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短編集

短編集:メイアを見付けた日(17)

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 巻き毛少女が気圧されて指示を忘れている間に、メイアは冷静に言う。
「シロン、相手の損傷は浅いわ。一旦武器を回収しつつ離脱して!」
 メイアの指示へ即座に応え、小型アンドロイドのシロンは、電導剣を手に〈オーガボーグ・改〉の顔面を蹴り上げつつ、剣を引き抜いて地に降りた。
「い、一旦戻るのよ!」
 シロンが着地すると同時に我に返った巻き毛少女が、〈オーガボーグ・改〉にシロンと距離を取らせる。
 警戒心がありありと顔に現れていた。
「ど、どういうことよ?」
「あの魔法機械の動き……以前より数段速え」
「あり得ねえ! あいつの人工知能は一旦破壊した筈だぞ!」
「そうよ! たった一週間でどうやって以前より優れた動きができるように教育できるの!」
 顔を蒼くして、動揺を口にする巻き毛少女の取り巻き達。
 巻き毛少女の表情にも、取り巻きの魔法予修者達と同様に、激しい動揺が浮かんでいた。
 それを瞬時に見抜き、メイアが静かに思考する。
(さて……もうは済んでしまったけれど、思った以上に魔法防御が固いわね? 電導剣も魔法具化してた筈だけど、不意を突いたにしては刺さりが浅い。魔法力場にそれだけ抵抗を受けたということ。あの程度の損傷じゃ、高圧電流も基幹部分まで届くか怪しいし、何より電導剣は1回こっきりの使い捨て。2本あるとはいえ、無駄にするのは愚策。もう少し機会を待つべきよ。持久戦はこちらの有利に働く。焦らず行きましょ)
 素早く思考をまとめたメイアは、即座に巻き毛少女を煽った。
「さっき命彦達の前で、私の心やシロンを壊すとか言ってたけれど、今は随分腰が引けてるわね? どうしたのかしら、機代さん? まさか……シロンが怖いの?」
 巻き毛少女の思考力をとにかく奪いたかったメイアが、目一杯小馬鹿にした顔で巻き毛少女を見ると、高過ぎる自尊心を傷つけられたのか、瞬時に巻き毛少女は憤激して頬を紅くし、喚いた。
「あんた達程度を……この私が怖がっている、だとぉぉおおおぉぉぉーっ! この私を侮辱するの、メイアぁぁああぁぁー! 行けえ、〈オーガボーグ・改〉! その調子乗ったバカ共を叩きつぶすのよっ!」
 見下すつもりの相手に見下され、カッとして思考力を簡単に失った巻き毛少女は、鬼型アンドロイドに叫んで指示し、攻撃を再開した。
 一気に距離を詰めて、シロンへ迫って来る〈オーガボーグ・改〉を見て、メイアはかかったとばかりに笑う。
「シロン、本当の力を見せる時よ。突撃ぃぃぃーっ!」
 メイアの指示で待ってましたとばかりにシロンが動く。
 静止状態から瞬時に最高速に達したシロンは、〈オーガボーグ・改〉の右腕、破砕掘削機を容易く回避し、飛び散る土くれさえモノともせず、〈オーガボーグ・改〉の腕の上を走る。
 そう、命彦がかつて対巨人種魔獣用の訓練型魔法機械との一戦で見せた動きをそのまま再現し、シロンは鬼型アンドロイドの顔面に拳を叩きつけたのである。
 勿論、あまりに質量差・重量差があるため、シロンの一撃は普通に考えると、たとえ魔法力場を相殺しても分厚い装甲に弾かれる。
 ゆえにシロンは、講義の一部として命彦や勇子からあれこれ入れ知恵された戦闘思考を頼りに、すでに損傷している〈オーガボーグ・改〉の目、高感度感知器へと拳を突き込んだ。
 電導剣の一撃で、浅いとはいえ損傷を受けたその箇所は、今やそこだけ魔法力場が弱まり、シロンの攻撃力でも内部機構へ損害を与えられる可能性があった。
 狙い通り、破損していた高感度感知器は、シロンの一撃で完全にその機能を失い、〈オーガボーグ・改〉は片目を失った状態に陥る。
