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第二話 壊れた世界で生きること

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 廃墟と化した高層ビルの屋上で、床にシートを敷き、人間5人とロボット1体が座っている。
 5人の人間で唯一の男性である青年が、まず口を開いた。
「さて、とりあえず自己紹介から始めるか。俺は九斬くぎり冴彦さひこ。冴彦と呼んでくれ。呼び方が少々舌っ足らずで古臭く聞こえるかもしれないが、すぐに慣れる。江戸時代に武士としてえらく出世した、ご先祖様に因んでいて、個人的には気に入ってるんだ。年齢は21歳。この騒動が起こった時に旅行してて、関西に戻れなくなった妹に会うため、今は四国を目指してる」
 疲労の色が濃い母娘に対して青年が、冴彦が最初に口を開いた。
 真面目さと利発さが見え隠れした少し幼さが残る顔付きに、右目だけ緑青ろくしょう色の瞳。緩く弧を描いたくせのある黒い髪には、一房だけ目と同じ緑青色が混じり、小柄だがその肉体は厚みがあって、刃のように研ぎ澄まされている。
 見た目以上に落ち着いた雰囲気を持つ21歳の青年、それが冴彦であった。
 冴彦の視線を受けて、すぐ横に座っていた白衣の美女も口を開いた。
「……魂斬みぎり月夜つくよ、24歳。遺伝子工学が専門の研究者。趣味で植物遺伝学も学んでるわ」
 それだけ言うと、月夜は不機嫌そうに立ち上がって冴彦の背後に回り、その背にもたれた。
 整った顔立ちに、冴彦と同様に片目だけ緑青色の瞳。肩まである黒い髪には、またもや冴彦と同じく一房だけ緑青色が混じり、白衣の下に実は豊満である胸や腰付きを隠しているが、腹部に固定帯ベルトで巻き付けた、採取用の太い短刀の方にどうしても目が行く。
 母親が【緑青源素】の開発者の一員であり、今の世界で起こっている事態について良く知っている、冴彦を知識面で助けてくれる24歳の美女、それが月夜であった。
 月夜の発言を受けて、すかさずロボットが反応した。
「月夜お嬢様ったら、対人恐怖症を言い訳にしても、自己紹介が簡潔過ぎますよ? 申し訳ありません。お嬢様は幼少時からの引き籠り生活で、研究対象以外と話されることを極端に苦手としておりまして。私はRT990、ポン子と申します。魂斬家にお仕えし、幼少時より月夜お嬢様のお世話係として、働かせていただいております。家事・介護・災害救助・医療と幅広い活動分野を想定して開発された、自律思考型汎用ロボットです。お嬢様と私は特に行く宛てもございませんので、この騒ぎを起こした細菌の希少な適合個体であり、お嬢様が研究対象としてに惚れ込まれた、冴彦さんとご一緒させていただいております」
 座る丸っこい市販の家事用ロボット、ポン子が規則的に頭部を明滅させた。
 RT990は、技術立国日本が満を持して世界に送り出した、家事・医療・介護・災害救助に使える自律思考型ロボットであり、高度に発達したその人工知能は、自意識・人格さえ持っていると思わせるほど、極めて精巧である。
 多目的マニュピレータ―という伸縮可能の両腕と、持ち主が自由に付加機能を増設出来るカスタマイズ性の高さが人気で、世界各国に無数の愛好家がいた。
 ポン子の場合も、魂斬家で好き勝手に改造されており、家事にまるで無関係の付加機能が幾つも追加され、日本では違法と思える武装まで付けられていたりする。
 太陽光充電・蓄電システムを内蔵し、停電時でも動作が可能で、2体入れば故障も自力修理するという、とんでもロボットであった。
 実際、このRT990がいたお蔭で、寸断された日本全国の通信網は復旧した。
 【樹人】発生騒動で、人口密度の高い都市部から人々が過疎地へ急速に移動し、発電所や水道局といった主要インフラ施設が無人化していても、最低限の稼働状態を保っているのは、このロボット達が施設内に居残って作業しているお蔭である。
「こ、個人的って……あんたは色々といらん事まで喋り過ぎよ、このポンコツ! イタッ」
 ポン子の言葉に慌てて頬を染め、平手打ちを繰り出した月夜だったが、当たる角度に問題があったのか、ポン子の柔らかいクッション装甲で、軽く突き指したらしく涙目になる。
 その月夜の様子を見て苦笑した冴彦が、傍にあった鞄から救急箱を取り出した。
「いい歳した女性が、子どもの前で八つ当たりとか止めてくれよ。ほら、手を見せて」
「ああ、冷却スプレーはそっとして、くうーっ、染みるぅっ! 冴彦、あんた分家でしょう、本家の私をもっと敬いなさい! 私は血筋的には主筋よ! 武士なら主に優しくしてっ!」
