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1章 焦り
1章ー3:《戦神》の封印、代替手段を模索する理由
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食事を終えて、居間の皮椅子に腰かけた命彦達は、3人で話し合っていた。
「眷霊種魔獣への対抗策を考えるとして、まずは具体的にどうするかよねえ?」
命絃が居間の机に湯飲みと菓子類を置いて、難しい顔で切り出すと、命彦も言う。
「そうだね。源伝攻撃魔法の《魂絶つ刃》はともかく、そもそも論として俺は、意志儀式魔法《戦神》に頼らねえ、別の切り札が欲しい。現状においては、真っ先に《戦神》に代わる戦闘手段が欲しいんだ」
「ふむ? 魂斬家の1000年の歴史が伝える、眷霊種魔獣にも有効である切り札の1つを、敢えて封印するとおっしゃるのですか、我が主よ?」
命彦の言葉に、人化したミサヤが目を丸めて驚きの表情を浮かべる。
そのミサヤに苦笑しつつ、命彦は首を縦に振った。
「ああ。あくまで現状での話だけどさ? 理由はまあ……2人も察すると思う」
「……意志魔法系統由来の特性、というか欠点ね?」
命彦の表情から即座に察したのか、命絃が言うと、命彦は少し肩を落としつつ話を続けた。
「うむ。魂斬家のご先祖様が探求し続けた意志魔法系統に、思い入れのある俺としては認めたくねえんだけど、家族や親しい人達の命がかかってるから、背に腹はかえらんねえ。意思儀式魔法の《戦神》は、意志魔法系統全般に言えることだが、この魔法を使用する時の使用者の精神状態によって、魔法的効力に酷い乱高下がある。つまり、戦力的に不安定さを常に抱えてるわけだ。……まあ、随分前から分かってたことだけども」
「そうね。魔法使用者の精神状態が動揺して乱れていれば、意思魔法の効力は激しく低下し、場合によっては魔法自体も霧散してしまう。その一方で、使用者の精神状態が極限まで集約され、ある意味振り切っていれば、凄まじい魔法的効力も発揮できる。それゆえにどうしても意志魔法系統は、魔法使用者のその時の精神状態に振り回されるという欠点があるわ。欠点でもあり、同時に利点でもある。自分の魔力だけで魔法現象を具現化する、意志魔法系統固有の特性と言ってもいいでしょうね」
命絃の言葉に首を縦に振り、命彦が思案するように言葉を続けた。
「そう、姉さんの言う通りだ。この意志魔法系統の特性を理解した上で、至高の魔法系統とも言われる神霊魔法に対抗できるほどの、《戦神》の効力を発揮するためには、相当の意思力、精神の極限状態が必要だってことが分かる。それほどの意思力を今の俺が発揮するためには、多分家族や親しい人達、それこそ自分の守りたい人達が傷つけられたか、あるいは殺されたかくらいの、激しい情動が必要で、その場合、眷霊種魔獣が相手だとすると、俺の守りたい人達がすでに失われている可能性が、極めて高い」
「確かに。前回の眷霊種魔獣との戦いでも、母さんが傷つけられ、死にかけたからこそ、命彦の精神状態が怒りに振り切れ、《戦神》も神霊魔法に迫るほどの凄まじい魔法的効力を発揮したわ。あれ、一歩間違ってれば、本当に母さんが死んでたから、命彦の言うこと、危惧することは、私にもよく分かる」
黙って話を聞いていたミサヤも、命彦の考えを理解したらしく、命絃と顔を見合わせて首を縦に振った。
「そうですね。現状のマヒコでは、眷霊種魔獣から家族や親しい人達を守るために《戦神》を使いたくても、対抗できるほどの魔法的効力を最初から全力で発揮することはできず、もしそれだけの効力を発揮できる場合があるとすれば、すでに守りたい誰かが傷付けられた後か、あるいは失われた後ということ。つまり、現状のマヒコが《戦神》を使って眷霊種魔獣に対抗する前提の場合だと、守りたい誰かがすでに危険に晒されていて、場合によっては命を失っており、手遅れの場合があり得る。これが、現状で《戦神》を封印しようと思う理由ですね?」
