怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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件の話

探偵は遅れて動き出す

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「で、結局のところ分からなかった訳だ」
 いつもよりガランとした休日の廊下を突っ切り、最早無人の図書室を越えて司書室に入った俺が最初に聞いたのはそんなひとねの簡潔なまとめであった。
「ああ、お手上げ。お前の意図は読めなかった」
 向かいに座る下里も両手を上げたのを見てひとねは嬉しそうに笑う。
「まあ、考え方に間違いは無かったよ。君たちの言う通り健斗が下里さんの為に働くというのが重要なんだ」
「……で、その解は?」
 二人の視線を受けたひとねは片方だけ口角を上げ、人差し指を添えた。
「日を跨いでからのお楽しみだよ、諸君」

 *

「落としてはいないだろうね」
「問題ない。ウニウニと気持ちの悪い感触をポケットの中で放ってる」
 二人とも自身の家のドアノブを離してポケットに手を入れる。
 俺は中から件の死体を取り出す。ひとねはただ寒いからだろう。
「ポケットに入れてたのかい? 怪奇現象とはいえ死体だよ」
「手ぶらで行ったんだよ。持って変えると知っていたら容器ぐらい持っていったさ」
「土曜の深夜に学校に行けるはずがないだろう? ならば件を持ち出すしかない。それくらいの推測はしたまえよ」
「だとしても持ち帰るのが俺ってのは……」
 少しの間、ひとねは「分かっただろう?」とでも言いそうな顔だ。
「ああ、根拠は無くとも推測できたな」
 二人とも後輩なのに何故なのか。そんな疑問はひとねの一言で流される。
「どうしても君は、お人好しなのさ」

 *

 家で食事と数時間の仮眠を取り二十二時半に家を出る。
 一つ隣のインターホンを押すと眠気を隠そうともしないひとねの返事が聞こえた。
「早いよ。今起きた。少し待ちたまえ」

 このアパートの玄関は広い。どうしてそう言う設計にしたのか不明だが……結果的に玄関の壁は薄い。
 話し声までは聞こえないが壁に手をついたりすると分かりやすい。
 加えてひとねは靴を履く時に壁に右手をつくのだ。足が弱かった頃の癖だろう。
 と、いう訳で一旦自分の玄関に戻って座っている。
 本来ならひとねがこちらのインターホンを鳴らすとか、出発前に連絡するとか、そういうのがあるのだろうが……ひとねは家を出て俺がいないとなると「なんだ、まだ大丈夫だったか」と家に戻ってしまう。
 今回に限ってそれはないだろうが……ともかく俺は玄関で待つ。

 スマホゲームを三試合程終えたところで左の壁から音がした。待つ事三十分、つまり二十三時の事である。
 再度家を出て待つ。鍵でも忘れたのか一度戻り、それでも焦った様子は無くひとねはようやく扉を開けた。
「やあ、待たせたね」
「まったくだ」
 起きて家を出るまで三十分と少し。これで化粧とかおめかしをしているならば何も言わない。しかし、いや、やはりというかひとねはいつもの格好だ。
 無地のシャツにストレッチ生地のジーパンもどき。夜なのでパーカーを羽織っているがソレも目立ったものではない。
「ほら、やっておくれ」
 フードが堰き止めていた長い髪の毛がお披露目される。
「そのままフードに入れとけよ」
「ごわごわして気持ちが悪いんだ」
「なら切ってしまえばいい」
「女性に長い髪を切れだなんて、私は失恋したわけじゃないんだぞ」
「いつの時代だよ」
 溜息をついてひとねの髪に触れる。手入れなんてしてない筈なのに繊細で枝毛もない。
 後頭部の上の方に団子を作ってもなお余る髪、団子の下方向から馬の尻尾が覗いている。お団子ポニー的な髪型が外出時の基本だ。
「切らないならお前が結い方を覚えろよ」
「必要ない。そう言いながらもお人好し君はやってくれるのだからね」
「途中でやめるぞ」
「いや、今のは言い過ぎた。謝ろう」
「…………」
 少し待つが謝罪の言葉はない。今の言葉事態が謝罪のつもりなのだろうか。
「……ほら、できたぞ」
「少々雑じゃあないかい?」
「時間が無いんだよ。ほら行くぞ」
 左腕の時計は二十分を指している。間に合うだろうがもどかしい。時間には余裕を持って動きたいタイプだというのに。
「こんな休日の夜に出歩かないといけないとは……件、恨んでやる」
「いまからその件を消すんだろ? それでスッキリしろよ」
「まあ、苦労する類のモノではないだけよしとしようか」
「そんなに簡単なのか?」
「ああ、念のために用意した人形を壊す事もないだろう」
 ひとねはフワッと口を開けて伸びをする。
「今回の事件は一言ですむさ」
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