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1章 焦り
1章ー5:マヒコとミツル、祖父母の帰還
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地下通路を通って自宅の居間へ戻り、また皮椅子に腰かけた命彦達。
「うーむ、振り出しに戻るか……さあて、次はどうしたもんかねえ?」
苦笑した命彦がそう口を開いて皮椅子にもたれかかり、居間の天井を仰ぐと、にわかに2階からドタンバタンと振動が伝わる。
「あらら……母さん、今起きたみたいね?」
「寝過ぎたぁぁ~っと、後悔の叫びも聞こえますね?」
命彦の横に座る命絃がフッと頬を緩め、同じく横に座る人化したミサヤも言う。
「母さんも疲れてるんだろうさ」
命彦がそう応じて、3人でくすくす笑い合っていると、階段を降りて、1人の美女が居間へ入って来る。
魂斬魅絃、命彦が姉と共に愛し、慕う、自慢の母親であった。
娘の命絃と似た顔付きに、穏やかさを宿す眼差し。緩く弧を描いたくせのある長く黒い髪と、極めて豊満である胸や腰付きを持つ、妖艶さが目に眩しい美女。
徹夜明けということで、少しやつれた表情を今はしているが、それでも色気が匂い立ち、実子の命絃と姉妹のように見える46歳の母親が、魅絃であった。
居間の扉を閉めて、魅絃が言う。
「人の気配がすると思ったら、3人ともここにいたのね?」
「ああ。母さん、おはよう」
「おはようございます、ミツル」
「おはようって言うより、おそよう、よね? 寝たのが明け方頃だったとはいえ、お昼はとっくに過ぎてるし?」
命絃が笑って言うと、冷蔵庫からお茶を取り出して飲む魅絃が答えた。
「昨日は特に疲れてたのよ、寝坊は勘弁して。それより言い付け通り、お昼ご飯作ってくれたの、命絃?」
「ええ。私達はもう食べ終わったわ。母さんの分は冷蔵庫に入ってるでしょ?」
「あらホント。ありがとね、命絃」
魅絃が冷蔵庫にあった料理を台所で手際よく温め、温まるのを待つ間に、食卓に設置された空間投影装置を起動させる。
食卓の上にブンッと突然現れた平面映像が、午後の情報番組を映し出し、関東迷宮における魔獣達の勢力が減少しつつあることを告げて、【逢魔が時】の終結が近いことを知らせた。
席に着いた魅絃が気だるそうにフウとため息をつきつつ、平面映像に目をやって言う。
「そう言えば関東迷宮の【逢魔が時】は、関西迷宮の【逢魔が時】が終わっても、まだ続いてたのよねえ……とはいえ、もうさすがに終結間近って話だけど」
ホケ~っと、どこか上の空で言う魅絃の疲労具合を気にして、命彦が問う。
「母さん、随分疲れてるようだけど、仕事は順調そう?」
「え? あ~……そうねえ、作業工程の6割ほどがようやく終わって、どうにか期日内での終わりが見えて来たから、順調と言えば順調かしらね? ただ、遅れを取り戻すのに不眠不休で作業してたせいで、今は随分と身体がだるいけど」
疲労が見える笑顔で答えた魅絃を、命彦は気遣った。
「病み上がりで無理はダメだよ。俺が治癒魔法かけようか? 多少は疲労も回復するよ?」
「うふふ、心配してくれてありがと、命彦。でも平気よ? 魔力枯渇で昏睡状態に陥ったのは、もう2週間以上も前の話だしね? ご飯食べた後、自分で治癒魔法かけてまた仕事に戻るわ。この程度でへばって、子ども達に泣きついてたことが母さんにバレたら、あとが怖いもの」
「「「あ~……確かに」」」
魅絃の言葉に、命彦と命絃、ミサヤが全員で首を縦に振る。
その命彦達の反応が面白かったのか、温め終わった料理を食卓に並べて魅絃がくすくす笑っていると、食卓の上に置いていた魅絃のポマコンが突然振動した。