「ああ。今の俺は、祖父ちゃんや祖母ちゃんのように、自らの精神を完全制御して、いつでも自分の使いたい時に、意思魔法たる《戦神》の、最高の魔法的効力を引き出せるほどの精神的透徹性はねえ。だから《戦神》を使うことを前提にすると、常に後手に回っちまう。誰かが傷付いたり、死んだりしてから、戦える力を得ても遅いんだよ。だからこそ、今は《戦神》を封印する」
命彦の考えを理解しつつも、ミサヤが心配そうに言う。
「マヒコの言わんとすることは分かりました。しかし……現実問題として、《戦神》に代替できる切り札というと、そう簡単には」
「分かってる。《戦神》は、魂斬家のご先祖様が、どうやったら《魂絶つ刃》を有効に使えるだろうかって考えて、考え抜いた末に生み出した魔法だ。そう簡単に代替手段は見つからんと思う。でも、それでも見付ける必要があるんだ。祖父ちゃんや祖母ちゃんみたく、《戦神》を意のままに使えねえ現状の俺が、眷霊種魔獣と戦うには、絶対に代替手段が必要だ」
命彦の真剣に言う表情を見つつ、ミサヤが独り言のように言う。
「トウジやユイトは、マヒコであれば自分達の域に遠からず届く。《戦神》を意のままに使えると、そう言っていましたが……」
「届くとは思う。届きたいとも思う。でもそれは多分、明日明後日とか、数カ月後とかの、近い未来のことじゃねえ。数年後か、数十年後かの、遠い遠い未来のことだろうさ。そもそもこれは自分の心の問題、精神のあり様の話だ。いつ祖父ちゃん達みたく精神的透徹性を身に付けて、《戦神》を完全に使えるかは、誰にも分からん。俺にも分からん。でも、眷霊種魔獣は俺が精神的透徹性を身に付けるまで、待ってはくれん」
噛み締めるように命彦の言葉を聞いていた命絃が、確認するように問う。
「いつかできる、では遅いってわけね? 今から対抗できるかどうか、いつまでに用意できるかどうか。それこそが重要だと。そういうことよね?」
「ああ。無茶を言ってるのは十分分かってる。だから、《戦神》を早く完全制御できるよう、精神修養と意思魔法の訓練は、今後も継続する。ただ、それに加えて、《戦神》の制御がまだ甘い今の俺でも、ある程度眷霊種魔獣に対抗できるよう、《戦神》の代替手段も同時並行で模索する必要がある」
一度言葉を切り、目を閉じた命彦が、考えを整理するように語った。
「代替手段は、完全に《戦神》を互換する必要はねえんだ。この際、《戦神》の下位互換でもいい。とにかく部分的にでも、《戦神》の代替に使えて、俺の戦力を高めた上で、俺に手を貸してくれた人達をも同時に守れる、そういう手段、対抗策が必要だ。次に眷霊種魔獣が現れた時、皆を守り、俺に手を貸してくれた全員が、生きて帰るために……」
「言うのは簡単だけど、さすがにそれは無茶ぶりが過ぎるわよ?」
「ええ。手を貸してくれた者全て、ということは、家族だけに限らず、勇子達や店の子達もその対象と考えます。場合によって、命彦と親しい他の魔法士達も入るでしょう。その全員を守るというのは……さすがに無理かと。もう少し守る対象を絞るべきではありませんか?」
「そうね? 私達家族を守るくらいが、まず最優先だと思うけど?」
「ええ。そこから始めるべきだと、私も考えます」
ツルッと自分達だけを最優先で守ろうと最低発言をかます命絃やミサヤだったが、命彦はその上を行った。
「2人ともダメだ、全然先が見えてねえ。最低限、絶対に家族を守るために、他の奴らも守る必要があるんだよ。俺は最初から、どうやってでも家族だけは守り通す前提で、物を見てるし、話をしてるんだぞ?」
「「え?」」
命絃とミサヤが、命彦の言葉の真意を捉えかね、意表を突かれたという様子で目を点にする。
その2人に対し、命彦は静かに問うた。
「仮に眷霊種魔獣が、俺達を襲撃したとして、どれくらいの戦力があれば、俺達は眷霊種魔獣に対抗できると思う?」
「それは……」
「少し考えさせられる問いですね?」
答えに困る命絃やミサヤに、命彦は言った。
