうだ。んじゃ、まず依頼種別から見るとするか……って、最初からコレかよ」
「指定特殊依頼って……これ分類上は特殊依頼やんかぁ」
「護衛依頼と派遣依頼の複合だから、特殊に分類されているわけね。しかしこれは……」
「パッと見た限り、相当面倒そうだよ、この依頼」
電子書面の依頼書に目を通していた命彦達が、揃って嫌そうに眉を上げた。
依頼所から斡旋・紹介される依頼は、その内容に応じて凡そ6種に分類される。
迷宮内で特定の魔獣を殲滅する、討伐依頼。
迷宮から特定の異世界資源を持ち帰る、採集依頼。
迷宮内の地図を作成したり、行方不明者を捜索したりする、探索依頼。
決められた期間の間、依頼主を守る、護衛依頼。
特定の魔法技能を持つ魔法士を、必要とされる仕事場へと派遣する、派遣依頼。
依頼内容が複数の分類にまたがったり、どの分類からも外れたりする、特殊依頼。
以上の6種である。今回の依頼は、内容が護衛依頼と派遣依頼の複合であるため、特殊依頼に分類されているらしい。
依頼の6種別からも分かる通り、特殊依頼は依頼内容に面倒事や厄介事が多いため、受領を嫌がる魔法士がとても多かった。命彦達もそれは同様である。
嫌そうに顔をしかめた命彦達が、互いに言い聞かせるように依頼書を読み進める。
「依頼内容は、弟子にしてください、ですって? 一応依頼主も学科魔法士みたいだけど、肝心の依頼内容の方は、端的過ぎて困惑するわね? もう少し情報が欲しいところ……あら? 下の備考欄に、魔法戦闘技能が欲しいので、戦闘訓練を求むって具体的要望が記載されてるわ」
「ああ。しかも迷宮に連れてって訓練してくれとある。魔獣との実戦をご所望らしいや。そのくせ、依頼主の魔法学科は秘密だとさ? 一番見たい所が隠されてるが、まあいい。恐らく生産型の学科魔法士だろう」
『そうですね。この手の依頼内容からすると、依頼主は生産型か限定型の学科魔法士だと思いますが、限定型の魔法学科で、魔獣と関わりを持つモノはごく僅かです。素材や実験対象という意味で、より魔獣と関わりを持つ生産型の学科魔法士と考える方が自然でしょう』
「ああ。そいで、依頼期限の方だが……依頼主に魔法戦闘技能が身に付くまで、だと?」
「それってつまり、依頼の終了期限が実質的に未定っちゅうことか? 1カ月やそこらじゃ、絶対にこの依頼は終わらん気がするわ」
「そうだねえ。報酬額も……げっ! たったの30万円? 期間未定のワリに報酬も低いよ、これ」
驚く空太の言葉に、平面映像上の電子書面を見ていたメイアも同意する。
「そうね。基本的に依頼は、危険性が高く、依頼の達成に時間がかかり、依頼内容がややこしいモノほど、報酬額が増える筈。迷宮に出ることが前提で終了期間も未定の上に、依頼内容が面倒であるこの依頼の報酬が、僅か30万円というのは……さすがに」
「わりに合わへんやん。この種の依頼内容って、確実に200万円以上はもらえるやろ?」
勇子が腕を組んで言う。命彦も言葉を重ねた。
「ああ。足手まといの依頼主を連れて訓練のために迷宮へ行くわけだから、こっちは戦闘訓練と依頼主の安全、自分達の命を守るっていう、3つの面倒事に対処する必要がある。この程度の報酬額じゃ、どう見たって労働に見合わねえよ」
「依頼難度はどうだろ? ……依頼難度は3か。そこは依頼内容から見ても相当だね? しかし、依頼難度3の報酬額の相場は、200万円から300万円程度の筈。思ったとおり、30万円というのは明らかに額が低過ぎるね」
「まったくだ。いつも受けてる依頼と依頼難度はほぼ同じだから、依頼を達成すれば、最低限いつも通りの功績値はもらえるわけだが……しかし、この報酬額の低さはねえだろうよ? 断ろっか、ミサヤ?」
この命彦の言葉に、黙って会話を聞いていた梢が、口を開いた。
