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短編集
短編集:ミサヤが生まれた日(2)
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「『むふー……うまくいった。いしまほうは、ばあちゃんにあんまりつかっちゃダメっていわれてるから、にがてでしっぱいがおおい、せいれいまほうをつかってみたんだけど、オオカミさんにはうまくつかえたよ……よかったぁ』」
幼い少年は満面の笑みで、白きマカミを見る。
幼い少年の温もりと視線を感じて、巨狼は静かに全身から力を抜いた。
本来天魔種魔獣【魔狼】にとって、人間はただの餌である。
しかし、山深い湖上の小島に幽閉され、外界を見ることを唯一の楽しみとしていた白きマカミにとっての人間は、餌というよりも自身を楽しませる観察対象であった。
それゆえに、食欲よりも好奇心が勝り、幼い少年がどうしてこの場にいるのかを、巨狼は知りたかった。
『人の子よ……幼い少年よ。本当に、我が声が……聞こえたのか? 意識を失っていた筈の……我の声が?』
「『うん! こえっていうかね、さみしいよーって、きもちがとどいたんだよ?』」
幼い少年がモフモフと首筋に抱き付いて言う。身体が暖かく、心までも温まる優しい抱擁であった。
生まれて初めて感じたその温もりに、白きマカミが感動さえ抱いていた時。
巨狼は少年以外の人の気配を感じて、動かぬ身体を揺すぶり、耳をピンと立てた。
「若様ぁぁああぁぁーっ!」
「どこじゃぁああぁーっ!」
四角い塔の下の方から、焦った様子の人の声が周囲に響き、少年がパッと顔を輝かせる。
人の気配は、白い巨狼が横たわる四角い塔の真下から感じられ、声もまたシンとした夜空に響いた。
「くっ! 目を離してほんの3分ほどじゃが、幼児の足とはいえ、若様は魔法を使う!」
「ええ。探査魔法を使って捜索範囲を一気に広げましょう!」
人の声を聞いた幼い少年は、巨狼に一度笑いかけてその場で叫ぶ。
「あ、ソルねえとドムじいだっ! ふたりとも、こっちだよー!」
「むっ! 聞こえたか、ソルティア!」
「え、ええ! 上です上!」
少年の声を聞きつけ、ワタワタと慌てた様子で、四角い塔の上に魔法で飛び上がって来たのは、エルフの女性とドワーフの老人であった。
「若様、ご無事ですか! うわっ!」
「い、いかんっ! 天魔種のマカミじゃ! 若様、危険ですぞ! 離れてくだされい!」
「へーきへーき、このオオカミさん、たぶん……やさしいオオカミさんだよ?」
幼い少年は巨狼の目をじっと見てくすくす笑い、巨狼の首筋にまたモフッと埋もれた。
エルフ女性もドワーフ翁もアワアワと心配している様子だったが、白い巨狼がすでに手負いで死にかけていることに気付き、訝しむ。
「し、死にかけているようですね? その白いマカミは……傷も酷い」
「うむ。本来マカミは黒いモンじゃが……ふーむ、先祖返りを起こした亜種のようじゃの?」
恐る恐る白きマカミに近付いて来る、エルフ女性とドワーフ翁。
その2人が、ようやく少年の傍にたどり着くと、幼い少年をピシャリと叱った。
「若様、勝手に野営地から消えたらダメでしょ! 私達がどれほど心配したことか!」
「そうじゃわい。ちょっと目を離したら若様がおらんから、ワシらの心臓は止まるとこじゃったぞい!」
「ごめん、ソルねえ、ドムじい。オオカミさんのこえがしたから……」
幼い少年がほにゃっと笑い、トタタっと2人へ抱き付くと、エルフ女性とドワーフ翁の顔がフニャフニャっと緩み、脱力するように肩を落とした。
「くっ……怒りが、消えてしまいます」
「まったくじゃ。この笑顔にいつもコロッと許してしまう。困ったもんじゃて」
「にへへー」
ニコニコする幼い少年と、その従者らしき亜人達のやり取りを見て、白い巨狼は淡い羨望を抱いた。
自分も、少年ともっと話がしたいと思ったのである。
その巨狼の想いにも気付かず、エルフ女性とドワーフ翁が少年に言う。