「俺が思うに、高位魔獣1体分の戦力を、普通の魔法士1000人分と見積もるとして、神霊魔法を使う眷霊種魔獣に対抗するためには、最低でも10000人の普通の魔法士達がいると思う。勿論、魔法士にも実力差はあるから、普通の魔法士の10人分の働きをする、そこそこの魔法士達が揃えられれば、1000人くらいの戦力で、最低限の対抗はできるだろう。ぶっちゃけミサヤ1人で、そこそこの魔法士100人分以上の戦力があるし、俺や姉さん、勇子達に店の子達、あとは神霊魔法を使えるメイアも加えれば、戦力としては最低限を超えると思う。しかしだ……」
「「しかし?」」
「これはあくまで仮定の話であり、人間の魔法士にも実力差がある様に、眷霊種魔獣にも当然力の差はある。想定以上の戦力を持つヤツも当然いるだろう。それを踏まえた上で、俺達にはもう一つ考慮すべき事項がある」
「「……?」」
命彦の言わんとすることが分からず、命絃とミサヤが顔を見合わせた。
不思議そうにする2人へ、命彦は端的に述べる。
「俺達に手を貸してくれる、信頼できる魔法士は、簡単には増やせねえってことさ」
「「はっ!」」
命彦の言葉を聞き、2人が何かに気付いたのか、息を呑んだ。
「俺達に手を貸してくれる助っ人魔法士が、魔獣との戦いで倒れたとしてだ。すぐにその助っ人の戦力分を埋めてくれる、信頼できる新しい助っ人魔法士が、都合よくほいほい現れる思うか、2人とも?」
「いいえ」
「思いませんね?」
首を横に振る2人を見て、我が意を得たりとばかりに、命彦は言葉を続けた。
「そうだろう? 眷霊種魔獣に襲撃される度、いや、眷霊種魔獣に限った話でもねえや。普通の魔獣の襲撃を受ける場合も同じだ。俺達が魔獣達の襲撃を受けたとして、その俺達に手を貸してくれた魔法士達が、襲撃の度に死んだり、呪詛とかで戦力外にされていけば、俺達に手を貸してくれる戦力はどんどん減って行く。新戦力も信頼関係を作って、戦い方を教えて云々してたら、実際に戦力補充できるのは早くても半年くらいはかかるだろう」
命彦は一度言葉を切り、湯飲みのお茶を飲んで、命絃やミサヤをそれぞれ見つつ、再度口を開いた。
「その上で、戦力補充する前に魔獣の襲撃があれば、こっちは以前より弱体化してる戦力ってわけだから、また別の助っ人魔法士が欠ける可能性が高まる。そうして戦力が次々に欠けて行く不運が続けば、あれよあれよという間に、俺達の助力者、助っ人は減って行き、気付けば自分達だけだったってことも起こり得る」
「そ、それはさすがに極論でしょ?」
「そうですよ、命彦の考え過ぎです」
命彦の意見に、命絃とミサヤが苦笑して返すが、命彦の表情は真剣だった。
「本当にそう言い切れるのか? 実際にそういう事態が起こった後からじゃ、もう対策はできねえんだぞ? 今ここで起こり得る、俺達が最も恐れるべき事態を認識し、それを想定して対応策を決めとかねえと、いざそれが現実化した時、どうにもできねえんだ」
「……命彦が、企業の経営者っぽいこと言ってるわ」
「ええ。でも、一理ある言葉です」
感心するように命彦を見る2人に、命彦は少し頬を緩めて言う。
「俺だって、祖父ちゃんや祖母ちゃんから、企業経営の基礎については多少教わってる。そいでその時、こう言われたんだ。現実は時に、自分の頭で思い描いた想像を超えて来るってさ? これはつまり、頭で思い描いた想像ってのは、常に現実でも起こり得るってことだ。それゆえに、自分が最も恐れるべき事態を常に考え、予見し、想定しろって。そう言われたんだよ」
命彦が皮椅子にもたれ、天井を見上げて言う。
「今の俺にとって、最も憂慮すべき事態、恐れるべき事態が、さっき2人に話した事態さ。少しずつ自分の周囲の戦力が削られて行き、気付けば自分達だけが生き残ってて、1番守りたかった人達も結局守り切れず、目の前で失い、失意と悔恨を抱きつつ、己も死んでいる。……勿論、これが極論だってことは分かってるさ。でも、今後起こり得ることだ。知らず知らずにそう追い込まれる可能性がある、忌むべき未来の1つだ」
命彦が結論を述べるように、天井から命絃とミサヤに視線を戻して語る。