「確かに報酬額は低いけど、学科位階を上げる足しに使えるだけまだマシでしょ? ついでに言うと、この依頼は依頼所の所長が信頼できる魔法士に頼む、緊急かつ信用がかかった依頼よ。そう簡単に断られると困るわ。命彦には先に言ってたわよね?」
余裕の表情の梢を見据え、ミサヤが冷めた視線で言う。
『コズエ、迷宮には敵性型魔獣達が生息しており、命のやり取りを日夜行っているのですよ? 私達に、たった30万円で己の命を危険に晒せ、と言うのですか?』
「命を危険に晒せって、そこまで深刻に考えることかしら? 迷宮に行って戦闘訓練するだけよ? 【迷宮外壁】傍の第1迷宮域で、弱い魔獣達を見繕って、依頼主に戦い方を教えればすぐ済むわ。命彦達だったら簡単でしょ?」
「弱かろうが魔獣は魔獣だ。甘く見てると痛い目に遭う。それに迷宮じゃ想定外の事態が付きモンだろ? 用心に用心を重ねるのが基本だ。アレコレ用意してたら、30万円とかすぐに吹っ飛ぶぞ? 魔法具の値段くらい知ってるだろ、梢さん?」
「そこはほら、上手く節約してね? 命彦は〔武士〕にせよ〔忍者〕にせよ、学科位階が6って高位の魔法士だもの。この程度の依頼は楽に済ませられるわよ。私は信じてるからね?」
『言うのは簡単ですが、そもそも私達はこの依頼主の実力も知りませんからね? 依頼主が、極めて無能である魔法士だと仮定して先々のことを考え、事前の用意にも1番費用がかかる場合を想定する必要がある。現時点の情報と、この報酬額では、受ける旨味が全くありませんよ?』
おだてるようにニへラっと笑って言う梢に対し、ミサヤがきっぱりと言い返した。
そのミサヤを抱えつつ、命彦は耳をほじってどうでも良さそうに口を開く。
「腕を買ってくれてるのは嬉しいんだけどねえ……かったるいし、儲からねえし、うーむ、どうしたもんでしょうねぇー」
天井を見上げて悩み出す命彦。梢が形勢不利を察してメイア達を見ると、メイア達も目を逸らす。本格的に断られる雰囲気を察している筈だが、梢の表情にはまだ余裕があった。
依頼所で受けられる依頼には、個々に依頼難度という、依頼の内容に応じて依頼所側が設定した9段階の数値があった。
基本的にこの数値が高い依頼ほど、学科魔法士として高い能力が依頼に求められ、依頼を達成した時に多くの報酬を得られる。
ただ、梢が今回斡旋した依頼のように例外もあった。
依頼難度が低いのに高い報酬額が出る依頼もあれば、依頼難度が高いのに低い報酬額の依頼もある。報酬には依頼主の経済的事情も絡むため、僅かだが例外もあったわけである。
しかし、各依頼難度には一応相場の報酬額があり、前者のように相場以上の報酬を得る依頼は、受領者も引く手数多であるが、後者のように相場以下の報酬である依頼は、どの魔法士からも敬遠されていた。
依頼難度ごとの報酬額の相場は、どの程度の依頼に幾らの報酬を付ければ、魔法士達が動いてくれるのか、それを端的に示す目安として機能しているわけである。
また、依頼にわざわざ依頼難度という等級が設定されているのは、魔法士達に、実力に応じた依頼を受けさせて、依頼の達成を促進させるためでもあった。
ということは必然、魔法士の側にも個々に等級を設定する必要がある。
この魔法士の等級、実力の指標こそ、学科位階であった。
依頼所に所属する学科魔法士は、自分の修了した魔法学科、〔武士〕や〔忍者〕といった魔法士の資格を、個人情報の一部として依頼所に登録するが、最初に魔法学科を登録した際、学科位階1という数値を依頼所側から設定される。
この9段階ある学科位階の数値が、依頼難度と対応しており、学科位階が1の魔法士は、依頼難度が1の依頼だけを受けられるのである。
学科位階が3の魔法士の場合、依頼難度が1から3の依頼を受けられた。