 高感度感知器に肘まで入ったシロンの一撃。
 シロンが、〈オーガボーグ・改〉の左腕に掴み取られる前に、腕を引き抜くと数本の配線が飛び出した。
 行きがけの駄賃とばかりに、シロンは高感度感知器と接続していた配線類も引き千切ったらしい。
 誰の入れ知恵かは明白だったが、嫌らしい狡猾さを発揮して、確実に〈オーガボーグ・改〉へ痛打を与えたシロンに、メイアは早くも次の指示を出す。
「シロン、徹底的に接近戦よ!」
 メイアの指示通り、シロンは〈オーガボーグ・改〉にまとわりついた。
 腕を振り回し、体を揺すってどうにかシロンを引きはがそうとする〈オーガボーグ・改〉だったが、シロンは攻撃を受けぬよう冷静に移動して、執拗にまとわりついた。
 以前より装甲を分厚くしたことが逆にシロンの有利に働いたのである。
(馬鹿ね。電導剣を関節の隙間に突き入れられる可能性を極力低下させるため、関節部分に追加装甲を増設したんでしょうが、完全に裏目に出てるわ。装甲がかえって各関節の動きを阻害し、可動域を狭めている。以前の〈オーガボーグ〉の方がまだ可動域が広く、シロンにとっては少し戦いにくいでしょうに。まあ、どっちが相手でも結果は一緒だけどね)
 余裕の思考で戦いを見守るメイア。そのメイアとは対照的に、巻き毛少女は激昂していた。
「いつまで遊んでるの! さっさと叩き落せ!」
 巻き毛少女の怒声にどうにか応えるべく、〈オーガボーグ・改〉が滅茶苦茶に暴れるが、風に揺れる木の葉のように、シロンはひょいひょいと腕や足を避けた。
「び、敏捷性が違い過ぎるわ……」
「ま、まさか実械のやつ」
「このままじゃ、負けるんじゃねえか?」
「ば、バカバカしい! メイア如きに実械が負けるわけが!」
 巻き毛少女の取り巻きたる魔法予修者達が不安がる声を聞きつつ、メイアは勝利を確信していた。
 〈オーガボーグ・改〉の動きが、目に見えて衰え始めたのである。
 メイアのが機能し始めている証拠だった。
「ちい! 暴れててどこかの回路がいかれたか! 〈ガオウ〉、あんたも行くのよ! あのチビを噛み砕けぇ!」
 巻き毛少女も〈オーガボーグ・改〉の異常に気付いていたが、それがメイアの手によるものとは思ってもおらず、暴れる鬼型アンドロイドの偶発的自傷のせいだと考えたらしい。
 背後にいた四足型機獣の魔法機械をも競技場に投入し、格上の魔法予修者という体面を取り繕うことも忘れて、全戦力でシロンを破壊しようとする巻き毛少女。
 2体の魔法機械に連続的に攻撃され、避け続けるシロン。
 さすがにこの状態で〈オーガボーグ・改〉にまとわりつくことは難しいのか、シロンは競技場を逃げ回った。
 巻き毛少女が、勝ち誇った顔で言う。
「くくく、さっきまでと違って競技場の方々へ逃げ惑ってるわね! それこそあんた達にお似合いよ! くくく、まさか2体同時に使うのは卑怯とか言うつもりかしら、メイア~?」
「いえ別に? 規則で2体まで同時に使うことは許されてるもの。それに、こっちの想定内だし……」
 得意気に言う巻き毛少女へ、メイアが淡々と答えた時だった。
 ゴガガガガッ!っと凄い地響きが聞こえ、巻き毛少女が驚愕に目を見開き叫ぶ。
「はあ? ……はああああぁぁぁっ!」
 〈ガオウ〉と呼ばれた四足型機獣の魔法機械が、〈オーガボーグ・改〉の破砕掘削機に巻き込まれ、砕け散っていた。
 その様子を冷静に見つめ、メイアは言う。
「シロンのように、ある程度自分で思考して動ける完全に自立した人工知能であればともかく、指示を待ってから動くように制限を受けた、半自立の人工知能であれば、互いの連携攻撃だって雑で半端よ。勿論、シロンの敏捷性があれば同士討ちを誘うことも容易。2体に自分を前後、あるいは左右から挟み撃ちさせて、同じ軸線上に配置できれば、あとは攻撃を避けるだけで勝手に同士討ちしてくれるわ」
「くっ! ……が、〈ガオウ〉を倒したくらいでいい気に!」
