怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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クローバーの葉四つ

ショッキングピンクの余韻

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『高校生活が薔薇色ならこの一日はショッキングピンクです!』

 数日前に下里が言った言葉である。
 楽しめた人も、そうでない人でも強く記憶に刻まれる。鮮烈で鮮やかな色濃いピンク。
 その一日とは何か? 一年に一度の祭典。文化祭の事である。
 様々な物語においてメインに据えられる文化祭。しかし今年の文化祭はもう終わりを告げた。
 ショッキングピンクは撤収作業と共に薄れていき、後夜祭を終えて薔薇色へと装いを戻す。
 文化祭が始まる前と同じ薔薇色である筈なのに、何処か薄れてしまったような、熱が下がった後のように学校全体が何処かぼんやりとしている、余韻を残した日々。
 図書部に来客があったのは、そんな放課後の事だった。

「ここが図書部であってるな。すまない、少し時間いいか」

 扉を開けた俺の前に現れたのは文化祭で実行委員長をしていた三年生。確か名前は……

「七道先輩、ですよね」
「む、話した事あったか」
「いえ、文化祭のパンフレットに名前が」
「よくそんなの覚えているな」
「記憶力には自信がありまして」
「それは助かる」
「……?」

 何が助かるのだろうか。思考を巡らす前に森当くんが後ろから声を出した。

「とりあえず中にどうぞ」
「おう、悪いな」

 森当くんは七道先輩を自身が座っていた椅子に座らせ、代わりにパイプ椅子に腰掛けた。
 いつの間に用意したんだろうか、こういうところは流石である。

 七道先輩は森当くんが用意したお茶を「なぜこんなものが部室に……?」といった顔で一口啜り、ひとねに視線を向けた。

「君が探偵というのは本当か?」
「正確には怪奇探偵ですね」

 質問に答えたのは本人ではなく森当くん。

「そこはどうでもいい。ともかく頭が切れるって事だな」

 厄介事の匂いにひとねの眉間に皺がよる。しかし七道先輩の話は続く。

「怪盗クローバーは皆知ってるよな」
「もちろん! 来年はわたしがやりたいと思っています!」

 下里の襲名願望はともかく。その名は多くの人が知っている。
 その名の通り文化祭に突如現れた怪盗である。犯人探しに沢山の人が乗り出し、一つのイベントのようになっていた。
 正体は依然謎のままだが、盗まれた物は返却されたという。

「ズバリご依頼は怪盗クローバーの正体探しですね!」

 キラキラした目の下里に押されながらも七道先輩はかぶりを振る。

「いや、実のところ犯人は見つかっている。後夜祭の片付け中に自首をしてきた」
「なんと! その正体は!?」
「それは勘弁してくれ、オレの友人なんだ」
「……あらら、友を売るよう脅迫は出来ませんね」

 引き下がった下里の代わりに森当くんが前に出る。

「では相談事は何でしょうか? 再発防止の為にトリックを暴くとかですか?」
「いや、オレが知りたいのは動機だ。なぜ友人が怪盗クローバーになったのか」
「当人は黙認しているのですか?」
「先生を交えた質問には「文化祭を盛り上げる愉快犯」と答えていた。だがソイツはそういう事をするやつじゃないんだ」
「つまり真犯人がいるという事ですね!」

 またもや目を輝かせて前に躍り出てきた下里の発言を七道先輩は否定する。

「そう言う訳でもない、ソイツが怪盗クローバーで間違いないだろう。犯人しか知り得ない情報を知っていたし、気は弱いが犯人偽装に加担させられるほどでは無い」

 七道先輩は背もたれから背を離し、改めて依頼を口にする。

「だからソイツが怪盗になった本当の動機が知りたい」
「なるほど。犯人探しではなくあくまで動機探しと……いかがでしょう藤宮探偵」

 森当くんの誘導で皆の視線はひとねに向く。

「もちろん礼ならする。確か甘味だったか」
「いや、その話は後にしよう」

 ようやくひとねが口を開いた。情報が出揃うまで動かないのはいつもの事だが、今回はどうも大人しい。

「何か懸念でもあるのか」
「そうだね。私は専門家じゃないけれど、今回の事件は専門外と言っていい」
「確かに怪奇現象は絡んでなさそうだけど……そんなのは今までもあっただろ」
「でもそれは犯人や物探しだろう? 明確な、不変的な答えがある物だった。しかし今回は違う」
「まあ……確かに」

