怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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幕間5

愚者の推理劇・前編

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 綺麗に並んだ大根を一つ取る。値段も含め中々良いのでカゴに入れる。
「……ん?」
 カゴの中には覚えが無い甘味、みたらし団子が入っていた。
 俺はそれを持ち上げ、横を見る。
「いつ入れた」
「何の話だい?」
 犯人たる女子高生、藤宮ひとねは素知らぬ顔をして続ける。
「無意識に入れたのだとしたら君の内なる欲求なのだろう。我慢は身体に毒だ、買っておきたまえ」
「甘い物の食べすぎは身体に毒だな、やめておこう」
「言うようになったじゃないか」
 そうは言いながらも団子はカゴに残留していた。まあ、これくらいなら……
「次はないぞ」
「分かった、今日はカゴに入っている物だけだ」
「…………」
 違和感を感じたのでカゴを探る。肉の下にチョコレート。
 やられた、物の下に置いても大丈夫なやつは大体ストックがあるから買わないと思っていた。まさか新発売の味があるとは……
 読み合いに負けた以上文句を言うのは見苦しい。これからは気をつけておこう。

 さて、おふざけはここまでにして今回のメインは何と言っても安売りトイレットペーパーだ。
 ティッシュとかトイレットペーパーはいくらあっても良い。安い時にまとめ買いするが吉だが……もちろん一人一つの制限付きだ。今回はひとねが居てよかった。
 放課後、週に一度の買い出し。帰り道にあるとはいえ少しばかりの回り道、つい最近までひとねはついて来なかった。
 しかし今は違う。事の発端は二ヶ月ほど前、あまりの安さに目が眩み椎茸を大量購入してしまったのだ。
 もちろん一人で消費しきれる訳もなく、俺は仕方なくひとねの方の料理にもこっそり椎茸を混ぜることにした。
 これの何が問題か、ひとねはキノコ類を好まない。ぐにょぐにょした食感が嫌らしい。
 後は単純な話。俺がキノコを買わないよう監視する為ひとねは週一の買物について来ていると言う訳だ。そんなに嫌か。

 *

「おや、ケント。もしかして隣のは彼女かい?」
 俺だけ両手に荷物を持って二人で帰ろうとすると後ろから声をかけられた。
 声の主は近くの商店街で何でも屋をしている三人組の一人である田那真花(でんな しんか)さん。名前の方の読み方を変えてあだ名は……
「彼女とかそういうんじゃないですよ、マッカさん」
「なんだ、違うのかい」
 面白くなさそうに呟いたマッカさんを見て思い出す。
「この前ありがとうございました」
「ああ、季節外れだけど良いモノだろう?」
「はい。勿体無くて少しずつ、もう無くなりそうですけど」
「まだ食べきってなかったのかい、保管方法はちゃんとしてるんだろうね」
「もちろんです」
「ならまだまだ大丈夫だけど念のため早く食べるんだよ、両端が一番美味しいのに味が落ちてたら勿体ないからね」
「そうします」
 マッカさんは手持ち無沙汰になりチョコレートを齧っていたひとねに目を向ける。
 ひとねに対しては何も言わず、そのまま視線が俺に戻る。
 長いながらもしっかりとした足を動かし、数歩近づいて来て内緒話。
「なかなか可愛い子じゃないか、逃すんじゃないよ」
 いやいや、だから……
「そんなんじゃ無いですって」

 マッカさんとの世間話が終わって数分後、ひとねが切り出す。
「相変わらず君は人当たりがいいね」
「まあな」
 俺自身の事を話したあの日以降ひとねは俺の事をお人好しと呼ばなくなった。そこまで気にしていた訳じゃないんだけど、好意はいただいておく。
「前に何か貰っていたようだけど、何を貰ったんだい?」
 探偵ゆえの勘か、それともひとね自身の嗅覚か。聞かれる事は想定内なのでとりあえず答える。
「ハムだよ、お歳暮とかでよくあるアレ」
「ふうん」
「……食べるか?」
「いや、甘味じゃないならいらない」
 だろうな。という気持ちは声には出さない。ともかくコレで話題は終わりである。

