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趣味の先に (男性/仕事/趣味/時間)
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換気のために細く開けた窓からは、風の代わりに街の喧騒が飛び込んでくる。
自分の発する音量がわからなくなった酔っ払いの笑い声に、隆文はふと顔を上げた。
それは、仕事に集中していた先ほどまでは、聞こえなかった音だった。
腕時計の針は、午後9時52分を示している。
一次会が終わり、帰る者と次に向かう者、そして、今日は朝までアルコールに浸る覚悟を決めた者たちの動きが活発になる時間帯だ。
こんなに早く仕事が終わるとは思わなかった。
隆文はどうしようかと逡巡する。
今日、隆文の会社は新入社員歓迎会を行っている。
納期が差し迫った仕事を無事に終え、さぁ出発という雰囲気の午後7時。
クライアントからの修正指示の電話に、皆は一様にうんざりとした表情を浮かべた。
クライアントの望む修正箇所は隆文の担当だった。
そして、ひとりでやるには多いが、手分けするほどでもなく、また分けようがない内容だった。
ひとりプログラミング言語と戦う彼に声を掛け、他の社員は会場に向かって数人ずつ減っていく。
結果として、隆文はひとりで会社に残ることとなった。
日付が変わるぎりぎりまで掛かると予想していたが、一部を修正するとそのまま他の箇所にも応用でき、思いのほか早く仕事が終わった。
参加できないと思っていた歓迎会にも参加できそうである。
だが、恐らくはちょうど一次会が終了したであろう時間帯に参加するのは面倒だった。
普段から社員の仲が良いため、この時間から参加すれば、飲み足りずに朝までコースとなるだろう。
一次会から参加していればそれも良かったが、今は一仕事終えた疲れが肩に重かった。
不意に、思い出した。
残業ばかりのこの会社で、この時間帯に前も悩んだことを。
もっと早い時間であれば――時計の針が午後9時45分よりも午後9時半に近ければ、終わりが見えない積み重なった仕事から次を探していただろう。
それが日常なのだが、もっと遅い時間であれば、終電に間に合うように、または、間に合ったことに安堵しながら帰り支度をする。
この時間帯。
早くも遅くもない、スポットのように空いたこの時間帯。
それは、隆文をとても不安な気持ちにさせる。
この時間の同僚たちは、「ゲームの続きができる!」「読みかけの小説、今日こそ読破!」「ダーツやりがてら飲みに行こうぜ」……などと、己の楽しみと時間を上手に足し引きする。
そんな声を聞くと、隆文は空いた時間を埋める術を持たない自分に気が付いてしまうのだ。
自分には仕事しかない、と。
趣味が仕事だなんて言うつもりはないし、言いたくもない。
だが、仕事以外に何をしていいのかもわからないし、何もしたくないのだ。
この時間は、隆文が最も苦手とする時間帯だ。
飲みに行く気には到底なれず、会社の戸締りをして隆文は家路に着く。
自分の趣味はなんなのか、何をしている時が楽しいのか、ぼんやりと考えながら。
数年前、隆文は自分のホームページを作ることにハマっていた。
自分の思い通りにページを作れるようになると、もっと凝ったページを作りたくなった。
そして、気付いた。
何かを表現したかったのだが、自分には何も表現することがない。
そう気付いたあの時と同じ気分だと、隆文は成長しない自分を嗤う。
「―――あ!」
思わず口をついて漏れた感嘆符を恥ずかしいと思う暇もなく、隆文は思考の海に沈んでいく。
きっかけはホームページ、HTMLだった。
そこからプログラムということに興味を持った。
キーボード入力だけで、様々なことができることが面白くて仕方がなかった。
様々なプログラミング言語を学んだ。
そして、それは仕事になった。
仕事が趣味なんじゃない。
趣味が、仕事になったんだ。
カチリ、と。