つまり、学科位階が高まるほど、魔法士は受ける依頼を選り好みできる上、報酬が多く難しい依頼、依頼難度が高い依頼を受けられるわけである。
学科位階の数値は、依頼の達成によって得られる功績値の累計が、依頼所側の設定した一定値に達する毎に上昇・更新された。そしてこの功績値も、依頼難度の数値に対応した9段階であった。
依頼難度が1の依頼は、功績値も1で、学科位階が1以上の魔法士であれば誰でも受けられる依頼、最も達成しやすい依頼ということである。
依頼難度=功績値であり、学科位階が高まるほど難しい依頼を受けられて、より多くの報酬と功績値が得られ、次の学科位階にも上がりやすく、さらに難しい依頼を受けて高い報酬や功績値を得やすい、という好循環が生まれるわけである。
〔武士〕と〔忍者〕、2種類の学科魔法士資格を持つ命彦は、この2種類の魔法学科を依頼所に登録しており、共に学科位階が6と高位であるため、依頼難度が1から6までの依頼を受けられた。
しかし、命彦は効率と安全性を気にする性格であり、依頼難度が6と、自分の学科位階と同じ数値である高難度の依頼は避けて、費用対効果、労力対報酬額に優れた、依頼難度が3から4の依頼を、好んで受領していたのである。
勿論、頼まれれば依頼難度が好みより高い依頼や低い依頼も受けることはあるが、労力対報酬額の均衡を重視するため、依頼内容をよく吟味した上で、不当に相場より低い報酬額の依頼は、基本的に受領を拒絶していた。
「いつも通りに、まずは依頼書の電子書面に目を通してくれるかしら? 分かってるとは思うけど、依頼書に幾つかある黒い塗り潰し箇所は、情報開示の制限箇所よ。この依頼を受領した魔法士達にのみ明かされる、守秘義務が課された情報ってことね? 受領したらそこの情報は明かすから、今は読み飛ばしとくように」
「はいよー……って気軽に言いたいとこだけどさ、工房の会話でも言ったとおり、俺って口が軽い方だから、こういう守秘義務付きの依頼はできれば遠慮したいんだよね? 依頼を受ける以前に、概要を知ることも遠慮したいくらいだし」
最後の抵抗とばかりに命彦が顔をしかめて言うと、梢が頬を膨らませて言い返した。
「話は聞くって言ったわよねぇ?」
「あーもう分かってるよ、読めばいいんだろ、読めば」
むくれる梢の顔を見て苦笑した命彦が、ミサヤと顔を見合わせた後に、空間投影された平面映像を読み始める。
メイア達も、各々目を通した。
学科魔法士が受ける依頼には、依頼主の個人的事情から生じるモノもあり、情報の秘匿性を重視するモノもある。
そうした依頼は当然、情報の開示にも一定の制限が付いており、依頼を受けるかどうかまだ迷っている段階の魔法士に対しては、依頼についての最低限の情報だけが与えられた。
勿論、依頼を受領した魔法士には、依頼に関する全ての情報が明かされる。
命彦達はまだ依頼の受領を迷っている段階のため、見せてもらえる依頼書も情報開示に制限が付いているわけである。
「えーと、依頼主は女性で、歌咲舞子さん、16歳? 僕らと同じ年齢だね」
「全然知らん相手やわ。命彦への指定依頼っちゅう話やったから、命彦の知り合いか?」
勇子の問いかけに、命彦も首を傾げた。
「いや違う、俺も知らねえ相手だ。顔が分かれば思い出すかもしれんが、隠されてるし。どうして俺を受領者に選んだのやら……」
依頼主の情報を確認して、不思議そうに眉を上げる命彦。微妙に不信感が見える表情であった。
依頼主が依頼を出す時、受領する魔法士を指定することはよくあるが、それは指定した魔法士とすでに面識があり、依頼主と指定された魔法士との間に、一定の信頼関係が形成されている場合である。