「それを避けるために、己を守り、手を貸してくれた助力者達をも守る手段がいる。自分達を生かすため、守るためには、手を貸してくれた助力者達を生かし、守る必要があるから。手を貸してくれた助力者達を生かし、守ることこそが、結局自分達を生かし、守ることに回帰するんだと、俺はそう考えてる」
命彦の考えを聞いて、命絃とミサヤがくすりと笑う。
「分かったわ。結局命彦は、私達を守ることだけをずっと考えてたわけね?」
「そのようです。マヒコの考えは、無茶ぶりで極論ではありますが、しかし一考の余地がある。実際、前回の戦いでも、個では眷霊種魔獣に勝てぬからこそ、我らは群れで戦ったわけですし、その群れが崩れれば、対抗できぬことは必然。とすれば、個を守るためには、まず群れを守る必要があるというのも分かる話です」
命絃とミサヤの言葉を聞き、命彦が淡く笑う。
「うむ。分かってくれたか、2人とも。人は団結しねえと魔獣には勝てん。相手が、眷霊種魔獣だろうと高位魔獣だろうと、これは同じだ。とはいえ、手当たり次第に誰とでも手を組むことは俺にはできねえ。だからこそ、自分が信頼し、自分に手を貸してくれる奴らには、できる限り応えたい。そいつらを守ることが、結果的に自分を守り、自分の守りたい者を守ることに繋がるからさ?」
「そうですね。しかし、《戦神》の代替手段として命彦を守り、その上で手を貸してくれた助力者をも守れる対抗策ですか。とてもすぐに見つかるとは思えませんが……」
「でも、見つけるしかねえよ。眷霊種魔獣が来る限り、魔獣達との闘争が続く限り、《戦神》を思うままに使えん今の俺には、代替手段が必ずいる」
「そうね。手始めに……工房の倉庫を漁りましょうか? 役に立つ過去の文献や記録があるかも。特にご先祖様が《戦神》を見出したことに関連する文献は使えると思うわ。原点回帰ってヤツね?」
「確かに。そいじゃ、気は進まねえけど、倉庫に行ってみますか」
命彦達は皮椅子から立ち上がると、3人揃って居間を出て行った。
「眷霊種魔獣への対抗策を考えるとして、まずは具体的にどうするかよねえ?」
命絃が居間の机に湯飲みと菓子類を置いて、難しい顔で切り出すと、命彦も言う。
「そうだね。源伝攻撃魔法の《魂絶つ刃》はともかく、そもそも論として俺は、意志儀式魔法《戦神》に頼らねえ、別の切り札が欲しい。現状においては、真っ先に《戦神》に代わる戦闘手段が欲しいんだ」
「ふむ? 魂斬家の1000年の歴史が伝える、眷霊種魔獣にも有効である切り札の1つを、敢えて封印するとおっしゃるのですか、我が主よ?」
命彦の言葉に、人化したミサヤが目を丸めて驚きの表情を浮かべる。
そのミサヤに苦笑しつつ、命彦は首を縦に振った。
「ああ。あくまで現状での話だけどさ? 理由はまあ……2人も察すると思う」
「……意志魔法系統由来の特性、というか欠点ね?」
命彦の表情から即座に察したのか、命絃が言うと、命彦は少し肩を落としつつ話を続けた。
「うむ。魂斬家のご先祖様が探求し続けた意志魔法系統に、思い入れのある俺としては認めたくねえんだけど、家族や親しい人達の命がかかってるから、背に腹はかえらんねえ。意思儀式魔法の《戦神》は、意志魔法系統全般に言えることだが、この魔法を使用する時の使用者の精神状態によって、魔法的効力に酷い乱高下がある。つまり、戦力的に不安定さを常に抱えてるわけだ。……まあ、随分前から分かってたことだけども」
「そうね。魔法使用者の精神状態が動揺して乱れていれば、意思魔法の効力は激しく低下し、場合によっては魔法自体も霧散してしまう。その一方で、使用者の精神状態が極限まで集約され、ある意味振り切っていれば、凄まじい魔法的効力も発揮できる。それゆえにどうしても意志魔法系統は、魔法使用者のその時の精神状態に振り回されるという欠点があるわ。欠点でもあり、同時に利点でもある。自分の魔力だけで魔法現象を具現化する、意志魔法系統固有の特性と言ってもいいでしょうね」
命絃の言葉に首を縦に振り、命彦が思案するように言葉を続けた。
