「おれの考えた最強の勇者」は俺の恋まで救いたい

りぃ

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きみが忘れたい黒歴史

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 一定のリズムで揺られる。温かい何かに体を預けている。
 どこか懐かしい感覚に目を覚ますと、俺は『自称俺の作った物語の登場人物』レオの背中におぶられていた。

「え」
「あ、起きたか」

 俺の勤める会社の少し先にある繁華街。
 今日は月曜日、しかもそこそこ遅い時間だが、曜日など関係ない学生や月曜から飲みたい社会人でそこそこ賑わっている。
 そんな中、おんぶをされている俺を道行く人が凄い目で見てくる。
 いや、俺というか俺を背負う男……まるで勇者みたいな格好をしたレオを見ている。

「お、降ろせ! 降ろせよ!」
「わっ、暴れるなよ」

 俺が背中で暴れてもレオはびくともしない。そんなに体格はよくないが俺だって成人男性なのに。俺を軽々とおぶっているレオはそこまで屈強には見えないが体幹がいいのかもしれない。困ったことに。

「二度も倒れたんだぞ。いいからおぶわれときなって」
「嫌だよ、こんなコスプレ野郎に!」
「こすぷれってなんだよ」
「いいから降ろせ!」
「嫌だ」

 いかにも面倒見が良い好青年っぽい口調だが、いかんせん格好が不審者すぎる。
 そんな不審者がくたびれたサラリーマンをおぶって繁華街を悠々と歩いているのだから、それはそれは人目を引く。

(……でも人目を引くってことは、こいつ、ほかの人にも見えてるんだな)

 俺の幻覚かと思っていた。さっき強めに頭を打ったことだし。
 でも、会社帰りっぽい女性にじろじろと眺められたり、大学生と思しき若者たちが俺たちを見て面白がっていたりするあたり、俺の幻覚ではないらしい。

 では質の悪い夢――実はまだ俺は道路で倒れたまま目を覚ましていない説――なのではとも思うが、どうもそれは違う気がする。
 さっき手を掴まれたときにも、今おぶわれていても、こいつから感じる体温は妙に生々しい。人肌ってやつ?
 それだけじゃない。繁華街特有の、飲食店からする匂いや喧騒、暗がりに落ちるごみや明るくごちゃごちゃとしたネオンの群れ。
 五感で感じるすべての情報が、今この時が現実だと実感させる。
 レオだけが、この光景から浮いていた。

「お前なんなんだよ」
「剣使いのレオ。冒険をしている」
「本気で言ってるのか?」
「さっき証拠は見せた。勇者として認められてもいるんだぞ」
「……信じられない」

 この光景が現実だとしたら、今度は疑うべきはレオの存在だ。
「物語の世界からやってきた」なんて言われても信じられるわけがない。
 こいつがちょっと思い込みの激しい男で、読んだ物語の登場人物になり切っている方がずっとあり得ることだった。
 でも――

「信じてよ、俺はきみが作ったお話から来たんだ」
「……」
「……俺とソウの冒険譚。きみが書いたんだろ?」

 “ソウ”という名前に俺の体が跳ねる。
 ソウもまた、物語に出てくる名前だ。レオの冒険の仲間。
 俺と、――南雲以外が知るはずのない、物語の登場人物。

 俺が書いて南雲が読んでくれていた、二人だけの物語だった。ほかの誰もあれを読んだことはない。それに、もし万が一誰かに読まれていたのだとして、たかがそのへんの中学生が書いた拙い冒険譚の登場人物になり切ろうと誰が思うだろう。
 俺をどうにかして驚かせたい誰かの犯行……と思うには手が込み過ぎている。

 そうなると、これは本当に現実なのか。

「……お前がレオだってことはわかった」
「よかった、ありがとう」
「だとして、いまお前はなにしてんだよ」
「きみをおぶっている」
「それは分かってる。どこに行こうとしてんだよ」
「とりあえず休めるところと……あとは今日の宿を探している」
「宿?」
「ああ」

 こともなげにそう言ったレオはあるところで足を止めた。

「あ! あった! 宿泊って書いてあるぞ」
「え」

 繁華街の片隅、やたらキラキラした建物。いわゆる……カップルが使う“そういう”ホテルにレオは入ろうとしている。

「バカバカバカバカ」

 俺はもう、必死に暴れた。背中をたたき髪を引っ張った。

「わっ! なんだよ、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもあるか!! 降ろせ!!」
「なんでだよ、宿を見つけたんだからいいだろ」
「よりにもよって、なんでここ!」
「だって宿泊って書いてある……」
「お前この世界の文字読めるのかよ!」

 逆異世界トリップ?してるくせに。

「なんか読めた。というか、ここはそんなに嫌なのか?」
「嫌だよ、降ろせよ!」
「……分かった」

 ただでさえ注目を浴びていたのに、さらに道行く人々の興味を煽ってしまっている。
 勇者っぽい格好をした男が、どこかのリーマンをホテルに無理やり連れ込もうとしている。珍事件だ。
 俺が必死に頼み込むとレオがしぶしぶ俺を降ろしてくれる。

