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sideA:沙耶のこと
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帰りのSHRが終わると、いつもなら鞄を手に急いで部室へと向かう。
けれども、今日はその必要がない。
帰宅部の子たちのように、のんびり過ごすことができる。
「まなみ~、部活はぁ~?」
由梨が、例の如く右腕に抱きついてきた。
「今日は休み」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
「ごめん、沙耶を待ってるんだ。このあと寄るところがあって」
由梨は、ふーんと呟くと押しつけていた身体をゆっくりと離した。
「仲良しだね」
「べつに。ふつうだよ」
「ふふ、そうかも」
矛盾した答えを残して、由梨は「また明日」と帰っていった。
できることなら、私も彼女と帰りたかった。
だって、沙耶と帰るより絶対気楽で楽しいはずだ。
その一方で、最近由梨に対して少し身構えている自分もいた。
彼女が、私と沙耶についてあれこれ言うたびに、喉のあたりが重たく感じるのだ。
(絶対あいつのせいだ)
どこぞの、委員会仲間のせい。
その杉原くんは、ちょうど今、前のドアからひっそりと出ていったところだ。
もしかしたら、そのことに気づいたのは私だけかもしれない。
彼は、いつも自分の存在を隠すように息を潜めて生きている。
そういえば、彼とはしばらく口をきいていない。
私が一方的に避けているせいだ。
でも、杉原くんがそれを気にしている様子はない。
単に気づいていないのかもしれないし、どうでもいいと捉えているのかもしれない。
──「お姉さんも気づいているかも。春篠に嫌われているって」
ああ、また思い出してしまった。
そんなことはないって否定したはずなのに。
実は、杉原くんから指摘されたあと、それとなく沙耶の様子を探ってみた。
けれども、彼女の態度から特におかしな様子は見受けられなかった。
だから、大丈夫だ。
沙耶が、あえて隠すようなことをしていないかぎりは。
(杉原くんの言っていたことは忘れよう)
あんなの、覚えていても意味はない。
どうせ正解ではないのだから。
折しも、後ろのドアが開いて沙耶が顔をのぞかせた。
もちろん、私を迎えに来たのだ。
だから、私も努めて笑顔を浮かべた。
「沙耶」
声をかけると、沙耶はふっと口元をほころばせた。
「もう帰れそう?」
「もちろん。……あ、でも職員室に寄ってもいい? プリント出さないといけなくてさ」
「プリント? なんの?」
「遠征の承諾書。出すの忘れてたんだよね」
鞄を手にとり、沙耶のもとに向かう。
周囲にいた子たちが「バイバイ」「また明日」と声をかけてきたので、私も同じように返して、沙耶の隣に並んだ。
「じゃあ、行こうか」
そのあとの行動を、自分でもうまく説明できない。
ただ、ふと真っ白な手が視界に入ってきたのだ。
一見冷たそうな、でも実はそれなりにぬくい沙耶の手。
初めて会ったとき、ためらうことなく私の手をつかまえた美しい手。
今度は。私がその手をつかまえた。
ああ、やっぱり生温かい──
「……っ」
ぬくみは、すぐに離れた。
沙耶が、鋭く私の手を払ったせいだ。
私は、驚いて彼女を見た。
彼女もまた呆然としているように私には見えた。
「……沙耶?」
そっと呼びかけると、沙耶は我に返ったように顔をあげた。
「ごめんなさい。その……ちょっとびっくりして」
私は──目を細めた。
杉原くんが、ときどきそうするみたいに。
(ああ、なるほど)
さらりと揺れた髪が、窓から差し込む夕日を弾く。
優等生の沙耶。
決して間違えることがない沙耶。
いつも背筋をのばしている沙耶。
そんな彼女の目の奥にあるのは、明らかな嫌悪だった。
けれども、今日はその必要がない。
帰宅部の子たちのように、のんびり過ごすことができる。
「まなみ~、部活はぁ~?」
由梨が、例の如く右腕に抱きついてきた。
「今日は休み」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
「ごめん、沙耶を待ってるんだ。このあと寄るところがあって」
由梨は、ふーんと呟くと押しつけていた身体をゆっくりと離した。
「仲良しだね」
「べつに。ふつうだよ」
「ふふ、そうかも」
矛盾した答えを残して、由梨は「また明日」と帰っていった。
できることなら、私も彼女と帰りたかった。
だって、沙耶と帰るより絶対気楽で楽しいはずだ。
その一方で、最近由梨に対して少し身構えている自分もいた。
彼女が、私と沙耶についてあれこれ言うたびに、喉のあたりが重たく感じるのだ。
(絶対あいつのせいだ)
どこぞの、委員会仲間のせい。
その杉原くんは、ちょうど今、前のドアからひっそりと出ていったところだ。
もしかしたら、そのことに気づいたのは私だけかもしれない。
彼は、いつも自分の存在を隠すように息を潜めて生きている。
そういえば、彼とはしばらく口をきいていない。
私が一方的に避けているせいだ。
でも、杉原くんがそれを気にしている様子はない。
単に気づいていないのかもしれないし、どうでもいいと捉えているのかもしれない。
──「お姉さんも気づいているかも。春篠に嫌われているって」
ああ、また思い出してしまった。
そんなことはないって否定したはずなのに。
実は、杉原くんから指摘されたあと、それとなく沙耶の様子を探ってみた。
けれども、彼女の態度から特におかしな様子は見受けられなかった。
だから、大丈夫だ。
沙耶が、あえて隠すようなことをしていないかぎりは。
(杉原くんの言っていたことは忘れよう)
あんなの、覚えていても意味はない。
どうせ正解ではないのだから。
折しも、後ろのドアが開いて沙耶が顔をのぞかせた。
もちろん、私を迎えに来たのだ。
だから、私も努めて笑顔を浮かべた。
「沙耶」
声をかけると、沙耶はふっと口元をほころばせた。
「もう帰れそう?」
「もちろん。……あ、でも職員室に寄ってもいい? プリント出さないといけなくてさ」
「プリント? なんの?」
「遠征の承諾書。出すの忘れてたんだよね」
鞄を手にとり、沙耶のもとに向かう。
周囲にいた子たちが「バイバイ」「また明日」と声をかけてきたので、私も同じように返して、沙耶の隣に並んだ。
「じゃあ、行こうか」
そのあとの行動を、自分でもうまく説明できない。
ただ、ふと真っ白な手が視界に入ってきたのだ。
一見冷たそうな、でも実はそれなりにぬくい沙耶の手。
初めて会ったとき、ためらうことなく私の手をつかまえた美しい手。
今度は。私がその手をつかまえた。
ああ、やっぱり生温かい──
「……っ」
ぬくみは、すぐに離れた。
沙耶が、鋭く私の手を払ったせいだ。
私は、驚いて彼女を見た。
彼女もまた呆然としているように私には見えた。
「……沙耶?」
そっと呼びかけると、沙耶は我に返ったように顔をあげた。
「ごめんなさい。その……ちょっとびっくりして」
私は──目を細めた。
杉原くんが、ときどきそうするみたいに。
(ああ、なるほど)
さらりと揺れた髪が、窓から差し込む夕日を弾く。
優等生の沙耶。
決して間違えることがない沙耶。
いつも背筋をのばしている沙耶。
そんな彼女の目の奥にあるのは、明らかな嫌悪だった。
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