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第14話 悪行貴族のはずれ息子

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 それからしばらくして、俺は父上から呼び出しを受けた。
 父上の書斎に呼ばれた俺は軽くノックをした後、「入れ」と声が返ってきたのを確認し、丁寧に頭を下げながら室内へと入る。

「父上、失礼します」

 書斎の机の後ろにある窓から外を眺めていた父上は、俺が入るなり視線だけを向けると高貴な貴族らしい立ち振る舞いでユミィとの勉強についての進捗を聞いてきた。

「アシック……ユミィ様の魔法はどうなっている?」
「はい。結論から申し上げますと、彼女はすでにあの年齢で考えても相当な魔法の使い手になったのではないかと思います。このまま勉強を続ければ、近いうちに当主様に成果を報告させて頂く事も可能でしょう」

「それは良い報告だ。では、その成果について詳しく聞かせてもらっても良いか?」
「はい」

 父上は感心したように声を上げると、ゆっくりと書斎の椅子へと座る。
 そして、真っ直ぐに俺へと目を向けると、そこから情報を引き出すように鋭い目で先を促してきた。

 仕事の都合上、父上は時々こういう目をするのは怖いが、俺も近いうちにそんな風になるかもしれないな。俺は全てを見透かすような父上の視線を受けながらも、貴族として言葉につっかえる事のないように情報を提供していく。

「火の魔法を始めとした初級で使えるものは一通り使える状態です。例としてあげれば、ユミィ様自ら火を地面に放ったとしても、今の彼女であれば水の魔法で難なく消化する事が出来ます。他にも、風の魔法を使って少し離れたところになっている木の実を自分の下へと届ける事も可能です」
「なるほど……お前が教えてから一月あまり、まったく魔法の使えなかったユミィ様がそこまで上達するとは……お前の持つ『魔導書』のおかげもあるだろうが、お前の指導あってこそだと私は思っている。何にせよ、ご苦労だったな」
「いえ、ユミィ様との時間は私にとっても貴重な体験でした。一人で黙々と魔法を学んでいた以上に自らの欠点や利点に気付くこともでき、自身の魔法にも磨きが掛かりましたから」

「そう言ってもらえるなら、彼女にも負担は掛からんだろう。アシック、お前はまだ十にも満たないというのに、もう『分家』の人間として立派に育っている。父として、お前の成長ぶりには驚かされるばかりだよ」
「ありがとうございます。それも、父上や母上の教育あってのものです」
「はは、言ってくれるな。さて、ではそろそろ頃合いか……」

 父上はそう言ってゆっくりと目を瞑ると、しばらく押し黙ってしまう。この反応を見るに、ユミィの成果を当主様へと話す頃合いなのだろう。

 そして、そんな俺の考えを肯定するように、父上はそれを口にした。

「―明日、当主様にユミィ様の魔法の成果を話そう。場合によっては、我々『分家』の立場を変える事にもなりかねない事だ。……心して掛かりなさい」


  ◇ 


 翌日、俺は父上と一緒に『ユーグ家』の『本家』に訪れていた。

 すると、そんな俺の到着を待っていたのか、『本家』に到着するなり、緊張した面持ちでユミィが出迎えてくれる。

「アシック様……おはようございます」
「お嬢様、おはようございます。いよいよ本日ですね。当主様にこれまでの成果をお見せする時ですよ」
「そう……ですね……」

 どうにか笑顔を浮かべながらそう答えるユミィだが、無理をしているのは傍から見てもバレバレだ。

 長年、実の父親から魔力が無いと見放されていたわけだし、そんな父親に成果を見せなきゃいけないんだ。緊張して当然だろう。

 そんな彼女にどう声を掛けたものか悩んでいると、一緒に『本家』の門をくぐった父上がユミィへと深々と頭を下げながら挨拶をしていた。

「ユミィ様、こうして直接お会いするのは初めてでしたね。お初にお目に掛かります。私はレナルド・ユーグ……『分家』の長であり、アシックの父です。お話には伺っておりましたが、『本家』のご息女にお目に掛かる事が出来て光栄です」