 痛めた指を手当されつつ言う月夜の我がまま発言に、ポン子が素早い反応を返した。
「お嬢様、九斬家が魂斬家の分家だったのは江戸時代までです。その後は、家同士の繋がりを絶っていますから、本家だ敬え、主筋だ偉いんだぞ、と言われましても時代錯誤ですよ? あと、多少の血族的・遺伝的繋がりがあるからといって、そこに縋るために家系の話を持ち出すのは感心しません。冴彦さんは武士の技を継いでおられますが、立場は継いでおられませんし、そもそも私達、6日前に冴彦さんに命を救われた身。恩人に敬えと命じるのは失礼ですよ?」
「言葉のあやを一々詳しく指摘するんじゃないわよっ! 電源切られたいのっ!」
 子どものようにロボット相手に喚く月夜。一方のポン子は、主を冷静に言い負かして火に油を注いだ。
 月夜達の言い合いを、ふくれっ面で見る幼女の様子に気付き、冴彦が止めに入る。
「2人共、いい加減静かにしろよ? そろそろウチのお姫様がお怒りだぞ?」
「……ツクヨがうるさいから、ホノカのしょうかいできないもん」
「このジャリ娘が! ポン子はスルーで私にだけ文句を言うと! しかも呼び捨てで!」
「月夜さん、相手は幼女だ、ここは抑えて。さあ、挨拶しな?」
 冴彦が優しく頭を撫でると、幼女はすぐに照れるように笑い、興奮気味に口を開いた。
「むふー、私はカミキ・ホノカ、6歳。パパに会うため、お兄ちゃんと四国を目指してるの!」
「よく出来ました。偉いぞ」
 両目と頭髪が緑青色の少女、神樹炎花が、冴彦の膝の上に乗り、頭を撫でられて、笑みを浮かべる。
 その背後では、残念美女の月夜が炎花を威嚇するように、視線を送っていた。
 ロボットのポン子が補足で説明する。
「炎花さんのお父様は、四国の陸上自衛隊第14旅団の幹部です。冴彦さんは、妹さんを保護してもらった恩返しで、炎花さんを四国までお連れしているんですよ」
「重要情報の付け足しありがとう、ポン子。まあ、そういうわけで俺達は神樹さんと……自衛隊と多少繋がりがあるわけだ。見てくれは緑っぽいけど素性も確かだし、安心して欲しい。次は、そちらの紹介をしてもらいたいんだが……って、どうかしたのか? 顔色が良くないようだが?」
 荒廃した世界にもめげず、笑顔を見せる冴彦達の温かい雰囲気に飲まれて、ずっと黙っていた2人の母娘。
 どこか表情に陰のある母親の方が、ようやく口を開いた。
「あ、いえ……少し、戸惑っていただけです。私達以外の人と話すのは、7日ぶりで……。助けて下さって、ありがとうございます。私は依崎いさき頼子よりこ。この子は娘の律子りつこです」
「イサキ・リツコ、9歳です。助けてくれてありがとう!」
 対照的な母娘であった。喜色満面の娘と、感情の起伏が薄く、義務的に礼を返す母親。
 言葉数は母親の方が多いのに、抑揚に欠ける口調のせいか、いまいち誠意を感じなかった。
「母親の方、助かったのに嬉しそうじゃ無いわね? 逃げてる時も、娘の方が必死だったし」
 月夜が背後から耳打ちする言葉に、冴彦は渋い表情で母親を見詰めつつ、頷きを返した。
 茫洋とした目付きに、やつれた顔。笑顔を作っているものの、諦観を宿す冷めた瞳。
 荒廃した世界。【樹人】という化物達が闊歩する世界で、娘と2人だけで生き残った7日間が、彼女の精神を限界まで摩耗させたことが、容易に感じられた。
「依崎さん、だったっけ? あの……」
 やつれた母、頼子に冴彦が話しかけた時である。
『ルオォオオォォオオオォォ……』
 地響きにも似た何者かの咆哮が廃墟の街に轟いた。冴彦達も思わず立ち上がり、耳を塞ぐ。
「ああ、あああぁぁああ……いや、いやあぁぁーっ!」
 咆哮を聞き、突然頼子が目を限界まで見開いて、頭を抱えて喚き始めた。
 娘の律子が慌てて母親に近寄ると、頼子は血走った目で幼い娘を見据え、笑みを浮かべる。
「律子、ママはもう駄目よ。あの声がね、耳から離れないの。パパの所に行こう。もうこの世界は終わりよ、終わりなの……終わりにしましょう!」
 怯える娘を抱き締め、突然走り出した頼子は、そのままビルの屋上から身を投げた。
「待ていっ! 人が折角助けたのに目の前で投身自殺とか、夜寝られんだろうがぁっ!」
 間一髪であった。咄嗟に反応した冴彦が、念動力で2人を掴み上げ、屋上へと引き戻す。
「ママ! ママァッ!」
 屋上に降り立った律子が母親を揺するが、頼子は目を閉じて、ぐったりと気絶していた。
「……はてさて、どうにもややこしい感じですね」
 冴彦の傍に駆け寄った月夜と炎花が、ポン子の一言を聞き、心配げに冴彦の腕を掴んだ。
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