その時、隆文は確かに自分の胸中で外れていたピースがはまる音を聞いた。
自分の生き方や考え方、その他様々なことに、唐突に納得がいったのだ。
自分の発する音量がわからなくなった酔っ払いの笑い声に、隆文はふと顔を上げた。
それは、仕事に集中していた先ほどまでは、聞こえなかった音だった。
腕時計の針は、午後9時52分を示している。
一次会が終わり、帰る者と次に向かう者、そして、今日は朝までアルコールに浸る覚悟を決めた者たちの動きが活発になる時間帯だ。
こんなに早く仕事が終わるとは思わなかった。
隆文はどうしようかと逡巡する。
今日、隆文の会社は新入社員歓迎会を行っている。
納期が差し迫った仕事を無事に終え、さぁ出発という雰囲気の午後7時。
クライアントからの修正指示の電話に、皆は一様にうんざりとした表情を浮かべた。
クライアントの望む修正箇所は隆文の担当だった。
そして、ひとりでやるには多いが、手分けするほどでもなく、また分けようがない内容だった。
ひとりプログラミング言語と戦う彼に声を掛け、他の社員は会場に向かって数人ずつ減っていく。
結果として、隆文はひとりで会社に残ることとなった。
日付が変わるぎりぎりまで掛かると予想していたが、一部を修正するとそのまま他の箇所にも応用でき、思いのほか早く仕事が終わった。
参加できないと思っていた歓迎会にも参加できそうである。
だが、恐らくはちょうど一次会が終了したであろう時間帯に参加するのは面倒だった。
普段から社員の仲が良いため、この時間から参加すれば、飲み足りずに朝までコースとなるだろう。
一次会から参加していればそれも良かったが、今は一仕事終えた疲れが肩に重かった。
不意に、思い出した。
残業ばかりのこの会社で、この時間帯に前も悩んだことを。
もっと早い時間であれば――時計の針が午後9時45分よりも午後9時半に近ければ、終わりが見えない積み重なった仕事から次を探していただろう。
それが日常なのだが、もっと遅い時間であれば、終電に間に合うように、または、間に合ったことに安堵しながら帰り支度をする。
この時間帯。
早くも遅くもない、スポットのように空いたこの時間帯。
それは、隆文をとても不安な気持ちにさせる。
この時間の同僚たちは、「ゲームの続きができる!」「読みかけの小説、今日こそ読破!」「ダーツやりがてら飲みに行こうぜ」……などと、己の楽しみと時間を上手に足し引きする。
そんな声を聞くと、隆文は空いた時間を埋める術を持たない自分に気が付いてしまうのだ。
自分には仕事しかない、と。
趣味が仕事だなんて言うつもりはないし、言いたくもない。
だが、仕事以外に何をしていいのかもわからないし、何もしたくないのだ。
この時間は、隆文が最も苦手とする時間帯だ。
飲みに行く気には到底なれず、会社の戸締りをして隆文は家路に着く。
自分の趣味はなんなのか、何をしている時が楽しいのか、ぼんやりと考えながら。
数年前、隆文は自分のホームページを作ることにハマっていた。
自分の思い通りにページを作れるようになると、もっと凝ったページを作りたくなった。
そして、気付いた。
何かを表現したかったのだが、自分には何も表現することがない。
そう気付いたあの時と同じ気分だと、隆文は成長しない自分を嗤う。
「―――あ!」
思わず口をついて漏れた感嘆符を恥ずかしいと思う暇もなく、隆文は思考の海に沈んでいく。
きっかけはホームページ、HTMLだった。
そこからプログラムということに興味を持った。
キーボード入力だけで、様々なことができることが面白くて仕方がなかった。
様々なプログラミング言語を学んだ。
そして、それは仕事になった。
仕事が趣味なんじゃない。
趣味が、仕事になったんだ。
カチリ、と。
その時、隆文は確かに自分の胸中で外れていたピースがはまる音を聞いた。
自分の生き方や考え方、その他様々なことに、唐突に納得がいったのだ。
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