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幕間3
友との距離の楽観
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終礼恒例、担任の長話を聞き流しながら窓の外を見る。終礼の早いクラスとの差は大きいようで、外では演劇部が舞踏派シンデレラという奇妙奇天烈な劇の練習をしていた。
ドレスのまま繰り出された回し蹴りが魔女を捉え、後ろに吹き飛ぶと同時に顔がカボチャに変わる。どんな脚本だ。
訳のわからなさが意外と楽しく、担任の話はいつのまにか終わっていた。
放課と共に席を立つ。歳の違うクラスメイトの殆どは友人と雑談を交わしているが、私は迷わず教室を出る。
向かう先はいつもの部室。途中見知った顔を見つけた。
彼女の周りにはいつものように数人の女子生徒、見るたびに違うメンツなのだから驚きだ。
あの中に入っていくほどの勇気はない。どうせ部室で会うのだからと横切ると同時に大きな目が私を捉えた。
「あ、ひとねちゃん!」
「……ああ、下里さん」
「今から部室?」
「そうだよ」
下里さんは女子生徒に手を振って私の隣に来る。
「じゃあ一緒にいこ」
「ああ」
*
部室に辿り着く数分の間だけでも下里さんは沢山の人に声をかけられていた。同級生はもちろん上級生から先生、果ては用務員まで……素直に感心する。
部室に着きいつものように茶を飲み、菓子を摘む。今日は特に図書部としての仕事はない。
「そういえば先輩は?」
「今日は買物があるから帰るといっていた」
「そっかー」
少しの沈黙。読んでいる小説がクライマックスに入る前に本を閉じる。
「下里さんは友人がとても多いよね」
「そうかな? いや、そうかも」
「実の所私は未だクラスにも馴染めていないんだ。どうすれば下里さんのようにできるかな」
「んー」
下里さんは口に手を当て首をコテンと傾ける。
「月並みなセリフかもだけど、無理に馴染む必要は無いんじゃないかな。もちろん一日の大半を過ごす場所だからソレに越した事は無いんだけど……」
言葉は最後まで続かなかった。ドアをノックする音がソレを遮ったのだ。
下里さんがドアの方に向かう。勢いよく後ろにいった椅子がカタカタと音を鳴らし、倒れず踏みとどまった。
「誰ですかー?」
「あ、あの。怪奇探偵というのは……こちらでいいんでしょうか」
「はいはーい」
ドアを開けると小さな女子生徒が立っていた。学年章は一年生のものだ。
「こちら怪奇探偵事務所になりまーす。どぞどぞ」
下里に促され、女子生徒は椅子に座る。
「一年……渡辺愛、です」
「わたしは下里くだり、こっちか怪奇探偵のひとねちゃん」
「お、お願いします」
出されたお茶を小さい口で喉に運び、彼女は私に目を向ける。
「聞くまでもないが一応確認だ。怪奇現象にあったんだね?」
「は、はい。チラシを見て……」
「なら色々と説明は要らないね。早速だけど話をしてもらおうか」
*
「私のせいなんです。私が願ったから……」
渡辺さんは自分を責めるような口調で始めた。
「ユーコという友達がいるんです、中学の頃からの友達です。いつも二人でいる親友です」
「その子に何かあったの?」
渡辺さんはかぶりをふる。
「いえ、被害にあったのはもう一人。高校に来てから出来た友達の子衣さんです。私のせいで子衣さんが友達じゃなくなったんです」
「友達じゃなくなった?」
下里さんの質問に待ったをかける。
「このまま聞き出していくのはややこしい、時系列順に話してもらえるかな」
「は、はい」
少し涙目になりながら渡辺さんは口を開く。
「昨日の放課後です。宿題を忘れてやり直してたので教室には私一人しかいませんでした。
はい、最終下校時間の少し前です。
宿題を終わらせて先生に持っていこうとした時、教室のドアの前に黒いローブの人型が立っていました。
中身はわかりません。とりあえず人の顔っぽくは無かったです、楕円のような何かは見えましたけど。
ともかくその人型が言葉を発したんです。
『縁を切りたい者はいないか?』と
その時思わず子衣さんの名前を出してしまったんです。そしたら理由を聞かれて……」
ここで言葉を切って冷えた茶をすする。
「愛ちゃんはどうして子衣さんと縁を切りたかったの?」
「その、わたしとユーコは昔から漫画を描いているんです。みんなには知らせずこっそりです。でもこの前子衣さんに見つかって……」
「いいふらされた?」
「いえ、そんな事はしません。ただ私たちの漫画を褒めた後、演劇に使わせてくれって言ってきたんです」
「それが嫌だったんだね」
