日常のひとコマ

繰奈 -Crina-

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身体と心 (女性/仕事/自分らしさ)

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どうして、わたしが。
喉元まで出掛かった言葉を、彼女は懸命に飲み込んだ。
飲み込んだ言葉は胃に落ちずに食道あたりに引っ掛かっているようで、ひどくもやもやする不快な気分だった。
誰の仕事というわけではないのに、どうして自分ばかりが頼まれるのか。
仕事を抱えてるのは同じなのに、どうして自分ばかりが雑務に時間を取られるのか。
会社の状況は同じなのに、どうして自分ばかりが残業しているのか。
ぐるぐると暴れる思考は、気を抜くと食道を逆流して口から溢れそうになる。
ダメだ、落ち着けと、彼女は必死に自分を律する。
涙がこぼれそうになり、自分が追い詰められていることを知った。

一息付こうと、オフィスを出て給湯室に向かう。温かいお茶を入れようと思ったのだ。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、実際は熱い液体が食道を通っていくのを感じることがある。
彼女はその感覚を好んでいた。自分の身体がきちんと機能しているという、微かながらも確かな実感があるからだ。
そういったささやかな感覚は彼女を冷静にさせる。
敢えて沸騰したお湯で入れた煎茶を飲みながら、彼女は少し考え込んだ。

抱えた仕事も納期も変わらない。
誰も率先してやらない雑務を引き受ける自分の性格が変わらないことも、彼女は感覚でわかっている。
自分がやってしまうから、それを当てにされていることも。
それをしんどいと思うのは自分の勝手だと、彼女はそう結論付ける。
誰かに助けを求めずに、ただわかってもらおうとしている自分に非がある。
追い詰められて泣きそうになりながらも、結局はどうにかする自分も信じている。

一息付いて落ち着いた彼女は、使った湯のみを洗ってデスクに戻る。
やるしかないんだと納得した彼女は、抱えた仕事と振られた雑務を片付ける段取りを頭の中で組み立て始めた。

胃に落ちずにうまく消化できないなら、飲み込みやすくするためによく咀嚼すればいい。
結局は、どんな問題もいつでも二択なのだ。
受け入れられずに自分が変わるか。
自分を変えずに受け入れるか。
自分にしかできない仕事や細かな確認が必要な雑務をきちんと自分で仕上げること、今の彼女にはそれが重要だった。
だから、辛くてもしんどくてもやるしかないのだ。

きちんと考えれば、自分の状況や気持ちが見えてくる。
大切なのは、腑に落ちないというその感覚をそのままにしないことだ。
きちんと胃に落ちなければ、消化することはできない。



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