悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】

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第31話 魔法の師匠⑨

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「魔力の流れを知るのに必要なのは、その鋭敏な感性―つまり、体の中に流れている魔力を感じれるようになる事がもっとも効率的なやり方です」

 そう言って、俺達の目の前に用意されたのは水の入った大きな器だった。

 本来は水を汲む為に使うものだが、今は新しいものを使っている為、倉庫にしまってあった古い物を使用人に用意させたものだ。

 リリア先生が軽く腕をまくってみせると、黒い服の裾から綺麗な肌色の腕が見える。そして、それぞれ目の前に一つずつ置かれたその器にゆっくりと手を浸からせた。

 それを目にした後、俺とユミィも同じようにリリア先生にならって器の中に手を浸からせる。

「そういうわけで、今日からはこの器を使って魔力の流れを掴んでもらいます」

「魔力の流れ……なんか、水の魔法をアシック様に教えてもらった時の事を思い出しますね」

 器の中にある水をチャプチャプと音を立てて笑みを浮かべていたユミィがそう口にしながら俺に視線を向けてくる。すると、それを聞いたリリア先生が不思議そうな表情で首を傾げてきた。

「水の魔法を……? どういう事でしょうか?」

「えっと……以前、お見せした魔導書に記載されていたやり方なんです。器に水を入れ、それに片手を浸からせた状態で、もう片方の手から水の魔法を使うイメージを作る……と。僕達はそのやり方で水の初級魔法を使えるようになったんですよ」

「……驚きました。まさか、もうすでに魔力の流れを自然に習得しているなんて」

 え? そういうものなの?

 いまいち実感の湧かない俺は、驚いた表情を見せるリリア先生にどういう顔を返して良いのか分からず、苦笑いをしながら言葉を返す。

「いえ、僕達はただ普通のやり方で魔法を使おうとしても使えなかっただけで……魔力の流れとか、そういう専門的な知識は全く無いんです」

「だとしたら、それはそれで余計に驚きますよ。基礎を飛ばして魔法が使えてしまっているのですから……。通常、魔法というのはイメージを固めて使うだけのものです。いえ、『だけ』という言い方も変ですが……本来はあなた達のように魔力の流れから魔法を覚える事はありません。普通は逆です。あくまでもイメージをして魔法を使い、さらにそこから魔力の流れを掴んで形にする……それが一般的な魔法というものなんです」

「という事は、リリア先生に教わった『宣言』で魔法の威力が上がったのも、それが関係しているって事ですか?」

「……まあ、恐らくはそうなのでしょう。とはいえ、そうでした……あなた方二人は『詠唱』も『宣言』もせずに大雑把とはいえ、初級魔法を使う事が出来たんでしたね……」

 そう言うと、リリア先生は何やら肩を竦めるようにしてため息を吐いていた。……あれ? 特に変な事とか言ってないよな?

「……まあ、良いでしょう」

 そんな風に俺が疑問を抱いていると、リリア先生は気を取り直したのか再び俺達へと視線を向けてきた。

「とにかく、しばらくの間はこの状態で魔法を使う事に慣れてもらいます。前にお見せした水の中級魔法は覚えていますか?」

「あ、はい。確か、『アクアストリーム』でしたよね?」

「よく覚えていましたね。正解です」

 リリア先生は俺の言葉に笑みを浮かべると、器から手を取り出し地面に横たえていた杖を左手で掴み、そして再び右手の指先を軽く水に付けた。

 その仕草はとても綺麗で思わず魅了されそうになるが、リリア先生はふっと顔を上げると左手に持った杖を上空へと掲げた。

「荒れる水よ、彼の者をその水泡に包め―アクアストリーム」

 以前見せてもらった水の中級魔法『アクアストリーム』。

 あの時と同じように水は宙を舞い、渦を巻いて上空へと向かっていく。

「すごい……」

 やがて上空でパァンと弾け、軽く雨のように水飛沫が上がる中、隣に居たユミィが小さく声を上げていた。俺自身も二回目とはいえ、声には出さなかったものの圧倒されていた。

(これが、俺にも使えるようになるんだ……)

 高揚感が俺を包み自然とやる気が湧いてくると、リリア先生は俺のそんな感情を察したのか、笑顔を向けてきた。

「実際、私が教える間に中級魔法が使えなくても問題は無いので焦らずにいきましょう。本来、私の役目はあなた方二人を魔法学校に問題なく通えるようにする事です。それを考えれば、すでに初級魔法を一通り使えている時点で、私はお役御免となるわけで……これはサービスみたいなものなので、あまり気合を入れなくても問題無いですよ」

「いえ、せっかくリリア先生に教えてもらえるんです。それなら、リリア先生に教えてもらっている間に必ず中級魔法を使えるようになります」

「ふふ、それは教え甲斐があるというものですが……無理はしないで下さい。暴走しそうな場合は私が止めに入ります」

「はい。その時はよろしくお願いします」

 リリア先生の言葉に後押しされるように、俺も見よう見まねで左手を水に浸からせた後、右手を空へと向ける。

 実を言うと、前にリリア先生から『アクアストリーム』を見せてもらった後、何となく雰囲気だけは掴もうとして型と名前はしっかり覚えておいたんだよね。

(実践するのは初めてだけど……俺やユミィは『詠唱』は必要無いし、『宣言』だけでやった方がしっくり来るよな……よし)

 そうして、俺はさっそく挑戦してみたのだが―

「アクアストリーム」

 ―その瞬間、上空に大きな水がザバァン! と大きな音を立てながら渦を巻いて昇って行ってしまう。……あれ? もしかして、出来た?

「すごいです! さすがアシック様! まさか、もう習得してしまうなんて!」

「ええっと……」

 どう見ても水の初級魔法とは違う勢いに、ユミィが嬉しそうに声が上がる。

 とはいえ、リリア先生から「難しい」と聞いていた手前、気まずくなりながら先生へと視線を向けるが……すると、リリア先生は陰のある笑みを浮かべながら俺へと視線を返してきた。

「……これは、思ったよりも早く中級魔法を使えるようになるかもしれませんね」

 ……もしかしなくても、リリア先生のプライドを傷付けちゃった?

 俺は凄みを増したそんなリリア先生に苦笑いを返すしかなかったのだった。
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