「はい、演劇と漫画は違いますし……何度か断ったんですけど……最後にはユーコと言い争いになって」
「それをそのローブに言った訳だ」
「はい、そうしたら翌日……今日ですね。子衣さんが話してくれなく……無視ではないんですけど他人と、ただのクラスメイトと話すようになってしまって……」
「……ふうん」
念のためアプリを起動して該当する怪奇現象を探す。が、何も出てこなかった。
「……ひとねちゃん」
その画面を見ていた下里さんも気づいたようだ。
そう、コレは怪奇現象なんかじゃない。謎にもならない単純な話だ。
ローブの人は子衣さん。言い争いの後、自分の行いを反省したか……それか子衣さん自身が縁を切りたかったか。それを面と向かって言うのは気まずいから怪奇現象に寄せた訳だ。
なぜか怪奇現象蔓延るこの学校だからこそ出来た手法だろう。
さて、問題はコレをどう伝えるか。そのまま伝えるのは簡単だが余計な争いを生みかねない。
「ね、渡辺ちゃん。子衣さんとはどうなりたいの?」
「それは……その」
友人に戻りたいというわけでは無いらしい。それを察した下里さんが優しい口調になる。
「そのままでいいんじゃないかな」
「え、でも……」
戸惑う素振りを見せながらも瞳の奥にはどこか安渡が見える。
「その怪奇現象によって何かが起きる事は無い。ただ縁が切れただけ、それだけの話。放っておいても問題ないよ」
「……本当ですか?」
「本当さ、縁をまた結びたいというなら……ま、頑張りたまえ」
*
渡辺さんは何も言わず、頭だけを下げて帰っていった。
食器を片付け終わった下里さんが座ったのを確認する。
「……意外だった」
「何が?」
「下里さんなら復縁を進めるかと思っていた」
「なんで?」
「友達が多いというのはソレを良いものと思っているのだろう? それを簡単に手放すべきではないと言うかと」
「それはないかな。だって最初に無理したらずっと無理しなきゃだから」
お茶で喉を潤し、彼女は続ける。
「わたしは合う人が多いだけって話。それでも気にするなら……くだり式会話術を教えるけど」
「いや、遠慮しておく」
『無理に作る必要はない。むしろ無理に作るとずっと無理する事になる』
恐らく彼女にとってなんて事のない言葉なのだろうが何となく心が軽くなった。
「……ありがとう」
「ん? なんかいった?」
「いや、なんでもない」
思えばいつのまにか彼女という友人が出来ていた。どうも私は難しく考えすぎるきらいがある。
今日くらいは少しばかり楽観的に……
「ま、なんとかなるさ」
ドレスのまま繰り出された回し蹴りが魔女を捉え、後ろに吹き飛ぶと同時に顔がカボチャに変わる。どんな脚本だ。
訳のわからなさが意外と楽しく、担任の話はいつのまにか終わっていた。
放課と共に席を立つ。歳の違うクラスメイトの殆どは友人と雑談を交わしているが、私は迷わず教室を出る。
向かう先はいつもの部室。途中見知った顔を見つけた。
彼女の周りにはいつものように数人の女子生徒、見るたびに違うメンツなのだから驚きだ。
あの中に入っていくほどの勇気はない。どうせ部室で会うのだからと横切ると同時に大きな目が私を捉えた。
「あ、ひとねちゃん!」
「……ああ、下里さん」
「今から部室?」
「そうだよ」
下里さんは女子生徒に手を振って私の隣に来る。
「じゃあ一緒にいこ」
「ああ」
*
部室に辿り着く数分の間だけでも下里さんは沢山の人に声をかけられていた。同級生はもちろん上級生から先生、果ては用務員まで……素直に感心する。
部室に着きいつものように茶を飲み、菓子を摘む。今日は特に図書部としての仕事はない。
「そういえば先輩は?」
「今日は買物があるから帰るといっていた」
「そっかー」
少しの沈黙。読んでいる小説がクライマックスに入る前に本を閉じる。
「下里さんは友人がとても多いよね」
「そうかな? いや、そうかも」
「実の所私は未だクラスにも馴染めていないんだ。どうすれば下里さんのようにできるかな」
「んー」
下里さんは口に手を当て首をコテンと傾ける。
「月並みなセリフかもだけど、無理に馴染む必要は無いんじゃないかな。もちろん一日の大半を過ごす場所だからソレに越した事は無いんだけど……」
言葉は最後まで続かなかった。ドアをノックする音がソレを遮ったのだ。
下里さんがドアの方に向かう。勢いよく後ろにいった椅子がカタカタと音を鳴らし、倒れず踏みとどまった。
「誰ですかー?」
「あ、あの。怪奇探偵というのは……こちらでいいんでしょうか」
「はいはーい」
ドアを開けると小さな女子生徒が立っていた。学年章は一年生のものだ。
「こちら怪奇探偵事務所になりまーす。どぞどぞ」