「こちらこそ、お会い出来て光栄です。ご子息であるアシック様には大変お世話になりました。今日という日を迎えられたのは、全て彼のおかげと言っても過言ではありません」

 そう言って、ユミィに笑顔を向けられてしまい、こそばゆい気持ちになる。というか、そこまで褒められると、なんかむず痒いというか何というか……。

 そんな俺の反応に父上は笑みを見せると、俺の肩に手を乗せながらユミィへと言葉を返した。

「『本家』のご息女たるユミィ様にそこまで言って頂けるとは、我が息子の事ながら大変嬉しく思います。過保護だと笑われるかもしれませんが、父である私から見てもアシックは出来過ぎたところがあり、時々空恐ろしくもなる程ですよ。しかし、ユミィ様からそのようなお言葉を頂けたのなら安心です。もし可能なら、今後も息子とは良い関係を築いて頂けると助かります」

「もちろんです。むしろ、私からお願いさせて頂きたい程ですから。……その為にも、本日の失敗は許されません」

 そうして、ユミィは顔を緊張から強張らせてしまう。
 俺が父上の方に視線を合わせると、言葉にせずとも伝わったのか、父上はユミィにゆっくりと頭を下げると貴族らしい笑みを携えたままユミィへと声を掛けた。

「では、私は先に当主様にご挨拶をして参りますのでこれで……アシック、ユミィ様のエスコートは任せたぞ」
「はい、父上。お任せ下さい」
「それではユミィ様、また後ほど」
「あ、はい……また……」

 そんなやり取りを終え、父上が軽く頭を下げてその場を去っていくのを目にした後、ユミィは肩を落とすようにため息を吐いていた。どう見ても、緊張でいつもの調子が出せていないのは明らかだ。

 ユミィの言う通り、失敗は許されない。
 俺はまだしも、ユミィ様の人生を左右しかねないもっとも重大なイベントなんだ。
 正直に言って、俺はユミィ様を応援したい。だからこそ、俺は素直な気持ちで彼女を励ます事にした。

「お嬢様、やはり緊張されていますよね」
「え……? あ、えっと……やっぱり、隠す事は出来ないですよね」

 俺の言葉を受け、強張らせていた顔から今度は沈んだような表情を見せるユミィ。
 そんな彼女に対し、俺は父上や母上、そして、領地の人々との交流で学んだ励まし方で激励していく。

「仕方がありませんよ。このような状況で緊張しない事などありえませんから。ですが、安心して下さい。たった一月とはいえ、ユミィ様を近くで見てきた私には分かります。あなたなら大丈夫です」
「でも、もしも失敗してしまえば……」

「『もしも』の事など、お考えにならなくても大丈夫ですよ。特別な事などする必要はありません。いつもと同じように、それこそ私の前で見せて頂いたように魔法を使えば良いのです」
「はい……そうですよね……」

 俺の言葉に返事をしながらも、どう見ても大丈夫じゃない感じのユミィ。
 実際、彼女の魔法は俺から見ても充分なくらいだし、いつものようにやれれば間違いなく当主様は認めざるを得ないだろう。
 とはいえ、それはあくまでも『いつも通りにやれた場合』の話だ。

(これは重症だな……。まあ、失敗したらユミィは完全に家族から見捨てられる可能性もある。ここは魔法の講師として助けてあげたいけど……)

 さて、どうしたものだろう?
 彼女を助ける為に俺に出来る事はあるだろうか?

「よし、決めた」
「アシック様……? どうかされたのですか……?」

 俺はしばらく考えた後、良い考えが思い付き小さく声を上げる。
 すると、そんな俺の言葉に驚いたように顔を向けてくるユミィに、彼女の不安を取り除いてあげるように俺は笑顔を返した。

 今回の試験は、あくまでも『ユミィ様の勉強の成果を見せる』というだけのイベントだ。

 それ以外の事については特に決められてもいないし、ルールも無い。
 だったら、俺にもやれる事はある。

「お嬢様」
「は、はい……」

 彼女の名前を呼ぶと、緊張で強張った声が返ってくる。
 いくら『本家』の長女とはいえ、彼女にだけ責任を被せるわけにはいかない。それなら俺は、『分家』の人間として、彼女がやりやすくなるようにサポートしてやる必要がある。

「少しだけ、私もお手伝いしましょう」
「え……? アシック様がお手伝いを……?」
「はい。お嬢様が緊張なさらないよう、少しだけ、ですが」
「……?」

 驚きに染まった彼女の顔を見返しながら、俺はにっこりと微笑み返すのだった。
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