ポマコンを手に取り、驚く魅絃が言う。
「あら、誰かしら? げっ! 噂をすれば、母さんからの電子郵便だわ」
「祖母ちゃんからの連絡? どうしたんだろ? 祖父ちゃんが怪我したとか?」
命彦が問いかけるように口を開くと、命絃が首を横に振った。
「いやいや、関東迷宮の【逢魔が時】がやっと終わりそうだから、明日ぐらいに戻って来る、とかでしょ?」
「ま、まさか。幾ら祖父ちゃんや祖母ちゃんでも、まだ【逢魔が時】が終わってねえのに、こっちに帰って来るってことは……」
「いえ、マヒコ。ある程度情勢が落ち着き、争乱の終結が見えた今であれば、派遣されていた魔法士達が交代制で本来いるべき迷宮防衛都市に戻って来るのは、あり得る話です。トウジとユイトは相当前から関東に行っていました。関東迷宮の【逢魔が時】にも、最初から参加していた初期組の筈。戻される魔法士の第一陣にいてもおかしくありません」
ミサヤの意見を聞き、思案顔の命彦が慌てて料理を口へかき込む魅絃に問う。
「た、確かに……ほいで母さん、祖母ちゃんからの連絡は?」
「むぐむぐ、ごくん……さっきお店に寄ったから、すぐこっちに来るので、全員そこにいるように、ですって?」
「……さすが祖母ちゃんだ」
「ええ。これから帰るどころか、もう帰って来てるのね、こっちに」
魅絃の言葉を聞き、命彦と命絃が自分達の想定を超えて来る祖母に畏怖を感じている時だった。
ミサヤが、居間の硝子戸から見える日本庭園へ、スッと視線を移す。
「庭で魔力反応、空間震動を感知しました。これは……」
「祖母ちゃん達の空間転移だろう。迎えに行こう。母さんはどうする?」
「ホントは食べ終わってから迎えに行きたいけれど、私だけ迎えに行くのが遅れると、母さんにグチグチ文句言われそうだから、一緒に行くわ」
命彦達は慌ただしく硝子戸を開けて草履を履き、居間から見える敷地内の庭へと出た。
敷地内の日本庭園へ出ると、突然空に虹色の裂け目が生じる。
魔法による長距離空間転移の際に生じる、前触れの現象であった。
「祖父ちゃんの《空間転移の儀》だ! 祖父ちゃんの魔力を感じる」
命彦が嬉しそうに言うと、虹色の裂け目から、日本刀を腰に差した1人の壮年と思しき男性が姿を現した。
「ふい~、儀式魔法は制御に気を遣うのう」
「祖父ちゃああ~ん!」
「おお、まー坊! 我が愛弟子よ、元気じゃったか!」
現れた壮年男性に手を振り、命彦が駆け出すと、壮年男性も好々爺とした笑みを浮かべ、腕を広げる。
そのまま師弟の、感動の抱擁が見れるかと思いきや。
「ウチに挨拶はあらへんのか、このバカ弟子が?」
「げえっ! おぶ!」
腕を広げて、笑顔で飛び込んで来る命彦を受け止めようとした壮年男性を後ろから押しのけて、やたらと老成した雰囲気を発する1人の美女が虹色の裂け目から出現し、飛び込んで来る命彦の顔面を片手で鷲掴みにした。
「ばばばば、ばあひゃん!」
「誰がババアじゃああああ~いっ!」
「ふぎゃああああっ!」
顔面を鷲掴みにされて怯える命彦が言うと、額に十字の血管を浮かべた美女が、顔面を掴んだまま命彦を振り回し、思いっ切り投げ飛ばした。
一瞬の出来事に虚を突かれ、さすがにその様子を見守っていた命絃や魅絃も反応できず、投げ飛ばされた当人である命彦と、高位魔獣のミサヤだけが咄嗟に魔法を使えた。
我が身を守るために、無詠唱で意思付与魔法《魔力の纏い》を展開した命彦と、主である命彦の危機を察知し、無詠唱で風の精霊付与魔法《旋風の纏い》を展開したミサヤ。