「……若様、幾度も申し上げておりますが、夜の迷宮は本当に危険です。致命傷を肩代わりする〈身代わり人形〉や、緊急脱出用の〈転移結晶〉を持っていても、決して1人で出歩いてはいけません。早く野営地に戻りましょう?」
「そうじゃぞい。若様を探しに出られた会長や代表も、見付けたと連絡すればすぐに戻って来られるじゃろう。さあ、戻りましょうぞ?」
「オオカミさんは?」
幼い少年は2人から離れて白きマカミの首筋にマフッと抱き付き、不安そうに問う。
「若様、そのマカミはもう助からんぞい? 相当の深手じゃ。血もたくさん失っとるじゃろう?」
「ええ。時間遡行の治癒魔法を使ったとしても、相当の魔力を要するでしょう。言いにくいですが……もう手遅れです」
「やだっ! どうにかしてよ、ソルねえ、ドムじい? おいてったら、またオオカミさんさみしがるもん!」
ヒシッと自分に抱き付いて、フルフルと首を横に振って抗議する幼い少年。
少年達の話す言葉はよく分からず、表情や態度からの推測だったが、どうやらあるべき場所に戻ろうと、エルフやドワーフが人間の幼い少年を説得しているらしいことは、白い巨狼にも分かった。
別世界で、エレメンティアにいる筈の亜人を見られたことは驚きだったが、その驚き以上に、白きマカミはもう少しこの少年との会話をしてみたかった。
しかし、死の間際に切望していた、他者に触れたいという願いが実現し、どこか満足もしていた。
未練が絶ち切れ、もう死んでも良いと思えてしまったのである。白きマカミは思念で優しく言う。
『少年よ、優しき少年よ……感謝するぞ、もう……行くがいい』
「『オオカミさん?』」
幼い少年がきょとんとし、エルフ女性とドワーフ翁が思念を聞いてびっくりしたように目を丸くする。
エルフ女性達のことは気にせず、白きマカミは幼い少年へ思念を発し続けた。
『我が願いは……ここに成就した。お主との、ほんの一時の触れ合いは……我の救いであった』
白きマカミの思念を受けて、少年は再度フルフルと首を振った。
「『オオカミさん、しんじゃダメ!』」
『よい……最後の最後で、積年の夢たる、他者の温もりを得た。それで……十分だ。エルフとドワーフよ、その子を……早く連れて、去れ』
「え、ええ! さあ、若様……」
「やだ、やだ! いいまじゅうさんはたすけてあげろって、じいちゃんがいってたもん! オオカミさん、いいまじゅうさんだよ、たすけてあげるんだ!」
エルフ女性が幼き少年を抱えて巨狼から引き剥がそうとすると、少年は頑固にも抵抗する。
その少年の発言に、ドワーフ翁が一定の理解を示しつつも、説得しようと試みた。
「いやまあ、確かに融和型魔獣が怪我しとったら恩を売るためにも助けるべきじゃが……今回は恐らく助けが間に合わんぞい? 諦めてくだされ、若様」
「やだ、やだ、やーだ! オオカミさんもつれていくぅっ!」
ドワーフ翁の説得も失敗に終わり、エルフ女性とドワーフ翁は首を傾げた。
「いつもは聞き分けの良い若様が、ここまで頑固に反対するとは……」
「うーむ、気に入ってしもうたのかもしれんぞい?」
ブンブンと首を上下に振って、巨狼の首筋にヒシッとしがみ付く幼き少年。
ワシワシと首筋を上り、白きマカミの顔にへばりついた少年は、まっすぐに目を見て言った。
「『オオカミさんもね、すぐにあきらめちゃダメ! じいちゃんとばあちゃんだったら、たぶんたすけてくれるから! だから、いきるの! わかった?』」
『う、む……』
幼い少年の真剣である剣幕に押され、思わず肯定の思念を返してしまう巨狼。
その白きマカミの返事を聞いて、少年はムフーっと満足したように笑い、巨狼の額を手で擦った。
「『よし! いーこ、いーこ』」
巨狼の額にペタっと貼り付いた幼い少年を見て、ポカンとするエルフ女性とドワーフ翁。
その2人が、急に眉間にしわを寄せ、周囲を見回した。
「むっ! マズいですね? 気付きましたか、ドルグラム?」