「そう、姉さんの言う通りだ。この意志魔法系統の特性を理解した上で、至高の魔法系統とも言われる神霊魔法に対抗できるほどの、《戦神》の効力を発揮するためには、相当の意思力、精神の極限状態が必要だってことが分かる。それほどの意思力を今の俺が発揮するためには、多分家族や親しい人達、それこそ自分の守りたい人達が傷つけられたか、あるいは殺されたかくらいの、激しい情動が必要で、その場合、眷霊種魔獣が相手だとすると、俺の守りたい人達がすでに失われている可能性が、極めて高い」
「確かに。前回の眷霊種魔獣との戦いでも、母さんが傷つけられ、死にかけたからこそ、命彦の精神状態が怒りに振り切れ、《戦神》も神霊魔法に迫るほどの凄まじい魔法的効力を発揮したわ。あれ、一歩間違ってれば、本当に母さんが死んでたから、命彦の言うこと、危惧することは、私にもよく分かる」
黙って話を聞いていたミサヤも、命彦の考えを理解したらしく、命絃と顔を見合わせて首を縦に振った。
「そうですね。現状のマヒコでは、眷霊種魔獣から家族や親しい人達を守るために《戦神》を使いたくても、対抗できるほどの魔法的効力を最初から全力で発揮することはできず、もしそれだけの効力を発揮できる場合があるとすれば、すでに守りたい誰かが傷付けられた後か、あるいは失われた後ということ。つまり、現状のマヒコが《戦神》を使って眷霊種魔獣に対抗する前提の場合だと、守りたい誰かがすでに危険に晒されていて、場合によっては命を失っており、手遅れの場合があり得る。これが、現状で《戦神》を封印しようと思う理由ですね?」
「ああ。今の俺は、祖父ちゃんや祖母ちゃんのように、自らの精神を完全制御して、いつでも自分の使いたい時に、意思魔法たる《戦神》の、最高の魔法的効力を引き出せるほどの精神的透徹性はねえ。だから《戦神》を使うことを前提にすると、常に後手に回っちまう。誰かが傷付いたり、死んだりしてから、戦える力を得ても遅いんだよ。だからこそ、今は《戦神》を封印する」
命彦の考えを理解しつつも、ミサヤが心配そうに言う。
「マヒコの言わんとすることは分かりました。しかし……現実問題として、《戦神》に代替できる切り札というと、そう簡単には」
「分かってる。《戦神》は、魂斬家のご先祖様が、どうやったら《魂絶つ刃》を有効に使えるだろうかって考えて、考え抜いた末に生み出した魔法だ。そう簡単に代替手段は見つからんと思う。でも、それでも見付ける必要があるんだ。祖父ちゃんや祖母ちゃんみたく、《戦神》を意のままに使えねえ現状の俺が、眷霊種魔獣と戦うには、絶対に代替手段が必要だ」
命彦の真剣に言う表情を見つつ、ミサヤが独り言のように言う。
「トウジやユイトは、マヒコであれば自分達の域に遠からず届く。《戦神》を意のままに使えると、そう言っていましたが……」
「届くとは思う。届きたいとも思う。でもそれは多分、明日明後日とか、数カ月後とかの、近い未来のことじゃねえ。数年後か、数十年後かの、遠い遠い未来のことだろうさ。そもそもこれは自分の心の問題、精神のあり様の話だ。いつ祖父ちゃん達みたく精神的透徹性を身に付けて、《戦神》を完全に使えるかは、誰にも分からん。俺にも分からん。でも、眷霊種魔獣は俺が精神的透徹性を身に付けるまで、待ってはくれん」
噛み締めるように命彦の言葉を聞いていた命絃が、確認するように問う。
「いつかできる、では遅いってわけね? 今から対抗できるかどうか、いつまでに用意できるかどうか。それこそが重要だと。そういうことよね?」
「ああ。無茶を言ってるのは十分分かってる。だから、《戦神》を早く完全制御できるよう、精神修養と意思魔法の訓練は、今後も継続する。ただ、それに加えて、《戦神》の制御がまだ甘い今の俺でも、ある程度眷霊種魔獣に対抗できるよう、《戦神》の代替手段も同時並行で模索する必要がある」
一度言葉を切り、目を閉じた命彦が、考えを整理するように語った。
