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第40話 森神様⑨

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「逆巻く炎よ、我が敵を燃やせ―ファイアボール!」

 リリア先生がそう言うと、杖から火球を出現させる。

 それを『森神様』の方へと向けると、火球は高速で飛んでいった。

 しかし―

「っ……! やはり、この距離では届きませんか……」

 火球はついさっきと同じく『森神様』へ届く前にかき消えてしまった。

 そんな俺達に気付いた『森神様』は、ギョロリとした恐ろしい目を俺達へと向けてくる。だが、これでガットさんの娘から注意を逸らせたはずだ。

 『森神様』は俺達の方に視線を向け、一層勢いを増して片足を地面に何度も擦り付ける中、リリア先生はそんな『森神様』を見ながら自嘲気味な言葉を吐いた。

「……どうやら、私の魔法は遠距離では使い物にならないようですね。なので、距離を詰めて援護しましょう」

「距離を詰めて……? 待って下さい! いくらリリア先生とはいえ、魔物に近付くのは危険です!」

「それは承知の上です……しかし、他に手が―」

「なら、僕が『森神様』の気を引きます! そのうちに、リリア先生はあの子を保護して下さい!」

「アシックくんが……? あ、アシックくん!? 待って下さい!」

 俺はリリア先生の言葉が終わらないうちにレイリーとは反対側へと走って行く。すると、そんな俺を追うようにして『森神様』の恐ろしい目が追いかけてくる。

(今は俺を狙ってる……! それなら、好都合だ!)

 そうして俺は『森神様』が突進してきた門を背にすると、手を構えて『詠唱』を省き初級魔法を『宣言』した。

「ファイアボール!」

 俺がそう言葉にすると、構えた手から火球が『森神様』へ向けて一直線に飛んで行く。

「グフゥ!?」

「よし……!」

 リリア先生の時とは違い、魔法はちゃんと『森神様』へと命中した。少なくとも、俺は影響を受けてないのはこれで確信出来たな。

「え……? 『詠唱』しないで魔法を使った……?」

 そんな中、近くで震えていたレイリーらしき声が耳を突く。

 リリア先生に言われていた通り、あまり人前で『詠唱』しないで魔法を使うのはやめた方が良いんだろうけど……今は緊急事態だ。彼女には後で事情を説明して、黙っていてもらおう。

 とはいえ、所詮は初級魔法。

 『森神様』は顔を横に思い切り振ると、怒りで血走った目を俺へと向けてくる。

「あはは……まあ、一発で倒せるとは思ってなかったけど。魔法をぶつけられたら、そりゃ怒るか」

「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「くっ……! ウインドランス!」

「あ、アシックくん!?」

 『森神様』から溢れる殺気を笑って誤魔化すと、怒りに身を任せて『森神様』が一直線にこっちへと突進してきてしまう。しかし、俺は地面に向けて風の初級魔法「ウインドランス」を放って空へと飛んでそれをかわした。

 そんな咄嗟の行動にリリア先生が切羽詰まった声を向けるが、俺は軽やかに着地してみせると乱れた襟を整えながら答える。

「ふぅ、危ない危ない……とはいえ、この通り僕は無事ですよ」

「か、風の魔法でそんな使い方をするなんて……いつの間にそこまで応用が出来るようになったんですか……?」

「リリア先生の授業が終わった後、毎日少しずつ練習してたんですよ。どうせなら魔法で空でも飛んでみたいなと思って」

「ま、魔法で空を……? 道具も使わずに空を飛ぶなんて、大昔のおとぎ話じゃないんですし、いくら魔法使いでもそんな事は無理ですよ……」

「あはは。でも、やってみないと分からないじゃないですか。おかげで役に立ちましたし……それより、リリア先生。その子を頼みます」

 驚いた顔を見せるリリア先生の後にレイリーへと視線を向ける。

 ついさっきまで『森神様』に視線を向けられ、恐怖から涙目で腰を抜かしているレイリーにリリア先生も表情を曇らせた。

 しかし、リリア先生はすぐに表情を引き締めてレイリーの方へと走ると、見た事もないくらいに真剣な表情で俺に声を向けて来た。

「この子の保護はもちろんですが、アシックくんの安全も大事ですよ! 私はあなたやユミィさんの師匠です! 師匠が弟子を守らずして、師匠を名乗る資格はありません!」

「いえ、僕なら大丈夫ですよ。このまま『森神様』を街の外に誘導するだけですし」

「街の外へ……? だったら、なおさら危険です! そのような危険な役目は師匠である私が引き受けます! アシックくんは彼女と一緒に少しでも遠くへ―」

 リリア先生がそこまで口にした時だった。

「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「うわ!? 何だ!?」

 『森神様』の雄叫びが聞こえ視線を向けると、『森神様』が勢いを殺す事無く無理矢理方向転換しているのが見えた。……うそだろ。

「……あの巨体であんなに早く曲がれるか、普通?」

「アシックくん、来ます! 荒れる水よ、彼の者をその水泡に包め―アクアストリーム!」

「くそ……! ファイアボール!」

 リリア先生がレイリーを庇いながら中級魔法を唱える中、俺は二人の前に立って初級魔法で援護する。だが、俺の初級魔法を受けてもものともせず、リリア先生に至ってはさっきよりも魔法がかき消えるのが早く、とても使えるようなレベルではなくなっていた。

「そんな……さっきよりも魔力が弱まってる……?」

「症状が悪化しているという事ですか……? このままじゃ―ウインドランス!」

 突然の事に驚きつつも、眼前に迫る『森神様』に対処する。

 まるで、崖から迫る巨大な岩のような速さで突進してくる『森神様』。俺だけなら避けられるけど……後ろにはリリア先生とレイリーが居る。

(ここで避けたら二人が……くそ! こうなったら、一か八か……やってやる!)

