Sランクの少年冒険者~最強闇使いが依頼を受けて学園へ~

村人Z

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2巻

2-2

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 気を取り直して、俺はディティアの家の扉をノックした。

「は~い」

 やや間があってから、返事とともに扉が開いた。
 中から出てきたのは、褐色の肌の綺麗きれいな女の人だった。
 ついつい大きな胸に目がいってしまうが、顔立ちはどことなくディティアに似ている。
 ってことは、この人がエルフのおっさんが言っていたディティアの母親――ルーンか。
 いずれディティアもこんな美人になるんだろうな。

「あら、どなたかしら? って、ディティアじゃない~。どうしたの、目を回しちゃって。まぁまぁ……ごほっ。……失礼」

 ルーンは俺に背負われたディティアに気づいて目を丸くした。

「俺はヒスイ。あんたの娘さんを連れてきたんだよ。こいつを寝かせたいから、家に入っても構わないか?」
「そういうことだったら、どうぞどうぞ~。何もないですが」

 まさか初対面なのにこんなに簡単に家に入れてもらえるとは……さすがに不用心すぎやしないか?
 まあ、ディティアを助けた親切な人だと思っているのかもしれないが。
 俺はルーンに促されるまま家の中に入った。
 外から見ると大木の側面にドアや窓がついている、といった感じだが、家の中は案外普通だ。
 大きなリビングを中心にいくつかの部屋がある。
 家具はほとんど木製で、リビングには丸いテーブルが置かれていて、花瓶かびんに挿された赤い花がいろどりを添えていた。
 俺はディティアを寝室に運び入れてから、改めてリビングでルーンと顔を合わせた。

「突然押しかけてすまない。ギルドでディティアの依頼を受け――」

 俺はソファーに腰を下ろして、ディティアの依頼の件など、事情をかいつまんでルーンに説明した。
 俺のランクや依頼の報酬額、先日アリゲール学園で起こったことなどは伏せておいたが、大体の内容は伝わっただろう。

「そう。ディティアがそんな依頼を……ごほっ」

 ルーンは軽く頷きながら、俺の話に理解を示してくれた。
 だが、言い切る前に手を口元に当てて咳込せきこんでしまう。
 さっきからずっとそんなことの繰り返しだ。

「大会でしばらくエルフの里に滞在するなら、うちに泊まっていって――ごほっ、ちょうだい。待っててね~、すぐに片付けるから!」

 ルーンはつとめて元気そうに振舞ふるまっているが、体調に異変があるのは明らかだ。

「おいおい。あんまり無理すんなよ。あんたも体調が悪いなら、奥で寝てたらどうだ? 俺の素性すじょうは分かっただろ? 別に何か盗んで逃げたりなんてしねーから、安心しなよ」

 ディティアがどうしてエルフの秘薬にこだわるのか、ここに来てはっきり分かった。
 わざわざエルフ学舎に復学し、優勝賞金を全額差し出してまで俺に依頼をした理由……それはきっと、母親であるルーンの治療に秘薬が必要だからだろう。
 しかし、ルーンは寝たきりになるほど衰弱すいじゃくしているわけでもないし、エルフの秘薬なんて大げさすぎると思うが……

「そう? ならお言葉に甘えて少し休ませていただきますね。ごほっごほっ……」

 ルーンは申し訳なさそうに微笑ほほえむと、テーブルに手をついて立ち上がろうとした。しかし、腕で体を支えていたにもかかわらず、バランスを崩してしまう。

「おっと」

 俺はとっさに腕を出して、ルーンの体を抱きとめた。
 間一髪かんいっぱつ、危ないところだった。

「本当に大丈夫か?」

 エルフの秘薬を使うほどではないと思っていたが、どうやら考えを改める必要がありそうだな。
 顔色も悪くないし、座って話している分にはあまり気にならないが、彼女の動きを見ると、まるで体に力が入っていないのが分かる。
 ディティアが深刻に考えるのも無理はない、か。

