怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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まだらの推理

怪奇探偵はソレを見るか

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 騒ぎを聞きつけた他の人も集まってしまい、恐らく旅館にいる全ての客がこの部屋の前に集まった。
「死体……」
 その中の一人が呟くと角野さんが前に出る。
「無闇に部屋に入るのはやめてくれると嬉しい。捜査の邪魔となる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたは何なんだ」
 一人の客の言葉に角野さんは何ともないように口を開く。
「僕かい? 僕はね……」
「探偵です」
「堀ちゃん!?」

 *

「あなたが探偵なのはわかったけどねぇ……推理するのは……」
「ふむう、どういう事かな」
「あなたが犯人って可能性もあるでしょお?」
「なるほど、確かに。ノックスのルールが現実に適用される訳もない。
 では僕のアリバイ……の前にこの人の死亡推定時刻を定めないといけないね」
「この人と最後に会ったのはどなたでしょうか?」
 青年に支えられていた女将が立ち上がる。
「わたくしがお飲み物をお運びしたのが一時間ほど前になります」
 他に声は上がらない。
「……犯人を除けばそれが最後だろうね。で、この死体を見つけたのは?」
 今度は青年が口を開く。
「オレです。下で薪割りをしていて、ふと見上げたら窓に血が付いていたんです。見てすぐに来たから五分とかかっていないと思う」
 堀さんが腕時計を確認する。
「では推定時刻は十七時から十八時辺りになりますね」
「僕達は温泉に入っていたね、お互いに証明できるけど……僕達は知り合いだ、もう一押し欲しいね」
「その人たちはずうっと温泉にいましたよえ」
 足腰が弱いのかとてもゆっくりとした足取りで歩いてきた番頭のおばあちゃんが俺たちの無実を証明してくれた。
「では、別室にて皆さんのアリバイをお聞かせください」

 *

 アリバイの聞き取りを終わらせたらしい角野さん達と共に食事を済ませ、各々の部屋に戻っていった。
 窓から見える星空を眺めていたが、なんだな一人でいるのが心細くなってきた。
 ひとね辺りはもう寝ているかもしれない。部屋にいくのは躊躇われた。
「と、なれば……」
 俺は鍵を手に持ち、部屋を出る。

「お、ひとね」
「どうしたんだいこんな時間に」
「そこまで深くはねぇだろ。温泉に行こうかと思ってな」
「この状況で呑気な事だね」
「そういうお前は何処に行くんだよ」
「風呂さ」
「温泉じゃねぇか」
 正直話し相手が出来たのは助かった。余計な事を考えなくて済む。

 温泉はまたも無人だった。次は露天にも誰一人いない。
 かけ湯をして、つま先からゆっくりと入る。
「…………」
 しくじったかもしれない。風呂、特に湯に使ってる時はアイデアが出やすいという。
 折角頭から消していたさっきの記憶がよみがえ……
『そっちも貸切かい?』
 思考を途切れさせたのはひとねの言葉。口ぶりからして彼方も一人なのだろう。
「ああ、少し話すか」
『そうしよう』
「そういえば下里はどうした」
『テレビを見ていたから置いて来たよ』
「大丈夫そうだったか?」
『私が見た限りは、ね』
 あの光景を一番目に焼き付けたのは下里だろう。俺とひとねはその反応から警戒しながらソレを見た。
「……お前は大丈夫なのか?」
『探偵が死体を見て怯えると思ったのかい?』
 確かに角野さんと堀さんは何ともなかった。
 しかし……
「今回お前は探偵じゃないだろ?」
『……そうだね、今回の私は探偵じゃない』
 パシャパシャと小さく湯を叩く音が響いてくる。
『私はアレのようにならないように、事前に手を打つ探偵だ……アレをみるのは、うん、慣れてはいない』
「そうか……」
『ま、君ほどでは無いさ。弱まったとはいえ君の記憶力は未だ人を超えている。繊細に覚えてしまっているのだろう』
「記憶が多いから思い出そうとしなければ大丈夫だ。全盛期だったらこう平気ではいないけどな」
『そうかい、ならいいんだけどね』

 *

「下里を頼むな」
「君はあの子の親かい?」
「違うけど……まあ、先輩ではある」
「なるほど、久々のお人好しと言うわけだ」
「うっせえ……じゃ、おやすみ」
「いい夢を願っているよ」

 部屋に戻り、静寂を避けるようにテレビをつける。
 一人になると余計な思考が回る。しかし繕う相手が皆無なので自分に正直になれる。
「もしかして……」
 ひとねはそれも見越して下里を置いて、一人に……?

 机の上でスマートフォンが震える。宛名は下里。
「…………」
 送られて来たのは立ったまま枕で顔が見えないひとねの写真。恐らく枕投げだろう。
 隅に見える机の上にはついさっきまで食べていたであろうお菓子の残骸。
 思いっきり楽しんでやがる。なんだアイツ。
「……ひとねに謝れ」
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