25 / 25
sideB:まなみのこと
11
しおりを挟む
その日、私はまなみと下校することになっていた。
両親の結婚記念日の贈り物を、ふたりで買いに行く約束をしていたからだ。
まなみは、ロッカーの前にいた。
閉めた扉の前で、なぜかぼんやり立ち尽くしていた。
なにかあったのだろうか。
まなみ、と声をかけようとしたタイミングで、彼女はこちらに顔を向けた。
まるで気配を察したみたいに。
「沙耶」
薄い唇が、一瞬強ばる。
けれども、それはすぐに笑むような形へと変わった。
(ああ、またこの顔だ)
ここ最近、まなみがよく浮かべる取り繕ったような笑顔。
ただ、眼差しの憂いまでは隠しきれてはいない。
(かわいい)
この子の、こういうところが好きだ。
素直に心情を表に出せない憶病さが。
たくさん考えた上での言動が、空回りしがちなところが。
そのちぐはぐさが、たまらなく好きだ。
「もう帰れそう?」
「もちろん──」
うなずきかけて、「あ」とまなみは声をもらした。
「職員室に寄ってもいい? プリント出さないといけなくてさ」
「プリント? なんの?」
「遠征の承諾書。出すの忘れてたんだよね」
鞄を掴む仕草が、いささか乱暴だ。
まるで何かを振り切ろうとしているみたい。
もっとも本人はそんなの指摘されたくないだろうから、これは私だけの胸にとどめておこう。
「バイバーイ、まなみ」
声をかけてきたクラスメイトに軽く手をあげて、まなみは私に近づいてくる。
バランスのいい体躯。
すっとのびた背筋。
いつもと変わらないその美しさ。
だからこそ、私は油断していたのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
それは突然の出来事だった。
彼女は、流れるような仕草で私の手をつかまえた。
軽く握られた左手。
不意打ちのような冷たさ。
全身が、電流が走ったかのように痺れ、頭のなかが真っ白になった。
気がついたら、私はまなみの手を振り払っていた。
「あ……」
まなみが、驚いたようにこちらを見る。
それでも、心は静まる気配を見せない。
なんだろう、この感じは。
この身体の奥底が熱くなる感じは。
(いきなり触られたから?)
──違う。
(手をつなぐのが久しぶりだったから?)
──違う。
(なんだか暑苦しかったから?)
違う、そんな理由じゃない。
本当はわかっているくせに、私は──
「沙耶?」
まなみの伺うような声で、我に返った。
「ごめんなさい。その……ちょっとびっくりして」
かろうじて謝ったものの、まなみは何も発さない。
ただ、静かな目で私を見つめるだけだ。
(ああ……)
唐突に悟った。
自分に向けられた、紅茶色の目を見たことで。
(初めて見たとき「おいしそう」って思った……)
そうだ、あのころから私は欲望を抱いていた。
同性の、かわいい「妹」であるはずの彼女に──嫌悪すべき秘めやかな「恋情」のようなものを。
両親の結婚記念日の贈り物を、ふたりで買いに行く約束をしていたからだ。
まなみは、ロッカーの前にいた。
閉めた扉の前で、なぜかぼんやり立ち尽くしていた。
なにかあったのだろうか。
まなみ、と声をかけようとしたタイミングで、彼女はこちらに顔を向けた。
まるで気配を察したみたいに。
「沙耶」
薄い唇が、一瞬強ばる。
けれども、それはすぐに笑むような形へと変わった。
(ああ、またこの顔だ)
ここ最近、まなみがよく浮かべる取り繕ったような笑顔。
ただ、眼差しの憂いまでは隠しきれてはいない。
(かわいい)
この子の、こういうところが好きだ。
素直に心情を表に出せない憶病さが。
たくさん考えた上での言動が、空回りしがちなところが。
そのちぐはぐさが、たまらなく好きだ。
「もう帰れそう?」
「もちろん──」
うなずきかけて、「あ」とまなみは声をもらした。
「職員室に寄ってもいい? プリント出さないといけなくてさ」
「プリント? なんの?」
「遠征の承諾書。出すの忘れてたんだよね」
鞄を掴む仕草が、いささか乱暴だ。
まるで何かを振り切ろうとしているみたい。
もっとも本人はそんなの指摘されたくないだろうから、これは私だけの胸にとどめておこう。
「バイバーイ、まなみ」
声をかけてきたクラスメイトに軽く手をあげて、まなみは私に近づいてくる。
バランスのいい体躯。
すっとのびた背筋。
いつもと変わらないその美しさ。
だからこそ、私は油断していたのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
それは突然の出来事だった。
彼女は、流れるような仕草で私の手をつかまえた。
軽く握られた左手。
不意打ちのような冷たさ。
全身が、電流が走ったかのように痺れ、頭のなかが真っ白になった。
気がついたら、私はまなみの手を振り払っていた。
「あ……」
まなみが、驚いたようにこちらを見る。
それでも、心は静まる気配を見せない。
なんだろう、この感じは。
この身体の奥底が熱くなる感じは。
(いきなり触られたから?)