依頼主が、全く初対面の魔法士を、自分の依頼の受領者に指定することは相当異例であり、魔法士側が極めて優れた実績を持つ場合にのみ、こうした異例の指定依頼は発生した。
依頼主が、依頼所側へ特に実績のある魔法士を推薦させ、依頼所の推薦した魔法士を、自分の依頼の受領者に指定するためである。
命彦も、【魔法喫茶ミスミ】ではよく知られた腕の良い学科魔法士であったが、依頼所が見ず知らずの依頼主へ、自信を持って推薦するほどの凄腕魔法士かと問われれば、自分で首を横に振るだろう。
同世代の若手では、そこそこ優秀だという自負はあるし、能力面でも古参の魔法士達に負けず劣らずの力があると思っているが、依頼を選り好みしてるせいで、実績に関しては、自分以上に優れた魔法士達が結構いることも事実である。
だからこそ、自分以上の実績を持つ魔法士達を差し置いて、見知らぬ依頼主から命彦へ指定依頼が来ている現実に、戸惑いと不信感があった。
命彦が平面映像上の電子書面をじっと見つつ、眉をひそめて言う。
「俺が……俺達がいつも受けてる指定依頼は、これまでに依頼を幾度か受けてて、知人程度にまでお互いのことを見知ってる、そういう依頼主からの依頼だった。それだったら、ここまで警戒心も湧いたりしねえんだが……」
『そうですね。この依頼主、ウタサキマイコについては、私も憶えがありませんし。……この依頼主がマヒコを受領者に選んだ理由、コズエは当然知っているのでしょう?』
命彦にくっ付いていたミサヤが、梢を見て思念を発すると、梢がニヤニヤしつつ首を縦に振った。
「まあね? 依頼を受けてくれるんだったら、教えてあげるわよ?」
『依頼内容をきちんと確認して、受ける旨味があれば受けますよ。マヒコ、断る可能性がある依頼について、アレコレ考えても時間の無駄です。内容の確認をさっさと済ませましょう』
ニヤつく梢を視界の端に捉えつつ、命彦が平面映像上の書面を読み進める。
「そりゃそうだ。んじゃ、まず依頼種別から見るとするか……って、最初からコレかよ」
「指定特殊依頼って……これ分類上は特殊依頼やんかぁ」
「護衛依頼と派遣依頼の複合だから、特殊に分類されているわけね。しかしこれは……」
「パッと見た限り、相当面倒そうだよ、この依頼」
電子書面の依頼書に目を通していた命彦達が、揃って嫌そうに眉を上げた。
依頼所から斡旋・紹介される依頼は、その内容に応じて凡そ6種に分類される。
迷宮内で特定の魔獣を殲滅する、討伐依頼。
迷宮から特定の異世界資源を持ち帰る、採集依頼。
迷宮内の地図を作成したり、行方不明者を捜索したりする、探索依頼。
決められた期間の間、依頼主を守る、護衛依頼。
特定の魔法技能を持つ魔法士を、必要とされる仕事場へと派遣する、派遣依頼。
依頼内容が複数の分類にまたがったり、どの分類からも外れたりする、特殊依頼。
以上の6種である。今回の依頼は、内容が護衛依頼と派遣依頼の複合であるため、特殊依頼に分類されているらしい。
依頼の6種別からも分かる通り、特殊依頼は依頼内容に面倒事や厄介事が多いため、受領を嫌がる魔法士がとても多かった。命彦達もそれは同様である。
嫌そうに顔をしかめた命彦達が、互いに言い聞かせるように依頼書を読み進める。
「依頼内容は、弟子にしてください、ですって? 一応依頼主も学科魔法士みたいだけど、肝心の依頼内容の方は、端的過ぎて困惑するわね? もう少し情報が欲しいところ……あら? 下の備考欄に、魔法戦闘技能が欲しいので、戦闘訓練を求むって具体的要望が記載されてるわ」
「ああ。しかも迷宮に連れてって訓練してくれとある。魔獣との実戦をご所望らしいや。そのくせ、依頼主の魔法学科は秘密だとさ? 一番見たい所が隠されてるが、まあいい。恐らく生産型の学科魔法士だろう」
