怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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万人の評価・後編

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「まだ手がかりが圧倒的に少ない、探っていくとしよう」
 俺たちは再度手帳に目を落とす。

『本返却No.13』

「この数字はなんでしょう?」
「他の日にも書かれてるな」
 パラパラとページを捲ると他の月にも書かれている。一月毎に番号はリセットされているようだ。
 番号が始まる日などにも法則はなさそうだ。
「これがミステリとして練られた物なら何かしらの謎と意味があるのだろうけどね、これは実用性を求めてのものだろう」
「と、いうと?」
「そもそもの話になるがスマートフォンのある時代にメモ帳を使うことが稀だ」
 スマホの持ち込みは禁止されていない。休み時間はゲームをしたりするのも普通の事だ。
「じゃあメモ帳である意味があるって事ですね」
「順当に考えれば……スマホが使えない状況でメモを取りたいとかか?」
「ああ、授業中とか集会中とかね」
「授業中ならノートに取ればいいじゃないですか」
「下里さんはそうだろうけどね、きっちり纏めたい人なのだろう」
「それは分かる、それがこの番号とどう繋がるんだ?」
 ひとねは手帳のページを更に進めていく。
「それほどメモを取る、いわゆるメモ魔の人にとってカレンダー式のこの枠はあまりにも小さすぎる」
 手帳の最後の方の余白ページが開かれる。左上に月が書かれ、先頭にNo.が振られたメモが見られる。
「索引用って事ですか」
「そういう事だ、今月の……No.13だったな」

『No.13 
     ・朝練無し
     ・部長引き継ぎ
     ・寄書き色紙 追加購入
     ・本返却
     ・持ち物 体操服 本
     ・数学ミニテスト
     ・トイレ 蛍光灯』
   

「ここから推理するのが良さそうですね」
「比較的簡単に絞れそうなのは学年、性別辺りか。クラスまでいけると早そうだが」
「じゃあこの中で絞れそうなのはあるだろうか?」
「数学のテストがあったクラスが分かればすぐだけどな」
「残念ながらそこまでの猶予は無いね。下校時刻に達しそうだ」
「人に聞くにも……流石のわたしも全クラスは網羅してません」
 言い方的に大体のクラスに友人がいるのだろう。下里コミュニケーション法は伊達じゃないらしい。
「とりあえず部活には入ってますよね、朝練とか合宿とか」
「朝練をしてる部活は限られるんじゃないか?」
「ああ、そうだろうね。ところで誰か朝練をしている時間に登校した事があるかい?」
「……ないな」
「わたしもギリギリまでお布団と友達です。でもこの部長引き継ぎってのは学年が絞れそうですね」
「そうなのか?」
「これに関わるのは部長、もしくは次期部長でしょう。その二人は基本三年生と二年生です。ならば一年生は無しです」
「なるほど」

 下里がパソコンのメモから一年の名前を消す。

『2年B組 旭新 帝人
     2年C組 儀徳 飯地
     2年C組 桜ヶ丘 えぶり

     3年A組 立石 持井吉
     3年A組 永吉 英知
     3年C組 原古賀 愛』

「ふむ……」
 横から覗いていたひとねがパソコンの主導権を奪い、名前を消していく。
「……なんでさ」
「寄書き色紙購入と書いてあるだろう。恐らくは部活引退者に向けての物だろう」
「そうだろうけど、なんで三年が選択肢から外れるんだ?」
「寄書きをもらう側が色紙を購入すると思うか?」
「確かに、自作自演……ではないけどさみしーね」
「じゃあ残るはこの三人か……」