2重の魔法力場に守られたおかげで、投げ飛ばされて庭園の樹木へ叩きつけられた命彦はどうにか無傷であったが、日夜祖父と敷地内を清掃する自立思考型多能機械のエマボットによって手入れされていた、極めて高価である樹木達は、幹が数本まとめてへし折れていた。
「結絃! ワシの可愛い弟子と庭の木々達に何ちゅうことをするんじゃっ!」
「うっさいわバカ亭主! ウチを無視して感動の場面を作ろうとしたんが、そもそもの間違いやろ!」
あまりの横暴に壮年男性が苦言を呈すと、老成した雰囲気の美女はツーンと顔を背けた。
老成した雰囲気を発する美女が、魂斬結絃。
壮年の男性が、魂斬刀士。
命彦の祖父母、続柄的に言うと養祖父母にして、精霊魔法と意志魔法の師でもある2人だった。
実の娘である魅絃とよく似た顔付きだが、穏やかさと厳しさを共に宿す眼差し。まっすぐに長く黒い髪と、出る所は出つつも非常に引き締まった胸や腰付きを持つ、見た目は30代前半くらいだが、やたらと老成した雰囲気を発する美女。
魔力で細胞を活性化させて老化を相当遅らせ、実年齢を聞くと命を失うとも周囲に囁かれている女傑が、結絃であった。
他方。口周りや目元のシワが男の深みを感じさせる顔つきに、キリリとした眼つき。白と黒が混じったクセのある髪に、老いを感じさせぬ均整の取れた体躯を持つ、見ようによっては40代にも60代にも見える壮年の男性。
若い頃はさぞかし美男子であったと思われる渋い剣士が、刀士であった。
「マヒコ、平気ですか? お怪我は?」
「いつつ……ありがと、ミサヤ。怪我もねえよ、平気平気。とはいえ祖母ちゃん、会ってすぐ投げ飛ばすのは、いい加減勘弁してくれよ」
結絃の反応を気にしつつ駆け寄ったミサヤの手を借りて、自分の上に倒れ込む木々をどうにか押しのけて起き上がった命彦が、弱々しく文句を言って祖父母の方を見ると、いつの間に虹色の裂け目から出て来たのか、祖父母の背後に命彦がよく見知った2人の少女がいた。
「げっ! メイアと舞子、いつの間に!」
「いや~さしもの命彦も、いつも通り結絃さんにはタジタジね? ふぎゃああああ~ですって、ぷぷぷ」
「人類の天敵たる眷霊種魔獣を討った命彦さんが、空太さんみたいに吹っ飛んで行くとか、衝撃の映像でした」
折れた木々の上に座り込む命彦を見て、全体的に白い美少女がくすくす笑い、お嬢様然とした少女が唖然として言った。
白い美少女は、依星メイア。
お嬢様然とした少女が、歌咲舞子。
両方とも学科魔法士であり、命彦と一緒に関西迷宮へと入る友人達であった。
整った鼻梁と白人の母親譲りである深い彫りを持つ顔付きに、冷静さを宿す蒼い眼差し。これまた母親譲りの色素が薄いくすんだ灰色の髪と白皙の肌に、年齢相応に実った胸や腰付きを持つ、スラリとした白い少女。
母の容姿を色濃く受け継いだ、命彦の学友でもある混血人種の美少女が、メイアであった。
一方。童女の如く愛らしい顔立ちに、ほんわかとした眼差し。おかっぱ頭の黒い髪と、メイアと同じ年齢だが、そこだけが目立つほど発育が良い胸を持った、全体的に令嬢の気品を感じさせる少女。
育ちの良いお嬢様、端的にそう見える少女が、舞子である。
よく見知ったその少女達に、自分のはずかしい姿を見られて、立ち上がった命彦がムスッとしつつ言った。
「ぐぬぬ。今の場面は……忘れろ」
「いやよ~」
「えーと、衝撃的過ぎて忘れられる気がしません」
「お前ら、面白がってるだろう?」
2人の少女の言葉を聞き、命彦が肩を落としていると、ようやく我に返った姉の命絃が、命彦の方へと駆け寄って来て無事を確認しつつ、メイアと舞子へ厳しい視線を一瞬送ってから、祖父母に言った。
「お祖母ちゃん、命彦に酷いことするのはやめて! それと、どうしてその2人が一緒にいるのよ!」
