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短編集:マイコの忙しい一日(1)

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 サラピネスとの死闘後に開かれた【精霊本舗】での宴会も終わり、10日が過ぎていた。
 三葉市の復興もそこそこ進み、都市が以前の平穏を取り戻していたこの日。
 舞子は学校の帰りに親友の2人を連れて、勇子やメイアと共に【精霊本舗】に来ていた。
 会議室と思しき部屋に通された舞子達の、対面に座るエルフの女性営業部長が、舞子の親友達が押印して提出した書類にじっと目を通し、小さく首を振る。
「はい。これで皆さんと当社との雇用契約は完了しました。今後は当社の営業部広報課に配属されます。舞子さんと共に、広告塔として当社の商品を世に目一杯喧伝してくださいね? 演武えんぶ詩乃うたのさん、そして、夜星やぼし奏子そうこさん」
「は、はい!」
「よろしくです!」
 舞子の親友達は揃って固い表情で、今後は上司として接するであろうエルフ女性に頭を下げた。
「良かったですね、2人とも! これで【精霊合唱団エレメンタルコーラス】として、一緒にお仕事ができますよ!」
 舞子がそう言うと、痩身で手足が長く、見映えのする短髪の少女、演武詩乃が嬉しそうに首を振った。
「うん!」
 しかし、その詩乃の横に座っていた、表情に乏しいが非常に整った美しい顔を持つ長髪の少女、夜星奏子が不安そうに俯いて、ポツリと言う。
「……でも、本当に私達まで雇用してもらっていいの? 舞子ほどの認知度、私達には到底……」
 奏子の言わんとすることを察し、嬉しそうであった詩乃も、心配そうに語る。
「そ、そうだよね? 舞子のコネで採用されてるわけだし、会社に貢献できるかどうか、不安はあるかも」
 暗い表情で俯く2人に、かける言葉を探していた舞子。その舞子へ、予想外の人物から助け船が出された。
 机の対面に座っていたエルフ女性の営業部長が、部屋の扉付近に立つ勇子やメイアと苦笑し合い、静かに言う。
「勘違いしているようですが、当社が詩乃さんと奏子さんを採用したのは、お2人が当社の欲する力を持つからですよ? 最初の接点こそ舞子さん経由でしたが、採用に関しては、当社の規定と今後の営業戦略を考慮し、必要と思ったから決めたのです。当社としては、現時点での認知度こそ舞子さんに劣ると判断しておりますが、未来のお2人の認知度が、舞子さんにそれほど劣るとは考えておりません」
「「え?」」
 驚いたように顔を上げる2人の少女達。
 その少女達へ、エルフ女性は自分のポマコンを見せて操作し、幾つかの電脳掲示板ウェブサイトを見せた。
「サラピネス戦の様子は、地下の避難施設でも余さず報道されていました。この三葉市に住む住人達には、自分達の未来を知る権利がありますからね? 特に、三葉市を崩壊させる一歩手前まで危機を与え、文字通り、都市の目前まで迫った高位の霊体種魔獣、ファントムロードとの戦いは、住民にとっての生きるか死ぬかの瀬戸際だったこともあり、多くの人々が真剣に報道を見ていました。そこへ登場した、歌で戦う魔法士達……その衝撃は計り知れません」
 電脳掲示板にかかれた応援や感謝の言葉を目にして、感動に打ち震える少女達へ、エルフ女性は重ねて言った。
「確かに、多くの人々へ最初に呼びかけた点が評価され、舞子さんの都市内での認知度は、現時点において非常に高いでしょう。しかし、その舞子さんと共に戦場近くの主舞台メインステージに立っていた、2人の少女に対しても、相当の関心があることは、これらの掲示板からうかがえます。ここにある言葉はいつわらざる本心ばかり。皆がお2人を応援し、感謝していることが、ここの言葉からも分かるでしょう?」
「え、ええ! ほんとに私達のこと、一杯書いてくれてる」
「助けてくれてありがとう、だって……」
 幾つかの電脳掲示板に投稿された数多の感謝の言葉に、感極まっている少女達へ、エルフ女性は語った。
「今回の一件で、【精霊合唱団】は多くの愛好者ファンを獲得しました。勿論、現状では舞子さんが一歩先んじていますが、詩乃さんや奏子さんにも特定の愛好者が付いているのです。今後の活躍次第では、認知度で舞子さんを抜くこともありうると当社は考えています。だからこその契約です。3人で切磋琢磨し、愛好者をどんどん増やして、当社の商品を喧伝し、愛好者に購買させてください。それが、貴方達に課された、会社からの課題です」