『そうですね。この手の依頼内容からすると、依頼主は生産型か限定型の学科魔法士だと思いますが、限定型の魔法学科で、魔獣と関わりを持つモノはごく僅かです。素材や実験対象という意味で、より魔獣と関わりを持つ生産型の学科魔法士と考える方が自然でしょう』
「ああ。そいで、依頼期限の方だが……依頼主に魔法戦闘技能が身に付くまで、だと?」
「それってつまり、依頼の終了期限が実質的に未定っちゅうことか? 1カ月やそこらじゃ、絶対にこの依頼は終わらん気がするわ」
「そうだねえ。報酬額も……げっ! たったの30万円? 期間未定のワリに報酬も低いよ、これ」
驚く空太の言葉に、平面映像上の電子書面を見ていたメイアも同意する。
「そうね。基本的に依頼は、危険性が高く、依頼の達成に時間がかかり、依頼内容がややこしいモノほど、報酬額が増える筈。迷宮に出ることが前提で終了期間も未定の上に、依頼内容が面倒であるこの依頼の報酬が、僅か30万円というのは……さすがに」
「わりに合わへんやん。この種の依頼内容って、確実に200万円以上はもらえるやろ?」
勇子が腕を組んで言う。命彦も言葉を重ねた。
「ああ。足手まといの依頼主を連れて訓練のために迷宮へ行くわけだから、こっちは戦闘訓練と依頼主の安全、自分達の命を守るっていう、3つの面倒事に対処する必要がある。この程度の報酬額じゃ、どう見たって労働に見合わねえよ」
「依頼難度はどうだろ? ……依頼難度は3か。そこは依頼内容から見ても相当だね? しかし、依頼難度3の報酬額の相場は、200万円から300万円程度の筈。思ったとおり、30万円というのは明らかに額が低過ぎるね」
「まったくだ。いつも受けてる依頼と依頼難度はほぼ同じだから、依頼を達成すれば、最低限いつも通りの功績値はもらえるわけだが……しかし、この報酬額の低さはねえだろうよ? 断ろっか、ミサヤ?」
この命彦の言葉に、黙って会話を聞いていた梢が、口を開いた。
「確かに報酬額は低いけど、学科位階を上げる足しに使えるだけまだマシでしょ? ついでに言うと、この依頼は依頼所の所長が信頼できる魔法士に頼む、緊急かつ信用がかかった依頼よ。そう簡単に断られると困るわ。命彦には先に言ってたわよね?」
余裕の表情の梢を見据え、ミサヤが冷めた視線で言う。
『コズエ、迷宮には敵性型魔獣達が生息しており、命のやり取りを日夜行っているのですよ? 私達に、たった30万円で己の命を危険に晒せ、と言うのですか?』
「命を危険に晒せって、そこまで深刻に考えることかしら? 迷宮に行って戦闘訓練するだけよ? 【迷宮外壁】傍の第1迷宮域で、弱い魔獣達を見繕って、依頼主に戦い方を教えればすぐ済むわ。命彦達だったら簡単でしょ?」
「弱かろうが魔獣は魔獣だ。甘く見てると痛い目に遭う。それに迷宮じゃ想定外の事態が付きモンだろ? 用心に用心を重ねるのが基本だ。アレコレ用意してたら、30万円とかすぐに吹っ飛ぶぞ? 魔法具の値段くらい知ってるだろ、梢さん?」
「そこはほら、上手く節約してね? 命彦は〔武士〕にせよ〔忍者〕にせよ、学科位階が6って高位の魔法士だもの。この程度の依頼は楽に済ませられるわよ。私は信じてるからね?」
『言うのは簡単ですが、そもそも私達はこの依頼主の実力も知りませんからね? 依頼主が、極めて無能である魔法士だと仮定して先々のことを考え、事前の用意にも1番費用がかかる場合を想定する必要がある。現時点の情報と、この報酬額では、受ける旨味が全くありませんよ?』
おだてるようにニへラっと笑って言う梢に対し、ミサヤがきっぱりと言い返した。
そのミサヤを抱えつつ、命彦は耳をほじってどうでも良さそうに口を開く。
「腕を買ってくれてるのは嬉しいんだけどねえ……かったるいし、儲からねえし、うーむ、どうしたもんでしょうねぇー」