「あん? 命絃に、ウチとまー坊の師弟関係のあり方について、一々文句つけられるイワレはあらへんで? あとそこの2人は、刀士がおもろそうって連れて来おったんや。ウチらが店へ寄った時、ソルティアから新しい社員やいうて、オカッパ頭の子の紹介をされた。その時に刀士が言い出したんであって、ウチは知らん」
結絃が刀士に視線を送ると、刀士が言う。
「歌咲舞子さんじゃったかのう? そこのお嬢さんは、ワシらに自分の素性を紹介する時、自らまー坊の弟子と言うとったんじゃ。それで詳しい所を聞きたかったんじゃよ。メイア嬢はその舞子嬢と一緒に店におったから、ついて来てもらったわい。で、まー坊? そこの舞子嬢とはどういう関係かのう? 弟子というのは本当か?」
祖父の刀士がホクホク顔で命彦に問うと、命彦はミサヤと顔を見合わせ、困った様子で答えた。
「あ~……舞子は弟子入り依頼を受けただけだよ。依頼もまだ継続してるんだ」
「今は命彦の弟子と言うか、勇子やメイア、ソルティアの弟子と思いますが?」
命彦とミサヤの言葉を聞き、慌てて舞子が言う。
「ミサヤさんが、迷宮で命彦さんの手を煩わせる者は、弟子と認めませんって言うから、勇子さん達に修行を付けてもらってるんですよ! 命彦さんの弟子の座を諦めた覚えはありません! 探査魔法だって命彦さんに手ずから教えてもらいましたし、他にも色々教えてもらうつもりです! 依頼だって受領してもらいました。体裁だけ見ればこれはもう弟子と言ってもいい筈です!」
「ほほう?」
舞子の発言に関心を持ったのか、祖父の刀士が命彦を見ると、命彦が苦笑しつつ言う。
「まあ弟子って言うか、弟子志願者って感じだよ、祖父ちゃん」
「ふむ。命彦自身も特に嫌っておらん様子じゃのう? これは良い」
命彦の言葉を聞き、何か感じるモノがあったのか、刀士はキランと目を輝かせた。
「うーむ、振り出しに戻るか……さあて、次はどうしたもんかねえ?」
苦笑した命彦がそう口を開いて皮椅子にもたれかかり、居間の天井を仰ぐと、にわかに2階からドタンバタンと振動が伝わる。
「あらら……母さん、今起きたみたいね?」
「寝過ぎたぁぁ~っと、後悔の叫びも聞こえますね?」
命彦の横に座る命絃がフッと頬を緩め、同じく横に座る人化したミサヤも言う。
「母さんも疲れてるんだろうさ」
命彦がそう応じて、3人でくすくす笑い合っていると、階段を降りて、1人の美女が居間へ入って来る。
魂斬魅絃、命彦が姉と共に愛し、慕う、自慢の母親であった。
娘の命絃と似た顔付きに、穏やかさを宿す眼差し。緩く弧を描いたくせのある長く黒い髪と、極めて豊満である胸や腰付きを持つ、妖艶さが目に眩しい美女。
徹夜明けということで、少しやつれた表情を今はしているが、それでも色気が匂い立ち、実子の命絃と姉妹のように見える46歳の母親が、魅絃であった。
居間の扉を閉めて、魅絃が言う。
「人の気配がすると思ったら、3人ともここにいたのね?」
「ああ。母さん、おはよう」
「おはようございます、ミツル」
「おはようって言うより、おそよう、よね? 寝たのが明け方頃だったとはいえ、お昼はとっくに過ぎてるし?」
命絃が笑って言うと、冷蔵庫からお茶を取り出して飲む魅絃が答えた。
「昨日は特に疲れてたのよ、寝坊は勘弁して。それより言い付け通り、お昼ご飯作ってくれたの、命絃?」
「ええ。私達はもう食べ終わったわ。母さんの分は冷蔵庫に入ってるでしょ?」
「あらホント。ありがとね、命絃」
魅絃が冷蔵庫にあった料理を台所で手際よく温め、温まるのを待つ間に、食卓に設置された空間投影装置を起動させる。