 エルフ女性の言葉に、舞子と詩乃、奏子が幾度も首を縦に振った。
 エルフ女性の横に立った勇子とメイアも口を開く。
「店が精魂込めて、どんだけええ商品を作ったかて、お客が来んとモノは売れん。もっと言えば、お客が知らんと、たとえ良いモンがあったとしても売れへんわけや。その意味で、広報戦略はめっちゃ重要やで?」
「そうね。お店にとって重要だからこそ、営業部門はお給料も良いわ。でもその分、物凄く忙しいわよ? 心してね? これはその現場を見聞きした先輩としての忠告よ」
 メイアの忠告に、舞子と詩乃、奏子は顔を見合わせ、元気溌剌はつらつに応じる。
「はい! 望むところですよ、ねえ2人とも!」
「ええ!」
「全力で勤める!」
 その3人の少女達の様子にくすくす笑い、勇子がエルフ女性を見て言った。
「ふふふ、威勢がええやんか。けど、それがいつまでもつやろね? ソル姉、今後の予定聞かせたってや?」
「そうですね。まずは研修が必要でしょう。宣伝の仕方、営業の流儀、商品である魔法具の効力、予算の節約法、研修時に憶えることは山ほどあります。また仕事面では、商品である魔法具の性能をわかりやすく伝えるため、魔法具を装備して迷宮へ赴き、魔獣と戦闘してもらうことも多々あるので、戦闘訓練や魔獣の生態研究、魔法具の戦略的運用術の探究も必要です。学ぶものは非常に多いですよ?」
 上司であるエルフ女性の言葉を聞いた途端、少女達はギョッとして顔を見合わせた。
「魔獣と戦える環境は嬉しいけど……」
「宣伝とか魔法具の効力を知るって明らかに座学……私、苦手」
「私もです」
 戸惑いと不安の表情を浮かべる舞子達に、メイアと勇子が迫力のある笑顔で語る。
「企業の一員として会社の手法を学ぶことは重要だし、魔法具を売る会社に勤めるのに、自分の会社が作っている当の魔法具について社員が無知であることは、対外的には恥そのものよ。開発部とは部署が違う営業部であろうと、ある程度魔法具の知識は必要。きっちり教えてあげるから、覚悟してね?」
「ついでに言うとくと、魔獣との戦闘も日頃の訓練が重要や。会社がウチやメイア、命彦や空太に依頼して、日々の戦闘訓練をつける場を設けてくれる。舞子は想像つくやろうけど、これも結構こたえると思うで?」
「ううぅ……そうでした」
「優良企業に入社できて無邪気に喜んでたけど……」
「うん、思った以上に忙しそう」
 がっくしと肩を落とす3人に苦笑を返して、エルフ女性が言う。
「当社は魔法具の開発企業として、日本でも五指に入る一流企業と自負していますから、新人の教育にも決して手は抜きません。どれほどアンポンタンでも、社員としてまともに叩き上げてみせます。皆さんが10代の、たとえ世間的に言う未成年者であろうとも、学科魔法士である以上は成人として扱い、ビシバシ指導しますので、しっかりついて来てくださいね? 研修を突破しませんと、社員として使えませんから」
 上司の言葉を心に刻み、舞子達は顔を見合わせて毅然きぜんと答える。
「「「はい!」」」
 その舞子達を見て、エルフ女性は楽しそうに首を縦に振った。
「よろしい、良い返事です。皆さんの働き、見させてもらいましょう……あ、そうそう。研修が終わって、ある程度の仕事を任せられるとこちらが判断すれば、仕事量を調節して、愛好者を増やすために歌を出したり、広告塔として当社の出資する幾つかの娯楽番組に出てもらったりすると思います。歌手活動も契約に入っていますからね? 認知度を上げて行く戦略も後々控えているので、歌唱力等の能力や技術は落とさぬよう、自己管理を徹底してください」
「は、はい!」
 返事をした舞子に、詩乃と奏子が問う。
「歌も出せて、魔獣とも戦えるってことは……」
「【精霊歌姫エレメンタルディーバ】と同じ経験を積めるってこと?」
「そういうことです! 彼女達を超えるという夢の実現には、ここは必須の環境ですよ!」
 舞子が答えると、詩乃と奏子の目が輝いた。ようやくワクワクした顔を見せた3人へ、メイアが言う。
「命彦が言ってたわよ? ウチの会社から、次世代の【精霊歌姫】を世に送り出せたら、ぼろ儲けじゃね? ってね? 会社としては、全面的に応援してくれるでしょうから、あとは……」
「私達の努力次第ってことですよね? 2人とも、しっかり働きましょう!」
「ええ!」
「働く!」
 こうして舞子の忙しくも充実した日々が幕を開けた。
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