怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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クローバーの葉四つ

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「お兄さん! 告白のご予定はありませんか!?」

 昼には少し早いが小腹が空いた。店番の時間になった友人と別れ、何か買い食いしようかと散策しているとそんな意味のわからない質問を受けた。

 振り返って質問の主を見る。
 短いポニーテールの一年女子。メガネをかけており左腕には腕章がある。腕章にはなぜか『報道』の文字が書かれている。
 いやまて、そういえば……

「新聞部?」
「はい! 新聞部の寿楽純子、コードネームはJJです」

 新聞部の名はこの学校で有名である。
 犬もお手上げなスクープの匂いを嗅ぎつける力と、猫も驚きな何処にでも入り込む豪胆さを駆使して様々なところでトラブルを引き起こしている。
 その動向は生徒会に逐一報告され、ついには部活動中に腕章をつける事が義務付けられた。
 生徒会と新聞部の戦いは代々続いているらしいが……そこら辺の詳細は知らない。

「……で、なんだって?」
「お兄さん、告白のご予定はありませんか? ありますよね!」
「いや、無いけど」
「ある筈です。ジュジュは見ちゃいましたから、貴方のスマホに四葉のクローバーが付いているのを!」

 JJの読みはジュジュなのか、それはともかくクローバーなんて付いてたか?
 自身のスマホを取り出す。カバーに挟んでいるステッカーの一つは確かに四葉のクローバー型である。
 しかしステッカーの本命はクローバーを持っているエイリアンのキャラクター。弟が好きだった映画のキャラクターである。

「確かにクローバーだけど……コレを告白で渡す人はいないだろ」
「いえいえ、現代人にとってスマホは外部の脳と言っていい程浸透しています。そんな肌身離さず持ち歩くスマホにずっと付けていたステッカー、それを送るなんて……さながらドッグタグの交換のようじゃあ無いですか」

 演技かかった発言の後、寿楽さんは俺の顔を見てオーバーリアクション気味に驚く。

「よく見たら土戸先輩じゃないですか!」
「何故驚く」
「ご自身の知名度をご存知ない!? かの有名な怪奇探偵の助手、所謂ワトソンとして先輩は有名ですよ!」

 初耳である。きっと誇張している。

「はっ! もしかしてそのステッカーは藤宮さんに贈る物だったり!? 」
「違う違う」
「しかし放課後はいつも一緒に帰っているとの噂が」
「腐れ縁、ただの探偵と助手だよ」

 淡々とした返しに寿楽さんはテンションを下げる。

「手慣れてますね。時間も惜しいので今回は退散と致します。お時間取らせてすいません」

 ペコリと頭を下げ、顔を上げた瞬間彼女のテンションが舞い戻る。視線の先は俺の後ろ。
 するりと人混みを抜けて
「そこのお姉さん! もしかして告白のご予定が!?」と言いながら走り去っていった。

 新聞部の噂は聞いていたが、聞いていたよりも激しかった。
 そういえば新聞部はこの文化祭において『一時間に一回新聞更新』にチャレンジしていたはず。
 後夜祭まで含めたら九回の更新になるだろうか、となるとネタ探しがいつもより激しくなるのにも納得がいく。

 下里の相手に慣れておいて本当に良かった。耐性がなければ押し切られて何かしらのネタを提供する事になっただろう。

 相手をしていたら余計に腹が減った、さっさと食事を済ませるとしよう。

 *

 箸巻きを片手に裏門側に出る。校内をソースの匂いに染めるのも気が引けるので人の少ない此処で食事を済ませる事にした。
 メニューはチャーハンおにぎりと箸巻き。
 抗いがたいソースの香りも要因ではあるが、遠くですれ違った下里が箸巻きを美味しそうに食べていたのが決定打となった。


 四葉のオブジェが見える位置でいただきます。やっぱりこれ去年のと違うな、使い捨ててるのか?
 人の少ない所を選んだつもりだったけど流石は文化祭、喧騒からは逃れられない。
 チェーンソーの代わりに看板を持ち歩くジェイソン、何処かから聞こえるコーラス、大声大会の残響、製菓部の訪問販売、オブジェの前で人に迫る新聞部。
 なんかこう……文化祭って感じがする。

 ソースの余韻をお茶で流し、ゴミはゴミ袋に。文化祭中はいたるところにゴミ袋があるから便利である。こまめに回収されてるのか溢れている様子もない。
 時間には少し早いが何処かを回れる程でも無い、店番に向かう事にした。