 動機なんてのは人それぞれだ。何処まで推理を重ねても答えにはならず、推測止まりなってしまう。

「もちろん明確な答えは求めてない、オレも色々考えたが親友としての色眼鏡が外せない、多角的視点ってやつが欲しいんだ」

 ひとねは茶を一口飲む。その視線は七道先輩ではなく俺たちに向けられていた。

「今回の事件は人の心が大きく絡む。正直言って私はそこら辺に疎い、推理や推測の面では力になれるが最後の詰めは君たちに頼む事になるだろう」

 コップから落ちた水滴をこちらに飛ばし、ひとねは下里を指す。

「だから、受けるかどうかは下里さんに任せるよ」
「お受けしましょう!」

 即答である。

「恩にきる」
「くだりちゃんにお任せあれ!です。……で、何から始めましょう」
「とりあえずは事件……いや、文化祭全体の事を思いだそう」

 *

 七道先輩は「進展があれば連絡をしてくれ、催促はしない」と俺に連絡先を教えて帰っていった。

 森当くんが書記としてホワイトボードの横に立つ。物をまとめるのは大抵下里がやるのだが、文化祭を一番堪能していたのは下里。つまり一番多く情報をもっているのは彼女なのである。
 とりあえずは怪盗クローバーのおさらいだ。

「怪盗クローバーが現れたのは昼すぎだったかな?」
「うん、最初に奪われたのは裏門のオブジェだったよね」

 文化祭中の出入り口、一般受付は裏門に設置されている。登下校時間を除いて正門は閉ざされており、周辺は模擬店スペースに置き換わる。
 裏門から入り、簡易テントの下で受付をすませて入場、すぐに校内には入れず広いスペース、いわゆる中庭だろうか? そこを歩く事となる。
 両端には各出し物の立て看板が置かれており、客引きも盛んである。
 少し歩けば通路が見える。本校舎と旧校舎を繋ぐものであり、これが校舎への入り口となる。
 その入り口の手前、そこにオブジェはある。
 木を塗装した台の上に文化祭の象徴である四葉のクローバーが置かれている。台には『←旧校舎 本校舎→』と案内が書かれていた。

 ここまで確認した所でひとねが口を開いた。

「そういえば文化祭には四葉が多かった気がするね。何か意味でも?」
「文化祭のクローバー、それは永遠なる愛の証! 文化祭中にクローバー型の物を渡して想いを伝えよう! ってやつだね」
「そういうのは大体ハートのイメージだけれど……」
「クローバーはハート型だよ。四葉ならぬ四つハートのクローバー!」
「確か学校設立当時のエピソードが元になっているとか。もちろん恋愛譚でしたね」

 話しますか? と言いたげな森当くんにひとねはジェスチャーで拒否をした。

「盗まれたオブジェはどういう物だったかな、材質とか」
「写真あるよー!」

 下里が出したスマホを覗く。
 木の板をネジで繋ぎ合わせた四つの葉をこれまたネジで繋げている。見た目は綺麗だが、よく見るとところどころ隙間があったりささくれたりしている。
 そういえば去年はネジじゃなくてクギだったよな……毎年作り直しているのだろうか? 廃棄するモノなら盗む側も少しは気が楽だろう。
 一つの葉のサイズは手のひらほど、それが四つだから隠し持つのは難しいが重くは無さそうだ。カバンでもあればいけるか。
 台とオブジェは結束バンドで繋げられている。風に煽られる事はないが、外そうと思えばすぐに外れるだろう。
 盗まれたのはもちろんオブジェ部分のみ、台だけが寂しく残っていたという。

「オブジェが盗まれた時、少し騒ぎになっていたそうだね」
「うん、わたしも見た。その時は盗まれたってより無くなったって騒ぎだったけど」
「犯行声明が見つかって無かったのか」

