怪奇探偵・藤宮ひとねの怪奇譚

ナガカタサンゴウ

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浮遊霊は二人

末路は二つで結末は一つ

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「中本さんの未練を推理? それまたどうして……」
「気軽にトシと呼んでくれたまえ……しかし、ふむ、助手クンはあまり怪奇現象への知識が無いようだね。探偵クンならわかるだろ?」
「もちろん理解している。成仏の為だろう?」
 答えたひとねを見てトシは立ち上がってシルクハットをかぶる。
「では今宵はここで立ち去るとしよう。情報の共有をしといてくれたまえ」
 皮肉の一つでも言おうとしたのか口を開いたひとねをトシは杖で制する。
「週末、土曜日にまた来る。しばらくは此処に住む事を許可しよう……ワタシは高級ホテルにでも入り込むとしよう」

 *

「なんなんだあいつは!」
「そう怒るなよ、勝手に此処を使ってたのは俺たちだろ?」
「それはそうだが……あいつが此処の所有主である証拠はないだろう」
 溶けきれないほどの砂糖が入った紅茶を飲み干し、短く息を吐く。
「まあ、いくつか入り口を知っていたようだし……私より先に此処にいたというのは確かだろう」
 そう呟いてひとねは一冊の本を突き出してきた。タイトルは無く背表紙もない。恐らくこれは怪奇現象が書かれた本。
「開くべきところはわかるね?」
「ああ、さすがにな」
 目次を見て『浮遊霊の虚構』のページを開く。虚構……?
「軽く目を通しながら聞くといい。浮遊霊はとても理解しやすい、理不尽の少ないモノだからね」


「浮遊霊とは、死んだ人間の魂である。
  人というのは死ぬときに願った事を叶えないと現世を離れられないんだ」
「それが未練、か。でも、そうだとすればこの世に浮遊霊がもっと溢れていても良さそうだけど」
「未練と言っても死を目前とした人に複雑な事は考えられない。願うのは『アレが食べたい』や『あの人に会いたい』のような時間さえあれば叶えられる、本能的かつ簡単で現実的なモノなのだよ」
「そうなのか? 心臓が動きを止めても数分間細胞は生き続けるとか聞いた覚えがあるけど」
「その説の真偽は知らないけど、脳が単純な事しか考えられないのは本当さ」
 ひとねは声を少しだけ口の端を上げる。
「一度死にかけた私が言うんだ、間違いないさ」
「……よく笑いながら言えるな」
「どんな過去でも人が死ななければ後には笑い話さ、私の中ではね」
 いまいち共感し難いが、価値観の相違というやつだ。それについて考える事をやめ、質問に移る。
「もしその未練が叶えられない時はどうなるんだ? 単純な未練って言っても……例えば『閉店した店の食べ物が食べたい』だったら無理だろ?」
 ひとねは「いい質問だ」と言って俺の本を指す。
「それに纏わるのがその本に書いてある虚構だ。叶えられない未練はその虚構によって叶えられたと錯覚する。この項目はその虚構を怪奇現象として書いている」
 そういえば浮遊霊は怪奇現象ではないと言ってたな。そこら辺の違いは全くわからないけど。
「つまり、浮遊霊の未練は単純なもので叶えられない未練は虚構が勝手に解決する。と」
「その通り、頭に入れておくといい」
 そのシステムがあるのならこの世に浮遊霊はほぼいないのだろう。
 じゃあ、なぜ中本トシは浮遊霊のままこの現世にいるのだろう。確か彼の依頼は……
「未練を忘れる、なんて事あるのか?」
「可能性としてはある。事故で死ぬ直前に未練を思い、その後すぐに記憶喪失になり死んだり、ね」
「でもそんなの」
 言い終わる前にひとねは頷く。
「無、に等しい確率だ。怪奇現象に出会うより無い」
「じゃあトシは……」
「未練を忘れた。ではなく見失ったか、曖昧になったか……こればっかりは本人に聞くしかない」
 ひとねは溜息をついてクッキーを齧る。
「とりあえず、土曜日を待とうじゃないか」
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