「うむ。しまったのう……感知系の精霊探査魔法を使っとらんかったから、ここまで近付かれとるのに気付くのが遅れたわい。いつの間にか囲まれとるぞ。霊体種魔獣どもじゃ」
「会長達へすぐに連絡します!」
エルフ女性が、伝達系の精霊探査魔法で思念を飛ばす。
白きマカミも気付いていた。
いつの間にか、自分達の周囲で漆黒の靄が幾つも飛び交っていることに。
幼い少年もそれに気付いたらしい。表情が一瞬怯えるものの、少年は巨狼へ言った。
「『お、オオカミさんは、じっとしてて? まもってあげるからね?』」
『少年よ、どうしてそこまで……』
「『じいちゃんがね、いいまじゅうさんのおともだちができれば、とってもたのしいぞって、いってたんだ。ずっとほしかったんだよ、いいまじゅうさんのおともだち。オオカミさんとね、いっぱい、いーっぱいあそびたいんだよ!』」
霊体種魔獣を見て震えつつも、懸命に笑顔を作って言う少年に、白きマカミは心を打たれた。
「会長達に連絡がつきました。数分でこちらに到着するとのことです」
「それまで耐えればいいわけじゃが、この数はちと厄介じゃのう……雑魚の【幽霊】ばかりとはいえ、30以上はおるぞい?」
「3人だったらかてるもん!」
自分も戦うつもりとばかりに、白きマカミの前で仁王立つ幼い少年。
その少年の姿を見て、エルフ女性とドワーフ翁がやれやれと肩を落とした。
「困った若様です」
「まったくじゃ……しかし、若様が後ろにいると思うと」
「ええ。負けられませんね?」
幼い少年の勇ましい姿に奮起した、エルフ女性とドワーフ翁。
エルフ女性が自分の〈余次元の鞄〉から弓を取り出し、周囲系の精霊結界魔法で建物の屋上を覆うと、ドワーフ翁も負けじと〈余次元の鞄〉から戦槌を取り出して、全身を精霊付与魔法で4重に覆う。
「おお! ソルねえもドムじいも、すごいすごいっ!」
「若様は、結界の内側でその魔獣の手当てでもしててくださいまし」
「露払いはワシらがするでのう? さあ、来い!」
「先手はもらいますよ、穿て《火炎の矢》!」
周囲系魔法防壁で囲まれた少年と巨狼の前で、エルフ女性の追尾系魔法弾が多数放たれ、それをきっかけにして、頭上を旋回していた黒い靄のように見える霊体種魔獣達が、結界魔法へと殺到した。
幼い少年は満面の笑みで、白きマカミを見る。
幼い少年の温もりと視線を感じて、巨狼は静かに全身から力を抜いた。
本来天魔種魔獣【魔狼】にとって、人間はただの餌である。
しかし、山深い湖上の小島に幽閉され、外界を見ることを唯一の楽しみとしていた白きマカミにとっての人間は、餌というよりも自身を楽しませる観察対象であった。
それゆえに、食欲よりも好奇心が勝り、幼い少年がどうしてこの場にいるのかを、巨狼は知りたかった。
『人の子よ……幼い少年よ。本当に、我が声が……聞こえたのか? 意識を失っていた筈の……我の声が?』
「『うん! こえっていうかね、さみしいよーって、きもちがとどいたんだよ?』」
幼い少年がモフモフと首筋に抱き付いて言う。身体が暖かく、心までも温まる優しい抱擁であった。
生まれて初めて感じたその温もりに、白きマカミが感動さえ抱いていた時。
巨狼は少年以外の人の気配を感じて、動かぬ身体を揺すぶり、耳をピンと立てた。
「若様ぁぁああぁぁーっ!」
「どこじゃぁああぁーっ!」
四角い塔の下の方から、焦った様子の人の声が周囲に響き、少年がパッと顔を輝かせる。
人の気配は、白い巨狼が横たわる四角い塔の真下から感じられ、声もまたシンとした夜空に響いた。
「くっ! 目を離してほんの3分ほどじゃが、幼児の足とはいえ、若様は魔法を使う!」
「ええ。探査魔法を使って捜索範囲を一気に広げましょう!」
人の声を聞いた幼い少年は、巨狼に一度笑いかけてその場で叫ぶ。
「あ、ソルねえとドムじいだっ! ふたりとも、こっちだよー!」
「むっ! 聞こえたか、ソルティア!」
「え、ええ! 上です上!」
少年の声を聞きつけ、ワタワタと慌てた様子で、四角い塔の上に魔法で飛び上がって来たのは、エルフの女性とドワーフの老人であった。
「若様、ご無事ですか! うわっ!」
「い、いかんっ! 天魔種のマカミじゃ! 若様、危険ですぞ! 離れてくだされい!」
「へーきへーき、このオオカミさん、たぶん……やさしいオオカミさんだよ?」
幼い少年は巨狼の目をじっと見てくすくす笑い、巨狼の首筋にまたモフッと埋もれた。
エルフ女性もドワーフ翁もアワアワと心配している様子だったが、白い巨狼がすでに手負いで死にかけていることに気付き、訝しむ。
「し、死にかけているようですね? その白いマカミは……傷も酷い」
「うむ。本来マカミは黒いモンじゃが……ふーむ、先祖返りを起こした亜種のようじゃの?」
恐る恐る白きマカミに近付いて来る、エルフ女性とドワーフ翁。
その2人が、ようやく少年の傍にたどり着くと、幼い少年をピシャリと叱った。
「若様、勝手に野営地から消えたらダメでしょ! 私達がどれほど心配したことか!」
「そうじゃわい。ちょっと目を離したら若様がおらんから、ワシらの心臓は止まるとこじゃったぞい!」
「ごめん、ソルねえ、ドムじい。オオカミさんのこえがしたから……」
幼い少年がほにゃっと笑い、トタタっと2人へ抱き付くと、エルフ女性とドワーフ翁の顔がフニャフニャっと緩み、脱力するように肩を落とした。
「くっ……怒りが、消えてしまいます」
「まったくじゃ。この笑顔にいつもコロッと許してしまう。困ったもんじゃて」
「にへへー」
ニコニコする幼い少年と、その従者らしき亜人達のやり取りを見て、白い巨狼は淡い羨望を抱いた。
自分も、少年ともっと話がしたいと思ったのである。
その巨狼の想いにも気付かず、エルフ女性とドワーフ翁が少年に言う。
「……若様、幾度も申し上げておりますが、夜の迷宮は本当に危険です。致命傷を肩代わりする〈身代わり人形〉や、緊急脱出用の〈転移結晶〉を持っていても、決して1人で出歩いてはいけません。早く野営地に戻りましょう?」
「そうじゃぞい。若様を探しに出られた会長や代表も、見付けたと連絡すればすぐに戻って来られるじゃろう。さあ、戻りましょうぞ?」
「オオカミさんは?」
幼い少年は2人から離れて白きマカミの首筋にマフッと抱き付き、不安そうに問う。
「若様、そのマカミはもう助からんぞい? 相当の深手じゃ。血もたくさん失っとるじゃろう?」
「ええ。時間遡行の治癒魔法を使ったとしても、相当の魔力を要するでしょう。言いにくいですが……もう手遅れです」
「やだっ! どうにかしてよ、ソルねえ、ドムじい? おいてったら、またオオカミさんさみしがるもん!」
ヒシッと自分に抱き付いて、フルフルと首を横に振って抗議する幼い少年。
少年達の話す言葉はよく分からず、表情や態度からの推測だったが、どうやらあるべき場所に戻ろうと、エルフやドワーフが人間の幼い少年を説得しているらしいことは、白い巨狼にも分かった。
別世界で、エレメンティアにいる筈の亜人を見られたことは驚きだったが、その驚き以上に、白きマカミはもう少しこの少年との会話をしてみたかった。
しかし、死の間際に切望していた、他者に触れたいという願いが実現し、どこか満足もしていた。
未練が絶ち切れ、もう死んでも良いと思えてしまったのである。白きマカミは思念で優しく言う。
『少年よ、優しき少年よ……感謝するぞ、もう……行くがいい』
「『オオカミさん?』」
幼い少年がきょとんとし、エルフ女性とドワーフ翁が思念を聞いてびっくりしたように目を丸くする。
エルフ女性達のことは気にせず、白きマカミは幼い少年へ思念を発し続けた。
『我が願いは……ここに成就した。お主との、ほんの一時の触れ合いは……我の救いであった』
白きマカミの思念を受けて、少年は再度フルフルと首を振った。
「『オオカミさん、しんじゃダメ!』」
『よい……最後の最後で、積年の夢たる、他者の温もりを得た。それで……十分だ。エルフとドワーフよ、その子を……早く連れて、去れ』
「え、ええ! さあ、若様……」
