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第20話 黒髪の魔女

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「アシック様! おはようございます!」

 そうして、父上と共に俺が『本家』の前へと訪れると、屋敷の前からそんな声が聞こえてきた。つい先日、ようやく魔法を使うことが出来るようになり、『本家』の長女として日の目を浴びることができるようになったユミィだ。

 まるで太陽のような笑みを向けながら俺達の方へと駆け寄ってくる姿はとても可愛らしいが、少し前まででは考えられないくらいの変わりようだ。

 魔法が使えず、『本家』のこの屋敷に幽閉されていたユミィは笑うことなく、とても悲しげな顔ばかり見せていた。そんな彼女が今のように笑顔を見せられるようになったのが嬉しく、俺も同じように笑顔でユミィへと応じる。

「お嬢様、おはようございます。本日は新しい師匠をお迎えするということで、お嬢様も待ちきれなかったのではないですか?」

「はい……恥ずかしながら、昨日からあまり眠れていなくて―それはそうと、アシック様?」

「何でしょうか?」

 少し恥ずかしそうにしていたユミィだったが、ふと顔をムッとしたものへと変えると怒ったような口調を俺へと向けてきた。

 実を言うと、何が原因で怒っているのかは見当が付いているけど……あえてしらばっくれてみせると、ユミィが子供ながらに咎めるように俺を注意してくる。

「私のことは『ユミィ』と呼び捨てで呼んで下さい、と何度も言っているではないですか。それなのに、何故アシック様は一度も呼んでくれないのですか? いい加減、そういう意地悪はよして下さい」

「いえ、本日は当主様や新しい師匠もいらっしゃいますし、さすがに『分家』の私が『本家』の方を呼び捨てにするのはさすがに……せめて呼ぶのであれば、二人で居る時だけにして頂けると助かります」

「そう言って、二人で居る時に呼んで下さったことも無いではありませんか。それに、敬語もやめて頂いてません。私にとっては、本日来られる方ではなく、アシック様こそがお師匠様なのですよ? 私は『ユーグ家』の長女として、自分より目上の方に敬意を持っています。私よりもアシック様の方が立場が上なのですから、アシック様には敬語を使って頂きたくないのです」

 いや、それをすると当主様からの目が絶対に痛いと思うからしないんだけど……。

 ユミィがようやく魔法の才能が目覚めてからというもの、当主様はわざわざ世界を飛び回る必要が無くなり、ユミィのことをそれは大事にするようになった。

 その所為か、前にも増して当主様からの俺への当たりが強くなったというか……まるで「娘は渡さん」とか警戒しているような感じになっていた。

 だからこそ、呼び捨てや話し方には注意を払っていたのだが……まあ、長男であるリーヴは特にそういうのが無いから二人の時は呼び捨てにしてるけど。

 そうして俺が苦笑いを浮かべていると、すぐ隣で事の成り行きを見守っていた父上が相変わらず人の良さそうな笑顔を浮かべながらユミィの提案に乗ってきた。

「良いじゃないか、アシック。ユミィ様がこうおっしゃられているのだ、『本家』の方に認められた成果だと思って、彼女の頼みを聞いてあげなさい」

「父上はよろしいのですか?」

「私は歓迎だよ。もっとも、当主様はあまり良い顔をしないだろうがね。とはいえ、それでも大きく責められることはないだろう。何せ、あの当主様も先日の一件で、何だかんだお前を認めたのだからな」

「さすがはレナルド様!」

 父上の言葉に、ユミィは目を輝かせてみせると父上を称賛するように言葉を返した後、期待に満ちた視線を俺へと投げかけてくる。……こんな風に純粋な目を向けられるから余計にやりづらいんだけどね。

 そうは言っても、父上にまで言われては仕方がない。

「……分かりました。では、今後はそうさせて頂きます」

「アシック様? 敬語のままです。それに、まだ名前を呼んで頂いていません」

「……分かった。次からは敬語は使わないようにさせてもらうよ。これからもよろしく、ユミィ」

 そう言って、俺が敬語を使わずに応じてみせると、ユミィの顔色が思い切り変わっていく。自分から提案したというのに、明らかに赤みを帯びた頬を抑えながら困った様子で言葉を返してくる。

「い、いきなり名前を呼ばれると恥ずかしいものですね……」

「慣れないうちはそうだろうね。ただ、俺だけが呼び捨てというのも変だし、ユミィの方も呼び捨てでも―」

「いいえ! 私にとってアシック様はアシック様です! 尊敬する方を呼び捨てにするなど、『ユーグ家』の名折れです!」

「そ、そうか……?」

 まあ、本人がそういうなら別に良いけど。敬語を使わないユミィというのも想像が付かないし。

 俺達がそんなやり取りをしていると、それを微笑ましく眺めていた父上がふと思い出したように俺へと言葉を向けてくる。

「ちなみに、まだリーヴ様にはユミィ様やお前が魔法を使えることを話していない。それと、奥様にもな」

「リーヴ様はまだしも、奥様にも……ですか? すでに当主様はご存知のことですし、早めにお伝えした方が良いのではないでしょうか?」

「これについてはお前の母、ミーファの提案だ。タイミングというのは重要だ、とな。当主様もこれについては賛成らしい。奥様の気難しさは当主様ご自身がよく知っておられるからな」

