錬金薬学のすすめ

ナガカタサンゴウ

文字の大きさ
上 下
123 / 199
ホーンテッド・にゃんション

世界を繋ぐ錬金術

しおりを挟む
「何とも、凄いものを見たな」
「うむ。見事なまでの乳揺れだったの」

 孫三郎まござぶろうが真顔で下らないことを言い、静馬しずまはついついつまづきかける。

「どこを見とるのだ、どこを」
「女だてらにあそこまで動けるとは、きっと只者ではない」
「護身用に、組討くみうち(格闘術)でも習っていたのではないか」
「にしても、挙動が鋭すぎる。きっとしのびの類だの」

 そんな推論を聞きながら、静馬には疑念が生じる。
 あの女が普通でないのも確かだが、孫三郎の目端めはしの利き方こそ異常なのではないか。
 ふくらむ違和感を心の中で棚上げにし、静馬は少し話を変えた。

「しかし、あの連中は大丈夫かな」
「問題なかろう」
「聞くところによれば、市井しせい喧嘩沙汰けんかざたも厳罰化してるそうだが」
「喧嘩などなかった、という扱いで終わるだろうて」

 断言する孫三郎だが、静馬はもう一つ得心とくしんがいかない。

「確かに、一方的過ぎて勝負にならなかったが」
「そうではない。あれだけ武士の体面に拘っていた奴が、抜刀の末に素手の女を相手に惨敗した、などと訴え出られると思うか?」
「あぁ……そうか。それもそうだな」

 命を惜しまず体面やら矜持きょうじやらを守る、そんな生き様があってもいい。
 だが強請ゆすたかりに精を出している最中、あの浪人の守ろうとしたそれは何処に行っていたのやら。
 静馬の白けた雰囲気を察してか、孫三郎が話を続ける。

「しょうもない男ではあるが……あれも環境の犠牲者なのかもな」
「というと、例の『野焼き』でのあぶれ者か」

 静馬の出した単語に、孫三郎はゆっくり頷く。
 小田原攻囲の最中、嫡男の鶴松つるまつ夭折ようせいしたとの報を受けた秀吉は、周囲の諫言かんげんを無視して北条方の支配下にある上野こうずけの諸城を放棄させるだけの条件で和睦わぼくし、陣を解いて全面撤退する判断を下す。
 我が子をいたんでの判断は、人としては同情するに値するものだったが、天下人としてはがたい暴挙となった。

 秀吉の命で長期の出陣をしていたのが全て無駄働きになった挙句、未曾有みぞうの規模で行なわれた鶴松の葬儀や、慰霊や追悼のための各種式典の数々への参加を余儀よぎなくされ、更にはそれらの費用の負担までも強制された大名の間には、当然ながら豊臣政権への不満と不信の声が渦巻くこととなる。

 明智光秀の謀反によって信長と信忠が横死した後、その光秀に勝利を収めた秀吉は混乱する織田家中の跡目争いを制し、信長の一族から権力を簒奪さんだつして今日こんにちの地位に就いている。
 なので臣従している諸侯にとっては、道義的には秀吉を主君として仰ぐ筋合いはない。
 豊臣政権の基盤を支えているのは、圧倒的な武力による連戦連勝の実績と、勝利の結果として得た富の気前良い分配だ。

 しかし、対北条戦の頓挫とんざでその両方が途絶えた上に、大局を無視して私情に流される愚か者なのではないか、との疑惑が生じてしまったのだ。
 世継ぎを失った動揺と、高まる悪評への焦りは、秀吉に更なる愚行を選ばせた。
 小田原攻めで失策のあった者や、和睦への反対意見を述べた者への懲罰ちょうばつを名目とする大々的な粛清がそれで、世間では『太閤の野焼き』と呼ばれている。

 豊臣政権としては、家の取り潰しや知行の召し上げの乱発は、恩賞用の土地の確保と、反抗的な大名への恫喝どうかつを行う一石二鳥の妙案――となるはずだった。
 だが、その結果は浪人の急増によって治安を悪化させ、強権政治への反感を増大させただけに終わり、不穏な気配のくすぶる現状を作った最大の原因と考えられている。

「あの無能ザルもまぁ、しょうもない真似をしてくれたわ。天下はまだまだ荒れるぞ」
「楽しそうだな、孫三郎」
「あっふぁっふぁっ、ちょっとばかり暴れ足りなくての――それに、秀吉サルとその手下の国造りは、民百姓を軽んじ過ぎとるでな」

 孫三郎の語りに、いつになく真摯しんしな何かが混ざっている感じがするが、そこに触れてもきっとはぐらかされてしまうのだろう。
 そう考えて、静馬は曖昧あいまいな微笑だけを返しておいた。

「お、ここではないのか」

 孫三郎の指差す方向に、探索所の建物が見えた。
 白木に『公儀探索所こうぎたんさくしょ』と墨書された看板、そこに捕縛に用いられる荒縄と手鎖てぐさりが吊るされているのは、各地に置かれた探索所に共通の意匠だ。
 入り口では二名の門番が周囲に警戒の視線を巡らせ、その傍らには新たな賞金首の手配書が貼り出された高札が立てられている。

「京や堺でも見かけたが、何処も似た感じだの」
「探索所とはこういうものだ、との印象を持たせようとして、狙って構えを似せてるのではないかな」

 そんな話をしながら、静馬は門番に手形を示して敷地内へと入り、孫三郎も後に続く。
 世間で人狩りや賞金稼ぎと呼ばれる探索方は、一応は検断けんだんつかさどる役人の末端に位置付けられているが、決まった職務や俸給は用意されていない。
 探索方がこの場で得られるのは賞金首の情報と、賞金首を連行するか殺害した場合の賞金のみ。