 下里の返事を待たずにひとねが反応する。

「犯行声明? 怪盗クローバーはそんな物を置いていたのかい?」
「うん、怪盗なら予告状を出して欲しいところだよね」

 下里のこだわりはともかく、犯行声明はあったはずだ。実際に見てはいないが各所で話が出ていた。

「犯行声明でしたら僕が写真を撮っています。二つ目ですけれど」
「ジエーくん怪盗クローバー探しをしてたの?」
「いえ、新聞部の友人に撮影を頼まれまして」

 図書部の会話グループに森当くんからの写真が送られてきた。

『クローバーのマグネットは頂いた。文化祭後に返却する  怪盗クローバー』

 手帳サイズの厚紙に直接ボールペンで書いた感じだ。少しガタガタしているのは筆跡隠しだろうか? 何処かに落としたのかインクにゴミがついている。

「犯行声明は全部これと同じ書式だったのかい?」
「少なくとも三枚目はこれと同じでしたね、他はわかりかねます」
「俺は見てないな」
「私は見ましたけどそこまでよく見て無かったです」
「……まあ、同じと見ていいだろう。一枚目は『クローバーのオブジェは頂いた』というところだろうね」
「まってひとねちゃん、オブジェの時は犯行声明が出てないよ」
「そうなのかい?」
「少なくともわたしが犯行声明について聞いたのは二つ目からだよ、それまで怪盗の噂なんて広まって無かった」
「ふむ……気にはなるけれど流れの把握が先だ。これは一度疑問として置いておこうか」

 ひとねの視線を受け、森当くんがホワイトボードに書き込んだ。

『何故、オブジェの時に犯行声明が無かったのか』

 *

「さっきの話からすると怪盗クローバーの名が広まったのは二つ目の犯行からのようだね」
「怪盗クローバーの名を広めたのは新聞部ですね。一つ目と二つ目の間に記事が出ました。それまでは……」
「名前無しで怪盗とか泥棒とか呼ばれてたよ。オブジェの件は噂になってた」
「確か盗んだ物は全部で四つだったね。残りは……」
「二つ目がピンセット、三つ目がマグネット、四つ目がドライバーだったかと。全てクローバーの印が付いていました。いずれも犯行を見た者はおらず、犯行声明にて怪盗の到来を知ったようです」
「改めて見ると大工さんみたいなラインナップだね」
「少ないクローバーの印がある物を選んだ結果か……?」

 それは違う。文化祭の準備から逃げていたひとねは知らないだろうが……

「文化祭準備にあたって実行委員から貸し出された物は区別の為にクローバーの印がつけられているんだ。判子だったりシールだったりな。確か消耗品には無かったと思うが」
「クローバーを狙ったのは話題性か、それとも別に意味を込めてるか……これも後に回そう」

 森当くんが二行目を追加する。
『何故、クローバーの物を盗んだか』

 *

「最後のドライバーを盗んだ後、怪盗クローバーの動きは?」
「特に聞いていませんね。次に現れたのは文化祭終了後でしょう」

 これは周知の通り。後夜祭も終わった撤収作業中、実行委員に盗んだ物一式を持った犯人が現れたという。
 先生を交えた質問にもただ一つ「文化祭を盛り上げる為」そう答えたという。

「その動機が怪しいんだったね、一応書いておこう」

 三行目が加えられる。
『何故、怪盗クローバーとなったか』

 怪盗クローバーのおさらいは出来ただろう。全員がホワイトボードに注目する。
 大雑把に抽出した論点、怪盗クローバーに対する疑問は三つ。

『何故、オブジェの時に犯行声明が無かったのか』
『何故、クローバーの物を盗んだか』
『何故、怪盗クローバーとなったか』

「じゃあ上から順に考察を……と、言いたいところだけど」

 ひとねが言葉を切って数秒後。部活動終了のチャイムが校内に響いた。

「今日はここまで、また来週だ。下里さん、簡単でいいから文化祭で見聞きした事、出来事を思い出しておいて欲しい」
「りょーかーい!」

 ひとねは元気よく敬礼する下里から俺に視線を切り替えた。

「情報は下里さんの方が多いけど信憑性は君の方が上だ。君も思い出しておいてくれ」
















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