──違う。
(手をつなぐのが久しぶりだったから?)
──違う。
(なんだか暑苦しかったから?)
違う、そんな理由じゃない。
本当はわかっているくせに、私は──
「沙耶?」
まなみの伺うような声で、我に返った。
「ごめんなさい。その……ちょっとびっくりして」
かろうじて謝ったものの、まなみは何も発さない。
ただ、静かな目で私を見つめるだけだ。
(ああ……)
唐突に悟った。
自分に向けられた、紅茶色の目を見たことで。
(初めて見たとき「おいしそう」って思った……)
そうだ、あのころから私は欲望を抱いていた。
同性の、かわいい「妹」であるはずの彼女に──嫌悪すべき秘めやかな「恋情」のようなものを。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
古都鎌倉おもひで雑貨店
深月香
ライト文芸
記憶を失くし鎌倉の街を彷徨っていたエイトは、夜の闇に浮かび上がる奇妙な店に辿り着いた。
古道具や小物を扱う雑貨店『おもひで堂』の店主・南雲は美貌の持ち主で、さらには行くあてもないエイトを雇ってくれるという。思いがけず、おいしいごはんとゆったりとした時間に癒やされる共同生活がはじまることに。
ところが、エイトが店番をする雑貨店には、「恋人からもらうはずだった指輪と同じものが欲しい」など、困った客ばかりがやってくる。そして南雲は、そんな客たちの欲しいモノを次々と見つけ出してしまうから驚きだ。
そんななかエイトは、『おもひで堂』に訪れる客たちのある秘密に気付いてしまった。それらは、失った記憶ともどうやら関係があるようで……?
夏の匂いがする鎌倉での、ささやかな謎と切なくも優しい奇蹟の物語。
揺らめくフレッシュグリーン
マスカレード
ライト文芸
少し天然な高校生青木|理花《ことは》は、親友の岸野薫子と同じ同級生の瀬尾大智に恋をした。
友人からライバルに変った時に生じた闘争心や嫉妬心に揺り動かされる二人。そして思わぬ事態が発生し、大智が見せた勇気ある行動。青春時代の痛みや熱い胸の思いを時にコミカルに、そして時に深く問題を投げかける。
表紙絵は、マカロンKさんのフリーアイコンを使用しています。
月曜日の方違さんは、たどりつけない
猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。
クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。
第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
津波の魔女
パプリカ
ライト文芸
主人公のぼく、佐伯直人は小学生。親の転勤により、かつて津波によって崩壊した過去を持つ街へと引っ越しする。
そこで直人は棺桶少女という謎の現象と遭遇する。その日をきっかけに、彼の新たな土地での日常は幻想に侵食されていくのであった。
他のサイトでも公開しています。
まいすいーとえんじぇる
粒豆
ライト文芸
突然、空から舞い降りて来た天使。
その天使はこう言った。
「貴女の命はあと一週間で終わりを迎えます」
「どうぞ思い残す事のないように、最後の時をお過ごしください」
漫画やアニメではもう何百、何千、何万回と使われていそうな……
とてもありがちな台詞だと思った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
コメディ要素有り、シリアス有り、百合要素も有りの天使と人間の少女たちの物語。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる