錬金薬学のすすめ

ナガカタサンゴウ

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異質なる錬金術達の幕間

赤き少女のいない夜

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 アルスとの一件から数ヶ月が過ぎた。
 特筆する事もない日々が続いている。
「よし、終わり」
 今日の錬金はスムーズに進み、午前中にノルマを達成できた。
 後はこれをコカナシに渡して飲みやすい薬にしてもらうだけだ。
 香り付け辺りは最近上達したらしい智野がやるかもしれない。
 そんな事を考えながら自室を出る。
 リビング、キッチンと進むがコカナシも智野もいない。買い物か?
「つまみ食いか」
「違いますよ」
 コーヒーを淹れにきたらしい先生にそう返してから気づく。
「先生自らコーヒーを?」
「なんだ、お前が淹れてくれるのか?」
「いえ、そうではなく。コカナシはいないんですか?」
 俺が持っている薬用の袋を見て用事に気づいたらしい先生は壁に貼ってあるカレンダーを指す。
 今日の日付を見てみるとピンクの文字で『トモノ・コカナシ お出かけ』と書かれている。
「ああ、そういえば」
 セルロースさん、ナディと共にピクニックにいくと言っていた。アデルもいくんだっけか。
 俺も誘われたが疲れそうなので遠慮した。
 以降の作業ができないなら追加で錬金するのは控えよう。時間が開くと品質が落ちてしまう。
 さて、何をしようか。

 *

 結局何をする事もなく時間は過ぎていった。先生の方も仕事を早めに切り上げたらしく、二人リビングで何をするわけでもなくだらだらとしていた。
「そーいえば夕飯はどうします? 作りましょうか?」
「帰りに買ってくると言っていた、必要ないだろう」
「なるほどー」

 数分の静寂。それは玄関の向こうから破られる。

「タカ! コカナシさんが!」
 入って来たのは智野、車椅子から煙が出ているところを見ると最大走力を使ったらしい。
 端的に言うと緊急事態である。
「コカナシがどうした」
 俺が聞くより先に先生が立ち上がる。
「コカナシさんが、アルスに!」
「はあ!?」
 先生の叫ぶような声と同時にまた玄関の扉が開く。
 入ってきたのはアデル、その左腕は赤く染まっている。
「どうした! 見せろ!」
 出血は思ったより少ない、視界を変えた限り毒などの淀みもない。治療すべきは引っ掻かれたような切り傷だ。
 恐らく縫う事になるが俺たちにその技術はない。
「先生、とりあえず応急処置でいきますね」
「…………」
 先生は固まったまま動かない。
「智野! シャーリィさんに連絡、アデルは俺が処置する!」
「わ、わかった」
 俺が応急処置している間も、先生は動く事がなかった。

 *

「ではアデルさんは僕に任せてください」
 幸いにも綺麗な切り口らしく、シャーリィさんの方で手術してもらえるらしい。
 アデルを引き渡し、家に戻る。
 リビングには険しい顔をした先生、近くの机には何か赤い液体の入った小瓶が置かれている。
 俺に気づいた先生は咥えていた煙草の火を消す。
「タカ、PHSを貸せ」
「……へ?」
「アルスの連絡先を知っているだろう、早く貸せ」
 先生は差し出したソレを急ぐように受け取り、耳元にあてる。

 数秒の間の後、先生は小さく、しかしハッキリと口を開く。
「久しぶりだな、アルス……交渉をしよう。お前が欲しがっていた物をやる、コカナシを返せ」

 *

「…………」
 真っ暗な自室の布団の中、俺の目は開いていた。
 あの後交渉が成立したのかどうかは分からないがとりあえず明日アルスと会う事となったらしい。
 アルスはコカナシを特殊な身体能力を持つ者として見ているはずだから危害を加える事はないだろうが……
「流石に眠れない」
 布団の毛玉を数えていても時の進みは遅いままなので何か飲もうとリビングに出る。
 キッチンの方から何やら音がするので覗き込むと智野がヤカンに水を入れていた。
「あ、タカ」
「どうしたんだ、夜中だぞ」
「そっちこそ。……眠れないよね」
「まあな」
「タカも何か飲む?」
 俺の返事を待つ前に智野はヤカンに水を注ぎ足す。
「ワタシの分も頼む」
「キミア先生……わかりました」

 三人分の飲み物が揃ったところで智野が遠慮がちに切り出す。
「あの、アルスって……何者なんですか?」
 一言で言うならマッドアルケミストだが、この場合そういう意味合いではない。
「俺も気になります。先生とアルスは昔からの知り合いなんですよね」
「…………」
 曇ったレンズが晴れるまで先生は沈黙し、ゆっくりと息を吐く。
「そうだな、どうせ眠れもしない」
 先生は一旦自室に戻り、一冊のノートを持ってきた。
 俺たちに見せる事なくパラパラとめくり、視線を俺たちに向ける。

「少しばかり、ワタシの過去を話そうか」
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