食卓の上にブンッと突然現れた平面映像が、午後の情報番組を映し出し、関東迷宮における魔獣達の勢力が減少しつつあることを告げて、【逢魔が時】の終結が近いことを知らせた。
席に着いた魅絃が気だるそうにフウとため息をつきつつ、平面映像に目をやって言う。
「そう言えば関東迷宮の【逢魔が時】は、関西迷宮の【逢魔が時】が終わっても、まだ続いてたのよねえ……とはいえ、もうさすがに終結間近って話だけど」
ホケ~っと、どこか上の空で言う魅絃の疲労具合を気にして、命彦が問う。
「母さん、随分疲れてるようだけど、仕事は順調そう?」
「え? あ~……そうねえ、作業工程の6割ほどがようやく終わって、どうにか期日内での終わりが見えて来たから、順調と言えば順調かしらね? ただ、遅れを取り戻すのに不眠不休で作業してたせいで、今は随分と身体がだるいけど」
疲労が見える笑顔で答えた魅絃を、命彦は気遣った。
「病み上がりで無理はダメだよ。俺が治癒魔法かけようか? 多少は疲労も回復するよ?」
「うふふ、心配してくれてありがと、命彦。でも平気よ? 魔力枯渇で昏睡状態に陥ったのは、もう2週間以上も前の話だしね? ご飯食べた後、自分で治癒魔法かけてまた仕事に戻るわ。この程度でへばって、子ども達に泣きついてたことが母さんにバレたら、あとが怖いもの」
「「「あ~……確かに」」」
魅絃の言葉に、命彦と命絃、ミサヤが全員で首を縦に振る。
その命彦達の反応が面白かったのか、温め終わった料理を食卓に並べて魅絃がくすくす笑っていると、食卓の上に置いていた魅絃のポマコンが突然振動した。
ポマコンを手に取り、驚く魅絃が言う。
「あら、誰かしら? げっ! 噂をすれば、母さんからの電子郵便だわ」
「祖母ちゃんからの連絡? どうしたんだろ? 祖父ちゃんが怪我したとか?」
命彦が問いかけるように口を開くと、命絃が首を横に振った。
「いやいや、関東迷宮の【逢魔が時】がやっと終わりそうだから、明日ぐらいに戻って来る、とかでしょ?」
「ま、まさか。幾ら祖父ちゃんや祖母ちゃんでも、まだ【逢魔が時】が終わってねえのに、こっちに帰って来るってことは……」
「いえ、マヒコ。ある程度情勢が落ち着き、争乱の終結が見えた今であれば、派遣されていた魔法士達が交代制で本来いるべき迷宮防衛都市に戻って来るのは、あり得る話です。トウジとユイトは相当前から関東に行っていました。関東迷宮の【逢魔が時】にも、最初から参加していた初期組の筈。戻される魔法士の第一陣にいてもおかしくありません」
ミサヤの意見を聞き、思案顔の命彦が慌てて料理を口へかき込む魅絃に問う。
「た、確かに……ほいで母さん、祖母ちゃんからの連絡は?」
「むぐむぐ、ごくん……さっきお店に寄ったから、すぐこっちに来るので、全員そこにいるように、ですって?」
「……さすが祖母ちゃんだ」
「ええ。これから帰るどころか、もう帰って来てるのね、こっちに」
魅絃の言葉を聞き、命彦と命絃が自分達の想定を超えて来る祖母に畏怖を感じている時だった。
ミサヤが、居間の硝子戸から見える日本庭園へ、スッと視線を移す。
「庭で魔力反応、空間震動を感知しました。これは……」
「祖母ちゃん達の空間転移だろう。迎えに行こう。母さんはどうする?」
「ホントは食べ終わってから迎えに行きたいけれど、私だけ迎えに行くのが遅れると、母さんにグチグチ文句言われそうだから、一緒に行くわ」
命彦達は慌ただしく硝子戸を開けて草履を履き、居間から見える敷地内の庭へと出た。
敷地内の日本庭園へ出ると、突然空に虹色の裂け目が生じる。
魔法による長距離空間転移の際に生じる、前触れの現象であった。
「祖父ちゃんの《空間転移の儀》だ! 祖父ちゃんの魔力を感じる」