「なるほどな……」
「あっ……あの」

 あれこれ真剣に考えていると、ルーンが遠慮がちに小さな声を漏らした。
 声につられてルーンに視線を向けたところ……俺の手が触れた彼女の胸が、大きく形を変えていた。
 体を支えてやるつもりだったが、掴んだ場所が悪かったようだ。

「……す、すまん」

 俺は謝罪を口にしながら、慌てて手を引っ込めた。
 ルーンは一応バランスを取って両足で立てている。もう俺が支えなくても大丈夫そうだ。
 彼女もわざとじゃないとは分かっているだろうが、なんとも言えない気まずい空気が流れる。
 もう一度、きちんと謝るべきか……
 そんな時、この停滞ていたいした空気を土足で踏み破る闖入者ちんにゅうしゃが現れた。

「うぅ~、ここどこ~……」


 ディティアだ。
 どうやらまだ酔いがめていないらしく、酔っ払いのような千鳥足ちどりあしで、額に手を当ててリビングに入ってきた。

「ここはおまえの家だよ。安心して休んでろ、ディティア」
「ふぇ……家……分かりました……」

 俺は簡単に説明して、ディティアをさっきまで寝ていた部屋に追い返した。あんな状態で動き回られたら厄介やっかいだ。

「じゃ、じゃあ……私も寝ますね……こほっ」
「ああ。お大事にな」

 ルーンも顔を赤らめながら、そそくさと自分の寝室に戻っていく。
 俺はしばらく一人でリビングに立っていた。



 2


 一夜明けた。
 窓から入り込む太陽の光に気づき、俺はソファーから体を起こした。
 野宿よりははるかにマシだが、少し体が痛い。
 泊まっていけとは言われたものの、どの部屋を使えばいいか聞く前に、この家の住人は全員寝てしまった。
 夜になればどちらか起きてくるだろうと思って待っていたが、結局そのまま。俺は眠気に負けてリビングのソファーで睡眠をとったのだ。

「おーい、ディティアー」

 目をこすりながら、木製の扉を叩き、依頼人の名前を呼ぶ。
 しかし返事がない。
 耳をますと中から「うぅーうぅー」と、うめき声が聞こえてくる。

「――ったく。まだ酔ってるのか」

 俺はまだディティアから今後の段取りを聞いていない。
 依頼内容は単純明快だ。異種混合共闘大会で適当に参加者を殴り飛ばして優勝すればいい。
 だが、その前は?
 大会に参加するための出場手続きはどこでするのか、受付期限はいつまでなのか。
 俺は何一つ知らない。

「……はぁ。散歩でもするか」

 このまま一向に起きてこないディティアを待つよりも、適当に外を歩いていた方が有意義な気がする。
 それに、おそらく受付の期限はまだ先だろう。
 黒靄ブラウで移動したからあっという間に着いたが、普通に馬車などで来れば、ここまで二、三日は掛かる。
 ディティアは馬車の移動を想定していたはずだから、一晩寝た分を差し引いても、十分余裕はあるはずだ。
 それに、エルフの里はずいぶん久しぶりだから、色々見て回りたい。

「……あの時はほんの少しの間だけだったしな」

 未だに酔って唸っている依頼主を放置して、俺は家の外に出た。


 ◆


 改めて見回すと、以前来た時とは大分雰囲気が変わっているのが分かる。
 木の枝の上に組まれた通路や足場の上には数多くの露店が出ており、エルフのおっちゃんやおばちゃんが人を呼びこむ威勢いせいのいい声が聞こえる。
 他種族との関わりを持たなかった昔とは違い、今のエルフたちは観光に訪れる他種族の者たちを積極的に歓迎しているようだ。
 なんにせよ、活気があるのはいいことだ。
 俺は喧騒けんそうを離れて地上に下りてみることにした。
 外敵を寄せ付けないためだったのだろうが、以前はろくに整備されていなかった地上も、今では歩道ができて楽に歩ける。
 昔は獣道すらないくらいで、本当に誰も近寄れなかったからなぁ……
 前の状態を知っている俺からしたら、今のエルフの里は天国のようだ。
 考えごとをしながら気ままに森の散策と洒落しゃれ込んでいるうちに、いつの間にか里の外れの方まで来ていた。
 そこで、俺に声をかけてきたやつがいた。