 不逞浪人による犯罪の激増への対策として、同じ浪人に権限を与えて罪人を取り締まらせようとしたのが、公儀探索所の始まりだ。
 探索方の身分を保証する手形は、去年の探索所設立時に二百枚ほど発行された。
 静馬もその時に手に入れたのだが、犯罪の凶悪化・組織化による賞金の高騰こうとうもあって、探索方に就くのを希望する者が後を絶たず、現在ではかなり厳しい審査が行われているらしい。

「ついワシも入ってしまったが、問題ないかの」
「人を雇って、集団で仕事をしてる連中も多いしな。多分平気だろう」

 二人は敷石で舗装された短い道を抜け、建物内へと入っていく。
 中はそこそこ広いが人は少なく、係員が数名と探索方らしい若い男が一人いるだけだ。
 探索方が幾人も集まって情報交換などをしていた、京や安土の探索所とは雰囲気が違うな、と思いつつ静馬は受付役と思しき係員に声をかける。

首実検くびじっけんを願いたい」
「して、賞金首の名と罪状は」
山室帯刀やまむろたてわき、『三日月の山室』だ――罪は複数の殺し、それに追剥おいはぎ

 そう告げて、静馬は身分を証明する手形を見せる。
 続いて三日月槍と首の塩漬けが入った樽、死体から回収した書き付けや手紙を渡す。

しばし待たれよ」

 係員は他の同僚と共に、書類をまとめた帳面ちょうめんめくっている。
 賞金首の情報は罪状別に管理されているらしく、表紙には『追剥』の文字が見えた。

「見当たらんな」
「それなら、こちらでは」

 係員達は小声で言い交わし、いくつもの帳面を持ち出して人相書との照合を続けている。
 治安の悪化で賞金首も急増しているのか、管理も行き届かなくなっている様子だ。

「賞金首を討ったか」

 見知らぬ声に振り返ると、来た時から姿の見えていた若い男が立っている。
 人を自然と身構えさせるけんのある目付きと、着ている羽織の質の良さと、人斬りに特有な剣呑けんのんな気配と、腰の大小に見える装飾の豪華さが、どうにも釣り合いが取れていない。
 妙に警戒心を煽ってくる男だな――そう思いつつも、静馬はそれを表に出さないように応じる。

「ああ、安い首を一つだけ、だがな。お主は情報集めか」
「まぁ、そうだな。にしても、その若さで大したものよ。これが初めての仕事かね?」
「いや、三度目になる」
「ふふふ――末恐ろしい。急がねば我の仕事が残らんかもな」

 二つ三つしか年が違わないであろう男の言葉は、初対面らしからぬ馴れ馴れしさを感じさせるものだったが、静馬はそういう次元とは違う不快さを感じていた。
 若さ故にあなどられるのも仕方ないし、実害がなければいくら見下されようと受け流せる程には、軽い扱いにも慣れている。

 しかし男の態度は、どうもそういったものとはズレがあった。
 声に底意というか悪意というか、どうにも素通りできない棘が含まれていてかんさわるのだ。
 面倒な相手と縁を持ってしまったな、との思いを伏せながら静馬は男との雑談に応じることとなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ
ファンタジー
クラウス・アイゼンシュタイン、二十五歳、C級冒険者。滅んだとされる死霊術士の末裔だ。 勇者パーティーに「荷物持ち」として雇われていた彼は、突然パーティーを追放されてしまう。 S級モンスターがうろつく危険な場所に取り残され、途方に暮れるクラウス。 そんな彼に救いの手を差しのべたのは、五百年前の勇者親子の霊魂だった。 五百年前に不慮の死を遂げたという勇者親子の霊は、その地で自分たちの意志を継いでくれる死霊術士を待ち続けていたのだった。 魔王討伐を手伝うという条件で、クラウスは最強の女勇者リリスをその身に憑依させることになる。 S級モンスターを瞬殺できるほどの強さを手に入れたクラウスはどうなってしまうのか!? 「凄いのは俺じゃなくて、リリスなんだけどなぁ」 落ちこぼれ死霊術士と最強の美少女勇者(幽霊)のコンビが織りなす「死霊術」ファンタジー、開幕!

祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。

rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

千石
ファンタジー
【第17回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞】 魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。 ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。 グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、 「・・・知ったからには黙っていられないよな」 と何とかしようと行動を開始する。 そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。 他の投稿サイトでも掲載してます。

飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原 皐月
ファンタジー
父の死去により、異母弟の伯爵家相続を認めて貰えるよう、関係各所に働きかけて奔走するセレナ。親戚の横槍を受けつつも奮闘していた彼女だったが、父の遺言通り王太子に助力を願った事がきっかけで、彼が王族の籍を抜けてセレナと結婚し、彼女の弟の後見人となる事に。それは忽ち周囲に憶測とトラブルを発生させ、セレナは頭を抱えたが、最大限の問題は王太子クライブ殿下その人だった。 結局彼女はクライブと偽装結婚の契約をして、弟が正式な当主になるまで秘密を守る事を誓ったが、トラブルは次々とやって来て……。セレナの弟の爵位継承までのあれこれ、偽装未亡人(?)になった後の、新たな紆余曲折の恋の行方を描きます。 カクヨム、小説家になろうからの転載作品です。

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...