命彦が嬉しそうに言うと、虹色の裂け目から、日本刀を腰に差した1人の壮年と思しき男性が姿を現した。
「ふい~、儀式魔法は制御に気を遣うのう」
「祖父ちゃああ~ん!」
「おお、まー坊! 我が愛弟子よ、元気じゃったか!」
現れた壮年男性に手を振り、命彦が駆け出すと、壮年男性も好々爺とした笑みを浮かべ、腕を広げる。
そのまま師弟の、感動の抱擁が見れるかと思いきや。
「ウチに挨拶はあらへんのか、このバカ弟子が?」
「げえっ! おぶ!」
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「ばばばば、ばあひゃん!」
「誰がババアじゃああああ~いっ!」
「ふぎゃああああっ!」
顔面を鷲掴みにされて怯える命彦が言うと、額に十字の血管を浮かべた美女が、顔面を掴んだまま命彦を振り回し、思いっ切り投げ飛ばした。
一瞬の出来事に虚を突かれ、さすがにその様子を見守っていた命絃や魅絃も反応できず、投げ飛ばされた当人である命彦と、高位魔獣のミサヤだけが咄嗟に魔法を使えた。
我が身を守るために、無詠唱で意思付与魔法《魔力の纏い》を展開した命彦と、主である命彦の危機を察知し、無詠唱で風の精霊付与魔法《旋風の纏い》を展開したミサヤ。
2重の魔法力場に守られたおかげで、投げ飛ばされて庭園の樹木へ叩きつけられた命彦はどうにか無傷であったが、日夜祖父と敷地内を清掃する自立思考型多能機械のエマボットによって手入れされていた、極めて高価である樹木達は、幹が数本まとめてへし折れていた。
「結絃! ワシの可愛い弟子と庭の木々達に何ちゅうことをするんじゃっ!」
「うっさいわバカ亭主! ウチを無視して感動の場面を作ろうとしたんが、そもそもの間違いやろ!」
あまりの横暴に壮年男性が苦言を呈すと、老成した雰囲気の美女はツーンと顔を背けた。
老成した雰囲気を発する美女が、魂斬結絃。
壮年の男性が、魂斬刀士。
命彦の祖父母、続柄的に言うと養祖父母にして、精霊魔法と意志魔法の師でもある2人だった。
実の娘である魅絃とよく似た顔付きだが、穏やかさと厳しさを共に宿す眼差し。まっすぐに長く黒い髪と、出る所は出つつも非常に引き締まった胸や腰付きを持つ、見た目は30代前半くらいだが、やたらと老成した雰囲気を発する美女。
魔力で細胞を活性化させて老化を相当遅らせ、実年齢を聞くと命を失うとも周囲に囁かれている女傑が、結絃であった。
他方。口周りや目元のシワが男の深みを感じさせる顔つきに、キリリとした眼つき。白と黒が混じったクセのある髪に、老いを感じさせぬ均整の取れた体躯を持つ、見ようによっては40代にも60代にも見える壮年の男性。
若い頃はさぞかし美男子であったと思われる渋い剣士が、刀士であった。
「マヒコ、平気ですか? お怪我は?」
「いつつ……ありがと、ミサヤ。怪我もねえよ、平気平気。とはいえ祖母ちゃん、会ってすぐ投げ飛ばすのは、いい加減勘弁してくれよ」
結絃の反応を気にしつつ駆け寄ったミサヤの手を借りて、自分の上に倒れ込む木々をどうにか押しのけて起き上がった命彦が、弱々しく文句を言って祖父母の方を見ると、いつの間に虹色の裂け目から出て来たのか、祖父母の背後に命彦がよく見知った2人の少女がいた。
「げっ! メイアと舞子、いつの間に!」
「いや~さしもの命彦も、いつも通り結絃さんにはタジタジね? ふぎゃああああ~ですって、ぷぷぷ」
「人類の天敵たる眷霊種魔獣を討った命彦さんが、空太さんみたいに吹っ飛んで行くとか、衝撃の映像でした」
折れた木々の上に座り込む命彦を見て、全体的に白い美少女がくすくす笑い、お嬢様然とした少女が唖然として言った。