下里に促され、女子生徒は椅子に座る。
「一年……渡辺愛、です」
「わたしは下里くだり、こっちか怪奇探偵のひとねちゃん」
「お、お願いします」
出されたお茶を小さい口で喉に運び、彼女は私に目を向ける。
「聞くまでもないが一応確認だ。怪奇現象にあったんだね?」
「は、はい。チラシを見て……」
「なら色々と説明は要らないね。早速だけど話をしてもらおうか」
*
「私のせいなんです。私が願ったから……」
渡辺さんは自分を責めるような口調で始めた。
「ユーコという友達がいるんです、中学の頃からの友達です。いつも二人でいる親友です」
「その子に何かあったの?」
渡辺さんはかぶりをふる。
「いえ、被害にあったのはもう一人。高校に来てから出来た友達の子衣さんです。私のせいで子衣さんが友達じゃなくなったんです」
「友達じゃなくなった?」
下里さんの質問に待ったをかける。
「このまま聞き出していくのはややこしい、時系列順に話してもらえるかな」
「は、はい」
少し涙目になりながら渡辺さんは口を開く。
「昨日の放課後です。宿題を忘れてやり直してたので教室には私一人しかいませんでした。
はい、最終下校時間の少し前です。
宿題を終わらせて先生に持っていこうとした時、教室のドアの前に黒いローブの人型が立っていました。
中身はわかりません。とりあえず人の顔っぽくは無かったです、楕円のような何かは見えましたけど。
ともかくその人型が言葉を発したんです。
『縁を切りたい者はいないか?』と
その時思わず子衣さんの名前を出してしまったんです。そしたら理由を聞かれて……」
ここで言葉を切って冷えた茶をすする。
「愛ちゃんはどうして子衣さんと縁を切りたかったの?」
「その、わたしとユーコは昔から漫画を描いているんです。みんなには知らせずこっそりです。でもこの前子衣さんに見つかって……」
「いいふらされた?」
「いえ、そんな事はしません。ただ私たちの漫画を褒めた後、演劇に使わせてくれって言ってきたんです」
「それが嫌だったんだね」
「はい、演劇と漫画は違いますし……何度か断ったんですけど……最後にはユーコと言い争いになって」
「それをそのローブに言った訳だ」
「はい、そうしたら翌日……今日ですね。子衣さんが話してくれなく……無視ではないんですけど他人と、ただのクラスメイトと話すようになってしまって……」
「……ふうん」
念のためアプリを起動して該当する怪奇現象を探す。が、何も出てこなかった。
「……ひとねちゃん」
その画面を見ていた下里さんも気づいたようだ。
そう、コレは怪奇現象なんかじゃない。謎にもならない単純な話だ。
ローブの人は子衣さん。言い争いの後、自分の行いを反省したか……それか子衣さん自身が縁を切りたかったか。それを面と向かって言うのは気まずいから怪奇現象に寄せた訳だ。
なぜか怪奇現象蔓延るこの学校だからこそ出来た手法だろう。
さて、問題はコレをどう伝えるか。そのまま伝えるのは簡単だが余計な争いを生みかねない。
「ね、渡辺ちゃん。子衣さんとはどうなりたいの?」
「それは……その」
友人に戻りたいというわけでは無いらしい。それを察した下里さんが優しい口調になる。
「そのままでいいんじゃないかな」
「え、でも……」
戸惑う素振りを見せながらも瞳の奥にはどこか安渡が見える。
「その怪奇現象によって何かが起きる事は無い。ただ縁が切れただけ、それだけの話。放っておいても問題ないよ」
「……本当ですか?」
「本当さ、縁をまた結びたいというなら……ま、頑張りたまえ」
*
渡辺さんは何も言わず、頭だけを下げて帰っていった。
食器を片付け終わった下里さんが座ったのを確認する。
「……意外だった」
「何が?」
「下里さんなら復縁を進めるかと思っていた」
「なんで?」
「友達が多いというのはソレを良いものと思っているのだろう? それを簡単に手放すべきではないと言うかと」
「それはないかな。だって最初に無理したらずっと無理しなきゃだから」
お茶で喉を潤し、彼女は続ける。
「わたしは合う人が多いだけって話。それでも気にするなら……くだり式会話術を教えるけど」
「いや、遠慮しておく」
『無理に作る必要はない。むしろ無理に作るとずっと無理する事になる』
恐らく彼女にとってなんて事のない言葉なのだろうが何となく心が軽くなった。
「……ありがとう」
「ん? なんかいった?」
「いや、なんでもない」
思えばいつのまにか彼女という友人が出来ていた。どうも私は難しく考えすぎるきらいがある。
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