「やだ、やだ! いいまじゅうさんはたすけてあげろって、じいちゃんがいってたもん! オオカミさん、いいまじゅうさんだよ、たすけてあげるんだ!」
エルフ女性が幼き少年を抱えて巨狼から引き剥がそうとすると、少年は頑固にも抵抗する。
その少年の発言に、ドワーフ翁が一定の理解を示しつつも、説得しようと試みた。
「いやまあ、確かに融和型魔獣が怪我しとったら恩を売るためにも助けるべきじゃが……今回は恐らく助けが間に合わんぞい? 諦めてくだされ、若様」
「やだ、やだ、やーだ! オオカミさんもつれていくぅっ!」
ドワーフ翁の説得も失敗に終わり、エルフ女性とドワーフ翁は首を傾げた。
「いつもは聞き分けの良い若様が、ここまで頑固に反対するとは……」
「うーむ、気に入ってしもうたのかもしれんぞい?」
ブンブンと首を上下に振って、巨狼の首筋にヒシッとしがみ付く幼き少年。
ワシワシと首筋を上り、白きマカミの顔にへばりついた少年は、まっすぐに目を見て言った。
「『オオカミさんもね、すぐにあきらめちゃダメ! じいちゃんとばあちゃんだったら、たぶんたすけてくれるから! だから、いきるの! わかった?』」
『う、む……』
幼い少年の真剣である剣幕に押され、思わず肯定の思念を返してしまう巨狼。
その白きマカミの返事を聞いて、少年はムフーっと満足したように笑い、巨狼の額を手で擦った。
「『よし! いーこ、いーこ』」
巨狼の額にペタっと貼り付いた幼い少年を見て、ポカンとするエルフ女性とドワーフ翁。
その2人が、急に眉間にしわを寄せ、周囲を見回した。
「むっ! マズいですね? 気付きましたか、ドルグラム?」
「うむ。しまったのう……感知系の精霊探査魔法を使っとらんかったから、ここまで近付かれとるのに気付くのが遅れたわい。いつの間にか囲まれとるぞ。霊体種魔獣どもじゃ」
「会長達へすぐに連絡します!」
エルフ女性が、伝達系の精霊探査魔法で思念を飛ばす。
白きマカミも気付いていた。
いつの間にか、自分達の周囲で漆黒の靄が幾つも飛び交っていることに。
幼い少年もそれに気付いたらしい。表情が一瞬怯えるものの、少年は巨狼へ言った。
「『お、オオカミさんは、じっとしてて? まもってあげるからね?』」
『少年よ、どうしてそこまで……』
「『じいちゃんがね、いいまじゅうさんのおともだちができれば、とってもたのしいぞって、いってたんだ。ずっとほしかったんだよ、いいまじゅうさんのおともだち。オオカミさんとね、いっぱい、いーっぱいあそびたいんだよ!』」
霊体種魔獣を見て震えつつも、懸命に笑顔を作って言う少年に、白きマカミは心を打たれた。
「会長達に連絡がつきました。数分でこちらに到着するとのことです」
「それまで耐えればいいわけじゃが、この数はちと厄介じゃのう……雑魚の【幽霊】ばかりとはいえ、30以上はおるぞい?」
「3人だったらかてるもん!」
自分も戦うつもりとばかりに、白きマカミの前で仁王立つ幼い少年。
その少年の姿を見て、エルフ女性とドワーフ翁がやれやれと肩を落とした。
「困った若様です」
「まったくじゃ……しかし、若様が後ろにいると思うと」
「ええ。負けられませんね?」
幼い少年の勇ましい姿に奮起した、エルフ女性とドワーフ翁。
エルフ女性が自分の〈余次元の鞄〉から弓を取り出し、周囲系の精霊結界魔法で建物の屋上を覆うと、ドワーフ翁も負けじと〈余次元の鞄〉から戦槌を取り出して、全身を精霊付与魔法で4重に覆う。
「おお! ソルねえもドムじいも、すごいすごいっ!」
「若様は、結界の内側でその魔獣の手当てでもしててくださいまし」
「露払いはワシらがするでのう? さあ、来い!」
「先手はもらいますよ、穿て《火炎の矢》!」
周囲系魔法防壁で囲まれた少年と巨狼の前で、エルフ女性の追尾系魔法弾が多数放たれ、それをきっかけにして、頭上を旋回していた黒い靄のように見える霊体種魔獣達が、結界魔法へと殺到した。
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