白い美少女は、依星メイア。
お嬢様然とした少女が、歌咲舞子。
両方とも学科魔法士であり、命彦と一緒に関西迷宮へと入る友人達であった。
整った鼻梁と白人の母親譲りである深い彫りを持つ顔付きに、冷静さを宿す蒼い眼差し。これまた母親譲りの色素が薄いくすんだ灰色の髪と白皙の肌に、年齢相応に実った胸や腰付きを持つ、スラリとした白い少女。
母の容姿を色濃く受け継いだ、命彦の学友でもある混血人種の美少女が、メイアであった。
一方。童女の如く愛らしい顔立ちに、ほんわかとした眼差し。おかっぱ頭の黒い髪と、メイアと同じ年齢だが、そこだけが目立つほど発育が良い胸を持った、全体的に令嬢の気品を感じさせる少女。
育ちの良いお嬢様、端的にそう見える少女が、舞子である。
よく見知ったその少女達に、自分のはずかしい姿を見られて、立ち上がった命彦がムスッとしつつ言った。
「ぐぬぬ。今の場面は……忘れろ」
「いやよ~」
「えーと、衝撃的過ぎて忘れられる気がしません」
「お前ら、面白がってるだろう?」
2人の少女の言葉を聞き、命彦が肩を落としていると、ようやく我に返った姉の命絃が、命彦の方へと駆け寄って来て無事を確認しつつ、メイアと舞子へ厳しい視線を一瞬送ってから、祖父母に言った。
「お祖母ちゃん、命彦に酷いことするのはやめて! それと、どうしてその2人が一緒にいるのよ!」
「あん? 命絃に、ウチとまー坊の師弟関係のあり方について、一々文句つけられるイワレはあらへんで? あとそこの2人は、刀士がおもろそうって連れて来おったんや。ウチらが店へ寄った時、ソルティアから新しい社員やいうて、オカッパ頭の子の紹介をされた。その時に刀士が言い出したんであって、ウチは知らん」
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「歌咲舞子さんじゃったかのう? そこのお嬢さんは、ワシらに自分の素性を紹介する時、自らまー坊の弟子と言うとったんじゃ。それで詳しい所を聞きたかったんじゃよ。メイア嬢はその舞子嬢と一緒に店におったから、ついて来てもらったわい。で、まー坊? そこの舞子嬢とはどういう関係かのう? 弟子というのは本当か?」
祖父の刀士がホクホク顔で命彦に問うと、命彦はミサヤと顔を見合わせ、困った様子で答えた。
「あ~……舞子は弟子入り依頼を受けただけだよ。依頼もまだ継続してるんだ」
「今は命彦の弟子と言うか、勇子やメイア、ソルティアの弟子と思いますが?」
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「ミサヤさんが、迷宮で命彦さんの手を煩わせる者は、弟子と認めませんって言うから、勇子さん達に修行を付けてもらってるんですよ! 命彦さんの弟子の座を諦めた覚えはありません! 探査魔法だって命彦さんに手ずから教えてもらいましたし、他にも色々教えてもらうつもりです! 依頼だって受領してもらいました。体裁だけ見ればこれはもう弟子と言ってもいい筈です!」
「ほほう?」
舞子の発言に関心を持ったのか、祖父の刀士が命彦を見ると、命彦が苦笑しつつ言う。
「まあ弟子って言うか、弟子志願者って感じだよ、祖父ちゃん」
「ふむ。命彦自身も特に嫌っておらん様子じゃのう? これは良い」
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恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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