「代替手段は、完全に《戦神》を互換する必要はねえんだ。この際、《戦神》の下位互換でもいい。とにかく部分的にでも、《戦神》の代替に使えて、俺の戦力を高めた上で、俺に手を貸してくれた人達をも同時に守れる、そういう手段、対抗策が必要だ。次に眷霊種魔獣が現れた時、皆を守り、俺に手を貸してくれた全員が、生きて帰るために……」
「言うのは簡単だけど、さすがにそれは無茶ぶりが過ぎるわよ?」
「ええ。手を貸してくれた者全て、ということは、家族だけに限らず、勇子達や店の子達もその対象と考えます。場合によって、命彦と親しい他の魔法士達も入るでしょう。その全員を守るというのは……さすがに無理かと。もう少し守る対象を絞るべきではありませんか?」
「そうね? 私達家族を守るくらいが、まず最優先だと思うけど?」
「ええ。そこから始めるべきだと、私も考えます」
ツルッと自分達だけを最優先で守ろうと最低発言をかます命絃やミサヤだったが、命彦はその上を行った。
「2人ともダメだ、全然先が見えてねえ。最低限、絶対に家族を守るために、他の奴らも守る必要があるんだよ。俺は最初から、どうやってでも家族だけは守り通す前提で、物を見てるし、話をしてるんだぞ?」
「「え?」」
命絃とミサヤが、命彦の言葉の真意を捉えかね、意表を突かれたという様子で目を点にする。
その2人に対し、命彦は静かに問うた。
「仮に眷霊種魔獣が、俺達を襲撃したとして、どれくらいの戦力があれば、俺達は眷霊種魔獣に対抗できると思う?」
「それは……」
「少し考えさせられる問いですね?」
答えに困る命絃やミサヤに、命彦は言った。
「俺が思うに、高位魔獣1体分の戦力を、普通の魔法士1000人分と見積もるとして、神霊魔法を使う眷霊種魔獣に対抗するためには、最低でも10000人の普通の魔法士達がいると思う。勿論、魔法士にも実力差はあるから、普通の魔法士の10人分の働きをする、そこそこの魔法士達が揃えられれば、1000人くらいの戦力で、最低限の対抗はできるだろう。ぶっちゃけミサヤ1人で、そこそこの魔法士100人分以上の戦力があるし、俺や姉さん、勇子達に店の子達、あとは神霊魔法を使えるメイアも加えれば、戦力としては最低限を超えると思う。しかしだ……」
「「しかし?」」
「これはあくまで仮定の話であり、人間の魔法士にも実力差がある様に、眷霊種魔獣にも当然力の差はある。想定以上の戦力を持つヤツも当然いるだろう。それを踏まえた上で、俺達にはもう一つ考慮すべき事項がある」
「「……?」」
命彦の言わんとすることが分からず、命絃とミサヤが顔を見合わせた。
不思議そうにする2人へ、命彦は端的に述べる。
「俺達に手を貸してくれる、信頼できる魔法士は、簡単には増やせねえってことさ」
「「はっ!」」
命彦の言葉を聞き、2人が何かに気付いたのか、息を呑んだ。
「俺達に手を貸してくれる助っ人魔法士が、魔獣との戦いで倒れたとしてだ。すぐにその助っ人の戦力分を埋めてくれる、信頼できる新しい助っ人魔法士が、都合よくほいほい現れる思うか、2人とも?」
「いいえ」
「思いませんね?」
首を横に振る2人を見て、我が意を得たりとばかりに、命彦は言葉を続けた。
「そうだろう? 眷霊種魔獣に襲撃される度、いや、眷霊種魔獣に限った話でもねえや。普通の魔獣の襲撃を受ける場合も同じだ。俺達が魔獣達の襲撃を受けたとして、その俺達に手を貸してくれた魔法士達が、襲撃の度に死んだり、呪詛とかで戦力外にされていけば、俺達に手を貸してくれる戦力はどんどん減って行く。新戦力も信頼関係を作って、戦い方を教えて云々してたら、実際に戦力補充できるのは早くても半年くらいはかかるだろう」
命彦は一度言葉を切り、湯飲みのお茶を飲んで、命絃やミサヤをそれぞれ見つつ、再度口を開いた。
「その上で、戦力補充する前に魔獣の襲撃があれば、こっちは以前より弱体化してる戦力ってわけだから、また別の助っ人魔法士が欠ける可能性が高まる。そうして戦力が次々に欠けて行く不運が続けば、あれよあれよという間に、俺達の助力者、助っ人は減って行き、気付けば自分達だけだったってことも起こり得る」
