あの子のこと

水野七緒

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sideB:まなみのこと

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ぬるぬるとした人らしきモノが、母親の胎内から引きずり出されてくる。
視聴覚室の小さなテレビ画面いっぱいに映しだされる、命の誕生の瞬間。
絞りだすような、懸命な泣き声。
室内の空気が緩み、一部の子たちがすすり泣きはじめたのを、私は一番後ろの席からぼんやりと眺めていた。
ああ、なんて退屈なんだろう。
せめて窓際の席なら良かった。
そうすれば、今すぐ風が吹きつけたように見せかけて、分厚いまっ黒なカーテンを思いきり揺らしてやれるのに。
実行に移せないことを残念に思いながら、私はあくびをかみ殺した。
テレビのスピーカーは、未だ新生児の泣き声をまき散らしていた。
そういえば、昔テレビドラマの出産シーンを観ていた実の母がこんなことを言っていたっけ。

──「赤ちゃんが泣くのはね、生まれてきたことを嘆いているからなの。ちゃんとわかっているのよ、人生が辛いものだって」

なるほど。
つまり、私もあの人の股から引きずり出されたときは「辛い辛い」と泣いていたのか。
ぜんぜん記憶にないけれど。
私が、このてのものに心を動かされないのは、母親への感心が薄いせいかもしれない。
実の母親は好きでも嫌いでもないし、今のお母さんは「お父さんの恋人」という印象だ。
そんなの口にしたらいろいろ面倒だから、絶対口にはしないけど。

(それに、まなみも悲しむだろうし)

ああ、でも、もし私が双子だったら。
まなみと本当の姉妹だったら。
こうした誕生の瞬間も、違って見えたのかもしれない。
あの子と私が、同じ日に、同じ女の胎内から産まれたのだとしたら。
それは、きっととても素晴らしいことではないだろうか。
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