 動揺しつつも言い返そうとした巻き毛少女の視線の先で、今度は再度シロンにまとわりつかれて苦戦していた〈オーガボーグ・改〉が、突然膝を屈した。
 絶句して言葉を失う巻き毛少女へ、にこやかにメイアが言う。
「こっちは2体使うことも全部想定済みよ。この場で起こり得るあらゆることを想定し、訓練したからね。あと、ついでに言っとくわ。最初から私も2体同時に使ってたからね、魔法機械」
「う、嘘……嘘よ! どこに2体目が!」
 血走った眼で言い返す巻き毛少女に、メイアは〈オーガボーグ・改〉を指差して答えた。
「あれの内部にいるわよ? 私の2体目の魔法機械、〈クワガッター〉君が? 最初に接触した時、シロンが仕込んでいたのよ」
「く、〈クワガッター〉? 何よそれ!」
「家庭用や軍事用を問わず、何がしかの機械が壊れた時、開発企業へすぐに修理を頼むのが難しい場合には、装甲の隙間から機械内部へ入り込み、状態を確認して断線の修理や回路の切断・交換を行い、応急修理をしてくれる、市販の小型機械があるのよ。虫の形をしたね? 私はその小型機械を改造し、人工知能を教育して、魔法を封入したの。自分の魔法機械としてこの場で使うためにね? それが〈クワガッター〉君。ふふふ、どれだけ装甲を厚くしても無駄だったわね?」
 冷たく笑うメイアが、言葉を続ける。
「首回りや脇回りの関節を幾ら装甲で覆っても、そこが可動部分である以上、必ず隙間は生じる。排熱口や吸気口といった場所も侵入口として使えるし、そもそもそこの〈オーガボーグ・改〉の場合だと、下半身は隙間だらけよね? 股関節部分は装甲で覆ってるだけで、装甲の裏側へ入り込めれば、骨格フレームをたどって基幹部分に入り込める。腰部にある回路や配線を手当たり次第に切断していけば、歩行不能に陥らせることも簡単よ」
 膝を屈して、ギギギと動こうともがく〈オーガボーグ・改〉へ、両手に電導剣を持ったシロンが歩み寄る。
「動け! 動くのよ〈オーガボーグ・改〉!」
 慌てて喚く巻き毛少女に、メイアは冷たい笑みを見せて宣告した。
「無理よ。〈クワガッター〉君は、内部の回路や配線を手当たり次第に切り刻むように教育したもの。動きがおかしかった時点で、私の手によるものだと気づくべきだったわね? 片腕の破砕掘削機が重くて、下半身の機能がほぼ停止した今の状態じゃ、倒れるのを防ぐので精一杯。動かせるのは左腕だけね。平衡機能が停止してるもの。さあ、終わりにしましょ? シロン!」
 メイアが言うと、シロンが〈オーガボーグ・改〉に飛びかかった。
 唯一動く左腕で、シロンを叩き落そうとする〈オーガボーグ・改〉だったが、シロンは左腕をひょいと避けて、〈オーガボーグ・改〉の首筋に立つ。
 すると〈オーガボーグ・改〉の、必死に身体を持ち上げる右腕の脇の隙間から、小さいクワガタムシ状の魔法機械が這い出た。
 やるべきことをやり尽くした虫型魔法機械の顎は、片方が折れていた。
 6本あった足も2本ほど失っている。
 それでも、頑固一徹とばかりに与えられた役目を果たし、帰還した魔法機械へ、メイアは賞賛を送った。
「ありがとう、〈クワがッター〉君。よくやってくれたわ」
「あの程度の小虫が、私の魔法機械を……」
 小さ過ぎる虫型魔法機械を見て、絶望するように震える巻き毛少女。
 その巻き毛少女を無視し、シロンの足へよじ登って背部電池機器の下に虫型魔法機械が納まるのを見届けたメイアは、声高に言った。
「今まで私達にして来たことの報いを受ける時よ。シロン、やって!」
 メイアの指示を受けて、シロンが首筋の装甲の隙間を狙い、2本の電導剣を深々と突き刺した。
 頸椎部分に過剰の高圧電流が伝播し、〈オーガボーグ・改〉の人工知能はその機能を停止した。
 メイアの勝利が確定した瞬間であった。 
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