「そ、それはさすがに極論でしょ?」
「そうですよ、命彦の考え過ぎです」
命彦の意見に、命絃とミサヤが苦笑して返すが、命彦の表情は真剣だった。
「本当にそう言い切れるのか? 実際にそういう事態が起こった後からじゃ、もう対策はできねえんだぞ? 今ここで起こり得る、俺達が最も恐れるべき事態を認識し、それを想定して対応策を決めとかねえと、いざそれが現実化した時、どうにもできねえんだ」
「……命彦が、企業の経営者っぽいこと言ってるわ」
「ええ。でも、一理ある言葉です」
感心するように命彦を見る2人に、命彦は少し頬を緩めて言う。
「俺だって、祖父ちゃんや祖母ちゃんから、企業経営の基礎については多少教わってる。そいでその時、こう言われたんだ。現実は時に、自分の頭で思い描いた想像を超えて来るってさ? これはつまり、頭で思い描いた想像ってのは、常に現実でも起こり得るってことだ。それゆえに、自分が最も恐れるべき事態を常に考え、予見し、想定しろって。そう言われたんだよ」
命彦が皮椅子にもたれ、天井を見上げて言う。
「今の俺にとって、最も憂慮すべき事態、恐れるべき事態が、さっき2人に話した事態さ。少しずつ自分の周囲の戦力が削られて行き、気付けば自分達だけが生き残ってて、1番守りたかった人達も結局守り切れず、目の前で失い、失意と悔恨を抱きつつ、己も死んでいる。……勿論、これが極論だってことは分かってるさ。でも、今後起こり得ることだ。知らず知らずにそう追い込まれる可能性がある、忌むべき未来の1つだ」
命彦が結論を述べるように、天井から命絃とミサヤに視線を戻して語る。
「それを避けるために、己を守り、手を貸してくれた助力者達をも守る手段がいる。自分達を生かすため、守るためには、手を貸してくれた助力者達を生かし、守る必要があるから。手を貸してくれた助力者達を生かし、守ることこそが、結局自分達を生かし、守ることに回帰するんだと、俺はそう考えてる」
命彦の考えを聞いて、命絃とミサヤがくすりと笑う。
「分かったわ。結局命彦は、私達を守ることだけをずっと考えてたわけね?」
「そのようです。マヒコの考えは、無茶ぶりで極論ではありますが、しかし一考の余地がある。実際、前回の戦いでも、個では眷霊種魔獣に勝てぬからこそ、我らは群れで戦ったわけですし、その群れが崩れれば、対抗できぬことは必然。とすれば、個を守るためには、まず群れを守る必要があるというのも分かる話です」
命絃とミサヤの言葉を聞き、命彦が淡く笑う。
「うむ。分かってくれたか、2人とも。人は団結しねえと魔獣には勝てん。相手が、眷霊種魔獣だろうと高位魔獣だろうと、これは同じだ。とはいえ、手当たり次第に誰とでも手を組むことは俺にはできねえ。だからこそ、自分が信頼し、自分に手を貸してくれる奴らには、できる限り応えたい。そいつらを守ることが、結果的に自分を守り、自分の守りたい者を守ることに繋がるからさ?」
「そうですね。しかし、《戦神》の代替手段として命彦を守り、その上で手を貸してくれた助力者をも守れる対抗策ですか。とてもすぐに見つかるとは思えませんが……」
「でも、見つけるしかねえよ。眷霊種魔獣が来る限り、魔獣達との闘争が続く限り、《戦神》を思うままに使えん今の俺には、代替手段が必ずいる」
「そうね。手始めに……工房の倉庫を漁りましょうか? 役に立つ過去の文献や記録があるかも。特にご先祖様が《戦神》を見出したことに関連する文献は使えると思うわ。原点回帰ってヤツね?」
「確かに。そいじゃ、気は進まねえけど、倉庫に行ってみますか」
命彦達は皮椅子から立ち上がると、3人揃って居間を出て行った。
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輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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