 *

「そうだ」
 家も近くなったというところでひとねが声を上げた。ひとねは小さくため息をついて回れ右。
「どうした?」
「買い物があったのを忘れていた、先に帰っていてくれ」
「荷物持ちくらいするぞ」
「へえ?」
 ひとねは口の端をあげる。
「買いに行くのは下着なのだけれど?」
「……すいません」
 流石にそれは無理、本当に。
 大人しくなった俺が面白かったのかひとねは少し上機嫌で反対方向に向かった。

 *

 買ったものを適切な場所に収納した俺は台所に立っていた。
 ひとねの食事は俺が作っているがいつも一緒に食べるわけではない。俺もひとねも一人の時間をそこそこ好むタイプだ。
 なので日曜日に一週間分のおかずを作って渡しているのだ。たまにひとねの要望を聞き、保存が難しい物だったりしたら一緒に食べる事はある。
 普段は土曜日に纏めて作るのだが明日は散髪などの雑用を済ませたい。
「最近魚食ってなかったな」
 日持ちしない物は週の前半に……とかいろんな事を頭の中で再確認しながら俺は調理を始めた。

 スピーカーから鳴るお気に入りの歌に合わせてトントンと小気味いいリズムで人参に向けてナイフを下ろす。
 大根、ごぼうとしばらく続いたそのリズムはチャイムの音によって止められた。
「……?」
 ネット通販は頼んでない。何かの勧誘だろうか、だとしたらすぐに帰ってもらおう。
 そんな俺の予想は大いに外れた。インターホン画面に映っていたのは背が低く顔の小さい少女。服はいつものラフな普段着。
「鍵でも無くしたか?」
「とりあえず開きたまえよ」
 嫌な予感がする。勧誘よりも開きたく無い。
「開きまたえよ」
「……はい」

 一時期よりは短いがそれでも長いポニーテールを揺らし、大きいはずなのに鋭い印象を与える目で彼女……ひとねは入るなり俺に一言。
「今日は鍋にしよう」
「……なんだって?」
「鍋だよ鍋。つゆも幾つか買ってきた、もちろん辛いのは無しだけどね」
 見るとひとねの右手にはビニール袋、差し出されたので受け取る。
 中身は申告の通り入れるだけでいい鍋つゆが複数種。半額シールの貼られた豚バラと半分カットの白菜、そして紅茶パック。
「……下着を買いにいったんじゃなかったのか」
「それは買ったとも。入れといて欲しかったのかい?」
「ばか言うな、俺が言いたいのはなんでコレを持って来たのかって事だ」
「言っただろう? 食べたくなったんだよ」
「自分で作れるだろ、入れるだけの簡単なやつだ」
 ひとねは「やれやれ」と言う言葉が混じったため息をつく。
「鍋と大きなカステラを一人で食べるのはとても虚しい事だからね」
「そうかよ」
 恐らく即興で作った。或いは小説か何かで読んだか……しかし、だ
「今日のおかずは渡してあるだろ。また今度にしよう」
 ひとねはテーブルに置かれたビニール袋に手を突っ込み、豚バラ肉のパックを捕まえた。
「半額シール付きだ。つまりは消費期限が近いという事だね」
「このまま冷凍しておけば……おい」
 冷凍と言うくらいのタイミングでひとねが豚バラの包装を剥がした。
「君がやらないというのなら私がやってもいい、鍋はどこかな」
 ひとねがやると恐らく乱雑に入れられる。どうせならミルフィーユ式にしたい。
「……わかった、やるよ」
「ならば私は調味料を用意しておこう」
「いい、お前は座ってろ」

 *

「…………」
 豚バラと白菜のミルフィーユ鍋を二人で堪能し、俺は洗い物をしている。時間は二十時を少し過ぎたくらいだ。
「……うむ」
 やはりおかしい。
 ひとねがわざわざ引き返してまで買い物をした事も、少しばかり積極的に動こうとした事も。そして何より未だ帰らないことが、おかしい。
『エネルギー補給の為に食事をしているのに直ぐ動くのは矛盾している』そんな訳の分からない持論を振りかざすひとねは俺の家で食事をした後、いつも少しダラダラしてから自分の家へと帰る。
 帰るタイミングには法則があり、見ている番組が終わった時なのだ。
 前述の通り今は二十時過ぎ、番組も一区切りついた筈なのだが……帰らない。
 以上のおかしい行動、もちろんソレには意味があるはずだ。
 スポンジを数回握り泡を出しながら俺は考える。ひとねの目的はなんだろうか?
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