「なんでここが嫌なんだ」
「ここは俺たちが入るところじゃないからだ」
「なんか……許可証? とかがいるのか?」
「そ、そうだ」
「でも……きみはケガもしているし、ちゃんと寝かせてあげたい」

 レオが心配そうに俺の額を、たぶん打って擦りむいているところを指でそっとなぞった。
 その何の気なしの行動に、俺は盛大にのけぞる。
 優しさだと分かっていても、こんな場所で顔を近づけていたら周りからどんなふうに見られるか。たまったものではない。

「ごめん、痛かった?」
「そうじゃないけど! ……ああもう、家に帰れば寝られるから。こんなところわざわざ来なくてもいい」

 俺はため息をついて、レオに説明をする。
 こいつは異世界……俺の書いた物語から来たんだ。この世界の常識、ましてやホテルの用途なんて知る由もない。そもそも中学生の頃の俺が書いた物語の登場人物だし、詳しくても困る。

「家」
「そう、ちゃんと住んでるところあるから。俺は冒険者じゃない。サラリーマン」
「さらりーまん」
「そう、決まったところで働いている」
「そうなのか」

 レオがそれならばと俺の手を取る。

「そうか、そうだよな。つい自分と同じように考えていた」
「だろうな」
「じゃあ、きみの家に帰ろう」
「お前も来るのか?」
「えっ」

 思わず俺が聞くとレオが驚く。

「ダメだったか?」
「ダメというか……お前は元の世界に帰れないのか?」
「帰ってほしい?」
「それはまあ……」

 現在進行形で困っているし。

「……俺には目的がある」

 しかしレオは俺の手を放さずそう言った。

「……」
「さっきも言ったけど……俺は、物語の続きを書いてほしい」

 レオの目は真剣だった。アーモンド形の目が俺をまっすぐ見つめる。
 はぐらかしたい。逃げ出したいけれど。
 視線と、俺を掴む手がそうさせてくれなかった。

「……無理だよ」
「どうして」
「逆にどうして続きを書いてほしいんだよ」
「っ、ソウが!……ソウが魔族に捕まったままで止まってしまっているから」
「……」

 そうだった。
 あの物語は未完だ。めでたしめでたしから程遠い、レオの仲間の魔法使い・ソウが敵に捕まったところで書くのをやめてしまった。

「俺の仲間なんだ。分かるだろ?……大事な、仲間なんだ。親友なんだ。助けられないままなのは嫌だ」

 レオの声が必死さを帯びる。一生懸命俺に伝えてくれる。
 仲間を助けたい。仲間が、ソウが大事だって。
 ……俺は耳をふさぎたかった。レオの心からの気持ちがとても苦しかった。

「……ごめん」
「どうして」
「書けないものは書けないんだ」
「なんで、……楽しそうに書いていてくれただろう」

 悲しそうで、しかしまだ諦めていないレオがさらに言い募る。

「……楽しそう、って……」
「分かるよ、俺たちの物語は、きみに……楽しそうに、大事に書かれたんだって」
「……」
「それくらい、分かる。だってそうじゃなきゃ、こんな風に俺は生まれない」

 繁華街の片隅、とてもじゃないけど清潔とは言えない……どころか、こんなホテルの前なのに。
 レオの目は澄んできらきらしていてとても綺麗だった。

 レオが良いやつであればあるほど苦しくなる。
 レオが仲間思いであることも――それ以前にレオの姿が、声が、存在が。その全てが俺を苦しくさせた。

「……楽しかったのは、“当時”だ。お前を書いていた、その時だけ」
「……今は?」
「っ、今は……今はもう黒歴史だ」
「くろれきし……」
「…………苦い思い出。もう忘れたいんだよ」

 レオの手から力が抜ける。

「忘れ、たいのか……」
「……ああ」

 呆然とつぶやくレオ。ショックを受けたように表情が抜け落ちたレオに申し訳なくなる。
 でも、本心だ。
 あの時は、――南雲と、レオとソウの物語を書いていた時代は、俺にとってもう黒歴史だ。
 忘れたい過去のもの。
 当時を思い出すだけで苦い気持ちになるのに、物語の続きを書くなど到底無理だ。

「……お前にこんなことを言ってごめん。でも本当に無理なんだ」
「……」
「もうお前たちの物語は書けない。どんなに頼み込まれたって」

 ごめん、と頭を下げる。
 過去大事にしていた物語の登場人物を、こんな風に傷つけたこと。
 それだけは申し訳なくて、俺は真摯に謝った。

 俺だって、こんなこと言いたくなかった。
 頭を下げながらそんな風にも思ってしまう。結局俺はどこまで行っても自分本位だ。
 俺の視界の足元……ネオンの反射するアスファルトが、涙でにじんだ。
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