天井を見上げて悩み出す命彦。梢が形勢不利を察してメイア達を見ると、メイア達も目を逸らす。本格的に断られる雰囲気を察している筈だが、梢の表情にはまだ余裕があった。
依頼所で受けられる依頼には、個々に依頼難度という、依頼の内容に応じて依頼所側が設定した9段階の数値があった。
基本的にこの数値が高い依頼ほど、学科魔法士として高い能力が依頼に求められ、依頼を達成した時に多くの報酬を得られる。
ただ、梢が今回斡旋した依頼のように例外もあった。
依頼難度が低いのに高い報酬額が出る依頼もあれば、依頼難度が高いのに低い報酬額の依頼もある。報酬には依頼主の経済的事情も絡むため、僅かだが例外もあったわけである。
しかし、各依頼難度には一応相場の報酬額があり、前者のように相場以上の報酬を得る依頼は、受領者も引く手数多であるが、後者のように相場以下の報酬である依頼は、どの魔法士からも敬遠されていた。
依頼難度ごとの報酬額の相場は、どの程度の依頼に幾らの報酬を付ければ、魔法士達が動いてくれるのか、それを端的に示す目安として機能しているわけである。
また、依頼にわざわざ依頼難度という等級が設定されているのは、魔法士達に、実力に応じた依頼を受けさせて、依頼の達成を促進させるためでもあった。
ということは必然、魔法士の側にも個々に等級を設定する必要がある。
この魔法士の等級、実力の指標こそ、学科位階であった。
依頼所に所属する学科魔法士は、自分の修了した魔法学科、〔武士〕や〔忍者〕といった魔法士の資格を、個人情報の一部として依頼所に登録するが、最初に魔法学科を登録した際、学科位階1という数値を依頼所側から設定される。
この9段階ある学科位階の数値が、依頼難度と対応しており、学科位階が1の魔法士は、依頼難度が1の依頼だけを受けられるのである。
学科位階が3の魔法士の場合、依頼難度が1から3の依頼を受けられた。
つまり、学科位階が高まるほど、魔法士は受ける依頼を選り好みできる上、報酬が多く難しい依頼、依頼難度が高い依頼を受けられるわけである。
学科位階の数値は、依頼の達成によって得られる功績値の累計が、依頼所側の設定した一定値に達する毎に上昇・更新された。そしてこの功績値も、依頼難度の数値に対応した9段階であった。
依頼難度が1の依頼は、功績値も1で、学科位階が1以上の魔法士であれば誰でも受けられる依頼、最も達成しやすい依頼ということである。
依頼難度=功績値であり、学科位階が高まるほど難しい依頼を受けられて、より多くの報酬と功績値が得られ、次の学科位階にも上がりやすく、さらに難しい依頼を受けて高い報酬や功績値を得やすい、という好循環が生まれるわけである。
〔武士〕と〔忍者〕、2種類の学科魔法士資格を持つ命彦は、この2種類の魔法学科を依頼所に登録しており、共に学科位階が6と高位であるため、依頼難度が1から6までの依頼を受けられた。
しかし、命彦は効率と安全性を気にする性格であり、依頼難度が6と、自分の学科位階と同じ数値である高難度の依頼は避けて、費用対効果、労力対報酬額に優れた、依頼難度が3から4の依頼を、好んで受領していたのである。
勿論、頼まれれば依頼難度が好みより高い依頼や低い依頼も受けることはあるが、労力対報酬額の均衡を重視するため、依頼内容をよく吟味した上で、不当に相場より低い報酬額の依頼は、基本的に受領を拒絶していた。
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自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
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