 母上も母上で、父上に負けず劣らず策士というか……。

 まあ、あまり顔を合わせたことは無いけど、『本家』の奥様は確かに気難しい……というか、結構面倒な人だしね。

 あんな人を相手にも怯まずに食事会へ誘えるなんて、母上ってやっぱ肝が据わってるよ。

「分かりました。では、僕も口外しないように気を付けます」

「ああ、そうしてくれ。ユミィ様もそれで構いませんね?」

「はい。もともと、ここ最近はお母様と顔を合わせておりませんし……」

 そう言って、悲しそうに顔を俯かせてしまうユミィ。……ようやく当主様に認められたものの、まだまだ問題は山積みだ。

 ともあれ、せっかくこれから新しい師匠に顔を合わせるのに、暗い顔をしたままなのは頂けない。

 俺は気落ちして肩を落としていたユミィを励ますように声を投げ掛けた。

「大丈夫、奥様も当主様と同じようにすぐにユミィを認めてくれるさ」

「アシック様……」

 俺の言葉にユミィは目を潤ませる。

 そんな中、父上は悲しい話とは別に、とても興味深い話を持ってきてくれた。

「それと、ここだけの話だが……実は当主様から頼まれ、二人が通う『魔法学校』についても手配している。ユミィ様だけではなく、お前もな」

「『魔法学校』……」

 そういえば、そろそろ十歳だし、『魔法学校』に通えるくらいの年齢だったんだよな。新しい師匠だけじゃなくて、さらに魔法を学べる場所に通うことが出来るんだ。


 俺は子供ながらに気分が高揚していく。

 すると、隣で話を聞いていたユミィが嬉しそうに声を上げていた。

「それは本当なのですか!? では、アシック様と一緒に学校に通えるようになるのですね!」

「ええ、そうなるよう手配しているところです」

「嬉しい……学校に通えるなんて思ってもみなかった……」

 そう言うと、ユミィは儚い笑みを浮かべていた。

(そうか……考えてみたらユミィも魔法が使えなかったし、もしあのままだったら学校に通うことも出来なかったんだよな)

 それを考えると、ここまで喜ぶのも理解できる。

 俺が喜びを嚙み締めるユミィに目を細めていると、それを見ていた父上からこんな言葉を投げ掛けられる。

「実は―そこで他の貴族達を驚かせてやろう、という話になってな」

「貴族達を驚かせる……ですか?」

 父上の意図が分からず、俺はそう尋ね返す。

 そんな俺の反応に満足したのか、父上はゆっくりと頷きながら話を続けていく。

「知っての通り、リーヴ様は周囲の貴族達からも持ち上げられている。しかし、それに対してユミィ様はその正体すらも隠されていたのだ。であれば、その存在を貴族に明かすなら華々しく飾る必要がある……そういう話になってな」

「だから、入学までユミィが魔法を使えることを伏せる……ということでしょうか?」

「ほう、よく分かっているじゃないか。その通りだ。そして、これは当主様が強く望んでいることでもある。リーヴ様に話を通しておかないのも、その口の軽さを警戒して当主様が命じたことだからな」

 まあ……リーヴだしね。当主様の判断は妥当だと思うよ、うん。

 口が軽い上にあまり物事を深く考えない『本家』の息子の顔を思い出しながら呆れていると、父上は真剣な表情を作って俺とユミィへと言葉を向けてくる。

「お前とユミィ様、そしてリーヴ様には同じ学校に通ってもらうつもりだが、今回雇った師匠はその学校に通う為に十分な素質を持っていると思っている。だからこそ、今日の面会はとても大事なものだ。それはユミィ様もお分かりのことと思います」

「はい……どのような方が来られるのかは存じていませんが、しばらくの間お付き合い頂くのです。いくらお父様がお雇いになれるとはいえ、粗相のないようにするつもりです」

「さすがはユミィ様。とても素晴らしいお考えをお持ちです。アシック、お前も大丈夫だな?」

 強い決意を見せるユミィの後に、情けない姿は見せられない。

 ユミィが認めてくれた師匠の一人として、そして父上の息子として、俺は決意を確認するように言葉を向けてきた父上にしっかりとした返事を向けた。

「―ええ、お任せ下さい。お師匠様から魔法を学び、『魔法学校』でも『ユーグ家』の名に恥じぬよう尽力いたします」
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