「おう、昨日の兄ちゃんじゃないか。ディティアは元気になったか?」

 ディティアの家に案内してくれたおっさんだ。

「いや、まだ寝てるよ。まあ、酔ってるようなもんだから、心配はいらない」
「なら安心だ。ところで、こんなところで何してるんだい?」
「やることがないから、一人で散歩さ。そう言うあんたこそ、こんな里の外れに用があるのか?」

 俺が聞くと、おっさんは頭を掻きながら苦笑した。

「いや、それが……道に迷ってな」
「道に迷った? そんなバカな話があるかよ。あんた、ここに住んでるんだろ?」

 俺はあきれて思わず聞き返してしまった。

「まったくその通りだ。正確に言えば、ここから里の外に出ようとしたのにどうにも出られないってことなんだが。おそらく、誰かがこの辺りで人避ひとよけのマジックアイテムを使っているんじゃないかと思うんだ。それなら説明がつく。ま、どの道マジックアイテムには近づけないから確かめられないんだけどな。こんな場所で、迷惑な話だぜ」

 おそらく、彼が言っているのは人や魔物を寄せつけないようにするマジックアイテムのことだ。
 エルフたちはこの種のマジックアイテムをよく使う。
 彼らは外敵を遠ざけるために長いことこの種のマジックアイテムを使っていたから、王国やギルドのものと比べてかなり発達している。
 たとえば、『特定の魔力属性の持ち主をその場所に近寄らせない』という効果のものもある。
 任意の相手を寄せ付けないどころか、その気になれば森の中を永遠に彷徨さまよわせることも可能だと聞く。

「なるほどな。この辺りには何か重要な施設があったり、儀式を行なう予定があったりするのか?」
「いいや。俺はいつもこの先にある川で釣りをしてるんだが、そんなものは見たことも聞いたこともない。ま、今日はあきらめて他の場所に行くさ。あんたも道に迷ったら危ないから、引き返した方がいいぞ」

 おっさんはそう言って里の方に戻っていった。
 マジックアイテムか……気になるな。
 しかし、異種混合共闘大会で人を呼んでいる今のエルフの里の民が、わざわざ人避けのマジックアイテムを里の出入口に仕掛けるとは考えられない。
 エルフ以外でこの手のマジックアイテムを所有していそうな組織となると、国やギルド、あるいは反体制的な組織。

「……まさか、な」

 俺の頭に〝ある可能性〟が浮かんだ。
 ――ギルティアス。
 魔神復活などという大それた目標を掲げ、強盗や暗殺といった非合法活動はもとより、時に災害レベルの大きな被害をもたらす危険な裏組織。
 実態が掴めず、国家の中枢にまで根を張るこの組織には、ギルドも手を焼いている。
 俺がアリゲール学園に潜入したのも、ギルティアスのメンバーを捕らえるためだった。
 今回、リゴリアがなかば強引に俺に依頼を受けさせた理由がこれだったとしたら……
 エルフの里から馬車も必要ないほど近い距離に、やつらが潜伏している。
 もし里が破壊活動の標的になって被害を受けたとしたら、異種混合共闘大会の開催もあやうい。つまり、ディティアから受けた依頼が達成できないということである。
 それは面倒だ。
 あくまで推測、しかも最悪の可能性ではあるが、一応、確認しておくか。
 もし、今作動しているのが『特定の魔力属性の持ち主を近寄らせない』というものなら、闇属性を持つ俺にはおそらく通用しないだろう。他に闇属性の持ち主がいるなんて聞いたこともないから、排除の対象に組み込まれている可能性は限りなくゼロに近い。

