錬金薬学のすすめ

ナガカタサンゴウ

文字の大きさ
上 下
129 / 199
悪性に対する十戒とソウサク劇

願わくば、幸福な結末であるように

しおりを挟む
 殺到する敵に半ば囲まれながら、孫三郎まござぶろう血刀けっとうを振るってそれを押し止めている。
 そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫ひまつの舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。

 黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
 その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
 刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒かなさいぼうだ。

「クッ、南蛮渡来なんばんとらいのモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星みょうじょうの六郷』だな」
しかり。一矢万矢いっしばんしの副首領がひとり、六郷典膳信之ろくごうてんぜんのぶゆきだ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」

 孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
 頭から爪先まで全身を覆っている漆黒しっこくの甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。

 孫三郎の常識外れな驍勇ぎょうゆうに攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
 ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
 勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にもひるまずに突出。

 六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
 弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束おぼつかない。
 ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。

「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」

 言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
 そしてしばらくゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。

「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」

 孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
 そして刃毀はこぼれの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大でいびつな形状の火縄銃を抱え上げた。

 これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送のべおくり』。
 大筒おおづつ石火矢いしびやの類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
 盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。

まどうな、ハリボテに決まっている!」

 そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。

「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」

 憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。

          ※※※

 荒い呼吸に釣られて千々ちぢに乱れる思考をなだめ、アトリは状況を分析する。
 周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
 三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
 どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。

 少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
 残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄かぎなわと――他には何があったか。
 どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。

「ふおるぁぁああ――があっ!」

 半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
 大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
 まだやれる、まだ大丈夫。
 だがいずれ、集中力は途切れる。
 その時が危ない。

 そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
 反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
 針――吹き矢か。

 飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
 二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。

真行寺久四郎しんぎょうじきゅうしろう……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕はなまってないみたいだなぁ、アトリよ」

 久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、まとっている雰囲気はまるで異なる。
 正に偉丈夫いじょうぶといった風貌ふうぼうの右近は剣の達人だが、久四郎は細面ほそおもてで、武家の出でありながら異形いぎょうの武器や暗器あんきの類を好んで用いる変わり者。
 そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。

「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」

 含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
 それは、正確に分類すると刀ではない。
 兜割かぶとわりと呼ばれる、打撃を主とする武器だ。

 乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
 強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。

 突き込まれた長巻ながまきを払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
 そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
 アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
 敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。

「もらったああああああ、あ? あぱっ――」

 アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫おたけびを封じる。
 口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先ほさきは、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。

「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
かしこまりました、姫様っ!」

 ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、あけに染まった直刀を構え直した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。

新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。 そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。 しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。 ※カクヨムにも投稿しています!

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...