 あの時、父上は言っていた。

『はは、言うようになったな。そうだな……そこまで言うのならば、もし、お前が中級魔法を使えるようになったら考えてやっても良い』

『中級魔法を……?』

『ああ、それならば私も文句は言わない。最低でも中級魔法を使えなければ、相手をしても危険なだけだ。それが出来ないというのであれば、参加する事は認めん』

 中級魔法。

 初級魔法と違い、それぞれ特化した属性の力を発揮して使う事の出来る強力な魔法だ。

 扱いが難しい上級魔法を使える人間は限られている為、事実上、中級魔法を使えるようになる事が一人前の魔法使いとして認められる条件でもある。

 けど、多分……目の前の敵はそれだけじゃ足りない。

 『天位級』は中級魔法でどうにかなる相手じゃないというのがひしひしと伝わってくるんだ。

(―『あれ』をやるしかない)

 一つだけ……たった一つだけ、この場を切り抜ける方法があった。

 リリア先生の授業の後にも欠かさず読んでいた『魔導書』―それに記載されていた『禁忌』の魔法。

 本来存在しない属性―闇。『黒魔法』として恐れられたという究極の魔法だ。

 通常の魔法以上に強力だが、その扱いは通常の魔法とは比べ物にならないくらい複雑だった。

 正直に言うと、中級魔法よりも難しく、習得は全然先にしようと思っていた。

 しかし、少しずつ魔力を上手く練れるように練習し続け、暴走を極力抑えるように『詠唱』も頭に叩き込んである。

(何もしないままやられるくらいなら……やるしかないだろ!)

 決意を固めた俺は、『森神様』へと手を構えて高らかに『詠唱』と『宣言』を行った。

 何よりも強力だという『禁忌』の魔法を。

「芽吹きし闇よ、巨大な炎となって光を飲み込め―カオスフレア!」

 『禁忌』である黒魔法を唱えた途端、目の前に黒い炎が現れた。

 そして、見た事もない程に巨大で力強い炎の勢いに俺は思わず息を飲んでしまう。

「こ、これが……黒魔法……」

 すると、その異様な光景を目にしたリリア先生、そしてレイリーも同じように息を飲むようにして言葉をこぼしていた。

「カオス……フレア……? 伝説の黒魔法を……何故、アシックくんが……?」
「黒い……火……? 初めて見た……」

 俺達が驚く中、黒炎は一直線に『森神様』へと向かうと、『森神様』はその炎を目にした途端、勢いを殺して足を止めてしまう。野生の勘というものなのか、まるで恐怖するように体を大きく震わせていた。

「グフゥ!? グルルルルルルルウウウゥゥゥゥ……グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 しかし、『森神様』は恐怖で止まり掛けた足で再び地面を蹴ると、血走った目で黒魔法の方に向かって突撃してくる。そして、そんな『森神様』に向かって飛んでいった黒い炎は『森神様』と正面衝突した。

「グルルルルルルルウウウゥゥゥゥ!」

「す、すごい……あの魔物を押してる……」

 俺のすぐ後ろで、それを目にしていたリリア先生が息を飲むようにそう呟く。

 やがて、驚く俺達の目の前で黒い炎はより勢いを増すと、『森神様』を完全に包み込んで炎上した。

「グルァァァァッァアアアアアアアアアアアアアアア!」

 『森神様』を黒い炎が包み、雄叫びを上げる。

 だが、すぐにそれも無くなり、黒い炎が燃え尽きると―『森神様』は「ドーン!」と大きな音を立てながら、ゆっくりと体を地面に横たえた。

「やっ……た……?」

 倒れた『森神様』の姿を見ながら、俺は恐る恐るそう口にすると、そんな俺にリリア先生が小さく声を返してくる。

「まさか……『天位級』の魔物をアシックくん一人で倒してしまうなんて……」

「す、すごい……」

「いや、そんな事は……」

 同じくリリア先生に庇われていたレイリーにも感心したように声を上げられ、恥ずかしさからそう返す。すると、それと同時に周囲から歓声の声が上がった。

「あ、アシック様が魔物を倒したぞ!」

「アシック様が!?」

「さすが次期領主様だ!」

「これは……」

 建物の中に隠れていた街の人々が恐る恐る姿を現し、一人また一人と俺を称えるように声を上げていく。そんな歓声が響く中、実感が湧かない俺が声をもらすとリリア先生が微笑みながら声を返してくる。

「……アシックくんが頑張った結果ですよ。街の人達がアシックくんに感謝しているんです」

「それを言ったら、僕だけじゃなくてリリア先生も協力してくれたじゃないですか。僕だけが持ち上げられるのは違うと思います」

「私はほとんど何も出来ませんでしたから……なので、この歓声はあくまでもアシックくんのものですよ」

「そうでしょうか……」

 微笑み返してくるリリア先生に恥ずかしさを覚えるものの、周囲では歓声が鳴り止まなかった―。
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