『2年B組 旭新 帝人
     2年C組 儀徳 飯地
     2年C組 桜ヶ丘 えぶり』

「本の返却と個人的買い物は無視するとして……」
「数学のミニテストをやったクラスですね。どうなんです? 先輩」
「いや、俺はA組だからな……」
「じゃあどのクラスが体育をやっていた? 記憶の中に手がかりはないかい?」
「流石に見てないな……」
 俺は柔道着の入った袋を叩く。
「A組が体育をやったのは確定しているんだけどな」
「それは意味がないですよ」
「と、いうよりやけに膨らんだ袋だね。まだ暑いというのに長袖を持ち込んでいるのか?」
「柔道着だよ」
 見るからに嫌そうな顔をしたひとねに下里にした説明をする。
「……へえ」
 ひとねの口角が僅かにあがる。
「この三人は当然君の同級生だろう、彼らの性別はわかるかい?」
「ああ、もちろん」
 三人とも名前から読み取れそうなものだが、ひとねの推理は慎重である。
「上二人は男子、最後の一人は女子だな」
「ああ、ならばその女子が落とし主だ」
「……へ?」
 突然の解答に下里も「えっ!」と声をあげる。
「どーしてわかったの!?」
「メモの持ち物に体操服と書いてある」
「……? どういうこと?」
 ひとねは俺の体操服袋を叩く。
「男子ならば持ってくるべきは体操服ではなく柔道着だ」
「……ああ! なるほど!」
「関心と驚きは受け取るが、早く返さなきゃいけないんじゃなかったか?」
 目を大きく見開いた下里がメモ帳を持って勢いよく立ち上がる。
「そうだった! 行きますよ先輩!」

 *

 その後の展開に特筆すべき物は無かった。
 落とし主たる桜ヶ丘さんにメモ帳を届け、それでおしまい。俺たちは帰路につく。
「良い事をした後は気持ちがいいです!」
「下里さん見ていると性善説を支持したくなるね」
「そうかな? でもそれを言うなら此方の健斗先輩も大概だよ」
「俺か?」
「ええ、今回言い始めたのは先輩です。お人好しさんってやつですね」
「俺はお人好しじゃないよ」
「謙虚ですねぇ。あ、じゃあまた明日です!」
 十字路の信号が青になったのを見て下里が右に離脱する。
 俺たちは下里と逆の方向に進む。

「君はお人好しと呼ばれるのが嫌いなのか?」
 突然言い当てられて驚いたが、心の中で深呼吸をする。
「……なんでそう思った」
「何となくさ……頑なに否定するうえに、下里さんに言われてからの口数が少ない」
「まあ、言う通りだよ」
「何故嫌いなんだい? 悪評価ではないだろう?」
「俺はお人好しなんて良い物じゃない。分不相応ってやつだ」
「へえ……なら君はどう言う人物なんだい?」
「俺は『万人に嫌われたく』ないんだよ」

「なるほど……それは間違いだな」
「いや、何でだよ。他ならぬ自分自身の事だぞ、なんでそう断言できる」
「私は特別深層心理に詳しいわけじゃあない。テレパスとか超能力も持ち合わせていない。だからいつも通り矛盾点を見つけただけだよ」
「矛盾点?」
「もし今日あのメモ帳を届けなかったとして、君は落とし主に嫌われただろうか?」
「…………!?」
「落とし物を預かっておく、これは普通の事だ。落とし主は残念に思うかもしれないが君を嫌う理由にはならないだろう?」
「確かに……じゃあ俺は、どうして届けたんだろう」
「根本的な性質は変わらないさ、君が君にした評価を少しばかり変えてやれば矛盾は解消される」
 目の前の信号が赤に変わる。進行方向を見ていたひとねがこちらを向く。
「君は『万人に好かれたい』のさ」
「…………!」
 その言葉を聞いた瞬間、喉の奥に詰まった形容し難い何かが落ち、胸にあったもやを文字通り雲散霧消にした。
「そうか、俺は好かれたいのか」
「ああ、そうとも」
 信号が青に変わる。少し進んだところでひとねが「いい匂いだ」と鼻をひくつかせる。
「さて健斗シェフ、君が今日の私に好かれるにはどうすればいいと思う?」
 全てを見透かしたような瞳を向けられ、俺は小さく笑う。
「わかった。夕飯はカレーにするよ」
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