怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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幕間・6

遠回りした推理・前編

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 記憶には自信がある。忘れようと思った事も頭の奥底には残っているくらいに。
 だから文集のテーマが『怪奇探偵』になった時、苦労はしないだろうと楽観していた。全て覚えているのだ、それを文章にするだけ、と。
 俺が選んだのはひとねと出会って少しした頃に体験した電車の怪奇現象だ。全ての記憶を持っていようとひとねの内心までは分からない、だから俺が動き考えた事件が書きやすいと考えた。
 タイトルは『眠る電車旅』最初は滑るように筆が進んでいた。中盤まで行ったところで誤字がないか見返した時、俺は楽観を捨てた。
 記憶を語るのと文字に起こすのは随分と違う物だった。各文の最後が『た』で終わってしまってるとか、誰のセリフかわかりずらいとか、文字にするとそういうところがが浮き彫りになってしまうのだ。 
 あとなんだか味気ない。いい感じに脚色できればいいのだろうけど俺にその才は無かったようだ。
 下里は才能に満ち溢れていた。彼女が選んだのは自身が依頼者である『件』の話。盛り上がりに特化した脚色で件はおどろおどろしい描写にされ、解決の一歩手前では動き出して探偵達に襲い掛かっていた。
 ご教授願おうかとも考えたが、あれは脚色というか創作に近い。創作の才は教えられてすぐモノにできないだろう。

 そんなわけで俺は一人部室でペンを回していた。原稿用にと買ったボールペンのインクは隙間なく埋まっている。
 今日の六限目は体育だった。その影響もあって眠い。いっそのこと仮眠しようか。
 一番いいのは何か刺激になるような事が舞い込んでくれば……
「耳寄り情報です!」
 勢いよく開いた扉が下里の言葉を追いかけるように音を鳴らした。
 下里は俺の方を見て口に手を当てる。
「ごめんなさい、寝てました?」
「いや、ギリ寝てない。眠気覚ましに良さそうだ」
 俺が先を促すと下里は「ふふん」と音が鳴りそうな得意気な顔になる。
「先輩は文化祭審査の仕組みをご存知ですか」
「ああ、なんとなくだけどな」
 各部活の年間予算は年度初めの予算会議によって決められる。
 運動系の部活であればその実績に応じる形になる為分かりやすい。文化系も部活によっては大会があり、それが基準となるだろう。
 しかしそうでない部活もある。そういう部活の予算を決めるときに使われる要素の一つが文化祭だ。
 やはり金が絡むと人は慎重になる。細かいことは知らないが偏りを防ぐ為、文化祭審査の際には生徒会外から選ばれた審査委員が発足される。
 部活に入って無かったとはいえ去年を経験済みの俺は下里の言いたいことが分かってしまった。
「審査員の名前が分かったか」
「え、知ってたんですか」
「いや、知らん」
「…………?」
 少しばかり情報は早いが毎年審査員の名前は何処からか漏れてしまう。
 生徒会に呼ばれていたとか、資料を持っていたとか、そういうところから推測を重ねられてバレるそうだ。
 そう考えると今の時期だけはこの学校にひとね以外の探偵が発生していると……言えなくもない。
 ともかく文化祭審査委員は毎年バレる。しかし……
「審査員は三人か四人、人はバレても担当区域がバレた試しはない。賄賂を贈るにしても四人分だと割に合わないだろう」
 担当区域は直前に生徒会長から伝えられるらしい。生徒会長を尋問でもしない限り情報は出てこないだろう。
「……ふっふっふ」
 審査員の名前はそのうち知れ渡ると聞いた時、下里は心底残念そうな顔をしていたが担当区域の話をすると悪い笑みを浮かべて悪役のように笑った。
「今年の情報は一味違いますとも、担当区域までバッチリです」
「……まじ?」
 それはいけない。媚を売るにせよ賄賂を贈るにせよ一人に対してならば採算が取れてしまう。その賄賂によってその人が動く可能性は低いだろうが、そういう事が出来てしまうのが問題だ。
 良い方向であれ悪い方向であれ、正しい審査は行われないだろう。
「確かな情報なのか?」
「それは流石に生徒会長本人に聞いてみないと分からないです。でもわたしが知るまでに幾重もの人による精査がかけられている筈です」
 多重確認による信憑性。一理ある……のか?
「で、賄賂でも贈るつもりか?」
「いえ」
 下里は拳を上げ、宣言する。
「文集をその人の好みに少しばかり寄せます!」
「…………」
 ピュアか下里、純粋無垢なのか下里。

 *

「で、誰が何処なんだ?」
「えっとですね」
 下里は表彰状のようにスマホを持ち、表彰式のように声を出す。
「一階・小山内隆也
    二階・屋久杉智野
    三階・大山源太です!」
  
 スマホの画面をスライド。
「それぞれの階にある部活は……」
「もう見せてくれ」
「はーい」
 送られてきた画像を見る。主たる大会系のある吹奏楽部などは物は省略されているようだ。
『一階・茶道部、図書部、美術部、製菓研
     二階・料理部、文芸部、クイズ研
     三階・手芸部、天文部、古典部、占い研』
 俺の記憶、一年前と変わりはなさそうだ。
 さて、俺たち図書部の担当は小山内隆也。同学年の男子である。話したことは殆ど無い。
「お前は小山内くんの好み知ってるのか?」
「いえ」
「じゃあどうやって好みに合わせるんだよ。まさか今から調べるとか言わないだろうな」
「…………」
 下里はポカンと口を開いて少し呆けた後、スマホをポケットに戻して座り、中央に置いてあった一口煎餅に手を伸ばした。
「先輩、文集の進み具合はどうです」
「好みに合わせよう計画は頓挫したのか」
「何の話です?」
 シラを切りやがって……まあいい、目は覚めた。原稿執筆に勤しむとしよう。

 原稿にする該当事件を頭の中で検索してペンを取ったところでノック音。
「どぞー」
 下里が許可を出すと扉が開く。名前は記憶の底だが肩書きは検索するまでも無い校内の有名人が入ってきた。
 背筋はまっすぐ、全体から溢れ出る爽やかさ、そして襟には大きなバッジ。
「どうも。文集作りで忙しい中悪いね」
 生徒会長である。
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