「気のせいならいいが……」

 誰に言うでもなくそう呟き、俺は里とは反対側――森の奥に向かって歩き出した。


 おっさんの言ったとおり、周囲には隠蔽いんぺいされるべきものもなければ、おかしな動きも何一つとしてない。何か秘密の儀式を行なっていたり、エルフたちにとって重要な施設が隠されたりしているというわけでもなさそうだ。
 わずかに感じる人の気配を頼りに、俺は木々の間をうように移動していく。
 辿たどり着いた場所のすぐ近くで滝の音がする。
 もしここで秘密裏に動いているやつがエルフの里を狙っているのだとしたら、水源に毒でもいて混乱におとしいれようとするかもしれない。
 俺は大樹の陰に身を隠した体勢から、相手に気づかれないように頭半分だけを出して滝壺たきつぼの様子をうかがう。
 すると、木漏こもれ日を反射して星屑ほしくずのように輝くみず飛沫しぶきの中で、桃色の髪をしたエルフの少女が一糸纏いっしまとわぬ姿で水浴びをしていた。
 ……なんて大層なマジックアイテムを使って水浴びしてんだよ!
 思わず内心で毒づいてしまった。

「――ッ!」

 その瞬間、水浴びをしていた少女と目が合う。
 予想外の事態で呆気あっけにとられてしまったのがまずかった。
 幼さの残る薄い胸を手拭てぬぐいで隠し、顔を真っ赤にしている。

「ちょっと待て。誤解だ、何も見ていない」

 俺は咄嗟とっさに両手で目を覆って、苦しまぎれの言い訳を口にした。
 わざと覗きに来たわけではないし、いきなりのことだったから俺はほとんど何も見ていない。
 両手で目を隠しているのも、これ以上見るつもりはないという意思表示だ。
 しかし、そんな俺の誠意はあっさりと吹き飛ばされた。
 魔法という暴力によって。

「信じられるわけないでしょー!!」

 危険を感じた俺はすぐさま横に跳んで避ける。
 その直後、さっきまで俺がいた場所を切れ味抜群の突風が駆け抜けた。
 地面がえぐれている。そのまま視線を後ろに向けると、風の通り道に沿って木々が倒れかかって……あ、一本倒れた。
 この魔法がまともに当たっていたら、最低でも体のどこかを失っていただろう。
 下手へたをすれば死んでいたかもしれない。

「おまえ、殺す気か!?」

 少女は眉をつり上げて、こちらを指差す。

「そうよ! 当たり前でしょ、変態! さっさと死んじゃいなさいよ!」

 穏やかな森の水辺に怒声が響き渡る。
 まったく、なんて言い草だ。
 頭に血が上ったら理性を失って、バイオレンスになる性格なんだろう。

「まぁ落ち着けって。本当に何も見てなかったから」

 俺は真摯しんしな態度で少女と向き合った。
 しかし、少女はプルプルと身を震わせている。

「……どっちにしろ、今この瞬間、見てるでしょうがー!!」

 二発目の風が木々をぎ払った。


 ◆


 俺は正座をさせられていた。
 ギルドではSランクという最高位に位置している、この俺が。
 しかも相手はさっき会ったばかりの、名前すら知らない少女だ。

「それで? 本当に悪気はなかったの?」

 衣服を纏った少女は、疑いを隠そうともせず、目を細めて俺を見下ろした。
 俺の後方の森はもはや木の原形が分からぬほどに破壊され、ちょっとした更地さらちが広がっている。
 失われた自然に心を痛めながら、俺は何度目かの弁明を繰り返した。

「さっきから言ってるだろう? 覗くつもりなんてなかった。あくまで変なことをしているやつがいないか確認していただけだ。それよりも、いきなりあんな魔法をぶっ放して、何考えてるんだよ」
「……まぁ。話も聞かずに吹っ掛けたのは私も悪かったと思っているわ。けれど変ね、私は人避けのマジックアイテムを使っていたのよ? 誰も近づけないはずなのに」

 一応、少女にも自分はきちんと人避けをしたという言い分はあるようだ。
 しかし、攻撃魔法を使ったことには多少は後ろめたい思いがあるのか、わずかに目をらしながら、水色の光を放つ水晶球をもてあそんだ。
 まぁ、たしかにそのマジックアイテムを突破して近寄るには、なんらかの方策をとらなければならない。
 だからこそ、俺のことを悪意をもった人物だと思ったのだろう。下手に抵抗しなかったのが功をそうしたのか、今は少し落ち着いているが。

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