「おれの考えた最強の勇者」は俺の恋まで救いたい

りぃ

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二度目の再会は突然に

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 質の悪い夢かと思う出来事から一夜明けて。
 “俺の書いた冒険譚の登場人物”であるレオは、やっぱり夢ではなかったようだ。

「本当にそんな状態で仕事に行くのか!?」
「……頭に響くから大声出すな……」
「でも……!」

 昨日はレオによってベッドに寝かされたらしく、しばらくぶりによく寝た朝。
「夢であれ」と願う気持ちと反してしっかり実体を伴って俺の家に居座っていたレオは、そわそわと俺の周りをうろつく。

「昨日も思ったけど、明るいところで見るとさらにクマがひどいんだ」
「まだいい方だろ」
「これでか!? ……なあ、やっぱり今日は休んだ方がいい」
「休んだって、お前の物語は書かないから」
「それでいい、というかそれ以前の問題だ! 今は絶対寝た方がいい!」

 レオのきりっとした眉は下がりっぱなしだが、俺は構っている暇などない。
 今日から新しいプロジェクトが始まるらしく、今日は資料と会議室の準備のために早めに会社に行かなくてはならないのだ。
 ただでさえ、昨日風呂に入らず寝てしまったから。
 シャワーを浴びるというタスクも追加されて時間がとにかくない。

「いいから、おとなしくしていてくれ」
「そんな……」
「お前に対応しているこの体力すら勿体ない」
「…………」

 そう言うとレオは不満そうにしつつも口を閉じる。
 静かになったレオに、俺は家の中のことを最低限伝える。

「これが冷蔵庫。食料品を入れておく箱だ。腹が減ったら適当にこの中から出して食べてほしい」
「そのまま食べられそうなものはないな……?」
「んー……確かに。レオって料理できる……?」
「出来る」
「じゃあこのコンロ……火が出るところを使って料理してくれてもいいんだけど……でも、火事にしてほしくないからな……」
「大丈夫だ、火の扱いはキャンプで慣れてる」
「……分かった。ここを捻ると火が出る。でも、ほんと周りに気を付けてくれよ」
「了解」
「それから、ここが水道で……」

 こうして一通り軽いレクチャーをしてシャワーを浴びるともう遅刻ギリギリの時間だ。

「いいか? 家から出るなよ。火の扱いも、包丁の扱いも、全部気をつけろよ」
「分かってる」

 適当にジャケットを羽織り慌てて玄関に向かう俺。
 後ろを追いかけてくるレオの眉はまだ下がったままだ。
 俺が出社することが不満で仕方ないらしい。

「じゃあ、頼んだから」

 悪いと思いつつ視線を切って玄関を飛び出そうとすると、レオに腕を掴まれる。

「っおい、なんだよ」
「ごめん、あと一つだけ! 聞きたいことがある!」
「なんだよ」
「きみの名前! 俺、きみの名前を知らない!」

 レオは困ったように俺を見つめる。……確かに、教えていなかった。

「…………夏木。夏木って呼んでくれ」
「分かった。ナツキ」

 レオは少し表情をゆるめて俺から手を離した。

「ナツキ、いってらっしゃい。気を付けて」
「……いってきます」

 実家を出て以来していなかった挨拶に、ほんの少しくすぐったくなる。
 勇者に騒々しく見送られ、会社へと足早に向かう朝の道。
 昨日に引き続き、俺にとって”非日常”な出来事は俺をいつもと違う気持ちにさせた。

 ――――だから、俺はすっかり忘れていたのだ。
 昨日、なぜ自分が全力疾走をすることになったのか。もとは何から逃げたくて走っていたのか――

「○×社から参りました、マーケティング担当の南雲と申します。よろしくお願いいたします」

 まるで初夏の青空のような爽やかな笑顔で挨拶をする優男。
 新しいプロジェクトの決起会議に数人を連れ立って現れたその男を見て、俺は硬直してしまった。

 そうだ……昨日のイレギュラーはすべて、会社の前で、あいつを見かけたことから始まったのだ。

(南雲……)

 レオと同じく、俺の黒歴史の一部。
 しかも、レオと違って、物語上の人物なんかじゃない。現実に存在する、俺の”元”友達。

 俺の記憶の中では高校生で止まっていたあいつも、今では立派な社会人のようだ。
 昨日の2秒程度の再会では気づかなかったが、俺の知らない7年分しっかり大人っぽくなっている。

