怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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世界・仮説

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 がらんどうな廊下を抜け、俺たちがいるのはおなじみ図書司書室。
「ふうん」
 起こっている怪奇現象を説明するとひとねはペンを置き、ノートを閉じた。
 どうやら勉強していたらしい、チラッと見たが全くわかんなかった。学年は下の筈なのに学年首位怖い……
「なぜ怪奇現象だとわかった?」
「消去法、ほら」
 怪奇現象の検索結果を表示してスマホを渡す。ひとねはあまり目を通す事なくそれを返してくる。
「その検索結果の中に該当するのは一つかもしれない。でも私は確定だとは思わない」
「此処に載っていない怪奇現象もあるとは思います。しかし藤宮探偵……失礼、しかし藤宮さん、それは元も子もなくなりませんか?」
「ああ、私はそんな事は言わない。君たちが考えているよりも根本的な事を言っている」
 机の中央に置かれたミニ羊羹の包装を縦に裂いてひとねは続ける。
「そもそも忘れられる怪奇現象じゃない可能性があるって事だよ。例えば君たちの記憶こそ作られた物である、とか」
「そりゃあ難しいだろ」
「いえ健斗先輩、それを否定する事は出来ません。ラッセルによる世界五分前仮説と同じです」
 森当くんの言葉を元に記憶を探る。
「なるほど。確かに否定できないな、肯定も出来ないけど」
「ちょっとストップ! わたしその世界五分どうたらってわかんないんだけど」
 解答は発端たる森当くんに委ねられる。
「世界五分前仮説。ラッセルの思考実験の一つで、この世界を含めたあらゆる物が五分前に誕生したという事を確実に、論理的に否定する事は出来ないというものです」
「でもでも、わたし五分より前の記憶あるよ」
「それこそ正に藤宮さんが言ったことですね。例えばその五分前の記憶すらも作られていた物だとしたら?」
「むむむ……?」
 あまり納得はしていないようだけど……とりあえず先に進めよう
「仮に俺と森当の記憶が作られた物だとして、それを確かめるのはどうするんだよ」
「記憶と普遍的な現実に齟齬があれば確実だろう」
「普遍的な現実?」
「私たちに君たちの記憶が無いというのは齟齬だけど、どちらが間違ってるかはわからない。記憶操作を前提としているなら私たちの記憶もまた変わるかもしれない物だ。
 だが変わらない物もある。君たちの記憶に四十年続く老舗があったとして、現実にそれが無ければ、あった痕跡すら無ければそれは普遍的な齟齬と言えるだろう」
「ひとねちゃん、それも怪奇現象の一部かもしれないんじゃない?」
「そこまで多方面に影響を及ぼす怪奇現象は少ない、もしそんな物だとしたら私たちがどうこうできる物ではないからね。怪奇現象の解明では無く解決を目標としている以上それを成し得ない可能性は説として考え無い方がいいだろう」
 ひと段落ついたこのタイミングで森当くんが羊羹に手を伸ばす。上のギザギザを使わずポテトチップスの袋のような開け方をして包装をくるんと裏返して羊羹を外にだす。
「そもそも怪奇現象に出会ったのは僕たちではないという可能性もありますね」
「どういう事だ?」
「僕たちが検索したのは『周りの人から自分を忘れられる』怪奇現象です。藤宮さんが提唱したのは『偽の記憶を植え付けられる』怪奇現象。それに加えてもう一つ『周りの人を忘れてしまう』怪奇現象の可能性もあります」
 忘れられるでは無く忘れてしまう。と、言う事は……
「なるほど! わたしとひとねちゃんがそういう怪奇現象に遭っているかもって事だね」
「はい、その通りです。これもまたさっき藤宮さんが言った齟齬を探す事で証明になるでしょう」
「じゃあとりあえずは齟齬探しか。どうやる?」
「そうだね」
 閉じていたひとねのノートが開かれる。さっきの続きではなく最後のページである。
「とりあえずは記憶の擦り合わせといこう。君たちが知る私たちを教えてくれ」
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