 オブジェを横切り本校舎へ、文化系部活の殆どは旧校舎に部室を置くが図書準備室を根城とする俺たちは違う。
 本校舎に入ると少しばかり喧騒は収まり、代わりに様々ないい匂いが誘惑を始める。
 決まりがある訳ではないがアトラクションや展示系は旧校舎に固まっており、食べ物などの売り物系は本校舎と正門側の出店に集中している。
 クラスの教室を使う場合は文化祭準備日である前日に設営を開始する事になるが、旧校舎の空き教室を使う場合は一週間前から設営を開始できる。故に準備が大変なアトラクションや大型展示は旧校舎に集中するのだ。
 去年の文化祭ではそこの隙を突き、旧校舎で唯一甘い匂いを漂わせて客を一網打尽にしたチュロス屋があったという。戦略だけの粗悪な物では無く、生地にアールグレイの風味が付いていて美味であったのが驚きだ。
 今年もそれを狙ったクラスが幾つかあるらしいが……最初に飛んだペンギンが一番利益を得るのは世の常である。

 図書室の扉を開けると肘をつきながら片手で文庫本を読んでいるひとねがいた。入ってきた俺を一瞥し、時計を見る。

「交代の時間には少し早いよ」
「どうしようもない微妙な時間が余ってな。どんな感じだ?」
「暇」

 やはり文集の類は不人気か……と思ったが残りの冊数を数えると八冊程減っていた。
 大好評とは言わないが中々じゃないか? 噂の怪奇探偵が所属する部活がミステリ文集を出したというのが箔になったのだろうか。
 しかしこの人数なら暇という感想も間違ってはいない。
 ひとねから札を受け取り、席に着く。立ち上がったひとねはお釣りの缶を机に避け、俺の隣に座って本の続きを読み始める。
 こいつまさか……

「文化祭を此処で過ごす訳じゃないだろうな」
「私をなんだと思ってるんだ」
「いや、だって……」

 俺の言葉は扉が開く音に遮られる。幸先よく客が来たのかと思われたが……

「遅れてませんね先輩、いくよひとねちゃん!」

 言うまでもなくハイテンションの主は下里である。 
 なぜか勝ち誇った顔で「そう言う事だ」と言ったひとねは下里に連れられて席を立つ。

「まずは水上スキーに行こう!」
「それより小腹が空いたから何か……水上スキーって言った?」
「興味ある? あるよね!」
「いや、聞き間違いを疑ったんだけど……」

 二人が出て行き、静寂が訪れる。ひとねも満喫出来そうでなによりだ。

 *

 店番を始めて一時間くらいが経過した。十分ほど前に客が一人来て以来閑古鳥が鳴いている。
 刷ったのは二十冊、半分売れれば良いくらいの想定だったのであと一冊売れれば問題なしだ。気楽にいこう。
 お、扉が開いた、目標達成だな。と本を傍らに置く。

「生徒会長」
「やあ、この前はどうも。一冊いただけるかな」

 本とお釣りと渡すと会長は申し訳なさそうに頭を掻く。

「藤宮さんの店番はいつかな」
「さっきまでそうでした……何かあったんですか?」 
「実は怪盗が現れてね。クローバーのオブジェが無くなったのは知っているかな」
「いえ、初耳です」
「そうか、てっきり下里さんから聞いてると思ったけど」

 確かに下里が食いつきそうな話である。
 しかし下里がその話題を持ち出せばどうしてもひとねに話がいく。ひとねもわざわざ文化祭でまで推理をしたくはない。
 会長がひとねの店番を聞いたのもそういう事だろう。文化祭に探偵業をさせるのは心苦しい、しかし暇な店番中に安楽椅子探偵をするくらいなら……と。
 残念ながら会長の目論見は外れてしまったが、手ぶらで返すのも気が引ける。記憶を探る。

「推理は難しいですけど情報なら、一時間半程前にはオブジェが残っていました。外から見て分かる細工は無かったと思います」
「なるほど、一時間半前ね……オブジェの行く先だけでも文化祭中に探しておきたいな」

 会長はメモを閉じて俺から本を受け取る。

「情報ありがとう。二年三組ではピンセットが奪われたそうだから荷物管理は厳重に、犯行声明があったら生徒会か実行委員まで教えてくれるとありがたい」
「わかりました」

 会長が出て行った後に軽く見回ったが無くなった物も犯行声明も見当たらなかった。
 少し興味はあるが……熱心な新聞部が纏めて記事にしてくれるだろう。









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