 ただ、若手社員らしく溌剌とした雰囲気は、同じ年次であろう俺やうちの同期たちの、既にややくたびれている様子とは一線を画している。彼の自信にあふれた佇まいは、うちのどこかくたびれた会議室ではちょっと眩しすぎた。
 もともと人の目を惹く容姿だった彼は、7年でその端正さにさらに磨きをかけていた。

「今回展示会をお願いいたします漫画雑誌のメインターゲット層は10代です。しかし、元読者だったかつての10代の皆様にも『懐かしい』と回帰してもらえるような、そんな展示会にしたいです。ぜひお力添えいただけますと幸いです」

 愛想よく、はきはきと利発そうな南雲の声が、会議室によく通る。

(……南雲、出版社勤務だったのか……)

 今度のプロジェクトは、大手出版社である○×社の漫画雑誌の大型展示会だ。俺の勤めるイベント会社は○×社から仕事を受けて、この展示会を企画することになったのだ。

 南雲に対する、弊社のプロジェクトリーダーである先輩社員の挨拶は、南雲の声よりは幾分トーンを落とし気だるげだ。しかし、先輩含め、俺以外のメンバーはそのくたびれたオーラとは反対に、このプロジェクトを楽しみにしていた。
 多忙すぎて、イベント会社という字面のイメージとは反対にパッとしないし、いわゆるブラックともいえるであろううちの会社だが、根本はこういったイベントが好きだというタイプの人間が多い。
 しかも、今回は有名漫画雑誌の大型展示会だ。みんなじわっとやる気が高い。
 必要とあらば(いや、いつも通りなら確実に必要になるのだが……)”やりがい搾取”されるのもやぶさかではない様子だ。
 就活で失敗しまくった結果、バイトの延長で社員にしてもらえたここしか行き場所がなかった……イベントごとが特に好きなわけではない、俺のようなメンバーはレアだった。

 そんな、うちの会社の担当メンバーの分かりにくい士気の高さを、それでも南雲は感じ取れたらしい。
 肩の力を抜いた南雲がぐるりと会議室を見まわそうとするので、俺はとっさに視線を資料に落として顔を伏せる。

 正直逃げ出したい。
 繰り返すが、南雲は俺の黒歴史の一部なのだ。
 黒歴史が黒歴史たる理由のその大部分を占めると言っても過言ではない。
 ……周りの社員と違ってこのプロジェクトにももともと乗り気ではなかったし。

(今から担当外させてもらえるかな……)

 考えるだけなら自由だが、実際に行動するには難しいことを夢想する。もう、プロジェクトは走り出していて、こうして取引先まで招いた会議を行っているのだ。もう逃れられない。
 でも、現実逃避していないとやっていられなかった。

「では、弊社のプロジェクトメンバーから一言ずつ自己紹介を……」

 先輩の、死刑宣告のようなその言葉に視線を上げる。と。

「……っ」

 思いのほかまっすぐ、南雲の視線が俺に向いていた。

(ああ……見つかっちゃった……)

 そりゃそうだ。こんな少人数で、見つからない方が難しい。
 今すぐ偽名を名乗りたい。知らん顔して他人のふりをしたい。でも。

「……予算管理担当の夏木です……」
「!!」

 会社という公的な場で、しかも昨日顔を見て逃げ出すという……ある種「本人です」と自己紹介するようなムーブをかましてしまったからには、もう取り繕いようがない。
 どうするわけにもいかず本名を名乗ると、途端に南雲の視線の圧がより強まる。

 喜びとも怒りとも取れない。ただ俺をまっすぐ射抜く視線の光の強さだけが、俺を縫い留める。
 その視線の、どうにも逃れられなさが、どこか昨日のレオを彷彿させる。
 脳裏によぎったそのイメージに俺が思わず顔をしかめると、何を思ったか南雲ははっとして視線を外した。

(とにかく、必要以上にかかわらないようにしよう……)

 ひしひしと感じる嫌な予感からも目をそらしつつ。
 俺はできるだけ心を無にしてその場になんとか立ち続けていたのだった。
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